【感想】[Hidden Track]








[Hidden Track](創作板)












<すごく批評っぽくなってるから注意されたし>








まず、難しい話だった。
内容なんてほぼほぼ頭に残っちゃいないし、そもそもこれを完璧に読み解くに必要な推理力も、
あまつさえ意欲だって持ち合わせていない私がこうして感想を述べるのは筋違いかもしれないが、かろうじて、分かったつもりで書くことが許されるなら、この作品について何か書いてみようと思う。



まず、作者はこの作品で何がしたかったのか?
ブーン系小説という一カルチャーに飽き、自分の中で全てを終わらせるために付けたけじめだったのか?
そのけじめを付けるために行なった、過去作品に登場させたキャラクターたちへの懺悔だったのか?
もしくは新しい一歩を踏み出すための整理だったのか?
あるいはブーン系というものを読み書きしている者たち全体に向けての警鐘や批判だったのか?
私が予想したのはこれだけだ。


警鐘や批判だとしたらこの作品は失敗している。
何故ならこんなマニアックな作品は一部の物好きしか読まないからだ。
実際どれだけの人が最後まで読み切っただろうか。
指を折って数えられるくらいしかいないんじゃないか。
その辺はどうやら作者自身も自覚しているらしいが。


何故私が「この作品はもしかして我々に何かを伝えるために書かれたのでは?」と思ったのか。
それはまぁなんというか……、「作者の在り方」や「読者の現状」と言えばいいのか、それを語ったり卑下している節が見受けられたからである。


例えば第2節のクーが出てきた回。
これは簡単に言えば「顔文字使わなくたってブーン系は書けるのよ」と言ってるふうに、私には聞こえた。

川 ゚ -゚)という顔文字が登場した時、我々読者は直感的に「これは素直クールだ」と認識する。
さらにそこから、「素直クールとはこういうキャラクターであるべきであり、今回もそのように動くはずだ」という、決め付けが頭の中で無意識に起きる。
表面的に見れば「女である」「長髪である」という設定だったり、内面的に見れば「男口調である」という設定だったりである。
そして書き手はそれを裏切れない。

消費者側からすると、ある一定のラインより上の期待は裏切ってほしくないという心理が何に対してもあって、生産者側はそれに気を使わなければならなくなる。
例えば表面的に見た時、顔文字ではいかにも長髪の風貌であるにも関わらず、
川 ゚ -゚)「私はショートカットなの」なんて言われても説得力がない。
だから素直クールをこのAA付きで作品に登場させようとすると、必ず長髪という設定で作者は書かなくてはならなくなる。


ところが顔文字を取っ払うと、
クー「私はショートカットなの」と言われればこれと言って違和感は無い。
表面的な決め付けが行われないからだ。
これによってクールというキャラクターに幅を持たせることが出来る。

髪の短い人物とすることも、男として登場させることも、あるいは……、容姿の描写を徹底的に省き、全てを読者の想像に任せる、ということだって可能だ。
顔文字なんて付けない方が、もはやマンネリと化した既存設定を打ち崩していけるんじゃないか。
読み手が自分自身でそれぞれの"素直クール"を生み出せるはずだ。
……第2節では、そんなある種「書き方の提案」をしているのではないかなぁと……。



他にも、第3節の『お願いします』はこれ以上過去を黒歴史と吐き捨てて嘲らないでくれという、全ての創作者に対しての言葉と捉えられるし、
第6節の誤字脱字の話のこのデミタスは、表面的な事実ばかり評価して頑なに中身を語ろうとしない読者を体現している気がする。
ID真っ赤にして自分が一番正しいんだと主張してる奴批判っぽかった。

と、そんな感じでこれが第10節まで各節ごとに、ブーン系作者読者になにかしらの提言をしている。ように見えた。
が、もしそれが第一の目的で書かれたのなら、やはりあまり意味を成さない。
そもそも、ブーン系に物申す!みたいなことをやりたければもっと他に方法がある。
「ブーン系が終わった理由をお前らに教えてやるよ」みたいな題でスレ立てすりゃいい話だ。
わざわざこんな形式を採用したのは、他に理由がある。



ここで思い付いたのが、この提言は、もしかしたら作者自身への戒めの文句だったのではないか?というもの。
第5節や第6節では、キャラクターがモロにこの作者の事を批判している。
いや、キャラクターに喋らせているのは当然作者自身なので、この場合は自己批判か。(作中では自己陶酔とも言われていたが)
過去を黒歴史と乏しめるな。ちゃんと推敲しろ。という。
戒め、というか、反省と言ったほうが正しいんだろうか。
作者は反省したかったのか?

