目薬は空になって久しいようです

24 :目薬は空になって久しいようです :2013/09/27(金) 04:37:50 ID:fiWvPFek0
ひらひら、まるで美しい蝶か鳥のよう。
ミセリの両手は、彼女のうちの醜さとはうらはらに、
上等の象牙を削りだして作ったものと言っても信用に足るほど、美しい。

ミセ*゚ー゚)リ「魔法よトソンちゃん、ミセリは魔法が使えるんだから」

もしも彼女がいつかのように世迷いごとを抜かしたとて、
私は「そうでしょうね」と頷いた。
そのくらいの非現実と秘密が隠されていても、何の不思議もありません。

象牙のように無機質で、蝶の羽のように儚く、
鳥のふっくらした羽毛のように暖かな、いっとう美しい彼女の両手。
鮮やかに彩られた爪、細かいブレスレットが放つひかり、しろく眩しい、いきもの。

彼女の唯一の美点。私から、すべてを奪うもの。

彼女は私から、宿題のプリントや給食のデザート、自由時間、気に入っていたヘアピン、
好きな男の子に正常な視界、尊厳、あげればキリがないほど色々なものを、あの、きれいな手で奪っていった。


さて、その、クソビッチの代名詞。もとい芹沢ミセリが刃傷沙汰で入院したらしい。

私のクラスに、いや学校に、当時の同級生が一体何人いるのやら。
それでも噂は私のところにまで回ってくるのだから、不思議なものです。

皆、受験を控えた高校生らしく娯楽に飢え鬱憤がたまっているのかしら?
ここは一つ、私もその波に乗っておこうと、向かいで弁当をつつくクラスメイトに相槌を返した。

25 :目薬は空になって久しいようです :2013/09/27(金) 04:38:40 ID:fiWvPFek0
ミセ*゚ー゚)リ「トソンちゃん、目ぇ閉じててね」

あ、これはまずいな。と最後まで思う前に、緑色のエナメルの指先がホースの口を潰していた。


寒い、というよりは痛い。
九月も終わりを迎えるような季節になると、夕方には昼間の暑さが嘘のようにつめたい風が吹く。
その中を、頭の天辺からつま先まで、まんべんなくズブ濡れでいるなんて、まるで狂気の沙汰ですが、
私だって、好きで、こうなったのではありません。

(゚、 ゚トソン「なに、するんですか……」

ミセ*゚ー゚)リ「だってぇ……トソンちゃん汚いんだもん、洗わなきゃ」

(゚、 ゚トソン「さむいです」

ミセ*゚ー゚)リ「きれぇになったよ」



秋というのは風がつよくていけない。
風にまきあげられた宿題のプリントを追って、プールサイドに行きました。
汚い緑色に濁った、落ち葉の目立つプール、その水面に紙を濡らさずに済んだことは幸いという他ありません。
だって、季節外れのプールには落ち葉どころか、変な虫の死骸まで浮いているんですもの。

降り注ぐ西日の眩しいこと。じきに夜がくる。
早く帰ろう。顔をあげた、錆びの浮いたフェンスの向こう側。
木々の茂る体育館裏の、今の季節、潰れた毛虫の名残をよく見かけるコンクリートの靴置き。
そこに、私の不肖の幼なじみであるミセリがいた。

26 :目薬は空になって久しいようです :2013/09/27(金) 04:39:26 ID:fiWvPFek0
ハンカチで内ももを拭い、足首に絡んでいる下着を履きなおすミセリのセーラー服の黒と、
足早に立ち去る、生成りのスラックスの白さが目につきました。
珍しいことです、彼女が跨る相手は、大抵が黒い詰襟の学生服を着ていますから。
その珍しさに気でもとられたのか、私の足首はうまく上体を支えられず、沼色のプールにどぼん、と。

汚れ、という言葉だけで満たされたプールだったのに、頬をぽろぽろ撫でていく水泡の感触が、
いやに美しかったことだけが印象的で、どうやって、這い上がり出てきたのか覚えていない。

