狂言回しはウイスキーに愛猫の夢を見る

2 : ◆xh7i0CWaMo :2015/01/30(金) 23:06:36 ID:u02SQKbo0
1.狂言回しはウイスキーに愛猫の夢を見る

/ ,' 3「旅に出なさい」

と、荒巻氏は僕に言った。
荒巻氏は村人達から賢者と呼ばれ慕われていたが、実際のところもう随分昔から歴としたアル中だった。
その荒巻氏はある早朝の1,500ルクスの陽光の下で唐突に僕を旅立たせようとしたのだった。

( ^ω^)「どうしてだお?」

/ ,' 3「何故ならば君は、物語の登場人物だからだ」
 
荒巻氏はコトリとグラスを置いた。
凡そ250mlのウイスキーを常温のまま飲み干した彼は、幾らかシャッキリとした双眸で僕を見詰めた。
その眼光ときたらまるっきりアル中のそれだったが、何故だか僕は荒巻氏から視線を逸らすことが出来なかった。

/ ,' 3「いや、君だけじゃあない。顔もないこの村の人々全員が、
    引いてはこの世界に生きているであろう全ての住人がとある不出来な小説の文面に過ぎないのだよ。

    勿論私だって例外じゃあない。この台詞は予め決められている結末へ後押しするための潤滑剤に過ぎない。
    だから一切の展開が、文章が、君や私といった登場人物が、どれもこれも合理的なんだ。
    そうだとも。それはひどく、酷く非道く合理的なんだ」
 
そう言った荒巻氏の右目から不意に涙が溢れ出した。
同時に彼の顔に数多と刻まれている皺が一斉に歪んだ。
そうして机に突っ伏して嗚咽するのだった。

3 : ◆xh7i0CWaMo :2015/01/30(金) 23:09:16 ID:u02SQKbo0
/ ,' 3「ああ、まったく合理的だ。全部が全部合理的なのだ。
    固着してしまった意思が紡ぐ物語なんて、どうしようもなく辻褄が合ってしまっているものなんだよ。

    嗚呼、私はもっと夢を見ていたかった。
    願わくはカイパーベルトに漂うコロニーNo.42で破滅の演歌に耳を傾けているような夢を……」

荒巻氏の年齢を僕は知らない。嘗て記憶していたのかもしれないが今は都合よく思い出せない。
だから彼が抱く老人じみた寂寞には些か共感し難かった。
 
そして荒巻氏は不意に顔を上げた。
そして自分の涙で濡れそぼってしまった机の表面を愛おしそうに撫でながら僕に言った。

/ ,' 3「君は、この机が何で出来ていると思う?」

( ^ω^)「……たぶん、百歳ぐらいの樹木を切り出したものだお」
 
そんな僕の答えを聴いた荒巻氏は再びワッと泣き出した。それはもう殆ど絶叫に近いような号泣だった。

/ ,' 3「そうだろうね。きっとそんなところなんだろう。

    けれども私は、私にはこの机が、愛猫の毛皮と、
    暖かな春の午後の日差しを混ぜ合わせて作られたものだと思われるんだよ。思えて仕方がないんだよ。
    思いたくて思いたくて、けれども私は、そう思うには歳を重ねすぎたんだ……」

5 : ◆xh7i0CWaMo :2015/01/30(金) 23:13:40 ID:u02SQKbo0
いつのまにかグラスになみなみと注がれていたウイスキーを、荒巻氏はまた一気に飲み干した。
グラスの底は若葉色の色つきガラスで出来ていて、そこからは無限にウイスキーが湧いて出てくるようだった。
それはまるっきり夢物語のようにも思えたが、少なくとも荒巻氏を救済する類いの夢ではないらしい。

( ^ω^)「……それで、僕はどこへ旅をすればいいんだお?」

/ ,' 3「行き着く果てには責任が持てないんだ。申し訳ないがね、しかし仕方がないんだよ。
    私にはその情報へアクセスするための権限が無いらしくてね。
    けれども君が途中に立ち寄る場所なら、分からないこともない」

( ^ω^)「それは?」

/ ,' 3「墓場だよ。何故ならばこの物語は墓場を主題としているからね。
    幾ら抗おうともメアリー・スーを召喚しようとも、君はいずれ墓場へ辿り着く宿痾を持っているんだ。

