葬送

260 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 21:33:24 ID:cxCxhwjA0
11.葬送 20120378KB

一切が間違っているように思います。
私には今、現実の風景と記憶の中の風景が混ざり合って見えています。

私達の頭が認識できる風景は二つまでです。実際の風景と、頭の中のイメージ……
どちらも主観の中においては一つずつしかなく、容易に区分できるものです。
しかし今となってはどちらが何なのか分からない。

悪夢は、好んで人に見られているわけではないと思うのです。
人がそれを必要とするとき、或いはそれにさえ縋りたくなった時にのみ、
悪夢は私達の頭の中で自らを曝け出すのではないでしょうか。
 
今まさに、そう思うのです。何故なら私は今、確かに悪夢を求めて、そして望み通りにそれを見ているのですから。
 
しかし本当は目の前の壁をカリカリと引っ掻いています。悶えているのです。藻掻いているのです。
後書きとは、斯くも辛いものなのでしょうか。
 
何を言っているのか分からないかも知れません。しかし、これは私のささやかな自虐的反逆なのです。
実際の所私は未だ現在の自分に降りかかっている状況を真実として見定められてはいないのです。

そう、一切が間違っているのです。
狂気よりも静謐を纏った不条理に覆われてなお、
どうして私だけが合理的な言葉を吐く義務を背負わなければならないのでしょうか……。

※ ※ ※

261 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 21:36:16 ID:cxCxhwjA0
母から連絡があったのは昨日の午前でした。

私は親許を離れて大学近くのアパートに下宿しており、
常からの放任主義もあって電話など滅多に掛かってくることがなかったものですから、
受話口の向こうから母の声が聞こえてきた瞬間には些か驚いてしまいました。
 
社交辞令的な挨拶を交換し合ったあと、母は私にこう言いました。

J( 'ー`)し「今日お通夜で、明日お葬式やから、帰ってきなさい」
 
赤の他人に話すように一オクターブ跳ね上がった母の言葉に、私は何故か、
いよいよ父が死んでしまったのだという確信を持ったのです。

思い返してみれば、母はその時、具体的な死者の素性を明かしていなかったように思います。
しかし、前回の長期休暇に帰省した際、父は確かに市内の総合病院に入院していました。

病名などを聞いた憶えはなく、その時の父は病室のベッドに横臥しているということ以外は普段と何一つ変わらず、
むしろ血色の良い笑顔を浮かべていたはずです。

それでも、私のせっかちな記憶構造は葬式という言葉に最も身近な死に近しい思い出……
父の姿を結びつけてしまったのでしょう。
 
とは言え、死者が父であると誤認してしまった上でも、私は大仰な悲嘆に暮れることも無く、
電話越しに首肯していました。今にして思えば何もかもが少しずつおかしかったのです。

262 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 21:39:04 ID:cxCxhwjA0
そもそも父が死んだとしたならば、電話の向こうの母が、どうして私と同じように落ち着いていられたのでしょうか。
あまつさえ、通夜の当日になって私を急に呼び出すという杜撰さも些か引っかかります。
私と父との関係は決して良好ではありませんでしたが、だからといって冷え切ってもいませんでした。

私達は親子としての特有の色味を持ち合わせていたでしょうし、
父の葬式に涙を流すことも難しくはなかったはずです。
だから、私は電話においても、父の死について母ともっと語らってもよかったはずなのです。

そして何よりも異様なのは、仮に父が本当に亡くなったのであれば、
最低でも危篤の段階で私のところに一報が届くであろうという点です。
この点に関しては、確たる疑いとして払拭に至る情状も証左も得られないものでしょう。
 
しかし、物事はあまりにも滞りなく過ぎました。私達はどちらからともなく電話を切りました。
双方に相手を引き留める意思がなく、事務的な会話に終始しただけでした。
そして私は、至極冷静に出立の準備を始めていたのです。

263 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 21:42:26 ID:cxCxhwjA0
葬儀に参列するのは五年ほど昔に父方の祖父が亡くなった時以来です。
祖父は死の数年前に脳梗塞を起こし、その際に左半身を巧く操ることが出来なくなっていました。

そのせいか末期には精神面にも異常を来しており、最期を迎えた場所は山間にある病院の、
あまりにも分厚い鉄扉に阻まれた隔離病棟の中でした。

元々交流の薄かった生前の祖父に関して私が記憶しているのは、
せいぜいロッキング・チェアに身を預けた半身不随の彼が、
叔母の飼い犬であるポメラニアンを杖で楽しげに殴打していた場面ぐらいです。
 
その葬儀で、祖母が祖父の死顔を泣きながらもみくちゃに歪ませていたことをよく憶えています。
死んだ祖父は遺影の中の彼自身とはまるで別人物でした。特段窶れていたわけでもなく、
物理的には然程違いのない相貌であったでしょう。

しかしその違和感は……不気味の谷底に落ちたような違和感は、
如何様にしても拭い去れるものではありませんでした。その意味で、私は魂の存在を信じているのかも知れません。

二十一グラムの剥落が印象に大きな変容を及ぼしているとするならば、
そのロマンチシズムは今の私にさえ大きな安堵を催させます。

264 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 21:46:07 ID:cxCxhwjA0
そうやって五年前の感傷を想起したところで、現在にとって最も重要な、
即ち葬儀の仕来りや手順については何一つ思い出せませんでした。

その時点ではまだ亡くなったのが父であると思い込んでいたわけですから、
これまでの葬儀よりも私自身の立ち位置がより重責を担う側に寄るのだと考えました。

しかし、それに関しても応用の利きそうな物種は捉えられませんでした。
とは言え、服装については思い当たる節がありましたから、
私はクローゼットから就職活動のために備えておいた背広を取り、身を包みました。

一層の底冷えに苛まれる近頃、意識的な友人などは既に就職活動に身を入れて取り組んでいるようです。
私もそれなりに動いているつもりではありますが、今のところ大した実感は得られていません。
私は就活を、楽観も悲観もしていません。ただ漫然と受け入れ、それが流れていくのを待つつもりでいました。

私は自分自身を、過大にも過小にも評価していないと思います。
それなりの職業について、中庸かつ凡庸に暮らしていければ幸いでしょう。
私は現在を、人生の転換点という決まり文句で表せるような深刻さでは受容していないようです。
 
上下を着替え終え、持参する鞄の種類などに頭を捻らせていたところでようやく、
午後に恋人と会う約束をしていたのを思い出しました。
二時頃に駅前のショッピングモールで落ち合い、適当に時間を潰してから夕食後に解散するという既定路線です。

私は慌てて約束の反故と謝罪の旨をメールに認めることにしました。

入力しながら、そう言えば今日の逢瀬が一ヶ月半ぶりであったことに気付いて、
ますます居たたまれなくなったのですが、父の死はその後ろめたさに勝る効力を有していると確信していたので、
謝罪文もそれに沿った幾分おざなりな仕上がりとなってしまいました。

265 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 21:49:09 ID:cxCxhwjA0
恋人は二年前に知り合った他大学の同い年です。
出会いの契機は趣味の合致にあり、今日まで大した綻びも見せず順当に歩んでくることが出来ました。

しかしここのところは互いにゼミでの発表や就職活動で忙しく、
彼女に至っては公務員試験の勉強も並行しなければならないので、
去年のクリスマスを最後に会う機会を逸したままです。

会えない口寂しさはそれ自体心地よい精神の負担を生じさせ、愛情の再認にも役立つのですが、
それもどこかで発散しなければなりません。
その貴重なタイミングを一度でも逃してしまえば内面の予定が狂ってしまいます。

しかしそのような悩みは自由を持て余す学生ならではの発想であり、
人間である以上どうしようもないハプニングなのです。
 
諸々の整理を終えて家を出たのが正午過ぎでした。

現在の住処から実家までは、電車を乗り継いで二時間程度かかります。
母からの電話に具体的な日時の指定は含まれていなかったものの、
遅くとも四時に到着すれば良いだろうと心得ていたので、私は多少余裕を持って歩を進めることにしました。

266 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 21:52:06 ID:cxCxhwjA0
最寄駅までの道のりで、私はどのような思索をしていたでしょう……。

確か、単位のことを考えていました。大学の定期試験が終わったばかりでしたので、
その出来栄えを経験則と照らし合わせていたように思います。
つまり、その時点での私にとっての関心事は父の死よりも単位であったということです。

無論それは母からの無感情な電話、及び確認の取れた問題ではないという、
いかにも現実離れした状況がそうさせたと判断しても構わないでしょう。

しかし自分自身、父の死が直接悲嘆に繋がるものではないと思っていた気がしてなりません。
先にも述べたように、私と父の関係はこの季節ほどには冷え切っておらず、多少の諍いを抱えながらも、
普遍的な親子関係を体現していました。

当然ながら、父の死を体験するのはこれが初めてです。

ですから、死を耳にした途端に全身の力が抜けきって崩れ落ちてしまうだとか、
裏付けを取るために全力を賭けるだとか、
そういうドラマツルギーに則った行動ができないのも仕方がないといえばその通りです。

それなのに、心の奥底に寒々しい何かがありました。
真実父が亡くなっていたとして、私は果たしてその死顔と対面する場面で落涙に至れたでしょうか。
精神的にも金銭的にも、あらゆる面で支えてきてくれた父に、それに見合うだけの感謝や罪悪を想えたでしょうか。

更に踏み込んでしまえば、そもそもこのような常識的な疑問を持つことさえ、
強迫観念めいた感情の取り繕いにしか感じられなくもあるのです。

267 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 21:55:20 ID:cxCxhwjA0
辿り着いた駅で乗り込んだ列車は、平日の午後としては考えられないほど混み合っていました。
まるで人々が一斉に街を逃げ出ようとしているような有様で、席に着くのは到底不可能、
何とか吊り革を手に入れて立ち竦んだものの、今度は必要最低限の床を確保するにも苦労する始末……。

いわゆる通勤ラッシュにも馴染みのない私は、ただただ人の波に翻弄されるばかりでした。
 
この混雑の原因を探ろうと頭を巡らせ始めたとき、私は人込みの向こうにK君と思しき人物の顔を発見しました。
ぞんざいに洗われる芋であった私がその顔に相応しい反応を示す前に、
K君らしき人物は人海の中へ埋没し、それきり見えなくなってしまいました。

しかしよくよく思い返せば、こんなところに彼がいるはずもないのです。

268 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 21:58:54 ID:cxCxhwjA0
K君は中学時代の友人であり、その当時私はまだ地元にいました。
彼の父はコンピュータ関係の小さい会社を経営しており、私の家よりも比較的裕福な暮らしをしているようでした。
常から居丈高に振る舞う性格のK君でしたが、それに伴っているらしい慈愛も持ち合わせていました。

中学校からの帰りによくコンビニのジャンクフードを奢ってくれたのを憶えています。

(,,゚Д゚)「お前はしょうがない奴やな」

と言うのが彼の口癖でした。

当時のK君には惚れ込んでいる女優Aがいました。
私たちよりも二歳年上のAが出演する映画の話を、彼は事あるごとにしていました。そして、

(,,゚Д゚)「俺は、中学卒業したらA(彼はその女優を、親しげに名前で呼んでいました)に会うために劇団に入って、
     東京に行くんや」

という決意を仄めかしたのです。私には考えられない人生設計でした。
中学を卒業すれば次は高校、その次は大学、そして就職……
それが、私が確信していた常識的で唯一の選択肢だったのです。

そしてそのコースから外れてしまうことを、今でもなお怖れています。
だからその時のK君の雄弁を、私はただ大口を叩いているだけのことだと信じ切っていましたし、
現実には彼も高校に進学して生きていくものだと疑わなかったのです。

269 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 22:02:00 ID:cxCxhwjA0
そのため、高校入学後にK君に再会した際、彼が本当に地元の劇団に入ったと聞かされた時には酷く驚きました。
当時の彼はアルバイトと劇団の二足の草鞋で行動していました。

