自由

85 :(゚、゚トソン ◆8ynGPMuYG. :2019/06/01(土) 20:50:50 ID:WYOCvwxw0
0

戦車!



戦車! 戦車! 戦車! 戦車! 戦車! 戦車! 戦車! 戦車!
戦車! 戦車! 戦車! 戦車! 戦車! 戦車! 戦車! 戦車!
戦車! 戦車! 戦車! 戦車! 戦車! 戦車! 戦車! 戦車!



合計二十五輛の戦車が街を踏み潰すんだ。
どれも背格好や色が違っていて、二列目右から四番目の戦車なんて真っ黄色なんだよ。
あれは戦車だ! 僕は兵器の知識なんてまるで持っていないけれど、砲塔とキャタピラを持ち合わせている。



あれは戦車だ!



戦車は何者も等しく踏み潰すんだ。生きる意味を失った社会人も。
野原での生き方を忘れたウサギも。ホームレスが自転車の後ろに載せている空き缶も。
人形も。胃腸薬も。布団も。醤油も。はがきも。晩ご飯も。壁も。屋根も。窓も。スカートも。電球も。



だから戦車なんだ。きみが動けなくなって燃え上がっているさまなんて見たくないよ。
きみは強くあってくれ。そのまま人を轢き殺してくれ。だってその人はもともと死にたがっていたんだ。
早朝の特急列車に飛び込んで轢かれるよりはマシだろう? 戦車は死にたい人を一人で死なせられるから!



ついでに都村トソンという女を殺してくれ。僕はああいう、強気な中年の女が大嫌いなんだ。
やつはいつも僕に仕事を押しつけて先に帰るんだ。そのくせ、時たま僕が定時で上がろうとすると、じっと睨み付けてくる。
あんな女に生きている価値なんてないだろう!? どうせSNSじゃかわいこぶっているんだから!

86 :(゚、゚トソン ◆8ynGPMuYG. :2019/06/01(土) 20:51:12 ID:WYOCvwxw0
気が狂っている? 僕は気が狂っているのかい? そんなことはないよ。だって僕は知っているんだ。
こんなことをしているから友達がいないんだって。こんなことをしているから彼女がいないんだって。
こんなことをしているからいつまでも結婚できないんだって。こんなことをしているから子孫を残せないんだって。



こんなことって何かって? もちろん、『気が狂っているフリ』だよ!
『狂人の真似も大路を走らば、即ち狂人なり』だって? バカなんじゃないの?
じゃあそこらを平然と歩いている不細工は全員狂人かい? かつらをかぶらないハゲは狂っているの?



あのさ……その気持ちはわかるよ。誰かが隣で狂っていると安心するもの。
狂人ならば差別できる! 狂人ならば罵倒できる! 狂人ならば迫害できる! だから狂人は必要なんだ!
閉鎖病棟も、非正規雇用も、生活保護も必要さ! 僕らに罵倒してよい人間を簡単に教えてくれるから!



まあ……それはわかっているけどさ……だからって無闇に狂人を増やしても、つまんないよ。
狂人は一人や二人だから価値があるんだって。
手首を切っているだけのメンヘラを自殺者に数えるようなものだよ。自殺しない自殺志願者って、この世で一番面白くないんだ。



それと一緒でさ。気が狂っているフリをしている人間って面白くないんだ。
ニュースサイトのコメント欄に正論を書き込んで賛同を集めている連中ぐらい面白くないよね。
知っているよ。でも僕は物心ついた時からこうだったんだよ!



だからもちろんいじめられていた!
だからもちろん修学旅行は一人で行動していた!
だからもちろん僕は、僕は、僕は『いじめられる側にも理由がある』と思う!



生暖かい目で僕を見なくていい! 優しさや憐れみを僕に向けなくてかまわない!
僕は進んでこの生き方をしているんだ! 親友も恋人も家族も兄弟も必要ない!
高給も風俗嬢も名誉も聖地巡礼も推しも8KTVも幸福も価値観も戦車も戦車も戦車も戦車戦車戦車戦車戦車戦車戦車――



ああ、戦車!
戦車ってやつはよくできたリバタリアンだよ。彼は差別しない。常人も狂人も平等に踏み潰すんだ。
もしかしたら砲塔なんていらないかもね。けれど何か特別な砲弾を放つかもしれない。



ところで、反省の色って何色?

