【感想】('A`)続きのないアルバムを眺めていたようです

こんなに胸が締め付けられることってなかなか無い。
本作の舞台と現実の日本との唯一の相違点は合法的安楽死の有無のみで、
しかもそれは明日にでもそういう法案が成立しましたよと言われれば安易に納得してしまうしかないようなリアリティを孕んでる。
そして我々に問いかけてくる、「あなたは覚悟できてますか」と。
嫌でも思い出すのは自身の親の顔……、今からでも写真を撮って残しておくべきだと警鐘を鳴らす……。

一体全体、主人公の思考や行動の、何を、どこまで責められるだろう。
時間や金や手間を惜しんで何年も実家に帰らなかったこと。
交通事故だの面倒なことにならずに済んでよかったと胸を撫で下ろしたこと。
前置きの長さにいら立ったこと。誰もが行き着く普通の思考回路だ。
そしてこれを普通と言いきってしまえる自分だからこそ、明日は我が身と怯えざるを得なくなる。

思考の垂れ流しと表現していいものか、ドクオの頭の中を直に見せられているような地の文の語り方は、
似た意味合いの言葉や全く同じ意味合いの言葉を、繰り返し繰り返し使う。
情報の重複とも言えるそれは、しかし全然嫌な感じがしない。
なんでだろうという疑問やそうだったのかという再認識を、ゆっくりと彼自身の脳に浸透させていくようで、
いつの間にか彼と同期させられた私自身もそれをゆっくりゆっくり飲み込もうとしていることに気づく。

思考の垂れ流しを読ませる上で理解しやすい言葉のチョイスも見事だが、
出てくるアイテムもノスタルジーを感じさせる絶妙なものだった。
特にメロンソーダが出てくるあたり上手い。
そういえば最後に飲んだのはいつだったろう、思い出の鍵として特に光ったワードだ。


夢の中に現れた汽車は美しかった。
人々が大人になるために置き去りにした「過去の弱い自分」を乗せて預かっているんだ。
きっとドクオだけでない、顔が見えなかった彼ら全部がそうやって「未来の大人になった自分」を待っているんだ。

そして汽車の中で、八歳のドクオが光の粒になってドクオに帰っていく光景がとても綺麗だった。
一行ごとに短くなっていく文の演出はまるで砂時計が落ちていくかの如く、残渣の一粒までも残さなかったことを読み手に伝える。
本当にこの汽車の光景は素晴らしいものだった。

後悔先に立たず、とは本当にその通りだと思う。
死の直前にかけた言葉、自分しか映っていない写真、
諦観によって自死を後押ししたこと、母親から眼を背けたこと、数えればキリがないはずだ。

J( 'ー`)し「自分が自分だって分かる今のうちに、ドクオがドクオだって分かる今のうちに、幸せなまま死にたいの」
この母親の言葉も決して嘘ではないと思う、それにドクオはどう思うんだろうか。

最後の一行とタイトルをじっと睨んだ、苦しい読後感だった。



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