彼はAに会う夢を捨てておらず、

(,,゚Д゚)「今度、初めて舞台に立つことになってん」

(,,゚Д゚)「バイトしんどいけどな、いっぱい金入るで」

など、輝きを伴った眼で語っていました。
そして私に、昔と同じようにコンビニのジャンクフードを奢ってくれたのです。

当時の私は未だ学生という身分であり、相変わらず試験と学習塾に追われる日々でした。
平凡から逃げ出したい年頃だったこともあって、自らがデザインした人生を順調に歩んでいるK君が、
私には羨ましく見えてなりませんでした。

そしてK君もまた、そんな私であるからこそ威張り続けることが出来ていたのでした。

270 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 22:05:15 ID:cxCxhwjA0
それからしばらく、K君に会う機会はありませんでした。
次に遭遇したのが、前回から一年後ぐらいのことだったと思います。
何かの用事で、普段は行かない駅前のコンビニに入ったとき、そこにK君がいました。客ではなく、店員として。

私は特に何も考えず、K君に気軽な挨拶を向けました。
するとK君は一旦私に視線を寄越したのですが、そのままふいと目を外したのです。
 
その時の彼の眼を表現するなら……深く死んでいた、とでも言うべきでしょうか。
今でもたまにその眼の色を思い浮かべるのですが、それは仕事に従順な者の眼ではない、
どす黒い嘆きや寂しさに塗れたものなのです。

私はそれ以上K君に近づくことが憚られ、そのまま黙ってコンビニを出ました。
彼の父親が経営する会社が倒産し、そのせいで演劇活動する余裕がなくなったため、
止む無く劇団を退いてアルバイトに専念しているという話を人づてに聞いたのは、それから数か月後のことでした。

271 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 22:08:10 ID:cxCxhwjA0
……そんな、地元の友人であったK君と遠く離れたこの地の電車で乗り合わせるなど考えられないので、
きっと私の見間違いだったのでしょう。もし当の本人だったとしても、彼のほうが私に会いたくないに違いありません。

私はK君を友人だと認識しています。しかし彼は最早そう思ってはいないでしょう。
女優Aや劇団での活動などと同じ、忌むべき歴史として片隅に追いやられているはずです
(余談ですが、活躍のニュースをまるで聞かなかった女優Aは、最近ヌード写真集を出版したそうです)。

しかし、だからと言って私はK君を勝手な男だとは思えません。
少なくとも彼は、烏合の衆から抜きんでるために一度は人生の荒波に立ち向かおうとしたのです。

例えるならそれは、このごった返す電車の中で座席の争奪戦に馳せ参じるようなものであり、
しかも彼は一度、席を獲得しかかったのですから。この点について、私は今でもK君を尊敬出来ますし、
そうすべきだと思っています。私は未だ、争いの加わるための門を叩いてすらいないのです。

これだけ人間だらけの車内でも、座れている人の顔は随分拝みやすいものです。K君の顔も一瞬は見えました。
今やそれは沈んでしまい、あまつさえ二度と浮上してこないかもしれません。
それでも、彼の顔を忘れることはないでしょう。他方、私にはいつまでも顔がありません。

……いずれ、馬鹿馬鹿しい比喩表現です。現状を的確に表現することに、
いったいどれほどの意味があるというのでしょう。そこからの発展など一切望めないというのに。

272 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 22:11:07 ID:cxCxhwjA0
満員電車の滑り込んだ終着駅から別の路線に乗り換えました。
先ほどよりは混雑していないもののやはり座席にはありつけず、私はまた、じっと扉の近くに突っ立っていました。
K君の回顧に頭を使ったせいか、ちょっとした疲労と頭痛が溜まっていました。

それは電車が地元に近づくにつれて次第に増幅し、遂には看過しようのない痛みへ変貌したのです。
そのせいで、私はこの段階でも葬儀のことや父のことに考えを及ばせずにいました。

景色が揺らいで見えてきましたが、眼を閉じるとそのまま崩れ落ちてしまいそうでした。
そのため、何とか地を踏みしめながら虚ろな眼で徐々に空いていく風景を眺めていました。

醜態を晒さぬようにと必死で装う私は、周囲から一層奇異に映ったことでしょう。
衆目を気に掛けているからこその行動を取っているはずの私自身に、衆目を気にする余裕はなかったのです。

目的地に到着したのは三時頃のことだったと思います。しかし時計を確認するという発想はありませんでした。
脳みそが内側から鉄塊に変わっていくかのような重みと痛みに、私は徒歩で実家に赴くことを早々に諦め、
降り立った足でそのままタクシー乗り場に向かいました。

運良く一台だけ停まっていた車に乗り込み、私は、恐らくははっきりと実家の住所を告げました。

タクシーが発車し、頭をシートに預けると、途端に意識が朦朧とし始めました。
熱っぽさはなく、むしろひたすら冷えているようでした。

これまでに感じたことのない痛みと、強制的に活動をシャットダウンさせようとしているかのような微睡み……
振り返ってみると、それはトラウマを心の奥底に閉じ込めておこうとする、
無意識の武力的な抵抗だったのかもしれません。

273 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 22:14:25 ID:cxCxhwjA0
しかしその時の私にそんなことが分かるはずもなく、
ただただ通夜、或いは葬儀の場でだらしない態度を見せてしまうのを怖れて自分を奮い立たせていました。

私の脳みそは休むわけでも活動するわけでもなく、
そのためにより悪い方向へ思考を追いやってしまっていたように思えてなりません。

タクシーを使えば自宅まで二十分とかからないはずでしたが、今となっては定かでありません。
ただ一つ確かなのは、途中で母校の小学校の門前を通り、
そこから通学路を遡る形で家へとひた走っていたことです。

私の地元は大学付近に比べれば幾らか閑散としていますが、
私がまさにその通学路を使って登校していた時に比べれば随分発展したものです。

もう十五年ほども昔になる当時、ベッドタウンであったこの街にはまだ多くの田畑が残されており、
道路も今ほど整備されていませんでした。小学校からの帰り道、辺りにあったのは家と、空き地ぐらい。

側溝に、ニシキヘビが蜷局を巻いたまま死んでいたこともありました。
どこからともなく現れた野良犬に追いかけられ、死に物狂いで逃げたこともありました。

現在の自分の目に映る光景にそういった幼少期の体験を当て嵌めるのは少し難しくなっています。
空き地にはコンビニやドラッグストアが建ち、家々も新築のものに置き換えられました。

変わらないのは小学校に程近かった市営の団地群ぐらいで、昔はなかった、
駅と小学校を結ぶ殆ど一直線の道路も整備されています。

274 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 22:17:10 ID:cxCxhwjA0
そうやって様変わりにしていく街は、しかしどことない地元の匂いを醸し続けているようです。
それは祖父の死顔に直面したときとは真逆の感情であり、
つまり変わり続けていくことに生気が感じ取れるからなのでしょう。

K君はまだこの街に留まっているのでしょうか。街を出た私は、しかし未だ何も変われていません。
勿論、変わることを主観的に認識するのは大変に困難ですが、それにしたって自分の、
のっぺらぼうのような顔面に何かが書き加えられた痕跡が見当たらないのです。

この街に大切なものを置き去ってしまったなどと、形式張った物言いをするつもりはありません。
そして、そもそも自分には何もなかったと自嘲する気もないのです。

万人と同様に私も持っているはずの何かは、不合理なほどに進歩しなかった……
とは言え、この感情だって畢竟陳腐な共通認識に過ぎません。私が覚える倦怠感は、
モラトリアム特有の、そしてモラトリアムにいる誰もが患う麻疹なのだと、その時は結論づけました。

気付けば思考の彷徨に嵌まり込んでしまっているために、頭痛は一向に快復しませんでした。
その痛みは、自覚する度に強くなり、いよいよ頭蓋を突き破りそうでした。
私はバックミラーを気にしながら平静を装っていましたが、いよいよそれも限界に迫っていたようです。

275 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 22:20:17 ID:cxCxhwjA0
一瞬、ふと意識がクリアになりました。

視覚も聴覚も普段の何倍も研ぎ澄まされたかのような感覚で、私は思わず左右を見回しました。
タクシーは通学路の中程を走っていました。右手に、まだ新しい住宅がありました。
小学校時代には無かったものです。

過去、そこに何があったかを、その時点ではまだ思い出せませんでした。
ただはっきり憶えているのは、そこを通過するときに何か奇怪な音……
金属の摩擦音か、赤ん坊のヒステリックな泣き声……が聞こえてきたことです。

体調を鑑みれば幻聴で間違いないでしょう。
ともかく、私はその断続的な音を聴きながら、唐突に小学校時代の回想を始めていました。

276 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 22:23:21 ID:cxCxhwjA0
その頃仲の良かった人の中に、N君という男の子がいました。
いつも緊張しているかのようなハスキーな声で喋り、感情表現がやたらに激しく、
勉強がからきし駄目であったN君は、考えてみると軽度の発達障害を抱えていたのかも知れません。

同級生には、彼をからかい虐めていた連中も多くいました。
彼は虐められる度に癇癪を起こして激怒するのですが、それがまたいじめっ子達に快感を与えていたのです。

実際、N君は力比べをして勝てるほどの体格では無く、
癇癪を起こしてもせいぜい校庭の砂を掴んで撒き散らす程度のパフォーマンスしか出来ませんでした。
それはさぞかし、上等な見世物だったのでしょう。

そんなN君と、私は分け隔てなく付き合い、よく二人で遊んでいました。
誤解の無いように申し添えておきますが、それは何も義勇や同情による行動ではありません。

私をして、今と変わらず隅の方で一人遊びをすることに喜悦を覚える性格であり、
学級内をいじめる側といじめられる側に大別すれば常にいじめられる側に属しているような子供でしたから、
友達選びに悩むような身分ではなかったというだけの話です。

しかしN君にしてみれば私は数少ない友達です。きっと私の話を彼は自分の母親にしたのでしょう。
ある日N君の家に遊びに行ったとき、その母親が大げさなまでに私をもてなしてくれたことを憶えています。
差し出された過剰なまでの感謝に、私は大いに戸惑ったものでした。

そこでは一緒にスーパーファミコンで遊びました。そして帰りにN君の母親は私に、
カルピスの原液が入った瓶を一本、持たせてくれました。持ち帰ったそれを母に見せたとき、
彼女は些か怒っていたようでした。

早速N君の家に電話をかけ、数分間お辞儀を繰り返しながら会話の後にお咎め無しとなった私は、
その代わりにこれからもN君と仲良くすることを母と約束したはずです。
それからは、N君の家と、家族ぐるみでの付き合いが始まりました。

277 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 22:26:15 ID:cxCxhwjA0
しかし、その日々はさほど長く続きませんでした。N君の母親が急逝したのです。
原因については詳しくは教えられませんでしたが、当時彼女はN君の弟を妊娠していたらしく、
その出産に際して何らかの問題が生じてしまったらしいのです。

赤ん坊は無事生まれたのですが、母親は命を保ちきれなかったのだと、後に聞かされました。
その知らせは学校の連絡網を通じて伝わりました。……そう、今思い出しました。
確かその時、私はN君の母親の葬儀に参列したのです。それが私にとって初めての葬儀体験でした。

今や正確なことは何も憶えていません。
唯一印象的だったのは、親族席に座っていたN君が、普段のような感情的振る舞いを見せずに、
うっすらと涙を浮べてじっと座っていたことです。
 
それから、N君とは次第に疎遠になっていきました。
学年が変わってクラス替えがあり、N君と離れてからは言葉を交わす機会すら殆どなくなってしまったのです。
そしていつからか、学校でN君の姿を全く見なくなってしまいました。

最後に見たN君は、相変わらずいじめっ子相手に癇癪を起こして喚き散らしていました。
私はそれを遠くから見ていました。それきりでした。今N君がどこで何をしているのか、知る由もありません。
 