87 :(゚、゚トソン ◆8ynGPMuYG. :2019/06/01(土) 20:51:42 ID:WYOCvwxw0
1

新しい物語を紡がなければならないと思った。何故なら、もうこの世のお客はみんな物語に飽き飽きしているからだ。
そのとき僕は自室にいた。仕事場にいるとき以外は大抵ここに篭もっているんだから当然なんだけど。
僕は僕なりの生き方を心得ている。だから、きっと僕なりの物語をつくることもできるはずだ。

考えが甘いよ、と自意識がせせら笑う。仕事と孤独以外に何も持ち合わせていない人間なんて数多存在するんだ。
そしてそういう人間に限って、何らかの創作品で一発当てようとする。
同じような経緯で同じような思考の人間ばかりが集まるから、出来上がる物語も同じようなものにしかならないさ。

きみにとって物語は宝くじか何かか? どこぞの小説サイトに投稿して承認欲求を満たすの?
どこぞの賞レースに投稿してはした金をもらうつもり? はした金にむらがる虫の数を知っているの?
今更、人の琴線に触れる物語を書き上げられるかい? 他人との会話さえうまくいったためしがないのに。

でも、と僕の反駁。このままだと僕は本当にモブとしての人生で終わってしまうじゃないか。
誰の役に立っているかも分からない仕事でお金をもらって、生活をするためだけに消費して。
高級な趣味があるわけでもない。生きるので精一杯だ。歯車じゃないか。ゼンマイじゃないか。機械の部品じゃないか。

それだけは嫌だと思っていただろう。現状に甘んじていれば過去の自分の信念を踏みにじってもいいの?
あの頃の誇りや、願いを、SNSのアカウントみたいに、お手軽に消去するの?
社会に出たから、年を食ったから、そんなわけのわからない理由で僕は僕を説き伏せるのかい?

じゃあ、やってみせろよ、と自意識の挑発。
言っておくが、きみがその、『安っぽい決意』をしてみせたのは何度目だ? 知る限り、今回で十六度目だね。
その決意、いつだってFANZAやストロングゼロやメンタルヘルスの前に負けてばっかりじゃないか。

自分にしかできない物語? 書き上げてみろよ。とにかくやり遂げてみせろよ。
どうせ出来上がるのは勘違いのたまものだろうけど、完成さえすれば、俺だけは拍手してやるよ。
しかし今のお前にはあの頃の熱情なんてない。あの頃ほど盲目でもいられない。

漫然と生きているうちに、才能や可能性の泉も枯れ果てちまった。今更そこに小便でもつぎ足すか?

ちなみに、俺がこうやってお前を煽るのもこれで十六度目だ。
自意識のループストーリーは楽しいかい? 毎度よろよろと立ち上がる創作意欲を殺し続けるのは楽しいかい?
もう誰もお前のことなんて見ていない。誰もお前に期待していない。こうやって焚き付けてもらえるだけありがたいと思え……。

88 :(゚、゚トソン ◆8ynGPMuYG. :2019/06/01(土) 20:52:06 ID:WYOCvwxw0
2

きいてよ戦車、都村トソンって女は本当に、本当にひどいやつなんだ。
きいてよ戦車、僕は都村トソンを殺せるならばなんだってするよ。
きいてよ戦車、でも、僕が直接手をかけたら、もしかしたら失敗するかもしれない……これだけは失敗したくないんだ。

戦車、戦車、きみの鼓膜はどこにあるの……?

ねえ、もちろん僕のことも轢き殺してくれてかまわないよ。平等主義者であるきみの思想を曲げるようなことはしないよ。
でも、一つだけお願いしていいかな。僕を殺すのは、都村トソンを踏み潰したあとにしてほしいんだ。
僕は無神論者だ。天国も地獄も存在しないと思っている。

でも、でも、どうしても、どうしても僕は都村トソンの死体を目に焼き付けたいんだ。

僕は都村トソンが大嫌いだ。だって、夢にまで出てきて僕のことを大声で叱りつけるから。
僕は都村トソンが大嫌いだ。だって、僕に仕事をおしつけるて、上司に評価されているから。
僕は都村トソンが大嫌いだ。だって、だって、あの女は、母親によく似ているから……。

戦車、戦車、きみの眼球は砲塔の奥の方におさまっているの……?

思えば、これまで、これほどに誰かを恨んだことなんてなかった。
帰り道にでくわす、制服のカップルに殺意を抱くこともあるよ。でもそれはきっと殺意ですらなかったんだ。
理不尽な理由で怒鳴りつけてきた教師をぶん殴ってやろうかと思ったこともあるよ。でもあんな思いなんて安かったんだね。

でも、でも、どうしても、どうしても都村トソンのことだけは頭からいつまで経っても離れないんだ。

あの女のせいで本当に気が狂ってしまいそうだ。けれどあの女の方が、社会的な立場は上だ。
あの女のせいで本当に気が狂ってしまいそうだ。けれど他人は一笑に付して終わりだろう。
あの女のせいで本当に気が狂ってしまいそうだ。けれど僕は『気が狂っているフリ』から逃れられない。

戦車、戦車、口がないきみは、否定したいときはどうしているの……?

戦車、僕は今まで誰かを好きになったことがないんだ。だから連中の気持ちがよくわからない。
ラブホテルの仕組みってどうなっているんだろう。本当にコンドームなんかで避妊ができるの?
告白の言葉ってどんな具合なんだろう。どうすれば誰かに自分の手が届くなんて思えるのかな。

戦車、戦車。

戦車……。

戦車、戦車、きみのことが好きになったら、僕はいったいどうすればいいの……?

