風呂敷よ存分に風を吸って舞いたまえ

61 : ◆xh7i0CWaMo :2015/02/03(火) 22:31:08 ID:rlbuCcLw0
9.風呂敷よ存分に風を吸って舞いたまえ

( ^ω^)「……」

僕は明らかに疲弊していた……もう前へ進みたくないと思っていた。
そもそも僕には旅の理由がない。誰かを探すわけでも救うわけでもなく、
ただ行き当たりばったりに様々な立場のキャラクタに出会ってどうしようもない話を聞かされるだけだ。

しかもそれら全てが作者の意図であると明示されているのだから世話がない。
開き直っている相手を糾弾するにも限度があるし、ただただ此方が虚しくなるだけだ。

気付けば僕は涼やかな風の流れる緑豊かな丘の上に立っていた。
眺望してみると、今までには出会さなかったような美しい景色が広がっている。
しかし、その美しさを存分に享受するには、僕の眼球はもうすっかり濁ってしまっていた。

( ´_ゝ`)「悩み事かい」

背後から声を掛けられるパターンにもいい加減飽き飽きだ。
傍目からも明らかなほど鬱陶しげに振り返ると、そこに苦笑いを浮かべた男が立っている。

( ´_ゝ`)「なんだなんだ、もうすっかり燃え尽きてしまっているようだね。
      こんなに綺麗な景色を見たあとで、首でも括ろうかと考えているのかい?
      ま、それも悪くはない。何だって君の自由意思だ。いっそ好きな通りにやってみるといい」

( ^ω^)「……でも、どうせその『好きな通り』も誰かの思い通りなんだお」

( ´_ゝ`)「信じるも信じないも君次第、それだけのことだよ。
      科学だけが真実でないということは、未だに創造論が蔓延っている事実からも明らかさ。
      この世界がとある作者の両手から弾き出されていても、君の行動が縛られている証左にはならない」

( ^ω^)「……そういうものかお」

62 : ◆xh7i0CWaMo :2015/02/03(火) 22:35:09 ID:rlbuCcLw0
( ´_ゝ`)「そうとも。何なら、いっそ君の手で物語にとどめを刺してしまうかい?」

そう言って彼は、僕が手にしている手紙、ではなく風呂敷を指し示した。

( ´_ゝ`)「一つの方法はその風呂敷を丁寧に畳んでしまうことだ。
      そのヒラヒラと風にそよいでいる風呂敷は、結局畳まれるために存在しているのだから。
      君がそれを上手に畳むことが出来れば必然的に物語は終わる。そして燃えるような喝采を浴びるだろう」

彼の言葉の真意は……これまでと同じように……完全に理解できるものではなかったが、
僕は取るものも取り敢えず手にした風呂敷の端をつまみ上げた。
すると彼は慌てた調子で「待って、待って」と言った。

( ´_ゝ`)「まあまあ、話は最後まで聞くものだよ。
      というのも、その風呂敷を綺麗に畳むのはとても難しいからさ。

      風呂敷を畳むには、ここまでに起きたあらゆる出来事に一定以上の合理的な説明を付けなければいけない。
      筋書きのない物語でも、各要素に違和感を残したままじゃあいけないんだ。
      果たして今の君に出来るだろうか?

      これはあくまでも俺の想像だが、君がその風呂敷を畳む資格を得るためには、
      少なくともこれまでの旅の二倍、乃至は三倍の距離が必要なのではないかな。
      その旅路はきっとこれまでよりも困難で、何より退屈になるだろう。耐えられるかな?