……苛烈な頭痛に襲われているその瞬間に、何故N君のことを思い出したのでしょう。

278 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 22:29:09 ID:cxCxhwjA0
それまで記憶の片隅にも滞留していなかったはずのN君はおもむろに意識内へと染み出してきて、
私の頭を一度だけかき回しました。それが一体どうしてなのか……
考えているうちに鋭敏だった感覚はなりを潜め、再び耐えがたい頭痛が響いてきました。

そう、私はある場所に思いを馳せていたのです。その場所には今新しい戸建の住宅が建っていて……
過去、その場所は……母親の葬儀の直後、N君と話す機会があった際、
私は母親の死に関して随分と不躾な質問をしたはずです。その全てに対して、N君はこう答えました。

(●●●)「分からん、何も分からんねん」

……彼女からメールの返信が無い、という気づきが不意に混ざり込みました。
そして私は、しばし意識を失ったらしいのです。

私はその間死んでいたようでした。次に目覚めたとき、私には覚醒の感覚がありませんでした。
私にとって、断絶した時間は瞬き程度のものにしか感じられなかったのです。
にも関わらず、窓外は既に暗くなっていました。携帯を見ると、間もなく六時といった頃合いでした。

しかし、そんなことは有り得ないのです。何故なら、私は三時前後にタクシーへ乗り込んだはずで、
実家までどれだけ遠回りしても一時間と掛かりません。メーターを見ても想定の範囲内に留まっていますから、
私が意識不明になったのをいいことに運転手が無茶な針路を取ったとも考えられません。

あまりにも不条理なハプニングでした。

しかし、私はそれ自体をさほど問題視していませんでした。
むしろ、予定より遙かに遅れてしまったことで、
通夜に遅刻してしまうことに対する恐怖が汗となって全身に噴き出したのです。

不義理なことに、その時初めて、
私はこの通夜が父を弔う儀式であると言うことを切迫した現実として認識したのです。

279 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 22:32:12 ID:cxCxhwjA0
身を乗り出して運転手に何か言おうとしましたが、
走っている道が実家付近であることに気付いて思い留まりました。
そしてタクシーが実家前に横付けされるや否や、車外へ飛び出し玄関へと走りました。

扉を開けた(鍵が掛かっていたかどうかは記憶していません)直後に、家の中が無人であることを理解しました。
皆、もう斎場へ向かっているのでしょう。すぐさま駆けつけようと踵を返しかけたところで、
私は今宵の真なる目的地が何処であるか把握していないという事実に直面したのです。

身体が自分を抱え込むような姿勢で脱力しました。
三和土に膝をついて、しゃくり上げるような激しい呼吸を繰り返しました。
頭痛は概ね治まっていましたが疲労の方は去っていなかったようなのです。

満身創痍の脳髄は直近の問題処理を拒否していました。私は頭を上げて漫然と辺りを見渡しました。
宵闇の中でぼうっと佇む靴箱、観葉植物、トイレへの扉……何れも記憶に合致する代物です。
いや、もしかしたら記憶の方が目の前の事物に媚を売っていたのか……。

280 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 22:35:31 ID:cxCxhwjA0
私がいなくなったこの一軒家には、父と母、父方の祖母の三人が生活しています。
母方の祖父母もこの近くに住んでおり、私だけが領域外に飛び出したというような案配です。

父方の祖母は祖父が亡くなるまではここより遙か遠くの辺境にある、
ささやかながらも鯉の泳ぐ池があるような割合に良い家で暮らしていたのですが、
祖父が亡くなり、住居を管理するのも容易でなくなったためその家を引き払い、数年前にこの家に移り住みました。

母と諍いを起こすような場面もなく、関係は極めて良好でした。
昼下がりに二人揃って再放送の刑事ドラマを観ることが日々の楽しみであったようです。

私の部屋は二階にありました。
今もまだ、私の残していった漫画本や古いゲーム機がそのまま放置されていることでしょう。
部屋は私が一人で使うには十分な広さで、昔はよく友人たちを招いて遊んでいたものです。

……よく考えてみれば、部屋は些か広すぎたようにも思えます。
少年であるが故の身体事情のせいなのか、過去に誇大妄想を塗布しているのか……
つまり、子ども二人でも優に使えるほどのスペースだったのです。

281 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 22:38:14 ID:cxCxhwjA0
その時、私は絶叫していました。

叫んだ瞬間の記憶は無く、刹那の後に自分の叫び声に吃驚していました。
それは何に対しての叫びだったのでしょう……。

例えば、思い出したくもない忌々しい過去が奥底から次々に競り上がってくるとき、
思わず声を上げて拒絶したくなります。自作の拙い漫画や、詩歌のことなど……
しかしその時、私は何一つ思い出していなかったのです。それはまったく、虚無から発せられた叫びでした。

ただ、それは私にとって別に珍しいことではありません。
時々、身に迫る巨大な不幸の予兆に対してどうしようもなく緊迫した気持ちになることがあります。

その時も、過去が噴出する時と同様の叫喚を口にしたくなるのですが、よく考えると何のことはない、
その不幸には実態も、そもそも予兆さえ実在していなかったのです。

何かに対して怖ろしい、怖ろしい、逃げたい、いっそ消えてしまいたいと考える感情は、
実のところ一切が妄想であったりするのです。

だから今回もその類だと考えていました。でも、もしそれが何らかの意味を持つ叫びだったとすればどうでしょう。
今になってはその仮定にも若干ながら説得力を持たせることができます。

そう、例えばK君のこと……役者の夢を絶たれたK君に、心のどこかで優越感を抱いている、
馬鹿にしていること……。或いはN君のこと……発達障害を抱えているかのようなN君と縁を切って以降、
私自身が虐められることは殆どなくなりました。私自身、N君の同類であると見做されなくなったためでしょう。

そのため、N君と疎遠になれた結果に諸手をあげて喜んでいること……。
そういった過去の罪悪感に対して、私は人知れず叫んでいたのかもしれません。

しかし昨日、その場で叫び声がもたらした効果は、私に現状を認識させることでした。
揺らいでいた思考回路が観測を経た量子のように固定化し、次の一手を要求してきました。

282 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 22:41:20 ID:cxCxhwjA0
私は立ち上がり、ともかく母の携帯に連絡を入れてみようと思い立ったのです、
しかしもし既に通夜が始まっているとすれば、電話をしても迷惑なだけだと考え直し、
やはりどうしようもなくなって佇んでしまいました。

それもきっと、都合よく他人に理由を求めた逃避行動に過ぎなかったのです。
 
闇の中でどれだけかの時間が経ちました。
その無為な時間、私は初めて父について本格的に考え始めていました。

とはいえ、父に関して目立った思い出はありません。
幼少期から父は単身赴任で遠い地へ赴いており、顔を合わせる時が殆どなかったのです。
まだ赤ん坊であった私は、覗き込んできた父を見て泣き叫んだのだそうです。

時には映画館に連れて行ってもらったりもしたのですが、そんな時も私はどこか他人行儀であったように思います。
最近では出張も少なくなり、大体は実家にいるらしいのですが、今度は私のほうがいなくなってしまいました。

そんな父が亡くなるということがどういうことなのか……。
考えが袋小路に陥ってしまったとき、不意に背後の扉がガタリと開きました。
私は驚愕のあまり反射的に身体を前屈みに丸めました。

腹部に引き攣った痛みを覚えながら振り返ると、そこに母が立っていました。
母のほうはまるで驚いておらず、無様な格好の私を緘黙の如き表情で見詰めていました。

その時に感じた恐怖に似た心持ち……
まるで、私の見ていない時の母がプログラムとして動作しているのではないかという疑い……

上手く説明できる自信がありません。
ただ、私はその人物が母親であると認識してなお、暴漢と対峙するような警戒心を解けずにいたのです。
 
しかし母は、数度の瞬きの後にはいつもの母に戻っていました。

283 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 22:44:10 ID:cxCxhwjA0
J( 'ー`)し「ああ、帰ってたんやね」

と彼女は言い、私が応じる前に

J( 'ー`)し「はよ行こ、もうすぐ始まるんやから」

と促してきました。
そして、連れられるままに私は家を出て、母が呼んだらしい、さっきとは別のタクシーに乗り込みました。

(???)「もうみんな、行ってるん」

と私は尋ねました。もっと別に訊くべきことがあったでしょう。しかしその時は最良の質問だと思ったのです。
母は黙って頷きました。

(???)「何で母さんだけ戻ってきたん」

と続けると、

J( 'ー`)し「鍵閉めたか、不安になって」

と返ってきました。

(???)「それだけ」

J( 'ー`)し「そやよ」

母がそんなに用心深い性格だった覚えがないものですから、少々不審がったのですが、
母がそういう以上それを否定する必要もありません。

284 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 22:47:13 ID:cxCxhwjA0
車は順調に夜を滑っていきます。昔はなかった道路から国道に入り、駅とは逆の方向へ進んでいきます。
流れていく灯りをぼんやりと眺めていると、今度は母のほうから話しかけてきました。

J( 'ー`)し「あんた、大学はどうなん」

(???)「別に、何も変わりあれへんけど」

J( 'ー`)し「試験は」

(???)「もう終わったよ」

J( 'ー`)し「ほな、帰ってきたらええのに」

(???)「色々あるんや、サークルのこととか……それに、就活もせなあかんし」
 
就活、という言葉に母はやや大仰にも見える反応を示しました。
昨今のニュースで散々騒がれているため仕方ないことかもしれませんが、
それにしたってあまりにも深い溜息を吐いたのです。

J( 'ー`)し「そうか、就活な」

母は言いました。

J( 'ー`)し「ああ、ああ。あんたももう社会人なんやね」

言葉を探しながら、思考を垂れ流しているような具合。

285 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 22:50:14 ID:cxCxhwjA0
J( 'ー`)し「ふん、ふん。そうやな、もうそんなんも考えていかなあかんもんな」

私はちょっと笑って

(???)「何が言いたいんな」

と言いました。

(???)「心配してるんやったら、大丈夫やで。たぶんな」
 
母は不安のような色に染まった声で更に続けました。

J( 'ー`)し「せやな……あんた、今まで殆ど親に心配かけたことなかったもんな」

(???)「そんなことないよ」

J( 'ー`)し「そやよ、浪人もせんかったし、成績も、まあええ方やった。一人暮らしも、ちゃんとやってるみたいやしな」

そこでちょっと区切りを入れてから、母は白い息と共に呟きました。

J( 'ー`)し「ほんま、阿呆な親から生まれたとは考えられへんわ」
 
母とは……絶対的な肯定者なのかもしれません。
確かに、私は周りが敷設したレールから外れたことは殆どありませんでした。
しかしそのことが今や、自分に罪悪感をももたらしているのです。

周囲が見るほど、私は中身を伴った人物ではありません。
それなのに頂ける賞賛が、どうにも哀しく感じられます。人間とはいずれそのようなものなのでしょう。
それに対する私の飽き足らなさは、所詮幼い自意識過剰によるものなのです。

286 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 22:54:34 ID:cxCxhwjA0
……と、ここまでは私も普段通り、自己保身じみたペシミズムで母の言葉を聞いていられました。
疑わしさを覚えたのはここからです。母はふと、

J( 'ー`)し「あんた、昔のこと憶えてるか」

と言いました。

(???)「昔って、どれぐらい」

J( 'ー`)し「小学校の、三年生ぐらいかな」

(???)「あんまり憶えてないけど、どうして」

幾らかの沈黙があって、母は答えました。

J( 'ー`)し「N君っておったやろ」

私は驚きを隠せずにいました。
他人の口から再度N君の言葉が出てくるなどという事態を想定していなかったのです。

(???)「憶えてる、憶えてるよ……N君が、どうしたん」

J( 'ー`)し「亡くなったんやって」

287 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 22:57:13 ID:cxCxhwjA0
私は思わず眉を顰めました。それは父の訃報を確信した時よりも遥かに現実離れした感覚で、
私はただ餌を待つ鯉のような面持ちで母親の次の言葉を待ちました。その間、何も考えられずにいたのです。

