【感想】( ^ω^)暁天に臨むようです

虚栄を張って大人になりきったつもりの少年が、実は自分自身の心の弱さを一番騙せていない。
高校卒業直後という大人になりきれていない不安定な時期、
そんな内藤の青臭さが最初から印象深かった。

心のコントロールを無理矢理つけようと外面のみを取り繕う。
突発的に出会ってしまったアカツキにこれをアプローチする隙がなかったのが、
結果的に内藤が一歩大人に近づいた幸運だったのかなと思う。

超常の存在を錯覚させるシュールのイラストを見た目そのままに
アカツキというキャラクターに落とし込み、作品との融和を成し遂げている。
豊穣の神という設定が手に持つ稲穂に結びついて、独特の米ネタを軽口の種に使うのにとても自然だった。

飄々とした態度と、どこかそんな雰囲気を崩し切らずに差し込まれる真剣な話、
それに相対する内藤の反応に次第に温度を感じられるようになっていき、
彼が彼女を「友人」と認める頃にはバディとでも呼べるかような安心感が生まれていた、この過程がとても好き。

そしてその「友人」という言葉が初めて出たのが、内藤が中居に話を聞いてもらったときなのだ。
病院でアカツキが内藤のことを「友人」と口に出す前に、内藤から先にアカツキのことを友人だと話す。
この読者にしかわからない順序の違いが最高だ。


内藤望の母、内藤悠(はるか)は回想の中でしか登場しなかったが、物語中とても強い存在感を放ったと思う。
存在感に序列を付けるとすると、( ^ω^)lw´‐ _‐ノv次いで川 ゚ -゚)ζ(゚ー゚*ζ次いで(#゚;;-゚)……といったふうに、
各キャラ物語中の役割相応の主張の強さになるよう調整されているように感じる。

主人公を直接諭した川 ゚ -゚)と並ぶほどの強さをζ(゚ー゚*ζに感じるのは、物語の核としての役割だけでなく、
「強い母親」として聖母のような輝きを放っていたからじゃないか。
それをより強力に至らしめたのが彼女の「ふにゃり」という笑い方だった、と思う。
過去に川 ゚ -゚)がζ(゚ー゚*ζに全てを打ち明け懺悔したとき、返したその破顔に一点の曇りもないことを
柔らかい擬音で表現したのが、このお話を読んだ中で特に印象深い。



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