      例えば、君はこの丘でこの俺という存在に出会ってしまった。
      これは、物語の合理性という問題から言えば由々しき事態であると言える。

      何故か? それは俺が弟という存在を込みにしてデザインされたキャラクタだからさ。
      最後の場面で唐突に現れた俺が実は弟など存在しないというブラフも成立しなくはない。
      でも、それで読者は納得するかな? そして綺麗に風呂敷を畳むに至れるだろうか?」

( ^ω^)「……じゃあ、僕は今の時点では風呂敷を畳めないのかお?」

( ´_ゝ`)「畳もうと思ったとしても、どうやったって畳めないだろうね。
      無理矢理に畳んだとこじつけたら、きっと後々面倒くさいことになる。
      向こうがこっちを攻撃する分には自由かつ無制限だからね。厄介な事情さ」

63 : ◆xh7i0CWaMo :2015/02/03(火) 22:39:58 ID:rlbuCcLw0
( ´_ゝ`)「でも君の気持ちは手に取るように分かる。君はもう一歩たりとも動きたくないはずだ。
      ならばどうしようと考えたときに……幸い、ここには穏やかで爽やかな風が吹いている。
      この風に上手く風呂敷を乗せることが出来れば、最早風呂敷は、物語は君の預かるところじゃあない」

( ^ω^)「風に……」

( ´_ゝ`)「そうさ。南から吹くこの風はきっと何もかも払ってくれるだろう。
      君が旅路に残した痕跡も、俺の弟という概念もね。もう何もかも飛ばせばいい。

      しかしこれもなかなかに難しい……といっても、こっちは物理的な問題だけどね。
      その風呂敷は可能な限り軽量な素材で出来ているが、
      それでも彼方、見遣れぬところまで飛ばすのは至難の業さ」

( ^ω^)「……」

( ´_ゝ`)「やってみるかい?」

やらない理由がなかった。僕はツイと空を見上げた。
良い日だ。雲一つない。詩歌の一つでも練り上げるには最適の一日かも知れない。
しかし僕にはどうでもよかった。物語などというものに、僕はもう金輪際関わりたくなかった。

( ^ω^)「コツ、みたいなものはあるのかお?」

( ´_ゝ`)「さあ、俺もやったことがないから分からないな。正確に風を読む必要があるわけでもないし、
      うまく風呂敷を投げ上げる技術を訓練しないといけないわけでもないんだろうね。
      ただ、何度かやってみれば、何となくコツみたいなものは浮かんでくるはずさ」

僕はひとまず、風呂敷を力一杯放ってみた。
それはフワフワと舞い上がって……そのまま、フワフワを舞い落ちてきた。

64 : ◆xh7i0CWaMo :2015/02/03(火) 22:43:29 ID:rlbuCcLw0
( ^ω^)「……本当に、出来るのかお?」

ポソリと地面に落ちた風呂敷を眺めて、僕は思わず独りごちる。
それはまったく風に乗る様子もなく、ただ上に飛んで落ちてきた。
苦心して出来上がった紙飛行機が足下に墜落した時みたいな気分だ。

( ´_ゝ`)「一度で出来るとは言っていないさ。何度も何度も挑戦する姿勢が必要だ。
      ……もっとも、今の具合だと日が暮れるまでに成功するかどうかも怪しいけどね。
      いやいや、言っておくが俺は詐欺師じゃないよ。今更俺みたいなのが主人公を騙くらかしたりするものか」

( ^ω^)「……」

僕は黙ってもう一度風呂敷を放り投げた。結果は殆ど変わらなかった。
三度放り上げてみると、少しだけ風に乗ってふらついたような気がした。
錯覚かもしれない。我欲のあまりに幻視を覚えてしまったのかもしれない。

( ^ω^)「今、ちょっと飛んだかお?」

( ´_ゝ`)「……うむむ」

それにしても投げ上げる作業というものは意外に腕に負担をかけるものだ。
五回ばかり投げ上げたところで、二の腕の筋がピリと痛んだ。僕は思わず顔を顰める。

( ´_ゝ`)「何も利き腕でばかり投げ上げる必要はないさ。左右交互に使うなんて努力もいいかもしれない。
      そして疲れたときは迷わず休憩することだね。パフォーマンスが低下した中で無理をするのも馬鹿げている。
      そして忘れてはならないのは、君にはいつでも止める自由があるということだね」

65 : ◆xh7i0CWaMo :2015/02/03(火) 22:47:42 ID:rlbuCcLw0
しかし僕は風呂敷を投げ上げ続けた……十度、二十度、五十度……。
腕が痺れて感覚を失っていくにつれ、いったい自分が何をやっているのか分からなくなってきた。
それと同時に、何故自分が物語の終止符に拘っているのかも曖昧になってきてしまった。