89 :(゚、゚トソン ◆8ynGPMuYG. :2019/06/01(土) 20:52:42 ID:WYOCvwxw0
3

自意識が僕の経過を雄弁に語ってくれるようだ。

まあ、何はともあれキーボードを叩き始めたわけだ。エナジードリンクを買い込んで。イヤホンで大音量の音楽を流して。
ここまではいつも通り。もうこの男には、プロットを練り込むだとか、論理を組み立てることができない。難しい思考ができない。
書き始めるときはパッションしかない。そしてその灯火が消えればいつも通りに挫折する。

どうして男はこうなったんだろうか。昔はもう少し、裏打ちされた理屈があった。思索は得意なはずだった。
最低限の文化的生活を送るにはあまりにも少なすぎる休日を空費しているからだろうか。
あるいは、都村トソンという女による精神的な責苦のせいだろうか。

出来るものなら、男は役所に失踪届を提出したいと思っている。
男が最も望んでいることは特別な物語を創ることではない。都村トソンを殺すことでもない。
男が最も望んでいることは、その命と意識を抱えたままどこか安全な場所へ避難することだ。

イヤホンでシャットダウンしなくてもいいぐらい静かな場所へ。あらゆるコミュニケーションを断ち切っても良い場所へ。
常備薬を服用しなくてもいいぐらい優しい場所へ。アルコールを摂取しなくてもいいぐらい眠り続けられる場所へ。

しかしそれが不可能であることぐらいは、この男も重々承知している。
他人を遠ざけていても、他人がいなければ彼は生きていけない。
酒と薬を断とうとしても、酒と薬がなければ彼は生きていけない。

90 :(゚、゚トソン ◆8ynGPMuYG. :2019/06/01(土) 20:53:02 ID:WYOCvwxw0
だから男は、自分が置かれた環境が創作に適していないと思っている。
できることなら両腕と脳味噌以外の全ての身体を削り取ってしまいたいのだ。
そうすればもう一つ上の段階にたどり着くことができる……男は本気でそう信じ込んでいる節がある。

当然、この世のあらゆる創作者は創作以外にも多くの問題を抱え込んでいる。
だから男の悩みはあまりにも虚しい。この世に脳味噌と両腕だけの身体で物語を完結させた者など存在しない。
あるときはその脳味噌で当面の生活費を計算しなくてはならない。あるときはその腕で泣き喚く子どもを抱かねばならない。

俺は、男が十六度目の挫折を迎えると信じてやまない。おそらく、男はもう短編の一つもまとめあげられないだろう。
一睡でもしたのち、男はディスプレイに表示される整然とした文字列を見て恥辱と後悔を覚えるだろう。
そしていつも通りそれらを削除し、動画サイトにアクセスして発泡酒に手を伸ばすのだ。

それを人は大人になったと表現するかもしれない。しかし男はどう考えても大人になりきれていない。
それぞれがそれぞれの人生を歩むときが来た、と通告するかもしれない。しかし男には自分の人生など存在しない。
等身大の幸せを手に入れるべきだ、と忠言するかもしれない。しかし男には幸せというものがよくわからない。

悩みを打ち明ける友人もいない、愛を交わす恋人もいない、帰るべき場所もない。
男は心身共に漂流している。漂流者はその過程において自由であるべきだ。
しかし男の身体は労働に、精神は都村トソンの罵声に囚われ続けている。

まるでドナルド・クロウハーストの航海のようだ。違うのは、ここが洋上でなく自室であるということだけ。
男を抱き締める者など誰もいないのに、男を虐げる者は社会に溢れかえっている。
そして何よりも男を追い詰めているのは男自身の強迫観念だ。

何者にもなれない自分を拒絶し、架空の実力が認められた世界を妄想する。
自分が歯車ではなく、一人の人間として認められている世界。
誰かが自分の名前に心を込めてくれる世界。

なんでもいい、とにかく居場所がある世界。

ドナルド・クロウハーストは最終的に自殺を成し遂げた。
ドナルド・クロウハーストは克明な航海日誌を遺して最終的に自殺を成し遂げた。
ドナルド・クロウハーストではないこの男に何ができるか。自殺はできない。ここは海ではないから簡単に投身できない。

ならばせめて『航海日誌』を書き上げられるか。
誰かに理解してもらえるか否かという問題以前として、『航海日誌』を著せるのか。
俺だけが男を見ている。男は未だにキーボードを叩き続けている。まだ灯火が消えそうな様子はない。

……今回は随分と長続きしている。

91 :(゚、゚トソン ◆8ynGPMuYG. :2019/06/01(土) 20:53:33 ID:WYOCvwxw0
4

戦車は彼方からやってきた。
戦車は最初一輛だけだったが、次第に数を増やしていった。
戦車は気付いたのだ、この街の全てを踏み潰すにはたった一輛だけではちっとも足りないことに。