J( 'ー`)し「交通事故に遭ったみたいでな、近所の人に聞いたんやけど……。
      何かの拍子に車道へ飛び出したところを、トラックに轢かれたんやて」

(???)「……そうなんや」

J( 'ー`)し「一応事故、言うことになってるけど、もしかしたら自殺かもしれへんねんて」
 
その時、私は妙な解放感を覚えたのです。
それはこれ以上N君に関して考える意味を失った故のものだったのでしょう。

しかし、通夜に向かうタクシーの中で何故母がその話を持ち出したのか、理解に苦しむところです。
母の語り口は終いになったらしく、私の反応が待たれていました。
適切な言葉も見つからないまま、私は

(???)「そう」

と頷きました。

(???)「そうなんや……まだ若いのにな」

288 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 23:00:14 ID:cxCxhwjA0
すると母は言いました。

J( 'ー`)し「そやよ、あんたより一つ年下やのに」

(???)「ええ、違うよ。同い年や」

私が否定すると、母は声高に反論するのではなく、むしろきょとんとした顔つきで声を潜めました。

J( 'ー`)し「何言うてんの、あんた。N君は、あんたより後に生まれた子やないの」
 
しかし私の方も常識に自信がありましたので、笑い飛ばす形で

(???)「違うよ、同い年やよ。ほんま、ボケてるんとちゃうの」

と言いました。その時の母の表情はうかがい知れません。
丁度街灯のない道に入って、母の顔はポッカリと空いた黒い穴のように見えました。
やがて穴の中から「そうか」という声が聞こえました。

J( 'ー`)し「そうか、そやったな。確かに、同い年や」

289 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 23:03:36 ID:cxCxhwjA0
その時には気にならなかったのですが、その声色には気圧されたために仕方なく、
といった色合いが含まれていたのかもしれません。でもその時は

(???)「そうやて、そうやないと、友達になることもあらへんかったやろうし」

と勝利宣言のような言葉を吐いたのでした。
 
車は十数分で目的地に着きました。
そこは極めて典型的な葬儀場であるらしく、喪服に身を包んだ何人かが足繁く出入りしていました。
私は母に数珠を受け取り、タクシーを下りるとやや急ぎ足で中に入りました。

J( 'ー`)し「こっちやから」

という母の案内に従い、ロビーを横切って真っ直ぐ進み、やがて見えたホールに入りました。
入り口に受付として立っていたのは中年の男性で、見覚えがあるような気もしましたが、
誰なのかまでは思い出せませんでした。

その人がこちらに向かい、微笑んでお辞儀をしたので、私も慌てて頭を下げました。

290 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 23:07:52 ID:cxCxhwjA0
ホールはさほど大きくなく、既に二、三十人程が着席していました。
どこに座ればいいのかも分からず、いつの間にかいなくなっていた母の姿を探し求めました。
すると祭壇のすぐ近く……恐らくは親族席と呼ばれる場所に、父が座っていたのです。

ああ、父がいる、と思いました。
それからようやく驚きました。例えでは無く、風景がぐにゃりと歪んだような気がしました。
その時の衝撃は、常識の崩壊と言っても差し支えないでしょう。

父は沈痛な面持ち、つまりは通夜に参列する遺族として当然の表情でパイプ椅子に座っていました。
医者に糖尿病を指摘された肥満体も白髪の交じり具合も、父以外の何者でもありませんでした。
 
しかしその問題に理論的な説明をつける前に、更なる衝撃が私を襲ったのです。
父の存在に落ち着きを失った私の眼は滑稽なほどに泳ぎました。彷徨った視線は一瞬祭壇に固定されました。
種々の、名前も分からぬ花々と焼香用具、そして一番高い場所に遺影のための額縁がありました。

遺影に写っているのは誰でもありませんでした。
無論、N君でもありません。それどころか、それはまったくの白紙だったのです。

291 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 23:10:43 ID:cxCxhwjA0
私はただただ呆然と佇みました(それが正常な反応のはずです)。
何かの手違いかとも思いましたが、こんなにも分かりやすいミスを放置しておくわけがありません。
事実として、そこにあるのは空白の遺影で在り、写っているべき故人が存在していなかったのです。
 
……いっそ、その時私は大声で糾弾すべきだったのでしょう。
そうすればそこで不条理の鎖が断ち切られたのかも知れません。それに近いことをしようとはしました。
先ほど存在を確認したばかりの父に、この、あってはならない間違いを報告しようとしたのです。

しかし私が親族席に足を向けようとした直後に葬儀場の職員らしい司会者が通夜の始まりを告げました。
 
たったそれだけで私の正義感は挫けました。
私は慌てて着席しようとし、出来るだけ目立たぬよう右側の最後列に腰を下ろしました。
そして独り、心の中で呟き続けたのです。おかしい、何かがおかしいと。

それを告発するわけでもなく、ただただ自分の内部で処理しようと必死だったのです。
もしかしたら、そうやって自身の内側に溜め込んでいったのが良くなかったのかも知れません。
 
僧侶が入場し、読経が始まりました。
その場にいる全員が、何の疑問も持たずに現状を受け入れているようでした。
そんな周囲に何とか溶け込もうとし、まるでそれを疑いの捌け口にするかのように数珠を強く握りしめました。

何度見直しても遺影は空白のままでした。
祭壇の前にはシンプルな棺が置かれていましたが、もしそこに何かが納められているとして、
その存在とは何者だったのでしょう。私以外の参列者達は、一体何者の死を弔っていたのでしょうか。

292 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 23:13:22 ID:cxCxhwjA0
やがて司会者の指示で焼香が始まりました。
先ず父が席を立ったため、今回の葬儀の喪主が父であると言うことが分かりました。
そのため、父方の祖母が亡くなった可能性を探ったのですが、よく見渡せば最前列に祖母は座っていました。

このときようやく、自分が座っているのが親族側の席だと悟って安堵したのですが、
そのような落ち着きは些少なものに過ぎません。
私の親戚であるらしい人々が次々と立って焼香を済ませていきます。

その顔を順々に見比べてみても、一体誰が誰なのかまるで分かりませんでした。
そもそも私の家族は親戚付き合いの薄い方であり、母方には親族自体が殆どおらず父方の親族には、
母曰く父が不精者であるがために数年に一度の年末年始に、帰郷するぐらいの交わりでした。

そのため、今目の前にいる親族は恐らく父方の誰かなのでしょうが、一人として認識できないのです。
それがどうにも恥ずかしく感じられ、私はじっと俯くことにしました。
 
それでもその内私も焼香しなければなりません。前列の人が席を立ち始めたのを見計らい、私は顔を上げました。
ちょうど、私と同い年ぐらいの若い男性が手を合わせているところでした。
彼は幾分長めに拝んでから振り返り、こちらへ戻ってきました。

中肉中背のその男性は、私を見つけると足を止めました。そして、少し首を傾げてこちらを見つめてきたのです。
喜怒哀楽のいずれにも彩られていない、木乃伊のような表情。
特徴的な三白眼には憶えがあるような気もしましたが、やはり思い出せませんでした。

時間にすれば数秒にも満たなかったでしょう、男性は頻りに首を捻らせながら席に戻りました。

293 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 23:16:37 ID:cxCxhwjA0
私が立ち上がると同時、左側の……友人、知人が座ると思しき席の先頭にいた男性も立ち上がったので、
私は小走りをしながら「すいません」と小さく言い、その人の前に割り込みました。
儀礼的に焼香を上げ、合掌……しかし、一体何を想えば良かったのでしょう。

目の前の死者は見ず知らずの他人であるどころか、そもそも存在すら怪しい者だったのです。
そう言えば、司会者でさえ故人の名前を一度として口にしていませんでした。
踵を返す際、ちらと父を見ると、彼はすっと私から視線を外しました。

それまでずっと、私を眺めていたようなのです。その態度は癪に障ると言うよりも甚だ不気味でした。
一体父が何を考えていたのか、いや、参列者全員が何を考えていたのか……。
 
その後も滞りなく焼香が進み、それが済むとやがて読経も終わりました。
司会者が前に立ち、弔問客への感謝の言葉を述べていました。
そしてその後、喪主である父から挨拶があるというような旨を口にしたのです。
 
私はここで何らかの情報が得られるのを期待しました。父はきっと故人に対する思いを述べるでしょうし、
その際亡くなった人が誰であるか、そして何故遺影が空白であるのかなどを解明できるはずでした。

そしてそこで一切が解決されてしまえば、
最早私は少しの疎外感も抱かずにこの葬儀に加わることが出来たのです。
 
しかし、父は私の望みを当たり前のようにして裏切りました。
記憶している限り、父の挨拶は司会者が行ったような弔問客への感謝に終始し、
この後に通夜振る舞いがあるので参列者の皆様はそちらの方にもご参加下さい、というような案内をしただけでした。

294 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 23:19:33 ID:cxCxhwjA0
そして通夜は終了しました。何一つ疑問が解消されないまま、
しかしそれらを疑問に感じていたのは自分だけだったのでしょう、参列者は次々にホールを退出していきました。

流石に我慢の限界だった私は、司会者の男性と何か話し込んでいる父の傍に寄りました。
隣に立って見ても、父は父のままでした。父は死者でなく、生者なのでした。
そんな当たり前の事でさえ、その時十分に理解出来ていた気がしません。
 
話を終えて振り向いた父は、私の姿に少々面食らっていたようです。
そして父の癖である、好意とも嫌悪とも取れない苦笑を浮べました。

しかしそんな父の反応を気にしている暇は無く、私は「ねえ、父さん」と、祭壇と父を見比べながら言葉を探しました。
そしてようやくまとまりのついたところで、父に

( ´∀`)「お前、そのネクタイどないしたんや」

と言われてしまったのです。

295 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 23:22:13 ID:cxCxhwjA0
その時初めて私は、自分の締めているネクタイが葬儀の席には相応しくない色味を帯びていることに気付きました。
就活用に買いそろえたものですから当然の話です。
それでも、他人に指摘されると必要以上に屈辱的であるように感じました。

私が黙り込むと父は皮肉っぽく笑い、

( ´∀`)「しっかりせえよ、お前ももうすぐ社会人やねんから」

と言いました。完全に出鼻を挫かれた私が小さく頷くと、
父は近くに待機していた参列者と話すためにさっさと離れていきました。
 
手持ち無沙汰になった私は再び遺影を見遣りました。
相変わらずの空白……しかしこの時、私はある程度合理的な理由をもって説明してみようと試みていました。
即ち、故人が自分の写真を一枚も所持していなかった可能性が考えられたのです。

そんなことが実際にあり得るのかどうかはともかく、またそんな状態で額縁だけを飾る不自然さも関係なしに、
私にとってはそれが説明できる事態であると判ぜられたのが大きな救いでした。

その説明を誰かにするわけでもありませんから合理性など二の次で構わず、
自らのざわついた心境に平静を取り戻すことが最優先だったのです。
そして一旦そう考えてしまえば全てに納得出来た気分になれました。

その時、私は祭壇前の棺には当然、
一度も写真を撮らなかった同情すべき誰かしらの遺体が納められていると信じて疑わなかったのです。

296 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 23:25:09 ID:cxCxhwjA0
真相を手に入れた思いの私は躁病的な気分を味わいながら、
ホールを出て通夜振る舞いが行われるという和室に向かいました。

そこにはすでに十数人が集まっており、それぞれがやがやと世間話に花を咲かせていました。
ホールでの粛々とした雰囲気からは打って変わって賑々しい空気です。

それだけで私は何だか嬉しくなれたのですが、
その場には私の知り合いが一人もいないことに気付いてほんの少し落ち込みました。

しかしその落胆も、テーブルに並べられた簡素な食事を見て今朝から何も食べていない空腹を思い出すと、
すっかり雲散霧消したのです。
 
そこかしこの会話の邪魔にならぬよう、私は出来るだけ隅に座りました。
何人かが私に視線を向けましたが、大して気にされずそれぞれの話題に戻っていきました。

やがて父が入ってきて、改めて感謝の言葉と歓談の合図が出ると、
ようやく私は目の前の食事にありつけたのでした。
 
この時が、直近の最も幸福な時間であったことは紛れもない事実です。
喧噪から乖離した独りの空間でひたすらに食欲を満たすことが、
これほどまでに愉悦であるとは思っていませんでした。

