丹精込めて拵えた下地に極上の地の文を

27 : ◆xh7i0CWaMo :2015/02/01(日) 21:03:35 ID:BUXRE2KM0
4.丹精込めて拵えた下地に極上の地の文を

僕は人工的に整備された道路に立っていた……いつの間にやら。
ここまでどのような道筋を歩んできたのか思い出せないが、現状ここに居るのだから仕方がない。
ともかく、僕は人工的で広々とした道路に立ち竦んでいる……そして、目の前で男がしゃがみ込み、何かしている。

( ・∀・)「……ちょっと硬いな」

中指で地面を叩いて男は呟いた。それから立ち上がってグイッと伸びをした。

( ・∀・)「まあ、でもいいか。これぐらいの方がいい具合に埋められるかもしれないし」

( ^ω^)「あの……」

僕が声をかけると彼はツイと振り返った。柔和な笑み。一般受けするタイプの顔だなあ、というのが第一印象だった。
年齢にして二十七、八程度だろうか。道路にしゃがみ込んでいるには似つかわしくない、フォーマルな服装である。

( ・∀・)「どうしたの。迷子?」

( ^ω^)「そういうわけじゃないお……この手紙を」

( ・∀・)「あ、土足」

彼は僕の言葉に呼応するわけでもなくおもむろに僕の足下を指差した。

( ^ω^)「お?」

( ・∀・)「これから作業をしないといけないから、出来るだけ綺麗にしておきたいんだけどな。
      まあいいや。これぐらいの汚れはむしろ思わぬ効能を発揮するかもしれないし」

( ^ω^)「作業」

( ・∀・)「そうさ。これからちょっと、この道路に文字を埋め込まないといけない」

( ^ω^)「文字? 交通標識みたいな感じですかお?」

( ・∀・)「ちょっと違う。交通標識ほど面白くないものではないと思うよ。
      まあ一連の流れがある文章を……所謂、地の文というやつだね」

28 : ◆xh7i0CWaMo :2015/02/01(日) 21:07:30 ID:BUXRE2KM0
( ・∀・)「まあ、僕がやってるのは実際に地の文を並べる作業じゃなくて、
      それに至るまでの下地を整えることなんだけどね。今の世の中、何だって分業制だからね」

( ^ω^)「地の文に下地、なんてのがあるのかお?」

( ・∀・)「うん。僕に言わせれば、地の文の出来映えは八割方下地の時点で決まっていると言っていいね。
      ……たぶん、料理に例えれば巧く伝わると思うんだけど、僕は料理の知識を持ち合わせていないんだ。
      だからちょっと迂遠でややこしい説明になってしまいそうだけど、構わないかな?」

( ^ω^)「まあ、別に」

( ・∀・)「まずフォントタイプだね。僕たちが登場するタイプの物語で用いられるのは基本的にMSPゴシックだ。
      これはスタンダードでユニバーサルなフォントだし、君や僕の顔もこれに基づいて作られている。
      だから別のフォントに置換すると顔が崩れたりして、まあ見てられなくなる。

      ただしこのフォントには幾つか弱点があってね。
      一つには等幅フォントではないから改行時に微妙な誤差が出る。よく似たMSゴシックは等幅だけど。
      特に顔文字+複数行の台詞を用いるときに顕著に出てしまうね。別にこのフォントに限った話じゃないけど。

      もう一つ、このフォントはそもそも小説を読むのに適したフォントではないんだ。
      台詞ならともかく、地の文がやたら長いと読む気を失わせてしまう理由でもある。
      縦書きの小説なら明朝体を用いるのがベストだろうけど、横書きだと微妙。顔文字との兼ね合いもあるしね。