戦車は野山に打ち捨てられていた。
戦車は人間に求められていたが、次第に疎まれるようになった。
戦車は罵倒され、差別され、迫害される存在だった。

戦車はかつて人を殺した。
戦車はかつて自分の意思で人を殺していたわけではなかった。
戦車は今、自分の意思で人を殺している。

戦車は戦車であることがいやだった。
戦車は砲塔もキャタピラも失いたいと思っていた。
戦車は自己嫌悪を忘れるために街を踏み潰し続けた。

僕は田舎からやってきた。
僕は最初から今までずっとひとりぼっちだ。
僕はひとりではこの街で生きていけないと気付いていたが、どうしようもなかった。

僕は両親に捨てられた。
僕は両親に求められて生まれてきたが、次第に疎まれるようになった。
僕は罵倒され、差別され、迫害される存在だ。

僕は今、人を殺したい。
僕はこれまでも何度も人を殺したかったが、本当に殺したくはなかった。
僕は今、確実に人を殺すために戦車に頼ろうとしている。

僕は僕であることがいやだった。
僕は肉体も精神も失いたいと思っていた。
僕は自己嫌悪を忘れるために酒を呷り続けた。

戦車は今、二十五輛いる。僕は今もひとりだ。
戦車は今、強くなった。僕は今も弱いままだ。
戦車は本当に人を殺した。僕は人を殺せない。

だから僕は戦車に憧れていた。
だから僕は戦車に恋をした。
だから僕は戦車に願い事をした。

92 :(゚、゚トソン ◆8ynGPMuYG. :2019/06/01(土) 20:53:54 ID:WYOCvwxw0
5

就職活動中のみんなへ! 社員の一日を紹介します!

6:00 起床・出社準備(目覚ましはお気に入りの曲で♪)

7:30 通勤(そのうち、会社に近い場所に引っ越そうと思ってます(笑))

8:30 出社(週に一度は掃除などのために早出しています!)

9:00 勤務開始(まずは一日の予定を考えることから始めよう!)

12:30 昼食(先輩の方に誘ってもらうことも♪)

13:15 勤務

18:30 退社(必要があれば残業することも)

19:30 帰宅・夕食

20:30 自由時間(プライベートも充実!)

0:00 就寝

☆先輩からのメッセージ☆

・社会人になるとスケジュール管理が大事! 周囲からデキる人だと思われる!
・プライベートも楽しもう! 仕事への意欲に影響します!
・健康管理も立派なお仕事! ジムに通ったり自炊したり……♪

93 :(゚、゚トソン ◆8ynGPMuYG. :2019/06/01(土) 20:54:25 ID:WYOCvwxw0
6

【業務】スケジュール提出のお願い

就職活動サイトに当社社員の一日の業務を掲載することとなりました。
つきましては、各自のスケジュールを記入し、総務部人事課津出に送信してください。

6:00 起床・出社準備(前日の説教による悪夢。枕元に空き缶が転がる)

7:30 通勤(満員電車、全員殺す、全員殺す)

8:30 出社(この時間でも遅すぎると説教されることも)

9:00 勤務開始(昨日の仕事がまだ残っている。今日の仕事は明日に回す)

12:30 昼食(クチャラーの先輩に家庭の愚痴や態度の注意、下ネタなどを聞かされる。)

13:15 勤務(昼休憩は三十分が暗黙の了解になっているので、正確には13:00から)

18:30 退社(残業必須。残業時間の申告は上司の機嫌次第)

19:30 帰宅・夕食(酎ハイロング缶二本、コンビニ弁当)

20:30 自由時間(本当は22:00頃に帰宅、何もする気力がない)

0:00 就寝(当然眠れない。2:00頃まで布団の中でスマホをいじる。追加で酒を買いに行くことも)

・就活生へのメッセージ欄(三項目程度。仕事の方法や健康管理、プライベートについて)

・仕事は先送りが通常運転。たまに成果を出しても当然評価されることはない。
・休日も常に仕事のことを考える。精神が解放されるときなどない。有給を使いたければ親戚を殺すこと。
・健康に生きていきたければ働くな。もしくはちゃんと眠れる会社に行け。

94 :(゚、゚トソン ◆8ynGPMuYG. :2019/06/01(土) 20:54:49 ID:WYOCvwxw0
7

ニュースサイトを眺めていると誤字脱字ばかりが目につく。そのたびに男は呪詛を吐いていた。
しかし男は、自分自身が書く文章に、歳を経るにつれて誤字が増えていると気付いていなかった。

自分には理解できない物語が称揚されている。そのたびに男はつまらないと罵っていた。
しかし男は、自分自身が書く物語が、過去の劣化コピーばかりであることに気付いていなかった。

鬱病の患者が鬱病であることをアピールしてフォロワーを集めている。そのたびに男はブロックしていた。
しかし男は、自分自身が彼らよりも醜い承認欲求に取り憑かれていると気付いていなかった。

創作アカウントの発信がガチャや結婚の報告で埋め尽くされる。そのたびに男は裏切り者だと断じていた。
しかし男は、自分自身が自分自身そのものを裏切り続けていることに気付いていなかった。

