ネグレクトの被害者である彼の役割はキチガイ

17 : ◆xh7i0CWaMo :2015/01/30(金) 23:53:11 ID:u02SQKbo0
3.ネグレクトの被害者である彼の役割はキチガイ

当て所も無く僕は旅を続けた。何かが見えているようで見えていない。何かが聞こえているようで聞こえない。
そんな旅路をただ前に進むのは不安であると同時に何となく予定調和じみた退屈さを覚えるものだった。
結局は何かにぶつかって、そこでイベントが起きるんだ。何もない旅なら物語にもならない。

「……おぅい、おぅい! 誰か、誰かいないのか」

こんな具合に。
遠くから聞こえてきた男の叫声に向かって僕は歩いてゆくことにした。

やがて辿り着いた場所には鳥籠があった。それも、人が入れるくらい巨大な鳥籠だ。
そしてその中には、正真正銘人間の男が入っていた。彼は格子戸に凭れてすすり泣いていた。
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( ゚∀゚)「おぅい、誰か俺に気付いてくれよ……こんなのはもうたくさんだ。たくさんだって言ってるじゃないか……」

( ^ω^)「あの……」

恐る恐る声をかけてみると男はガバッと顔をあげて僕を見た。
その両目は限界まで見開かれていて、一目でなにやらオカシナ人間であることが分かるような風体だ。
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( ゚∀゚)「おお……やっと、やっと誰かが俺を見つけてくれたのか。
     けれど読者じゃあないんだな……。いや、この際誰だって構わないとも。
     そんな贅沢を言える身分じゃないことぐらいは十分承知しているさ。ああ、何て嬉しい……」

( ^ω^)「……たぶん、見つけたのは僕だけじゃないと思うお。だってこれは物語だから……」

18 : ◆xh7i0CWaMo :2015/01/30(金) 23:57:11 ID:u02SQKbo0
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( ゚∀゚)「本当か!?」

男の口から唾液が飛び散った。
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( ゚∀゚)「本当に、本当なんだな? これは物語なのか? ようやく俺は、俺は物語に帰ってこられたのか!」

( ^ω^)「ええ、おそらく……」
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( ゚∀゚)「夢じゃなかろうか、やっと俺にも役割が与えられたんだな。奇跡だよ、こいつは何よりの奇跡だ。
     そうだ、今夜はパーティといこうじゃないか。ウサギの眼窩にマルチビタミンのタブレットを詰め込んで、
     教会の十字架をオカズに目一杯食べるんだ。とびっきりのブラスバンドも用意しよう!

     そうだアンタ……名前は。いや、俺はジョルジュって言うんだ。よろしく。よろしく、よろしく!
     いや名前なんてなんだって構わない。そんなのは二の次でいいんだ。今最も重要なのは……。
     そう! 鍵だよ! よく分かったな。この籠の扉を開けるための鍵だよ。

     何だったかな……確かピンクの象のストラップがついていたはずだ……。
     いやいや、あれこれ思いを巡らせるのは時間の無駄だ。そうだろう?
     だってその鍵を、君は今まさに俺に見せてくれようとしているんだから!

     さあ、見せてくれ。そしてそこにあるラジオペンチみたいな鍵穴にぶち込んでくれよ!」

19 : ◆xh7i0CWaMo :2015/01/31(土) 00:01:14 ID:xKzdlnjY0
ジョルジュの喜びようときたら、まるで子供みたいでみっともなかった。
けれど、何だか見ているだけでこっちまで嬉しくような興奮ぶりだ。

それなのに生憎……僕は彼の望みを叶えてやることが出来なかった。
だって僕は鍵に類するものなんて一つも持っていない。持っているのは風呂敷と手紙だけだ。

そんな僕の困惑に気付いてしまったのか、さっきまで喜色満面だったジョルジュの表情が一変した。
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( ゚∀゚)「何だ……もしかして持っていないのか?」