それも違う気がする。
反省したいのならば頭の中で全て済まして、次の作品にそれを注ぎ込めばいいだけの話だ。
そして、それはもう行われている。
この作品が、その反省の結果なのではないか?
またんきの「出来るもんなら創り作ってみろよ」という言葉に率先して対抗したわけだ。


あとがきでも
>この小説はブーン系における初期衝動や原点回帰といった意志を含んで書いたものである。
と書かれている。

つまり、作者は初期衝動を思い出すため、原点回帰するために、
自分が今本当に書きたいと思ったことをここに書き殴っただけなのではないか!
好きなことを好きなようにやる。
その過程で、小説を書き始めたばかりの頃の情熱を取り戻そうとしたのではないだろうか!

……と、さっきまで思ってたんだけど、実はこれも少し違うみたいなんだなぁ……。
もう自分でも何書いてるか分っかんなくなってきました……。
ここからが本番です。




おそらく、初期衝動を思い出せればいいなとは思っていたんでしょう。多分ね。
でも思い出すことができるかもしれないなんて希望は、ポテチの残りカス程も考えていなかったのではないでしょうか。
初めから作者はこの作品が大団円で終わるなんて思っていなかった。


レス79では
>と、言うよりそもそもそういった試みに成功していたならばこんな陰険な具合で作者が登場する筋にもならず、
>作品は見事なグランドフィナーレを描いて幕引きとなっていただろう。

と言っているが、レス80では
>無論、作者が登場しなければこの小説は当初の思惑通り完結することが不可能だった。

と、矛盾めいたことを言っている。

つまり、第1節を書き始めた時点で既に、作者はあとがきで"作者"を登場させるつもりだった。
『「そういった試み」が成功した時は作者は登場しなかった』ということはつまり、そういった試みが成功すると思っていなかったということ。

そもそも1レス目に収録作品と称して全てタイトルが決定していることにもっと早く注目すべきでした。
最初から全部こうなるだろうと分かってたんですねぇ。




結局、作者がこの作品においてやりたかったことというのは何なのか。
今まで書いてきた作品……逃亡したものや黒歴史と乏しめたものと、そしてこの作品、それらに登場させたキャラクター、
更にはこれから役を配るはずだったキャラクターたちに対して、「ごめんなさい。私はもうブーン系を書くことはないでしょう。さようなら」みたいなことを手紙を通して言いたかったのか。
これっぽっちも無い希望を頼りに初期衝動を思い出したかったのか。
ついでにブーン系作者読者に物申したかったのか。
普段作者が頭の端っこで考えていることを覚え書きのようにズラズラ書きたかっただけのようにも見える。
第五の壁を開かせたかったわけではないのか。
そのくせ「この作品は上から何番目だった?」なんてことを聞くのか。


果たして、私には作者がこの作品において本当にやりたかったことを理解することはできなかった。
手紙に何が書かれていたのかも『グッドバイ』という内容以外分からない。
ブーン系からまた一人貴重な作者が減るのか……なーんて嘆く権利は、この作者の作品を全然読めていない私には無いんだろう。
だからせめて残されたテキストファイルを色々漁ってみようと思う。
しかしやっぱりちょっと寂しく思うところがあるので、できればまた何か書いてほしいなぁと願うんだけども……。
そもそもこれを作者にとってのブーン系最後の作品と純粋に捉えていいのかも謎である。


他に言いたいことと言えば……コン部のデレとロマネスクが久々に見れて嬉しかったってとこかな。
これ以外の節に登場したキャラクターたちからも寂しそうな目を感じたものの、この2人からのそれは特別だった。
もう二度と自分には出番が無いんだと、手紙を読まずとももう理解している。
自分たちはたくさん生み出されたキャラクターの一人にすぎないと、平気そうに語るロマネスクたちの心の内の本音はどうなのだろう。
>ζ(゚ー゚*ζ「ま、そんなことは99%有り得ないんだけどね」なんて言わせる作者は残酷だ……。残酷だ……。




と、まぁ、ここまで書いてきたが、これはあくまで全部私の所感にすぎないから注意してほしい。
もしも作者がこの文章を見ることがあれば見当違いも甚だしいと鼻で笑われるかもしれない。
しかし私もこの小説を最後まで読んだ読者の一人だと主張はしておきたい。
故に感想……もはや批評になってしまったがこの文章を書いた次第である。

単に「面白かった」で終わらせることができないブーン系小説でした。