      次にフォントサイズの話だけど……この話、眠たい?」

( ^ω^)「正直……」

( ・∀・)「じゃあ読者としてはもっと眠たいだろうね……参ったな。僕にはこれしか言えないんだけど」

29 : ◆xh7i0CWaMo :2015/02/01(日) 21:11:13 ID:BUXRE2KM0
( ・∀・)「だいたい、仕事の話なんてつまらないものだよ。特に異業種のそれはね。
      男が居酒屋に集まると決まって仕事の愚痴を披露しあうけど、あれほどつまらないものもない。
      何しろバリエーションに欠けるし面白みもない。そして何より興味がちっとも湧かない。

      そもそも余所で溜め込んだストレスを友人とはいえ当事者でない他人にぶちまけるなんて、
      酷いモラルハザードだと思わないかい? ちょっとでも常識があれば躊躇するだろうに……」

( っω-)

( ・∀・)「……おっと、ごめんごめん。これもただの愚痴に過ぎなかったね。
      別の話をしよう。君は僕に、何かしら用事があって声をかけたんじゃないのかい?」

( ^ω^)「手紙……手紙を読んでもらわないといけないんですお」

寝ぼけ眼を擦り擦り、僕は手紙を彼に手渡した。
彼はそれを面白げに読み終えて、芝居じみた調子で肩を竦めてみせた。

( ・∀・)「へえ……つまり、これで僕もお役御免というわけか。随分唐突なことだね。
      もっとも、この手紙によれば十分な伏線は張られていたみたいだけど……」

( ^ω^)「……あ、申し訳ないけど手紙の中身は読者に分かられないように……」

( ・∀・)「いいんだよそんなの。どうせ、匙加減一つなんだから。
      それにしても、この謝罪を僕たちに見せて作者はどうしたいんだろうね?
      許されたいのか、拒絶してほしいのか、それともこうやって延々と悩ませ続けたいのか……。

      まあ、いずれにせよこの作者は僕に随分とお世話になってきたはずだ。
      手紙もいいけど、これまでの働きに見合った賃金が欲しいところだけどね」

30 : ◆xh7i0CWaMo :2015/02/01(日) 21:15:18 ID:BUXRE2KM0
( ^ω^)「……僕がこの手紙を見せる相手は貴方で三人目ですお。
      みんな色々な反応を見せていたけど……貴方はその中でも一番、あっけらかんとしている気がするお」

( ・∀・)「そうかもしれないね。何しろ、僕の仕事が完全に終わるというわけじゃないんだから」

( ^ω^)「お?」

( ・∀・)「キャラクターとしての僕たちが終わってしまっても、下地を作る役割としての僕は居残るからね。
      縦書きの小説なら游明朝体を用意するし、フォントサイズにせよ、
      行幅の設定にせよ、まだまだやることは山と積み上がってしまってるんだ」

( ^ω^)「そういうものなのかお」

( ・∀・)「そういうものだよ。
      これだって、僕が地の文の下地を用意していなかったら僕の服装や所作も分からないままだったんだから。
      それに、この作者は殊更地の文がないと碌すっぽ書けない性質の人間だからね。

      結局はいつまでも僕を頼る結果になってしまうだろう。
      だから僕に宛てる言葉は『グッドバイ』じゃなくて『サンキュー』のほうが正しい。
      その上で『これからもよろしく』という具合の文章があれば最高だっただろうね」

彼はそう言って遣り切れないというようなため息をついた。
けれど、僕には彼が立派な仕事人であるように思えてならなかった。
与えられた使命を当たり前のように遂行している彼を見ていると、自分自身が恥ずかしくて仕方がなくなるものだ。

31 : ◆xh7i0CWaMo :2015/02/01(日) 21:19:10 ID:BUXRE2KM0
( ^ω^)「……ちなみに、この下地はどんな物語のために用意してるんだお?」

試しにそんなことを訊ねてみると、彼は朗らかな、どこかせせら笑いにも聞こえる笑いを笑った。

( ・∀・)「そんなの、決まってるじゃないか。君のための道だよ」

( ^ω^)「僕の」

( ・∀・)「君の旅はまだまだ続くんだからね。これからも君は、知らずと僕の用意した下地の上を歩くのさ。
      そこにはきっと、成る丈巧く組み立てられた地の文を伴っていることだろう。