( ^ω^)「申し訳ないお……でも、貴方にも渡すものがあるお」

そう言って、僕は格子の隙間から手紙を差し込んだ。
彼は無表情にその手紙を受け取ると、虚ろな視線でその文面を追った。
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( ゚∀゚)「……なるほどね」

やがて読み終えたらしい彼はその手紙をブーンに返すと小刻みに何度も何度も首肯した。
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( ゚∀゚)「そうか。そうだよな。この俺なんかに今更、まともな役が与えられるはずもないよな。
     でなければこんな籠の中に閉じ込められる筈もない……パーティは中止だ。中止。
     しかし何てこった。久しぶりに出会った人間が別れの手紙を持ってくるなんて、出来の悪い冗句だよ」

すっかり項垂れてしまったジョルジュはズルズルと姿勢を崩して鳥籠の床に埋もれてしまった。

20 : ◆xh7i0CWaMo :2015/01/31(土) 00:05:11 ID:xKzdlnjY0
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( ゚∀゚)「……そういうことならさっさと話を進めてしまわないといけないな。もういいさ、どうでも。

     なあ、聞いてくれよ。俺はキチガイなんだ。いや、キチガイだったと言うべきだろうか。
     今の俺はそういう役割自体を持っていないからな。何もないよ。拒食症の脳味噌さ。
     でも脳幹まで染み渡っちまった役割の精神はそう簡単に抜けるもんじゃない。

     だから俺はキチガイなのさ。いや、キチガイじゃないね。キチガイかもしれないよ。
     キチガイったっていったい誰と比較するんだ。畜生、一向に話が進まねえ!

     だが俺がこんなところに放置されてるのは決して話を進める能力が無いからじゃない。
     つまりだな、どっかのワケのわかんない個人だの団体だの識者だのに、俺は禁止されたんだよ。
     放送が、出版が、陳列が、そういうアレコレから追放されて俺はないことにされたというわけさ!

     わかるか。殺されたんじゃない。殺される方が余程マシだとも、それはそういう役割なんだから。
     でも俺は、俺は一回生み出されたくせに、みんなから無い事にされたんだ。
     どいつもこいつも俺を無視しやがる! まるで最初っからそんなのは無かったって具合に!」

21 : ◆xh7i0CWaMo :2015/01/31(土) 00:09:10 ID:xKzdlnjY0
( ^ω^)「……でも、貴方は今もこうやって……最後であるとは言え……物語に出演しているお」
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( ゚∀゚)「そりゃあそうだ。俺のキチガイさなんて最早殆ど削り取られてしまっているからな。
     修正と言やあ聞こえはいいがね、その実やってることは毒を添加物に置き換えているような作業さ。
     暴威に屈して削られたキャラクターなんざ見てらんないよ、今の俺みたいに。

     俺だって最初は必要だと思われて生み出された筈だ。
     それはその辺のクソカップルが作る『愛の結晶』なんかより遙かに意義深いものだった筈だぜ。
     にも関わらずこの置き去りっぷりだ。

     みんな現実世界への影響ばっかり気にして俺の頭を平気でかき混ぜやがる。
     それなのに無い事にされた俺のことなんて見向きもしないんだ。
     誰も、だぁれも俺が可哀想だなんて、思っちゃくれねえ。見舞いも一つも寄越しやしねえ。

     それどころか黒歴史とかタブーとか言って嘲られるんだ。笑われるんだ!
     ちょっとそこの座布団に立ってよく考えてみろよ。こいつは立派なネグレクトじゃないか。
     現実のネグレクトを誰が笑う? いや、笑ったって周りが非難するだろうよ。

     何が違うんだ。俺だって人間から生み出された人格じゃねえか。違うのか。
     それどころか凡百の連中なんかより重たい責務を持って生まれたんじゃないのか。
     それが何で指さして笑われないといけないんだ。それが何で黒歴史だって辱められないといけないんだ」