私自身、精神的に昂揚していたせいもあるのでしょう、
何を食べても美味いと思える体験はもう二度と訪れないはずです。

297 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 23:28:14 ID:cxCxhwjA0
しかし、私の喜びは潰されて然るべきであるようなのです。
そうやって食べ進め、充足感に浸っているとき、不意に真横で気配を感じました。
何の気なしに首を向けると、件の三白眼の男がこちらをじっと見ていたのです。

私はぎょっとして手を止めました。
周りの賑わいがぼやけて遠のき、その男だけが妙に浮き出てくっきりと見えました。
男はしばらく、相変わらず恍けたような双眸で私と相対していました。

ただそうしているだけで、噎せ返るような息苦しさを覚え私は我慢できずに自ら話しかけることにしました。
まず「何」と言い、そこで内臓から込み上げてきた塊のようなものを嚥下させて、
「僕に何か用ですか」と独りごちるように言ったのです。

すると男は言いました。

( ∵)「分からん」

首を傾げ、だらしない口元、声変わりに失敗したかのようなノイズじみた声……。

( ∵)「何も分からんねん」

それを聞いて私が漏らした吐息は、まるで刑の宣告を受けた囚人のようでした。
しかし合致する鍵を見つけた記憶の引き出しを完全に開ききる前に、
男は矢継ぎ早に奇妙な台詞を送り込んできました。

298 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 23:31:20 ID:cxCxhwjA0
( ∵)「久しぶりやな……ロックマン、またしよな。そやけど、ごめんな。もう僕ら友達やないよな。
    あんなことして……あのな、確かに僕、あの時は頭がおかしかってん。
    始終色んなところが痒かって……昔おったやろ、ありんこ。あれ、よう二人で虫眼鏡使て焼き殺してたよな。

    動かへんように、手足をもいでからな……。
    多分な、あの時殺したアリが幽霊なって頭の中這い回ってたんと思うんや。

    弟には悪いことしたなあ、けど、あの時君も止めへんかったやろ。
    そやから僕、苦しがってるのに遠慮もせず……でも、違う。僕は君に責任を押しつけに来たわけやない。
 
    けどな、しんどうて……分からん、何も分からんねん。
    今日また会えて嬉しいよ。もうでも、会うことも無いんやろうな……」
 
ガタン、と激しい衝突音が頭の中で響きました。記憶の引き出しを無理矢理押し戻した音です。
目の前の男が苦しげに告白する過去を、そして男そのものを受容するにはあらゆるものが足りていませんでした。
正直なところ、その時点で私は彼を狂人だと断じていたのです。話している間も男は無表情のままでした。

そして語り終えると立ち上がり、そそくさと部屋を出て行ってしまったのです。

299 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 23:34:06 ID:cxCxhwjA0
私には追いかける気力もなく、ただ呆けていました。
男の声は幾度も頭蓋の壁にぶつかって反響していましたが、いくら経っても全く飲み込めませんでした。
引き出しがカタカタと震えているのを押さえながら、私は思考を空白にする作業に追われていました。

それは逼迫した自己承認のようなもので、
つまり男の言葉を全て妄言として片付けるための消極的手段だったのです。
 
眼球が自ずから動き、その視界に母の姿を捉えました。母はいつの間にか私の傍に正座していたのです。
私は皮肉っぽい笑いを浮べながらその表情に視線を固定しました。
言うまでもなく、私は母が加勢してくれるものだと信じていました。

だから最初、母の沈痛の極みに至ったような面持ちに気付かなくても仕方なかったはずです。

J( 'ー`)し「気にせんでええんやからね」

噛みしめるように、自分に言い聞かせるようにして母は言ったのです。

J( 'ー`)し「気にせんでええんよ、あんたは、何も悪くないんやから」

しかしそれは、私の私自身に対する疑いをより加速させました。

300 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 23:37:18 ID:cxCxhwjA0
信頼とは、相互的に結ばれるものです。
それを得るには勿論相手の振る舞いに真実味や説得力があらねばならないのですが、それともう一つ、
信頼の糸の片方を握る自分自身にも真実性が求められるのではないでしょうか。

そして自身の真実性というものは、殊の外容易に崩落するものであるらしいのです。

例えば相手側が予想外に巨大な存在であったとき、
或いは自分の存在があまりにも矮小であると認識させられたときに、
自らを律している常識や習慣は途端にその実態を失います。

そしてそれは、結果的に信頼関係の瓦解を生み出してしまうのです。
 
私自身の真実味は、その両方によって形をなくしました。
男の語った台詞は決して彼一人の説得力を構築しているわけではなく、それを凌駕する存在……
現実、というような抽象的な観念の足場にさえ影響を及ぼしているのです。

そしてそれと相対する私は、
何者にも擁護されないただただ脆弱な小動物的常識を持ち合わせているだけに過ぎませんでした。
 
そうすると、先ほどとは真逆の心情変化が起こります。
私は状況を合理化して認識しようとするのではなく、むしろ率先して事態を不合理的に理解しようとしました。
三白眼の男がN君であるという可能性……しかしN君は母の言に因れば既に亡くなっています。

そして彼が示唆した私の「弟」という存在。私は今日まで一人っ子であると確信して生きてきました。
しかし不合理的に解釈すれば、私には弟がいたということになります。
あまつさえ、その弟はN君によって何らかの暴虐を受けたらしいのです。

301 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 23:40:11 ID:cxCxhwjA0
躁から鬱への揺り戻しが思いの外早く訪れていたのかも知れません。

その時の私は今でさえ考えられないほど気が滅入っていました。
その証拠に、私は顔を上げてその場に弟がいないか探し求めたのです。
当然、それらしき人物は見当たりませんでした。

しかし私の思考はどうしようもなく不合理化していたわけで、
ですから現在の私がこんな事になってしまっているんですけれども、
ともかく信頼を築いてきた現実の失踪がこれほど悲壮であるとは思いませんでした。

何せ、私の周りには現実以外何もなかったのですから。
そしてそれに依拠していた私自身の真実味も、次第にネガティヴな妄想に上書きされて影を潜めていったのです。

虚妄は時として事実さえ殺してしまいます。
私が私以外の何者でもない以上、即ち私が自分自身の精神と共に歩んでいる限り、
それはどうしようもない運命なのです。

あれほど旺盛だった食欲は一片も残らず喪失し、食べ物を見ることにすら生理的嫌悪を催しました。
気付けば、私の傍に居たはずの母がいなくなっていました。
そう言えば、母は通夜の間どこにいたのでしょうか。父の傍にも、弔問客の中にも居なかったはずです。

考えるよりも先に嘔吐の衝動が全身に染み渡りました。
周りが自分に注目していないか確認するために眼だけキョトキョトと動かしながら立ち上がりトイレに向かいました。

そして便器に跪いて上半身を蠕動させても、出てくるのは恨み言のような呻きと唾液ばかり。
どうやら吐瀉物など存在しないらしく、吐き気のみが私の臓腑を蹂躙しているようでした。
全部吐いてしまい、楽になることも私には許されないらしいのです。

302 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 23:43:26 ID:cxCxhwjA0
和室に戻ると、世話役を担っているらしい男性が解散の言葉を述べていました。
私は気取られぬよう後ろ側からこっそりと入り、男の姿を探しましたが、彼はもうどこにもいませんでした。
私は縮こまって座り込み、N君が三白眼であったかを思い出そうとしました。

ですが脳裏に浮かぶ幼いN君は曖昧な絵の具で彩られており、細部までは見分けきれません。
結局彼をN君と同定する証拠は「分からん、何も分からんねん」という台詞ただそれだけなのでした。
しかしそれでも、彼がN君であるという確信は最早如何様にも揺るがぬものになっていました。

そう思い込まねば、今度こそ一切の現実が知れなくなってしまうような気がしたのです。
私の心情は幼児のそれに近く、構われたくて必死に相手に迎合しようと努めていたのでした。

他方で記憶の風景は過去に遡上し、N君との思い出をパノラマ式に映し出そうとしていました。
まだ私が室内でのみ遊び続ける才覚を両親に与えられていなかった頃、
N君を含めた陰気な友人達と見よう見まねで外遊びに興じることがよくありました。

大抵は日なたにいるようなクラスメイトの遊びを適当に複製して遊ぶのですが、
中でも一番夢中になったのが小学校の校内全体を使った鬼ごっこでした。

303 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 23:46:08 ID:cxCxhwjA0
私達の通っていた小学校には校舎が二つあり、
松の並木や雑木林など自然も充実していましたから隠れる場所は山ほどありました。
振り返ってみると異常であると思えるほどに、私達は一時期大いに熱中しました。

その遊びはある時を境に唐突に途絶えました。
それが一体何故だったか……きっと、誰からともなく飽きたのでしょう。しかし他の可能性があるとすれば……。

一度だけ、誰かがルールを破って校外に逃げたことがありました。それにどうやって気付いたのか分かりません。
もしかしたら私自身も規則破りの一員だったのでしょうか。

ともかくそうして、昼休みの最中に、興奮した子ども達は校門を乗り越えて解放されたのです。
それだけで、隠れ場所の選択肢は無限に広がりました。

しかしながらあまりにも小学校から離れるのは怖かったので、
せいぜい近辺をほっつき歩いていた程度だったはずです。

確か私は、自分の通学路をうろうろしていたように思います。
普段利用する道なら安全であると信じ込んでいたからでしょう。

その道には昼頃、タクシーで通りかかりました。
様変わりした風景……今ほど背丈も知識もなかった当時の自分には、
もっと巨大で広々とした世界に見えていたでしょう。

304 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 23:49:15 ID:cxCxhwjA0
小学校の傍にはフェンスで区切られた一画がありました。
よくそこに出入りしていました。何故出入りしていたのでしょう。

そう、そうです。そこには、こじんまりした池がありました。
立ち入りは禁止されていましたが、私も含めて子ども達がよくフェンスを乗り越え、
中でザリガニなどの水棲動物を捕っていました。

タクシーの中でどうしても思い出せなかった風景はそれだったのです。
深緑に濁った池は今や影も形もなく、その跡地には素知らぬ顔をした住宅が建っていたのでした。

鬼の手から逃れるため、幼い私は池に侵入しました。なぜそのような暴挙に及んだのでしょう。
確か、池の方から物音が聞こえていたのです。当時から誰よりも怖がりだった私でしたが、
まさか昼下がりからお化けなど出ないだろうと独り合点して突き進んでしまったわけです。

しかし実際にそこで繰り広げられていたのはお化けよりも遙かに残酷な光景でした。

池と言っても一周五十メートル程度で然程深くもない、大きな水たまり程度のものです。
全景を見渡すのは難しくありませんでした。
私が息せき切って池に辿り着くと、ちょうど真正面の水際にN君が身をこごめているのが見えました。

305 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 23:52:48 ID:cxCxhwjA0
無論N君は同じ鬼から逃げる仲間でしたから、
私は規則破りの同志として密やかににやつきながら彼に近づきました。

数歩前まで迫ったとき、N君が右腕で何かを掴んでいるのが分かりました。
その真っ黒い球形の塊が人の頭だと気付くまでに数秒かかりました。私は恐怖以前に唖然として立ち止まりました。

それに気付いたN君は事も無げに私のほうへ振り向きました。
頭は耳から前が水に浸っており、もう少しも動いていませんでした。
私が発見した際には、殺人は既に完了していたのです。