事件や事故を報じる記事のコメント欄に義憤に駆られた人々が集う。そのたびに男は偽善を嘲っていた。
しかし男は、自分自身の嘲笑によって自分が何も発信できなくなっていることに気付いていなかった。

政治や社会問題について匿名諸氏が喧々諤々の議論を繰り広げている。そのたび男は自分には関係無いと目を背けた。
しかし男は、自分自身の方が社会に不必要であることに気付いていなかった。

自分よりも若い世代が次々と成功者を輩出している。そのたびに男は自分の不遇を嘆いた。
しかし男は、自分自身の失敗が全て自分の招いたものであることに、気付いていても認めようとはしなかった。

95 :(゚、゚トソン ◆8ynGPMuYG. :2019/06/01(土) 20:55:11 ID:WYOCvwxw0
8

男は自分で自分の手足を食っていた。男は他人の物語と自分の物語を綺麗に区切ることができるほど純粋ではなかった。
他人に向けた悪意は全て自分に返ってきた。他人を貶すにつれて、自己表現の手段を失っていった。

それこそ男が最も怖れていた『モブ化』だった。
安全圏から石を投げる快楽を知った以上、もう戦場に立つ気にはなれなかった。
何かを創って無視されるぐらいなら、才能の無さを露呈するぐらいなら、何もせずにただ夢を見ていたかった。

まだ男が多くの物語を吐き出していたころ、たとえそれが出来損ないであったとしても、男は間違いなく自由だった。
その自由を差し出して、男は自ら牢屋に入った。牢屋は決して居心地の良い場所ではないが、ここにいる限り殴られる心配はない。
誰彼構わず、上から目線で不躾な批評をぶちまけても誰も文句を言わない。誰も男を気にしないのだから。

だから、あとはただ平然と社会に帰っていけばよかった。
それでいいはずだった。それだけでいいはずだった。簡単なはずだった。簡単であるからこそ、モブはモブであるはずだった。

だが、男は生来、社会に馴染むことができたためしなどなかったのだ。

勉強は多少出来たとしてもクラスカーストでは常に最下位だった。
他人の連絡先など殆ど知らない。自分の言動のどのあたりが相手の機嫌を損ねているかわからない。

男はモブという存在を『最低限の人生が与えられている』と定義している。
何故なら、主人公の周りでバタバタと倒れていくモブなど邪魔でしかないからだ。
そして男は、自分には人生が与えられていないと感じている。

男はモブではなく、荷物だった。存在しているだけで世の中に負担を与えるもの。
もしくは自分の重さだけで次第次第に破綻してしまっていくもの。

牢屋はその居住条件として男に労働を要求し、代わりに度数の強い酒や孤独を供給する。
酒も孤独も依存性が強い。気付けば男は自らの手で牢屋の扉を開けることすら出来なくなってしまっていた。
モブにすらなれなかった男は宙ぶらりんの状態で喘いでいた。なんとか元の戦場に戻ろうと十六度も試みた。

全てが遅すぎた。

はずだった。

96 :(゚、゚トソン ◆8ynGPMuYG. :2019/06/01(土) 20:55:53 ID:WYOCvwxw0
9

しかし!
男は今、物語を書き続けている!



何故かは分からない。男は何かを割り切ったのだろうか?
僅かな自由時間を費やし、酒にも手を出さず、新しい玩具を見つけた猿のようにキーボードを叩き続けている!
いよいよ男に本物の狂気が浸潤し始めたのだろうか? もしそうだとすれば、引き金は都村トソンだったのか?



かつて男は信じていた。自分には物語しかないと。物語以外に自分を規定するものなど何もないと。
今生、誰かに愛されることなどないだろう。今生、誰かを愛することもないだろう。
今生、大金を稼ぐこともできないだろう。今生、名誉を授かることもないだろう。



自分は物語に生きて、物語が自分を生かすのだ。それも誰かの物語ではなく、自分の。



それらの熱意は加齢と酩酊と労働によって瓦解したはずだった。
人生すらもなく、ただ泥のかたまりとして日々を過ごす。そしていつか腹に抱えた憎悪や殺意が原因で消えていくのだ。
俺はそんな男と共に死んでいくのだ。俺は男であり、男は俺なのだから当然の帰結だ。



しかし男は、俺のあずかり知らぬ意欲でもって物語を紡いでいる。
もしかしたらそれは、その物語は完結を迎えるかもしれない!
もはや男の物語が誰かに読まれる可能性すら無に等しいというのに!



男は、男はもう物語の作法を憶えていない。文法も、語彙力も酒の向こうに置いてきてしまった。
巷間で何が流行っているかも知らない! 何をどうすれば読まれるかなんて広報手段を男は持っていない!



ああ、ああ、それでも男は何年ぶりかの完結に向けて歩を進めているのだ。
なんと尊いことだろう。どうせ男は誰にも褒めてもらえないのだ。せめて俺ぐらいが称賛しないでどうするのだ。
過剰な自己愛であっても結構だ。結局この男は独りで死んでいく! 結局は独り! たった独り!



