【感想】川 ゚ -゚)フェアウェルキスのようです

コーヒーの味に好みがある。家事によっては苦手なものがある。
泣き虫で、感じようによっては独り言を漏らす。
記憶があり、感情があり、それによって行動を変える。
そんなドクオという人格をロボットか人間か、どちらかに区分しようとすると、とても難しい。
人型とだけしか容姿に触れていないこともあって、少なくとも外見については100%人間の形を想像する。

個人的に大好きなシーンがあって、
些細なことで喧嘩をした後その仲直りに、二人で流しそうめんをするというものだ。
効率なんていう言葉とはかけ離れた風流な催しに本気になれるドクオに人間味を感じずにいられない。
いいことがあった日には赤飯を炊いて、それに失敗したといって涙を見せる彼の愛情が偽りだと思えない。

ドクオはあまりにも人間らしかった。
だからハイン博士はドクオの機能を停止させる決断が最後までできなかったのだろう。

奇跡的に眼を覚ましたその日、口づけをして、ドクオの名前を呼んだとき、
そのチャンスがあったはずなのに、「さようなら」でなく「ごめんな」と口にした。
謝罪の言葉には色んな意味が込められていたと思う。

自分のわがままを無理やり通した結果こうなってしまったこと。
肉体や記憶を時間に捉われない者としてこれからも生きていかなければならなくなること。
それを強いることになってしまうと知りながら決断できなかったこと。

決断できない、それは当たり前だ。
人間が人間の、それも愛する人の、自分の子の、命を閉ざす決断を一瞬で着けられるはずはないのだ。

感情を取り戻してなお、愛情を伝える言葉を「ごめんな」の代わりに選べなかったのは、
「愛してる」なんて単純な言葉すら知らなかったから、そんな風に考えると余計悲しくなってしまう。


ハイン博士が「思い出にならない記憶」という傷を背負わせて
それでもドクオに生を望んだように、クーも同じ決断をしたこと。
その後で、愛を繋ぎとめたまま命を終えさせる決断を、一方的ともいえる形で通したこと。
罪作りな選択のそのどちらともに、厳しいからこそクーのドクオに対する愛情の深さが伺える。

特に最後の決断には、自分こそが彼の今の主人であるという責任感、
彼を一辺倒に人間として扱わない、ロボットであるという側面に対しての本当の慈愛を感じ取ることができた。


この物語は、
愛情なんていう「人間らしい」ものを持ち合わせてしまったばかりに苦悩し続けるロボットの、
「人間らしさ」という機械でないもう一つの命を繋ぎとめようとする三人の人間のお話、だったと思う。

愛情という目に見えない不確かなものを赤い糸に可視化して、
それに命という重さを乗せてきたイラストへの想いの込め方に立ち上がって拍手を送りたい。



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