    それは七年前かそれより昔か……
    つまり、君という存在が不出来な頭の中に誕生した瞬間から決定されていたことなんだ。
    
    けれども、その不出来な頭は、
    不出来であるが故についこの間まで君を墓場へ連れて行く義理を忘れてしまっていたようだ」
 
そうして荒巻氏は僕に一枚の手紙と風呂敷を手渡した。
風呂敷の中には何も入っていない、言ってみればただの布だ。

6 : ◆xh7i0CWaMo :2015/01/30(金) 23:17:15 ID:u02SQKbo0
/ ,' 3「その手紙は謝罪文だよ。君だけでなく、我々みんなに宛てた手紙だ。
    君は旅の途上で幾人かの登場人物に出会うことになる。
    彼らとどのように接するかは君の自由だが、最低限、その手紙の文面を読ませてあげてほしい。

    あまりに簡単で無責任な禊ぎだけれどね。しかしそれ以上の配慮はきっと誰にとっても得にはならない。
    本当に罪悪感が込められているならば、『ごめんなさい』というたった六文字で相手に伝わるものなのだろうさ。

    いや、勿論伝わるか否かなんて誰にも分からない。それはそういうものなんだ。
    それは相手が恋人だろうと、物語の登場人物だろうと、変わるものじゃない……」

( ^ω^)「この風呂敷は……」

/ ,' 3「それが畳まれた時に物語は終わる。死ぬという具合じゃない。君も私も、正真正銘終わるんだ。
    君が君なりに行き着く果てを見出そうと見出すまいと、風呂敷が畳まれてしまえば全てがおしまいさ。
    
    これをもって私たちの出番は永遠に途絶えるだろう。まるで古くさい芝居の幕引きと共に心中するみたいにね。
    喜ばしきことだろうか? 悲しきことだろうか? 忌むべきことか? そんなのは誰にも分からない。

    人生の善し悪しなんて、後から振り返り見ても判断出来るものじゃないさ。
    いずれ私に言えるのは、その風呂敷が畳まれるのはそう遠くない未来であるという、ただそれだけだよ」
 
涙に塗れた荒巻氏は口角を少し吊り上げて笑った。その表情は不自然なほどに疲れ切っているように見えた。

8 : ◆xh7i0CWaMo :2015/01/30(金) 23:21:23 ID:u02SQKbo0
/ ,' 3「これで私の役目は終いだ。私はこの物語に於いて、所詮狂言回しに過ぎないのだからね……。

    しかし、私は私の役割を満足に果たせたのだろうか? 
    私は出来るだけ分かりやすく君の旅の切欠を説明したつもりだが……。
    畢竟、一連の私の言葉が文字通りの狂った言葉に過ぎないのかもしれない……。

    意味のない……意味、意味? 意味だと? 
    何だ、その意味というのは……そんなもののために我々は生まれたのか? 
    そんなものは夢見も持ち得ぬ生活だけで十分じゃないか……。

    いやいや、しかし何も言うまい。私は今から暫く誰の目も届かぬところでこっそりとこの机を愛でるんだ。
    ほうら、抱き締めているだけで、こんなにも暖かなこの机を……。

    なに、そもそも自分の言葉を自分で批評するなんて野暮ったいことだ。
    それはきっと、誰かの頭の中で自然と為されるものなのだろう……。

    ああ、しかしもっと不合理な夢を見ていたかった。
    こんな頭の中に生まれていなければ或いは……。
    
    それでも、私にとってこの頭に浮かんだ知見こそ、唯一無二のアカシックレコードなのだ……。
    ところどころに穴が開いていてさえ、これが唯一の……」

9 : ◆xh7i0CWaMo :2015/01/30(金) 23:25:25 ID:u02SQKbo0
手紙と風呂敷を手に未だ戸惑っている僕を置いて、最早荒巻氏はすっかり机と同化してしまった。
彼はコロニーNo.42の夢を見ながら、ニャァオニャァオと鳴くのだった。

/ ,' 3「そうだ。最後に君にこの言葉を贈ろう。フランス語ではね、人生と伝記は同じ綴りらしいよ……。
    つまり人生とは物語で、物語とは人生なんだ。

    そう考えてみると私たち物語の登場人物は、
    そのまま人生というものを体現していると思わないかい……ニャァオ、ニャァオ。

    ああ、そうだ。もう一つ重要なことを忘れていた。
    君に手渡したその手紙だがね、見せる相手は登場人物だけにするんだよ……。
    決して読者に盗み見られないように……ニャァオニャァオ。

    それじゃあ……嗚呼、良い天気だ。別れの日にはピッタリじゃないか。
    私は君に餞別として詩集の一つも渡せないが……それでも、ニャァ、なんてロマンチックなんだ……」






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