その、独りであるはずの男の、俺しか見ていないはず男の隣を何かが併走している!
それは轟音を響かせ、大地を揺らし、ひたすら前へと突進する。
それは行く手を遮る何者をも踏み潰し、自由に、尊大に、前進する力を持っている!

97 :(゚、゚トソン ◆8ynGPMuYG. :2019/06/01(土) 20:56:25 ID:WYOCvwxw0
10

戦車!



戦車! 戦車! 戦車! 戦車! 戦車! 戦車! 戦車! 戦車!
戦車! 戦車! 戦車! 戦車! 戦車! 戦車! 戦車! 戦車!
戦車! 戦車! 戦車! 戦車! 戦車! 戦車! 戦車! 戦車!



二十五回の叫びを、たった一輛のきみに捧げる!
何度呼んだって呼び足りない! 心地良いんだよ、僕の舌はこのために作られていたみたいだ!



ねえ戦車、近頃若者の間では公開告白というのが流行っているんだそうだ。
ねえ戦車、僕ときみはまるで双子のようによく似ているんだよ。
ねえ戦車、僕がきみに乗り込むことができたなら、それはもう、それはもう性行為なのだろうか!?



ねえ戦車、僕はもう現実を見たくないんだ。だってパパ活している女と餓死する引き篭もりが同時に存在する世界なんだもの。
ねえ戦車、僕はもう現実を見たくないんだ。だって祝福される赤ん坊と継父に殴られる子どもが同時に存在する世界なんだもの。
ねえ戦車、僕はもう現実を見たくないんだ。だってリストカットするメンヘラと認知症の老人が同時に存在する世界なんだもの。



ねえ戦車、僕はもう現実を見たくないんだ。だって都村トソンが存在する世界なんだもの。



ねえ戦車、僕はまた罵られるのかな。『どうしてあと三十分早く出社することぐらいができないの』って。
ねえ戦車、僕はまた罵られるのかな。『お前は仕事の大変さがわかってない』って。
ねえ戦車、僕はまた罵られるのかな。『お前はだめだ、お前はだめだ、お前はだめだ』って。




ねえ戦車、僕はまた罵られるのかな。『お前の物語はよくわからないから』って。



ねえ戦車、物語は最高だよ。だって気に入らない存在は描かなければいいんだから。
ねえ戦車、物語は最高だよ。だってそこには自分の理想だけを置けばいいんだから。
ねえ戦車、物語は最高だよ。だってそこには餓死する引き篭もりも継父に殴られる子どもも認知症の老人もいないんだ。


ねえ戦車、物語は最高だよ。だってそこには都村トソンが……。

98 :(゚、゚トソン ◆8ynGPMuYG. :2019/06/01(土) 20:56:54 ID:WYOCvwxw0
11

でもね、戦車、僕は少し怖いんだ。僕が作る物語に、本当に都村トソンはいないのかな。
こんなにも都村トソンに蝕まれた僕の頭が創り出す物語は、本当に無関係だって言えるのかな。
これから僕が創り出す物語はもしかしたら、もしかしたら……都村トソンそのものかもしれない。

だから、戦車、僕は君に願うんだ。いっそ僕の脳味噌も踏み潰してしまってよ。
僕はこの街を踏み潰してくれるきみのことを愛している。けれどそれだけじゃ足りないんだ。
僕が都村トソンではない物語を創るには、それしか方法が無いような気がするんだ。

都村トソンはただの上司だ。部下に仕事を押しつけて怒鳴るしか出来ない能無し女だ。
都村トソンは大して税金を納めていない。社会からいなくなっても構わない女だ。
都村トソンは婚期を逃したオールドミスだ。どうせ碌な死に方をしない女だ。

けれど、戦車、世界っていうのはどうやら案外狭いらしいね。
僕にとっての世界なんて、この街と、都村トソンと、インターネットだけでできているんだ。
僕にはそれらの捨て方がわからない。逃げ方がわからない。失い方がわからない……。

ああ、僕は狂っていない、ただのバカなんだ。仕事をやめるという選択さえできない。
ただのバカなんだ。不条理に対して声を上げることすらできない。
ただのバカなんだ。歯車としての使命すらも全うできない。

だから、戦車、きみが、何もかも踏み潰すきみが、羨ましくて、羨ましくて。
きみには鼓膜も、眼球も、脳味噌も備わっていないのかもしれない。
けれど、それは僕に、この世界の生き方を教えてくれているのかな。

僕が都村トソンの声を聴かなければ。
僕が都村トソンの姿を目にしなければ。
僕が都村トソンを脳内から消し去ってしまえば……。

戦車、都村トソンはきっとこれからも僕を攻撃する。
戦車、きみみたいに強くなれば僕は都村トソンを乗り越えられる。
戦車、きみみたいに堅固な装甲を持てば都村トソンなんて気にならなくなる。