( ´_ゝ`)「終わらせる、というのはいつだって肯定的であるとは限らないものさ。
      バッドエンドなんて言葉は所詮俺たちに縁ある言葉じゃないけどね。
      でも所謂打ち切りなんて終わらせ方は、少なからず俺たちを不幸にさせるものだろう。

      君が今やっていることはまさに打ち切る行為に近い。
      小説は開始と同時にキャラクタが好き勝手に動き出すものだが、
      君はもう動くという行為そのものを放棄しようとしているんだからね。

      その様は惨めなのかも知れない。痛々しいとみられるかも知れない。
      何より君が打ち切りという行為を明確に自覚しているのかどうかも分からない。

      けれども、君のその姿を見て、僕がただ一つ言えることがあるとすれば、
      それは、それは今の君がとても必死に、精一杯の力を出しているということだよ」

痛みなどどうでもよかった。あらゆる雑念を今だけは取り払うことができた。
僕は確かに必死で風呂敷を投げ上げていた。ただそれだけだった。他には何もしていなかった。
他には何も思っていなかった。僕は風呂敷を投げ上げた。ただ、無心に、青空に向かって投げ続けた。

( ´_ゝ`)「ああ、きっとそれは籠の中の鳥みたいなメタファーでもよかったはずさ。
      そうだとしたら、もうそろそろ自らその籠の扉を開けて飛び立っていても良い頃だろうね。

      しかし、悲しいかな、愚かにもそれはメタファーではなくシミリとして表現されてしまった。
      だからこんなにも、君は苦労する羽目になってしまったんだ。
      好意的に取れば物語終盤の壁なのだろうけど、きっと全然そんな意図はなかったんだろう。

      それでも君の苦労は実らないものじゃない。
      だって君はそうやって、何度でも、何度でも風呂敷を投げ続けているんだからね」

66 : ◆xh7i0CWaMo :2015/02/03(火) 22:51:05 ID:rlbuCcLw0
( ^ω^)「……ちょっとずつコツを掴んできたような気がするお」

( ´_ゝ`)「ああ、そうかもしれない。俺から見ても、なんだか滞空時間が伸びているような気がするよ」

ポソリと落ちていく風呂敷を、少しずつだが追いかける時間が増えているような気がした。
息が上がる。汗が吹き出る。それでも、それでも今までの不毛な会話よりも遙かに心地よかった。

( ´_ゝ`)「そうだ。そうだよ、もっと投げ上げるんだ。君の旅は決して受動的な出来事に終始するものじゃない。
      最後は自分の手で始末をつける。それでこそ主人公の風格というものさ。
      たかだか風呂敷を投げ上げるだけの行為さ。けれど、誰もやろうとはしなかった!」

フワリと風呂敷が空を漂った。いったい何度目の挑戦だろうか。もう少しで、彼方へ届きそうだった。
これでいいのだ。自分の進んでいる道が、少しでも正しいと思えるだけ、今の僕は幸福だった!

( ´_ゝ`)「そうさ、今まで自分で分かることなんて何もなかった。
      他人に評価されてようやく、自分の立ち位置が分かるなんていうザマだった。
      それが今、君は君自身と、吹き行く風の力だけで自分を解き明かすことができているんだ」

( ^ω^)「もう少しな気がするお……いいのかお、投げても?」

( ´_ゝ`)「いったい何を躊躇する必要があるんだ? 君は遙かに気高くそして自由なんだ。
      もうすぐ物語とはオサラバさ。こんな裏方稼業ともお別れだよ。
      考察という名の威圧的な暴力に晒されることもない。君は自由だ、誰に論われる心配もないんだ」

( ^ω^)「飛ばすお!」

( ´_ゝ`)「飛ばせよ!」

そして都合百七十二回目に風呂敷を空中へ投げ上げたとき、
その風呂敷は少し戸惑うみたいに空中で静止した後、
南からやってくる暖かな、日差しよりも暖かな風を受けて、サラリと、サラリと空を滑り。






10.メタフィクションへの導入と最期