プリントは結局、プールに浮かぶ、あるいは沈むごみの一部になった。
がっぽん、がっぽん、愉快でみじめな音を鳴らすローファーが明日までに乾くといいのですけど。

「トソンちゃん」

足元ばかりを見ていたら、逃げ損ねた。

そうして、私はつめたい、刺すような鋭い流水で、再び、濡れ鼠と化した。


ミセ*゚ー゚)リ「トソンちゃんは、いじめられっこなの?嫌われてるの?」

(゚、 ゚トソン「違いますよ、あなたと一緒にしないでください」

ミセ*゚ー゚)リ「自分で落ちたんだ、だっさ」

ミセリは私を嘲笑しながら、カーディガンのボタンをはずしていました。
貸してくれるのでしょう、ミセリは時々便利です。

(゚、 ゚トソン「ミセリ?」

予想を違え、彼女はその白いニットで私を拭きはじめました。

27 :目薬は空になって久しいようです :2013/09/27(金) 04:42:30 ID:fiWvPFek0
わしゃわしゃ、荒いニットの繊維が顔に無遠慮にこすり付けられて、少し痛みます。

ミセ*゚ー゚)リ「だってミセリ、ハンカチとか持ってないし
     そのままだと風邪ひいちゃうよ?」

(゚、 ゚トソン「いいですよ……」

ミセ*゚ー゚)リ「よくないよ、ミセリのパシリとおもちゃなんだから
      勝手に学校休んじゃだめ」

ミセ*゚ー゚)リ「ちゃんと洗って返してね、あとミセリの宿題やって
      明日の給食の梨もちょうだい、あっ!ドーナツの新しいのも全部買って」

(゚、 ゚トソン「おとなしく風邪をひいた方が安いですね」

高い借りになってしまった、むこう半年はこのネタでいいように使われる。
わかっていながら、つっ立って大人しくしているのは何故でしょう。
私はそんな小さな抵抗さえ出来ないほど、ミセリという同い年の中学生を恐れているのだろうか。
膨張した太陽が空を真っ赤に焼いていた。それはそうと夕焼けってあんなにも、あからさまな色をしていたかしら?

ミセ*゚ー゚)リ「どうしたの?」

(゚、 ゚トソン「いいえ、視界がなんだかおかしくて」

ミセ*゚ー゚)リ「ゴミでもはいったのかな?後で目薬貸してあげる」

あたりに暗い影が落ちるなか、視界の端にちらつく彼女の手首が淡い橙の光に照らされていた。
洗浄や摩擦くらいで落ちるとは、到底思えない色が、眼球に染み込んでいくようだった。

28 :目薬は空になって久しいようです :2013/09/27(金) 04:44:20 ID:fiWvPFek0

ミセ*゚ー゚)リ「やっほ、ひさしぶり」

ミセリの声は相変わらず耳障りだ。キンキンと甲高い声はいつでも私の平静を乱す。
枝葉に紛れる芋虫の緑を見つけるのと同様、雑踏の中でさえ彼女の言葉だけは蛍光のラインを引いたように、よく目立つ。
こんなに静かな病室の中では、いっそ目に痛いほどだ。
直視すると痛むから、彼女が私に向かって声を発する時、いつも、忙しない手の動きを見つめていた。

見ていたから、他のどこに視線をやればいいのかわからない。
彼女の手は、あの生き物は、ぐるぐる巻きのギプスによって隠れ、わずかに覗く指先は変色し爪も欠けている。

ミセ*゚ー゚)リ「えっち、あんまり見ないでよぅ」

両手を背に隠したミセリが痛みに呻いた。いい気味。

ミセ*゚ー゚)リ「あ、笑った。ひどい。
     可哀そうなミセリをもっと労わってよ」

(゚、 ゚トソン「可哀そうなのは小森くんでしょう
     あなたみたいな性悪のせいで人生滅茶苦茶です」

私が詰るとミセリは笑った、のけ反り、けたたましく、痛みに呻いて、笑い続ける。
何がそんなに可笑しいのか。ミセリはひとしきり笑った後、瞬きの間だけ、かすかな軽蔑の面持ちを覗かせた。

ミセ*゚ヮ゚)リ「あは、トソンちゃん それってミセリのセリフ、ふふ、ねぇミセリあんたみたいな性悪、見たことない」

ミセ*゚ー゚)リ「はぁ、おっかし……何これ、梨?お見舞いといったら林檎とかメロンでしょ
      ミセリ、梨嫌いなんだけど。いいや剥いて。うさちゃんの形ね。お見舞いっぽいことしてよ」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


企画TOPへ