それでも戦車……。
僕はやっぱり……。
殺してほしい……。

99 :(゚、゚トソン ◆8ynGPMuYG. :2019/06/01(土) 20:57:15 ID:WYOCvwxw0
12

ξ゚⊿゚)ξ「アンタんとこの新人、全然使えないんだって?」

(゚、゚トソン「……ああ、ドクオくん?」

ξ゚⊿゚)ξ「うちの課長が嘆いてたわよ。なんであんなヤツ採用したんだって」

(゚、゚トソン「まあ最初はあんなもんじゃないの。最近の新人が出来すぎてたんでしょ」

ξ゚⊿゚)ξ「でも、ムカつかない?」

(゚、゚トソン「別に……迷惑かからなきゃ」

ξ゚⊿゚)ξ「でも、迷惑かけてるでしょ、どうせ」

(゚、゚トソン「そういうときはちゃんと言うようにしてるから」

ξ゚⊿゚)ξ「あんた、言い方キツいから恨まれてるんじゃない?」

(゚、゚トソン「別にそんな……。私なんかより客とかの方がキツいでしょ」

ξ゚⊿゚)ξ「いや、ああいうのは何考えてるかわかんないから、気をつけた方がいいよ」

(゚、゚トソン「……まあ本当にしんどくなったら辞めるだろうし、私も気にしないようにしてるし……」

ξ゚⊿゚)ξ「でもアイツマジでムカつくんだよね。この前就活サイトに載せるスケジュール書いてってメールしたの。そしたら……」

100 :(゚、゚トソン ◆8ynGPMuYG. :2019/06/01(土) 20:57:47 ID:WYOCvwxw0
13

男はクラスメイトや同僚から陰口を叩かれ続けている。それは男が死ぬまで変わらないだろう。
男の立ち位置は常に中心ではなく隅っこだ。それは男が死ぬまで変わらないだろう。
男が口にする言葉や文章は正確には相手に伝わらない。それは男が死ぬまで変わらないだろう。

男が物語に逃避することは周りにとっても好都合だった。
男が休日に部屋に引き篭もっていることは周りにとっても好都合だった。
男が酒と薬だけを頼りになんとか延命していることは周りにとっても好都合だった。

誰も男にアドバイスしようとしない。相手にするのが面倒だから。
誰も男の悩みを聴こうとはしない。相手にするのが面倒だから。
誰も男の健康を気遣おうとはしない。相手にするのが面倒だから。

男は周りに関わりたくないし、周りも男に関わりたくない。つまりWin-Winである。

だから俺のような自意識ばかりが肥大し続ける。そして自意識は増殖し、分割され、重複していく。
孤独を癒やすものは妄想だけだ。そしていずれ、妄想は現実に取って代わる。
それがどのような結末をもたらすかはわからない。何も起きないかもしれない。

孤独である限り、孤独の範囲において、男は自由だ。あまりにも自由だ。
しかし大きすぎる自由を目の前にしたとき、人間は必ず壁を作って自らを拘束する。
そもそも人間は自由を謳歌できる種類の生き物ではないからだ。

男は俺のような自意識によって縛られている。それを男は不自由だとは感じていない。
そして自意識に監視されている中で物語を創る。だからそう遠くない場所に限界が存在する。
俺はそれを知っている。俺が知っているということは、男も少なからず勘づいている。

男には物語の系譜から逸脱した物語は書き得ない。男だけでなく、誰にも不可能である。
男はもうすぐ物語を完結させる。それを特別だと思い込むのは自由だ。囚人も、自由な夢を見る。
それでも俺が物語の完結を歓迎するのは、そこにたどり着かなければ男は永遠に目覚められないからだ。

動機が殺意であろうが狂気であろうがかまわない。それは俺にとっても、物語にとっても重要ではない。
そしてこれを完結させた男が実際に人を殺そうが、或いは自分を殺そうが、俺にとっても、物語にとってもどうでもいい。
寝返りも打てない赤子に歩行を求めるのは愚かだ。一つ一つ踏みしめなければならない。

これで俺の弁護は終いだ。

101 :(゚、゚トソン ◆8ynGPMuYG. :2019/06/01(土) 20:58:17 ID:WYOCvwxw0
14

その時、不意に戦車が増殖した。一気に百倍に増えた。
あの真っ黄色の戦車も百輛に増えた。二十五輛が二千五百輛に増えた。
僕が愛した戦車も増えた。僕はどうして、特段にあの戦車を愛していたのだろう。

戦車が増えてしまった今となってはまったくわからなくなってしまった。
僕は僕の戦車を探そうと試みた。けれどそれはまったくもって無意味だった。
アファンタジアに陥ったのだ。そういえば、昔から同級生の顔を区別するのに苦労していた。

そもそも僕は戦車について何も知らない。
砲塔を搭載し、キャタピラを履いている装甲車が一般に戦車と呼ばれていることしか知らない。
肌の白い人間たちが一般に白人と呼ばれていることしか知らないのと同じようなものだ。

