【感想】自由




自由
ブーン系小説創作板(ファイナル) ( ^ω^)文戟のブーンのようです[7ページ目]より



〇人間は不自由を求める

「自由」がテーマのこの小説で、不自由に囚われている男が主人公なのが印象的だった。
上司だったり、社会だったり、己の過去だったり、自意識だったり。
これら不自由を抱えて男が一歩前へいつまでも踏み出せない理由を考えてみる。

考えてみるが……これは作中で答えが出ている。
『しかし大きすぎる自由を目の前にしたとき、人間は必ず壁を作って自らを拘束する。』
『そもそも人間は自由を謳歌できる種類の生き物ではないからだ。』
このお話の中で語られる人間の真理を的確に捉えた文章だ。


ひとつ例を挙げるが、何故みんな旅行に行くことになれば計画を立てるのだろう。
これは「安心」を得るためというのが大きなウェイトを占めていると思う。

事前に観光名所を知っていれば、景色の変わらないただの散歩にならずに済むだろう。
名産品を知っていればコンビニ弁当よりは美味いものが食べられるはずだ。
宿泊施設を決めておけば野宿の心配はない……etc。

無計画であれば何をしても自由だけれど、これらの不安が常につきまとうことになる。
だからみんな計画を立てる。計画によって自らを拘束する。不自由を科す。
そしてその不自由を、当人は不自由とは思わずに行動する。


囚われの男が一つだけ自分に科した不自由がある。それが自意識だ。
男は自意識に縛られていることを不自由と思っていない。
旅行の計画と同じ原理で、己に不自由に科すことによって「安心」を得ていたからだ。

何故それで安心を得られるのか?
消極的な事実ばかり突き付け、自分を痛めつける陰の自分。
男にとってそれは、物語を書くための原動力となっていたはずだからだ。


そしてこれに何故か?と問うのは愚問だろう。
現実にも仮想空間にも過去にも未来にも自分の居場所を見出せない男には、
もう妄想という手立てしか残っていない。
物語を紡ぐ、この一点において自意識は味方だ。
いや、味方であり、敵だ。


社会に負けた。上司に負けた。モブにすらなれない荷物だ。
消極的内省が男を焚きつける、自意識への反抗だ。
物語まで失ってしまったら、もう男は何者でもなくなってしまうだろう。
そんな自我を保たせる自意識という存在に、男は「安心」を感じている。


しかし、男は物語を完結させることができない。
一歩前へいつまでも踏み出せない。自制心ともいうべきもう一人の自分が邪魔をするのだ。
一歩踏み出しても成功するとは限らない。責任を負って、抱えきれなくなったらどうする。迫害される立場になりたくない。
すさまじい熱量でもって物語を吐き出し続けるそのときでさえ、「この物語は都村トソンそのものかもしれない」と怯えだす。
男は物語を完結させることを恐怖している。
完結させたその先の未来、「自由」が見えていないから。
だから「何にもしない」という「不自由でいることの安心」に甘えてしまうのだろう。



〇作中の「戦車」とは何だったのか

果たして男は物語を完結させることができなかった。
戦車という男のもうひとつの味方ともいえる存在があったにも関わらず。
この戦車とは一体なんだったのかを今度は考えてみる。

色々考えたが、結局「これだ!」という結論が出なかったため、当てずっぽうで語っていく。

まず、戦車とは男の書いた物語の、直接の登場人物ではないだろう。

男にとって戦車とは、破壊衝動と自殺願望。
そしてそれを実行できる強い自分。一歩前進することができた未来の自分。
現状打破のために背中を押してくれる無敵の存在を自分自身に求めていたのではないか。


男は誰かに自分の話を聞いてほしかった。自分を見てほしかった。
だが気を許せる友人はおろか、両親にさえ捨てられた男にそんな存在があるはずもない。
ただ強い自分ならば、自分自身を褒めてやることができるのではないか。
認めてやることが、愛してやることができるのではないか、そんな願いがあった。


戦車はなにもかもを踏み潰す。
男から光を奪う世界の全てから、同じように光を奪ってやる、そんな独り善がりの逆襲だ。

叶うなら都村トソンを、そして自分自身をも。
戦車はどうして真っ先にそのふたつの目標を潰しにかからなかったのか。
戦車は男だ。しかし今の弱い男のことではない。
ここがポイントだ。


都村トソンを殺す、あるいは弱い自分自身を殺す、男自身がそれを実現するのに、今のままでは不可能だった。
目の前には壁がある。自制心ともいうべき今の弱い自分だ。
一歩踏み出しても成功するとは限らない。責任を負って、抱えきれなくなったらどうする。迫害される立場になりたくない。
そんな弱い自分という壁を壊すため、戦車という無敵の象徴、未来の自分に頼ろうとしたのではないかと思う。



〇素晴らしい作品でした!

その先のことは……ここまでの全てが仮説の積み上げなのでこうだと言い切るための説得力を持たせられない。

結局男は物語を完結させられないし、それはこれからも繰り返される。
戦車の行進が止まったのは、反射的にブレーキを踏んでしまったからか、
あるいは虚しさに気づいてしまったからか、わからない。
知ったふうに語れるほど私自身が追い詰められていないからだと思う。

それでも『「何にもしない」という「不自由でいることの安心」』というのは、とてもよくわかる。
その壁を壊す大変さも、それを担うのは自分自身しかいないんだということもね。
それがどうしてもできない人間の行きつく先を見せられた感じだ。
とても、とても、ただひたすらに虚しい。


この作品で初めてドナルド・クロウハーストを知ったのだけど、言い得て妙なばっちりの人物を持ってきたなと思った。
男にとっての物語を航海日誌と重ね合わせたのなんか最っっっ高だね。最っっっ高!!

そういう比喩表現もそうなんだけど、いちいち突き刺さるような単語選びも抜群だった。
「FANZAやストロングゼロやメンタルヘルス」とか「男のサグラダ・ファミリア」とか特に。

「男が最も望んでいることは、その命と意識を抱えたままどこか安全な場所へ避難することだ。」
この文もすごく良かった。
なかなか言い表せない感情を的確に言葉にしてくれたなって感じだ。


最初に読んだときは「なかなか良いな」と漠然とした感想しか抱けなかったものの、
自分の中で煮詰めれば煮詰めるほど好きになっていけた作品だった。
人間の感情を、そして「自由」というテーマを扱った作品だからこそ出る深い味わいを感じ取れた。

正直感想書くのにかなりあーでもないこーでもないをやったが、まだまだ煮詰め足りない気がしてならない。
それはまた今度、気が付いたときに読み返して発見していけたらなと思う。