(●●●)「ごめんな」

とN君が言った気がします。

(●●●)「鬱陶しかってん」

とも言った気がします。
はっきりはしませんが、まだ私は彼の掴んでいる頭が弟のものだと気付いていませんでした。

人を殺す重要性について九歳の私が承知していたとも考えられないのですが、
N君の行為がテストで0点を取る以上にとんでもないことであるのには薄々感づいていました。
だから僕は「あかんで」と言ったはずです。「あかんでN、そんなことしたら……」

N君は未だ現実に帰ってきていない顔でずずっと掴んでいるものを引き上げました。
独特の生臭さが鼻腔に広がり、私は思わず瞬きました。

そして直後、何かの拍子でその物体が自分の弟であることを深く認識したのです。
私は何かに押し出されたようにして駆け寄りましたが、それ以上何をすればいいのか全く分かりませんでした。

するとN君は他人に目の前の状況を押し付けるようにして弟の顎を持ち、
ぐいと首をねじらせてその顔を私に直面させたのです。
その顔面には目鼻がなく、代わりに一輪の紅い花が咲いていました。

306 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 23:55:20 ID:cxCxhwjA0
そこで頭上から「何してんねん」という野太い声が降ってきました。
顔を上げると、父が心底意味が分からないといった顔で私を見下ろしていました。
いつの間にか、その場には私と父しかいなくなっていました。

( ´∀`)「聴いてたか、話」

その言葉に漠然と首を振ると、父は私の頭を軽く叩きました。

( ´∀`)「ちゃんと聴いとけよ、いつもいつもぼーっとしやがって」

叱咤というよりは苦笑の響き。

( ´∀`)「今日、俺らはここに泊まるからな。お前もさっさと、控室に行け」

別に何を考えているわけでもなかったのですが、父の言葉に集中できませんでした。
ただ呆けて父のやや草臥れた顔を見ていると「どないしてん」と問われたので反射的に立ち上がりました。

(???)「いや、別に、大丈夫」

( ´∀`)「まだネクタイのこと、気にしてんのか」

(???)「ああ、そうだった……」

( ´∀`)「予備のやつ持ってきてたはずやから、荷物の中見てこい」

(???)「うん、そうするよ」

307 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/08(水) 23:59:13 ID:cxCxhwjA0
正直なところネクタイのことなど完全に頭から飛んでいたのですが、
私は父の言葉に従って素直に部屋を出ようとしました。その時私はふと「そう言えば」と声を出しました。

(???)「母さん、どこにいるかな」

口に出してから、その問いが核心的であることに気付きました。
無意識的に真相への接触を試みたらしいのですが、その時は後悔しました。

そういった発言が空気の読めないものに思われ、全体から見れば余計なものなのだという、
誰に対してでもない怖気があったのです。

しかし利己的に考えればその質問が極めて効果的であったことは間違いありません。
それなのに、私は何と愚かなのでしょうか。父は確かに無視せず答えをくれました。
その回答を、今どうしても思い出すことが出来ないのです。
 
所々にある案内図を見ながら控室に向かう途中、私は先ほど湧き出た記憶の整理に明け暮れていました。
芋づる式に引き出された記憶は、後で見直すと凄惨な事実を含んでいる場合があります。
その時がまさにそうで、発掘に熱中して自分がどのような過去を取り出してしまったのかも自覚していませんでした。

それを後から順々に精査していき、ああ思い出さねば楽であっただろうにと、
お決まりの悔恨に駆られて見せるのです。

しかし何より怖ろしいのは、そうやって掘り起こされた記憶に、
実のところ本当の出来事が一つとして含有されていない可能性が多分にあると言うことです。

自分を痛めつけてまで持ち帰ってきたと思い込んでいる印象の、何もかもが無意識的な創作である……
そんな疑惑を、今の私にはどうしても捨てきれないのです。

308 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/09(木) 00:02:17 ID:ft4TltCY0
そもそも今の回想が事実であったとしても、
先ほど三白眼の男が言った「あの時君も止めへんかったやろ」という言葉に矛盾します。
私には止める機会さえなかったのですから。

加えて、比喩でもないのに弟の顔面が花弁に変わっていることなど有り得ません。
そのため仮に私に弟がいて、その弟が夭折したというのが真実であったとしても、
そこまで私を導いた男の証言や引き出された自分の記憶に符合するわけではないのです。

何が本当で何が嘘か分からない……そしてその錯雑を自分自身の内側で処理している場合、
真偽の決定権すら己の手に握らされてしまっているのです。
当然、私には弟がいない、だから死んでいないと結論づけることも可能でしょう。

しかしそれをするにはどうにも罪悪感がまとわりつくのです。
虚構の存在さえ否定してはならないという思い……結局、それだって私益のために過ぎません。
私たちは、マッチポンプ式にどこまでも不幸になれます。

普通はそれを誰かに手を差し伸べさせるために公開するのですが、
過去を不当に解釈してまで自分を追い詰めていく自慰行為は、秘められているが故の快楽を喚起してくれます。
そうなれば、それは最早破滅願望と同一であると言えるでしょう。

しかし、破滅願望には主役の存在が必要不可欠なのではないでしょうか。
崩落していく舞台で最後まで踊り続ける自分がいるからこそ、
願望はそれに沿った物語の体を成して充足するのです。

309 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/09(木) 00:07:53 ID:ft4TltCY0
しかしここには主役が不在です。在るのは、現実との契約を解消された自分ばかり……。
私が確固たる私でないために、舞台は相応の価値を持って崩れられないのです。

だから今の私が抱いている不幸への憧憬は、手首に刃物で線を引く高校生のようなものでしかありません。
軽率といってかまわないでしょう。ただしその感情は、軽率であり、普遍でもあるのです。
多数決の論理として、その憧憬を抱いたところで真の自殺志願者に責任を感じる必要はないでしょう。

ですが、死にたいけど本当には死にたくないという開き直りの理屈が、
どうやら今の私には許されていないらしいのです。

私が知覚できるこの世界においては、何をするにも現実の後ろ盾が必要だからで、
例えば弟への罪意識や母親、N君そのものの存在性の真贋さえ客観的に見出せない不条理の下で、
一体誰が私に実在を進呈してくれるのでしょう。そしてそれを告発する術さえ、悉く潰えてしまっているのです。

310 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/09(木) 00:14:05 ID:ft4TltCY0
控室として通された小さな部屋で、ずっとその事について考えていました。
宿泊といっても斎場の設備は最低限のものだけで入浴などは出来ず、
ただ貸布団が用意されているだけといった具合でした。

私は上着とネクタイを脱いでハンガーに引っ掛け、畳に寝そべりました。
強い吐き気は感じませんでしたが、ただ猛烈に気だるく、用意されていた布団を敷くのも億劫でした。

心の中で現状に対して諦観を抱きつつも、一方では未だ事態を誠実に解明しようともしていました。
あまりにも複雑に絡み合った記憶のコード。どれを引っ張っても正解に辿り着ける気がしません。
ですが本当の意味で私に欠落していたのは真実よりも決断力だったのです。

客体的な正解が存在していないのであれば、せめて主体的な正解を自分だけで決めてしまえばよかった。
それさえ出来ず、私はなおも信頼の保証された解を見つけ出そうとしていたのです。
しかし、自分さえ信じられない者がどうして他者を信用出来ましょう。

途端に想像が幻視を映しました。見ていても意味の無い風景に飽いたらしく、
そこに広がったのは大学近くの駅前にあるショッピングモールの場面でした。
私は休憩用のベンチに座り、片腕に衣服の詰められた紙袋を抱えていました。

もう片方の腕で携帯を操作し、どうやら今夜の食事処を決めあぐねているようです。
服飾にあまり興味を持てない私は、
彼女の服選びに付き合っていながらやがて疲れて一人休憩しているらしいのでした。

そのうち、立ち並ぶ洋服店の一つから恋人が出てきて私を連れ込み、どれが似合うかと問うてきました。
私がその中で一番好みの服を選ぶと、彼女はちょっと悩んでみせた上でそれをレジに持って行きました。

311 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/09(木) 00:17:13 ID:ft4TltCY0
……何と紋切型で、語るべくも無い風景でしょう。それでも、目の前の世界よりはましだったようです。
幻視は長々と続きました。それは全て恋人に関連した景色で、しかも新鮮味の無い、
良くいえば穏やかな光景ばかりが映されたのです。

しかしそのために、私はそれらの光景が実際に自身の体験した昔日であるかどうかを判別出来ずにいました。
それらが当たり前のように日常に組み込まれていたようで、そうではなかったような気もするのです。
私のような人間を慕ってくれた恋人……何の取り柄も無い下らない人間に、彼女として属してくれた恋人……。

そうやって自虐することが彼女に対する重大な背反であることは重々承知していたつもりです。
しかし、止まりませんでした。遂には、私自身に恋人が存在していたという可能性さえ、
虚ろであるような疑惑が膨れてきたのです。
 
誰かが私をシャットダウンしてくれることを切に願いました。
このまま考え続けていると頭がおかしくなりそうでしたし、実際おかしくなってしまったのです。

その時はまだ間に合うと思っていました。
ですが本当のところ、最初に母からの電話を取った時点で私の末路は決定付けられていたのです。
それは誰のせいでもありません。全て、何一つ積み重ねてこなかった自分の存在の不確かさが悪いのです。

313 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/09(木) 00:27:39 ID:ft4TltCY0
意識が遮断されることは無かったはずですが、認識が形而上に大きく偏っていたことは確かです。

気付けば私は貸布団の中にいました。既に消灯されており、時刻も分かりません。
携帯の在り処を探りましたが、何処かに放り出してしまったのか手に届きませんでした。
一体どこからが夢だったのでしょう。むしろここはまだ空洞の半ばでしょうか。

目を見開いて虚実を確かめようにも、見えるのは真っ黒な天井ばかりです。
空中に手を伸ばすと、ひょいと悪夢の尻尾に指が触れました。慌ててそれを追いやり、浅く息をつきました。
 
その時初めて父のものと思しき鼾が聞こえました。

その堅固な存在感に安堵する一方、私は発作的に母の気配を確かめようとしました。
しかし必要な空気は鼾にかき消され、闇に慣れ始めた眼で母の姿を求めましたが、
それでも見つけられませんでした。

しかし隣に空の布団が敷いてあり、母はトイレにでも立っているのだと自分に言い聞かせることが出来ました。
 
そのままもう一度寝こけてしまえばよかったのです。
しかし悪夢の中で夢を見ることは叶わないらしく、私はいつまでも薄い闇の中に留まり続けていました。
そして、母は一向に帰ってきませんでした。いずれ帰ってくると確信するのは不可能でした。

むしろ、母を捜しにいかねばならないという義務感めいたものが次第次第に重圧となって圧し掛かってきたのです。
私の行動によって母の存在確率が変動するわけがありません。

しかしあくまでも個人的な問題として、
今自分が捜しに行かなければ母が死んでしまうというような酷く極端な動機が、
揺るがぬ信条となって競りあがったのです。

314 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/09(木) 00:30:58 ID:ft4TltCY0
私は半身を起こし、ちょっと停止してから立ち上がりました。
そして父を踏まぬよう細心の注意を払いながら控室の外に出てしまったのです。
 
遥か彼方に薄ぼんやりとした電灯が見えました。
足元も覚束ないほどの暗黒には空間的広がりが感じられず、しかし進まなければならないという思いに虐げられ、
私はより醜く顔を歪ませながら一歩一歩前進しました。

シンプルな構造であるはずの斎場が迷宮に見え、もう二度と帰れないのではないかという恐怖が湧きました。
 
どこまで歩いたかも分からない地点で、「母さん」と自分にしか聞こえない程度の小さな声で暗闇に呼びかけました。
答えが返ってくるはずもありません。その場で何もかもを諦め、
地団太を踏んで泣き叫びたくなるのを何とか抑えて先に先に進みました。

とどのつまり、全部定められた道筋通りだったのでしょう。
普通に考えて、宿泊できる斎場がこうも暗いわけがないのです。
しかし例によってその時は考えも及ばず、ただただ歩き続けたのでした。
 