戦車たちは一斉に唸り声をあげて立ち上がった。砂塵やひしゃげた文庫本なんかが舞い上がる。
戦車たちは前進をすっかりやめてしまっていた。戦車たちの目の前には恵まれた富豪の邸宅がある。
その食卓は無事だった。その資産は無事だった。そういう奴らに限っていつだって無事なんだ。

戦車たちがゆっくりと浮遊し始める。部品の一つも欠けることなく、戦車が戦車のまま風に舞う。
戦車たちが輪唱しながら空に向かって二重螺旋を描く。二千五百輛の戦車は、もしかしたらもう二十五万輛かもしれない。
それは戦車の竜巻だった。吹き荒ぶ突風に介護保険証や炊き出しの大鍋が巻き込まれていく。

戦車、戦車、きみも結局はこの世の強者の前に膝を折るのかい。メディアスクラムが怖いのかい。
きみは僕が知らない間に選別していたのかい。もしかして今までに踏み潰していたのは弱者だけだったのかい。
インセルだけを殺すのかい。代議士はやめておくのかい。そこにいるのが高額納税者なら、きみもやっぱり足を止めるのかい。

氷河期世代はどうするの。宇宙飛行士はどうするの。アルファツイッタラーはどうするの。
性依存症患者はどうするの。インフルエンサーはどうするの。専業主夫はどうするの。
特養の入居者は。反知性主義者は。レッドネックは。マスコミは。無敵の人は。都村トソンは。

僕は。

102 :(゚、゚トソン ◆8ynGPMuYG. :2019/06/01(土) 20:58:41 ID:WYOCvwxw0
15

きみは強者だ。集合知だ。検閲官だ。生殺与奪を握っているんだ。明日より向こうのエシュロンだ。
きみは自由だ。チートだ。シンギュラリティだ。ガス室の管理人だ。偉大なる兄弟だ。
きみは象徴だ。ポストヒューマンだ。神を崇めない教祖だ。自律式の断頭台だ。

けれどきみは神ではない。神などいないからこそ、きみの力は強大なんだ。

きみは神ではない。だから処刑する人間を選別する。偏見を持つ。生理的嫌悪を催す。
きみは神ではない。だから万能ではない。平和主義者であり、虐殺者だ。ひどく優しいカニバリストだ。
きみは神ではない。だから権力に傅く。小市民の側面を持つ。ピラミッドの頂点に近づこうとする。

きみは神ではない。だからこそ自由なんだ。だからこそ僕はきみを愛するんだ。
きみが都村トソンを殺そうが殺すまいが自由だ。きみが僕を殺そうが殺すまいが自由だ。

きみへの僕の愛情は、ただの一方的な殺意に過ぎなかった。
きみへの僕の依存は、ただの一方的な脅迫に過ぎなかった。
きみへの僕の物語は、ただの一方的な欲望に過ぎなかった。

希死念慮による誇大妄想だった。
自己愛による過負荷だった。
願望による強姦だった。

それでも、それでも、戦車、戦車、戦車、僕の戦車……。
きみなら僕を新しい物語の向こう側に連れて行ってくれると思っていた……。
きみなら僕を取り囲む壁を踏み潰してくれると信じていた……。

残念だ……。僕にはもう、何も残っていない……。

103 :(゚、゚トソン ◆8ynGPMuYG. :2019/06/01(土) 20:59:04 ID:WYOCvwxw0
16

そして男は十六度目の挫折を迎え、現実へと帰ってきた。
いつも通りの街並みが夜の静寂を過ぎて、あちこちに満員電車を走らせている。
戦車は消えて全ての憂鬱が再生した。墓石にはいつも通り人の名前だけが刻まれている。

男は再び牢屋からの脱出を断念した。今度こそ男は、牢屋での永住を決め込むだろうか。
いや、きっと十七度目の決意がいずれ発生するだろう。男は再び牢屋から出ようともがくだろう。
男はまたも戦車を復活させるかもしれない。今度は戦車でなく、異世界の美少女かもしれない。

しかし、それもまた失敗する。死よりも明らかな運命だ。
男は予定調和的に出来損ないの物語を足りない頭で修復し続ける。
男のサグラダ・ファミリアは完成しない。誰もその完成に手を貸さない。

一度過ぎた時間は二度と戻ってこない、なんて言い草は嘘っぱちだ。
男が男である限り、彼の物語は幾度も幾度も繰り返され続ける。心象風景はいつまでもループする。
当て処のない漂流だ。行き先を失った航海だ。あとは全身の細胞が摩耗していくのを待つだけだ。

男は最期に航海日誌を遺すだろうか。いや、それすらも不可能だろう。

男はただただ死んでいく。自分の生き様に向かって懺悔と呪詛を吐き続けながら。
男はただただ死んでいく。自分の才能に対するプライドと妄想を捨てきれないまま。
男はただただ死んでいく。あとには何一つの物語ものこらない。醜く腐敗する身体だけが残る。

午前七時半。男は社会にしがみつくために出かける。
行き先には昨日の仕事と都村トソンが待ち受けている。