      僕は料理の味を表現するに足りるボキャブラリーなんて持ち合わせていない。
      あまつさえ馬鹿舌ときてるから救いようがない。けれど実際、旨味なんて誰にも知れぬものなのさ。
      当人にとってはきっと、とびっきり上等で美味しいと思われるために作られた地の文だろう。

      そいつを連れて君は行くのさ。唯一無二の、恥ずかしがり屋な相棒をね。
      だからきっと心配することはないよ。そいつが傍にいる限り、君は君の道を歩けるだろうさ。
      時として聳え立つ困難な壁も、いずれ乗り越えられる程度の困難さに過ぎないんだよ。

      それはきっと現実との最も大きな差異だろうね。そして僕たちにとっては最も大きなメリットだ。
      現実に時たま訪れる絶望的な困難さが、僕たちを襲うことはないんだからね。
      何しろ物語はそのうちに終わる。死のうが殺そうが、何もかも終わってしまうんだ。

      死のうと思って碌に死ねやしない現実世界にはシャットダウンという機能がない。
      それに比べれば僕たちはなんて恵まれていることだろう!
      きっと、他の物語に邪魔をされないが故の恩恵なのだろうね。単純な脳味噌に乾杯!」

……果たしてその通りなのだろうか。僕たちには、きっと終わってしまいたくない物語もあるはずだ。
美しく幸福な物語なんかが終わってしまわなければどれほど嬉しいだろう。全然有り得ないことだけれど。

けれど、急転直下の如き不幸に苛まれることを考えれば然程悲観するほどのことではないのかもしれない。
それに現実の人生だって、終わるときには終わるものだ……そこへ至るために、途方もない頁数が必要だとしても。

32 : ◆xh7i0CWaMo :2015/02/01(日) 21:23:27 ID:BUXRE2KM0
( ・∀・)「いやあ、最近はめっきり出番が減ってきているからね。腕もなまくらになってしまう。
      舞台がどこに移ろうとも、僕が僕自身の力を精一杯発揮できる日がくることを願ってやまないよ」

( ^ω^)「暇なのかお?」

( ・∀・)「そりゃあもう! 全盛期に比べれば……どれぐらいだろうね。
      単純な脳味噌は単純なせいでそんなに多くの物語を紡ぎ出せやしないのさ。
      けれど、世界に遍く存在する役割としての僕は……今日も明日も大忙しだよ。それは間違いない。

      徐々に僕らの仕事に価値が無くなってきているとは言え、必要なところにはまだまだ足りていないんだ。
      生憎と僕はこの頭の中から出ることは出来ないけれど……でもさ、想像してみなよ。

      人生というものを持った割には人並みの才能も与えられなかった人間がいる。
      そんな彼が物語を紡ごうと思った! さて、彼は健やかにその思いを果たせるだろうか?
      きっと茨の道の文字を埋めようとして傷だらけになってしまうだろうね。

      そこへ僕たちが駆けつける! まるでヒーローみたいに。
      そして才能に恵まれなかった彼のために茨を取っ払って、下地を作ってあげるのさ。
      もしかしたらそれだけじゃ彼は進めないかも知れない。でも、僕の仕事が彼を動かせるかも知れない!

      だから、そうさ、誰の頭にも僕たちがいれば、それほど幸せなことはないはずだよ。
      僕たちの働きによって物語が増えるなら、僕らの仲間が増えるなら、そいつはピースサインの始まりさ。

      ……あ、そうだ。MSPゴシックは正しくはMSPゴシック、つまり全角でね……」

( -ω-)Zzz

( ・∀・)「……ま、そうだよね。本当に話したいことを話すと眠たく思われる。しょんぼりしちゃうね。
      だからこそ、この仕事が難しいってことでもあるんだよなあ……」






5.もしも封印された初期衝動がお前に致命傷を負わせられるなら