そのうち、不意に明るくなりました。
何かに照らし出されたわけではなく、またしても記憶の情景が視界を遮ったのです。

目の前に母の姿がありました。
どこか私に似ているような気がする母……そこで私の脳裏が描いた物語は、最も受け入れ難い世界観でした。
 
つまり母がとうの昔に死んでいた可能性です。

315 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/09(木) 00:39:03 ID:ft4TltCY0
……可能性は十分に思い当たるでしょう。
例えば、私がN君の母親のものとして参列した葬儀が、自身の母を葬るためのものであったのではないか。
そう考えると、今どこにも母が存在しない理由を十二分に説明できます。

そこから更に発展させると、私は自分の母親とN君の母親を同一視していたことになります。
何故そんなことになったか。要するに、私とN君は血が繋がっている、
つまりN君こそが私の弟なのではないでしょうか。

母が「あんたより一つ年下や」と言っていたのは、自然の摂理として当然の話なのです。
分かっています、分かっています。おかしいことは分かっているんです。
それでもそのまま思考が進みました。

じゃあ、結局その弟を殺したのは、私ということになる……
発達障害気味の弟を鬱陶しいと思い、殺したのは私だったのです。

知っての通り、もう滅茶苦茶です。
私のしていることは、後付された新事実、それも空想の産物に、過去を死に物狂いで適応させる行為でした。
筋立ての都合良さは、むしろ私の方から虚構に接近しているのですから当然であると言えます。

私はその虚構に沿ったものの考え方、ものの見方しか出来なくなってしまったのでしょう。
ありそうもない状況に取り込まれた時、取り込まれた側の人間もまた、
ありそうもない過去を歩んできたような錯覚に陥るらしいのです。

もしもここで私が合理的な解釈と常識を武器に立ち向かっていたとしたら、
多分もう少し早めに発狂していたでしょう。

荒唐無稽への緩やかな同化は防衛機制のようなものであり、
この結果も耐えられる最大限の譲歩と妥協の産物なのです。
どちらが幸せだったかなど計り知れるものではありません。と言うより、幸せなど何処にもなかったのです。

316 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/09(木) 00:42:36 ID:ft4TltCY0
私はまた、何でもない罪を回顧して叫びました。残念ながら、返事はありませんでした。
飢えた子供のように儘ならぬ足取りで前へ歩き続けました。そのうち、眼前に橙っぽい灯りが見えました。
私は羽虫の如き低能さでその光へ吸い寄せられていきました。

灯りはやはり精神を純化させる効能を持つのでしょう。
その光の傍まで歩み寄ったとき、私はあらゆる非現実から解き放たれたような気がしました。
そこは先ほど通夜が行われたホールで、灯りは蝋燭を模した電飾によるものでした。

防火対策と夜伽を一身に引き受けたその装置に、私は心を落ち着かせる現代の合理的な空気を感じたのでした。
その一瞬、私は何もかもを忘れてその灯りに自分の全存在を委ねていました。
安堵どころか、自我の救済と復権をも感じ受けたのです。

甘美でした。そしてその恍惚は当たり前のようにして打ち毀されました。
視界に、例の空白の遺影が入っていることに気付いたのです。私はぎょっとして後ずさりました。

下らない思い込みのようですが、私はそこで確かに自尊心を阻喪したのです。
それは、未だ私が逃れ得ぬ創作じみた宇宙に縛られている証左でした。

茶目っ気たっぷりな思考回路が再び、それで最後となる暴走を始めました。
私はこの額縁に入れられるべき死者は誰なのかと考えず、
ここに入れられるべき生者は誰なのかを、虱潰しに探し始めたのです。

相応しい人物はすぐに見つかりました。当然、この私です。
御丁寧に中立の評価を与えてくれるこの脳髄は生存本能などまるで無視して私に死ねと宣告したのです。

317 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/09(木) 00:57:24 ID:ft4TltCY0
これは悲喜劇か、そうでなければ純粋な喜劇です。
幾ら鬱病を拗らせたからと言って自ら棺に納まろうとする人間がいるものでしょうか。

流石の私もそう考えました。
だから些か魅力的に感じる自分を振り払い、ホールから離脱しようと思い立ったわけです。

ですが、私はもっとよく考えるべきでした。何故この葬儀がお膳立てされ、何故棺が用意されているのか。
冷静に考えれば逃れられない事態なのは明らかだったのです。振り向いた私の背後に男が立っていました。
光が届かず、誰かも分からないその人物は、姿形だけ見ればN君に似ている気がしました。

しかしもしかしたら父か母だったのかも知れない。今更真相に到達できる問題ではありません。
その人物はじっと私を睨んでいました。表情も分からずそう感じたのですから、恐らく錯覚だったのでしょう。
しかしそのせいで私はその場からまるで動けなくなってしまいました。

無言で責め立てられているような気がし、私の頭にかつての罪状が駆け抜けました。
小学生か中学生の頃に、一度だけ校舎の窓ガラスを割ってしまったことがあります。
確か少人数でドッジボールか何かをしていたことによる事故だったのですが、直接の原因は私ではなく友人でした。

318 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/09(木) 01:00:11 ID:ft4TltCY0
元来大人の逆鱗に触れぬようびくびくして生きていた私は、その時咄嗟に逃げ出してしまおうとしました。
「お前が悪いんだからな、謝っておけよ」などと捨て台詞を吐いて他の友人と立ち去るつもりでしたが、
その時に当てられた友人の眼の色に私は思わず立ち止まったのです。

友人の眼は、あまりにも多くの感情を吸い込んでいました。
裏切った人間への絶望、怨嗟、自責の念、訪れる近い未来への悲観、そして後悔……
私の同類であったその友人もきっと怒られ慣れていなかったのでしょう。

そのためにあんな、過剰に彩られた表情を浮べたに違いありません。
そしてそれは、目の当たりにした私たちにも様々な情念を呼び起こさせました。

何より強く恐怖を感じました。自分のしようとしていることが死にも値する罪悪であるように思われ、
それは未来永劫償いきれないもののようでした。

そもそも人に見られることが苦手だったこともあってすぐに眼を逸らしたのですが、
結局逃走出来ず、一緒に説教されたわけです。しかし後々になってその時逃げなくて良かったと思えましたし、
次に同じようなことがあったら決して良からぬ事を考えないようにしようという決心にも役立ったのです。

そんな過去が実際にあったかどうかに自信は持てませんが、今はまさに、その時と同じ心境でした。
彼は私から目を離さないでしょう、そして絶対に逃亡を認めないでしょう。
それを思うと、みるみるうちに内なる罪悪感が巨大化していきました。

私のような人間は、葬られるより他、承認される方法はないのだ。私は自分で自分を棺に納めなければならない。
私は自分で自分を、処刑しなくてはならない。

洗脳にも似た錯誤でしたが、誰も解いてくれないのだからどうしようもありません。

「わかってるよ」と囁きました。
「わかってるから」そして私は棺に手を掛けました。

320 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/09(木) 01:07:12 ID:ft4TltCY0
残された回避の可能性は棺に遺体が横たわっていることでしたが無論そんなわけもなく、
随分重たい蓋をどけてみると中には誰にもいませんでした。
既に花などは鏤められており、後は私がそこへ入り込めばちょうど良いようです。

靴を脱ぎ、半身を中に入れるまでは良かったものの蓋を閉めるのには相当手間取りました。
彼はまだ私を監視しているようでしたが、手伝ってはくれませんでした。
自力で蓋を持ち上げて角度を調整しながら、私はボロボロと涙を零していました。

何が哀しかったわけでもありません。
ただ、真夜中に独りぼっちでこんな作業をしている自分が酷く空しい存在に感じられたのです。
そしてようやく型通りに嵌め込んで真っ暗闇と再会したとき、私は殆ど噎び泣きを泣いていました。

泣き続ける体力を失ってもなお、水滴が頬を濡らし続けました。
通過儀礼として考えるならば、それが私の死化粧だったのかもしれません。

自殺教唆程度の罪でなら彼を告訴出来ると思います。しかしそれすら笑いものでしょう。
監視する彼が去った後、私はこの蓋を押し上げての脱出も出来たかも知れません。
しかし出涸らしの気力ではそんな発想など出てこず、その代わり一刻も早い安眠を求めていました。

ともかく私は、休みたかったのです。それ以外、何も考えられませんでした。
その時ばかりは、肉体の疲労が精神のそれを上回っていました。
そのため私は、後悔してもしきれない、しかし最も素晴らしい安らぎを伴った眠りについたのです。

321 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/09(木) 01:15:48 ID:ft4TltCY0
以上が、私をこの場所に至らしめた顛末です。
それなのに、話は終わりません。まだ全ての儀式が済んだわけではないからです。
語れることなどもう殆ど残っていないというのに、私はまだ時間を押し進めなければなりません。

言うまでもないことですが、私が私自身を納棺した時点で、その死は覆らないのです。
棺に入った段階で私は死者であり、誰に対しても利害を及ぼさない存在と化したのです。

死人が語らないのは決して物理的な意味に留まらず、
語れば語るほど自らの空虚さが際立ち、恥辱を覚えるからではないでしょうか。

これが普通の死者であるなら、遺言という置き土産に執心することでしょう。
しかし私には言いのこせることなど何もありません。自分の過去も身分も分からない、
ましてや生者に向かって何の情動も遺さなかった人間の言葉に、一体誰が耳を傾けるのでしょう。

家族や恋人など、卑近な者への言葉……しかしそれにもさしたる意味は持たせられないでしょう。
私は彼らのことを曖昧にしか想起出来ないし、
向こうも私程度の死では半端な悲哀しか得られていないのではないでしょうか。

最も名残惜しいのは自ら関係を望んで契約した恋人ですが、私よりまともな人間はごまんといるし、
それでなくとも安易に彼女の心に私を刻みつけるような影響を及ぼしてはならないはずです。
そう言えば、結局彼女からメールの返信はこなかったのでした……。

322 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/09(木) 01:18:10 ID:ft4TltCY0
翌日、私は近しい声によって目覚めました。
と言っても目の前は暗闇で周りには狭い隙間しかなく、二度寝しようと思えるほどの味気なさでしたが。

しかし聞こえているのが読経であることに気付いて昨夜の記憶が一挙に展開されました。
そのエネルギーは思わず蓋を撥ねのけて外へ飛び出してしまいそうな勢いでした。
しかし結論として、それは果たされなかったのです。ここで私が無意味に抵抗したところで何になるでしょう。

シュレディンガーのパラドクスでは、猫が自ら箱を破壊して飛び出してくる可能性が完全に排除されています。
そんな空気の読めない猫は、元々実験台として採用されないでしょう。
同様に、私が生き返ったところで遺族も弔問客も、冷たい視線で私を罵倒するだけでしょう。

そうなれば、私はまたすごすごと棺の中に自ら納まらなければならないのです。
そうやって恥をかくことを怖れ、私は少しも身体を動かしませんでした。そうしてぼんやりと読経を聞いていました。
意味の分からない宗教語に耳を傾けながら、そう言えば自分は死人に最も近しい存在なのだと認識しました。

しかし、実際のところ死とは一体何なのでしょうか。
多くの人々がこの問題を多方面から解明しようとしていますが、未だ明確な答えは出ていないようです。

ある物理学者は死を「機械と同じで、壊れればその機能を失う」と表現していました。
無論、宗教者はそれに反駁するでしょう。
議論の行き着く先はどうしても不可知であり、数多の賢人と同じく今の私にも死については何も分かりません。

しかし私は、おおよそ自らが望んでこの状況に至ったわけですから、
死後にもまだ何かを思考せねばならないとすれば、
それこそ昨夕の吐き気みたいにいつまでも苦い不条理を舐め続けなければならないのでしょうか。