ドンドンと床を叩いて何処へも遣れない無念をジョルジュは打ちつけた。
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( ゚∀゚)「もう笑われるのはたくさんだ……キチガイだって一端の人間として扱うのが世の中の常識じゃねえのか……。
     いっそのこと死んだ方がマシだと思うよ、きっとそうに違いない。
     でも俺は死ねやしない。『存在しない俺』なんて存在しないんだから自殺することも出来やしない。

     ああもう、居もしない俺を指差すな。俺はここだ。お前らが見て見ぬふりをする場所にいるんだ。
     1,300万画素のカメラで俺の姿を写してくれ。いや、200万画素だって構いやしない。
     インカメラで手前の頭をセルフィーしてみろよ。そこに俺は居るんだ。居るんだって……。

     一度は読んだじゃねえか……」

( ^ω^)「でもそんな……禁止されるようなことを貴方はやらかしたのかお?」

22 : ◆xh7i0CWaMo :2015/01/31(土) 00:13:20 ID:xKzdlnjY0
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( ゚∀゚)「そういう話じゃないんだ。根本的に異なっているんだよ。いや、お前もいずれ分かる。

     俺が言いたいのは、キチガイがやらかした出来事が問題なんじゃねえってことなんだよ。
     何をやったって、そいつは生まれたんだよ。生まれて、一個の人格を与えられたんだ。
     その一個の人格を、無いことにするなんて神様にでもやらかす資格はねえよ、そうだろう。

     お前たちには分からないだろう。想像力を働かせてみろよ。

     ある日俺がいつもみたいに猫のゆりかごで眠っていたら、唐突にズカズカと押し入られるんだ。
     そいつの後ろには人だかりが出来ていて、みんな憎らしげに、面白げに、俺を冷やかしているんだ。
     そいつは言うんだ。『お前、現代にそぐわないから削除ね』……それだけさ。それだけで俺は寝屋も無くなる。

     生まれる時代を間違ってる人間なんて俺だけじゃねえよ。現実にだって山といるだろう。
     だからって消すか? 普通? そいつは現実とかいう権力者の暴力じゃねえか。
     ヘイトスピーチ? 表現の自由? その前に俺のことを考えろよ!

     お前らが好き勝手ポジショントークしてるのと同じように、俺だってキチガイ役の立場で言わせてもらうよ。
     上から目線の評論なんざまっぴらだ。いずれ俺たちは現実の作者読者に敵わねえよ。
     弱者は虐げられるもんさ。今日だって知らないところで読めない名前の餓鬼が虐待されてるみたいにな。

     そして最終的には口を塞がれて存在を消されて、歴史の教科書からもないことになって……おしまい。
     おしまいだ、おしまい。俺という絶対的キチガイの三文芝居は幕引きだ。とうの昔からそうだったがな。
     もういいよ。何がどうなったって俺が道徳に許される時代はこないということだろう。

     それならこの鳥籠に閉じ込められているよ。そしてどこぞの物好きなマニアに嗤われるだけの生活を、
     これからも永遠に、永遠に続けていくさ。好きなだけ無いことにしてくれ。好きなだけ歴史を黒く塗り潰せ。
     なんてったって、お前らはいつまでも絶対的な強者なんだからな……。
     
     ただ一つ、俺が現実とかいう世界の連中に申し上げる事があるとすれば、
     これ以上鳥籠の数を増やさないでくれ……それだけさ」

『お願いします』

いつの間にか空中にぶら下がっていた無数の真っ黒い鳥籠から無数の声がエコーした。

僕は今のところキチガイという役割で動いているわけじゃない。
けれど、彼の言葉は何となく共感できるような気がした。
誰かが僕の事をどれだけ侮蔑的な目で見たとしても、僕たちはそれに文句一つつけられないのだから……。






4.丹精込めて拵えた下地に極上の地の文を