そうなればいよいよ為す術がありません。それは、死よりも怖ろしい未来です。

323 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/09(木) 01:23:01 ID:ft4TltCY0
やがて読経が終わると、司会者らしき男の、弔辞の合図が聞こえました。
そして最初に述べる人として、恋人の名が呼ばれたのです。一抹の良心が仄かに揺らぎました。

その時彼女が読んだ弔辞を、未だ一字一句違えずに暗記しています。
彼女はこう述べました。

(゚、゚トソン「あまりに突然の悲報に接して、信じることができませんでした。
     今、ご霊前に立っても、元気な姿と笑い声が思い出されるばかりです。
     あなたが長いお考えの末、決められたことについて、私たちが何を言えましょうか。

     自分なりに選ばれた人生の終止符に、他者が口を挟むことはできません。
     短くも純粋であった人生を送られたまるまるさ……。……どうか安らかにお眠りください」

……即ち、彼女はどこからか引っ張ってきた弔辞のためのテンプレートをそのままコピーして印刷し、
「○○」の部分を省きながら読もうとして最後の最後にミスを犯したのです。

失望よりも何よりも、私は笑いを堪えるのに必死でした。
私の自虐は概ね間違っていなかったわけです。むしろ、自虐の効能と言えましょうか。

それまで流れるように読み上げていた彼女が言葉に詰まったとき一体どのような顔をしたのか、
出来れば直に拝みたかったものです。

324 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/09(木) 01:32:38 ID:ft4TltCY0
滑稽さが尾を引いて、その後に読まれた父の弔辞を私はまともに聴けませんでした。
恐らく父は真面目なことを述べていましたし、ボロを出したりもしていなかったでしょう。

しかしそんな心ある言葉に限って私に届かないというのは、
私自身のこれまでの人生を体現しているように思えました。

いずれ、何に対しても真剣ではなかったと言うことなのです。
己の記憶にすら心から向き合えない私にはぴったりの末期であるのでしょう。

弔辞が済むと焼香が始まったようで、厳かな足音が聞こえました。
持てあますほどに暇だったのですがこの時はまだ余計なことを考えずに済み、
馬鹿みたいにひたすら思い出し笑いをしていました。

そして母やN君がこの葬儀に参列しているのか検討しましたが、これはまったく無意味でした。
人間が猫の状態を知れないように、猫もまた外界を覗えないのです。

それが終わると閉式となり、残るは出棺だけとなったようでした。
この時には流石に私も気を引き締めました。
事務手続きとしては既に死んでいる私ですが、本当の意味での死はこの後にやって来ます。

無宗教である私も、火葬場で焼かれて灰となるのです。
生きたまま燃やされること自体には不安を感じなかったのですが、魂の消失には忸怩たる思いがありました。

ですが現世……何をもってそう定義すれば良いのか分かりませんが……
への諦めはついていたので、後は少々の勇気だけで乗り越えられるものと考えていました。

325 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/09(木) 01:35:11 ID:ft4TltCY0
ですが出棺の前に、最後のお別れというものが案内されたのです。
そして何人かの手によって棺の蓋が一旦取り去られてしまいました。
馬鹿げた私のこの姿が、衆目に晒される羽目に遭ったのです。

私はこの上ない羞恥を覚えました。
それと共に、今までに明らかになった非合理な真実が次々と脳裏に去来しました。

暗黒に光が差した瞬間に私は目を閉じていたものですから、
そのままの姿勢を余儀なくされて誰の顔も確認できませんでした。
しかしやはり、冷酷にさえ高まった鋭利な視線が突き刺さっているような気がしてならないのです。

それに私の罪悪感は刺戟され、精神外傷が再びじくじくと痛み出しました。
悶える思いを抱きつつ、昂る呼吸を辛抱するさまは、マゾヒズムにも似た従順さであったのかもしれません。
少なくとも、私との最期を惜しむ彼らがサディスト的であったことは間違いないでしょう。

真実弟を殺したならばこんなところでのうのうと臥している場合でないのは明らかです。
ですが誰一人、私の海馬でさえも絶対的真相を教示してくれなかったのです。

本当に私だけが悪いのでしょうか。
そうだとして、何故法廷には検事も弁護士も、判事さえおらず、
被告人と聴衆だけで裁判が進められているのでしょうか。誰が私に刑罰を下すのでしょうか。

327 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/09(木) 01:43:19 ID:ft4TltCY0
その時包まれた息苦しさは初めての体験ではなかったような気がします。
いずれ解消されようのない虚無的な罪悪感……加害と被害が入り混じった妄想に囚われ、
直向きな自尊心を抱えて生きていると、関係性においてはどうしても壁に衝突してしまうものです。

だから私は敢えて自らの価値を底辺まで落とし込もうとし、歩んできた形跡を掻き消してしまおうとするのでしょう。
どちらも、想定以上に自分が愚かであると気づかないようにするための予防線にすぎないのです。
そしてそれを暴こうとする他人の視線に……息苦しさや吐き気などの心身の不調を訴えてまで哀愁を誘うのでした。

棺の中の私には他人の同情を引く行為が制限されています。
しかし自分自身どうしようもないと思えるのは、そのような状況に陥って自らの卑しさを悟るのではなく、
この場合は仕方がないのだと例外化して考えることです。

仕方がない、今回は特別だったんだ。私はまだ大丈夫だ、人間として正常なのだ、と……。
 
再び蓋が閉じられたとき、私は心底安らげました。淀んだ空気を目一杯吸い込み、焦燥とともに吐き出しました。
直後に不気味な浮遊感がありました。どうやらいよいよ葬儀場から運び出され、火葬場へ向かうようです。

この時、私は妙な感覚に包まれたのです。その正体はまだ分かりませんでした。
不自然な揺らぎに堪えながら、私はもう一度死について考え始めましたが、
骨にへばり付いている粘液のような異物感をどうしても拭い去れませんでした。

そのうち響いた重低音……私は、死地へ運送されるために霊柩車へ格納されました。

328 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/09(木) 01:46:31 ID:ft4TltCY0
霊柩車……死が幾重にも折り合わさった特異点、その中は思っていたよりも遙かに騒々しい場所でした。
絶えず何らかの音が鳴っていました。例えるならば鉄くずが歩いているような、
カシャン、カシャンという耳障りな音……私には、それが何を意味するのか今もって分かりません。

しかし思い出したことがあります。
それはやはり私の架空の弟についての、遠い昔に存在もしなかったはずの情景でした。

私は金属の擦れる音が何よりも苦手でした。
何だか口の中いっぱいにアルミホイルを含まされたような気分になるのです。

しかしその日弟は、どこからか拾ってきた金属のボウルと鋼色の破片を、
鬼ごっこの間中ずっと触れ合わせていたのです。

「やめろや」と私は不快感をあらわにして要求しました。
しかし弟はにへらにへらと笑いながら、より激しくその二つを擦りつけるのです。
そしてずっと同じ逃げ道をついてくるのでした。

日ごろから私はこの弟が嫌いでした。
その時には既に、自分の母親が弟を出産したせいで死んだことを理解していたのでしょう。
大人の手前良い顔をし続け、可愛がっている振りをしていたものの、私にとって弟は明確な敵でした。

それも真っ当な人間としての敵ではなく、コミュニケーション困難な怪物としての敵でした。

329 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/09(木) 01:52:33 ID:ft4TltCY0
私は鬼よりもむしろ弟から逃れるためにあの日立入禁止の池に侵入しました。
しかし運動神経だけは私より良かった弟も遊び道具を持ったまま軽々とフェンスを乗り越えて纏わりついてきました。

殺意はありませんでした。ただ、黙ってほしいと思ってそれに見合う行動をとっただけです。
頭をつかんで懸命に水中へ沈めました。

当然弟は激しく抵抗し、一瞬持ち上がった顔面から泥土と咆哮を吐いたのですが、
こちらも徐々に本気になり、敵を沈黙させなければならないという思いで二十分ばかり格闘していたように思います。

そしてどうにか勝利を獲得したとき、弟はピクリとも動かず死んでいました。
その後、事態を知った大人の誰かに動機を訊かれ、
私は大して悪びれもせず一言「鬱陶しかってん」と呟いたのでした。

例によって本当とも嘘とも言い難いエピソードです。
いずれ本質的な解決へ前進する要素ではありません。しかしそれを産出することで、
私は先ほどの違和感の正体を暴いてしまったのです。

それはエピローグが長すぎる、という私にとって危機的な事態でした。
すでに死んでいる私が斯くも長々と思考してしまうとどうなるか……。
意識に上った時には既に遅く、私は死にたくないと本能的に主張していました。

私のタナトスは、もう完全に萎え切ってしまったのです。

330 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/09(木) 01:56:44 ID:ft4TltCY0
当然の過程であると言えましょう。自殺者は衝動以外の手段で自殺し得ません。
早朝のプラットホームから通過する列車に飛び込んだ人も、
そのエピローグには散乱した神経細胞で「生きたい」と綴りたかったはずなのです。

一度通り過ぎた死への欲動の後に来る生への渇望は狂気じみた力で私の理性的判断を責め立てるのです。
すると、今までに行ってきた不合理な解釈やエピソード創作の全てが馬鹿馬鹿しく思えてくるのです。

そんなわけがない、そんなことはあり得ないという、
科学的世界に生きる者として当たり前の心情が内部に充ちるのでした。

そういった全てのロジックを投げ捨てて、私はさっさと思考ごと死んでしまうべきだったのでしょう。
しかし余りにも緩慢とした幕引きのせいで不条理への反抗心を持ってしまったのです。

こうなると、一切の状況は拷問的と呼べます。最後に常識を取り戻させて一体何がしたかったのか。
この身に降りかかった艱難辛苦を取り除く方策に至るには現状はあまりにも遅すぎます。

それでも、多くは身から出た錆なのです。

例え私の不合理でない記憶が全て真実で、本当は弟など存在もしていないのだとしても、
今まで合理化へのチャンスをみすみす逃し続けていたのは他ならぬ私自身ですし、
この監獄とも称すべき棺にも自ら志願して足を踏み入れたのです。

331 : ◆xh7i0CWaMo :2014/10/09(木) 02:01:04 ID:ft4TltCY0
今でも胸を張って、自分には何の罪もないと主張できる私がいます。
しかしその存在に意味などなく、ただ漫然とした終幕にこれまでの自分を悔いながら、
表舞台を立ち去るしかないのです。虚ろな者が虚ろな罪で虚ろに人生を閉ざすことに、何の疑問がありましょう。

それが、私が最後に辿り着いた理論でした。一言で言えば、私は自分を憐れみたくて仕方がなかったのです。
そしてそのために仕立て上げた装置に自身を陥れ、
後は内部の歯車が回転する通りにシステムの道筋を進んだだけの話なのです。

突発的に自殺したのでは己の葬儀を体感することも弔辞に耳を傾けることも不可能でした
。私が自身の死や誇大な自意識を伴う無為な存在感を最大化させるためには、
多少の懊悩を抱えるにしてもこの方法しかなかったのです。

そして今、私は火葬場の重厚な鉄扉の内側にいます。
もう既に焼かれているのかもしれませんが熱は感じられません。何やら、非常に晴れ晴れとした気分です。
私は私の立てた目標を達成できた。それだけで、自己憐憫に片が付いたような心持ちであるのです。
 
しかし、本当にこれで良かったのでしょうか。

自作自演のはた迷惑な自殺劇を成功に終えてなお、心のどこかで死にたくないという思いが燻っているのです。
それは卑小な自尊心への反抗であるとともに、遺伝子レベルでの願望でもあるようなのです。
結局私は一所に定まることが出来ませんでした。

私の想いは今なお揺らぎ、それは何一つ責任を持ちたくないという本心の表れでもあって、
このまま焼かれるのが一番楽でもあろうと考えつつ、何故私がこんな目にという被害者意識に囚われ続け、
そんな自分が可哀想で愛しくてたまらないのです。
 
いったい、何がどう捻じれて私はこのような人間になってしまったのでしょうか。









12.最初の小説(Interlude 4)