【感想】(´-ω-`) 「また、アキアカネが飛ぶ季節のようですね。義姉さん」

高校3年生のショボンが、夏休みのさなか都会から実家へと帰郷した。
ほとんど一人で過ごす予定だったその実家に兄が連れてきたのは、兄の婚約者だというシュールだった。
突拍子も無く始まった二人での奇妙な共同生活に慣れ親しんでいく内、ショボンには、許されざるある想いが芽生え始める。
――僕は、兄の婚約者に、恋している。


(´-ω-`) 「また、アキアカネが飛ぶ季節のようですね。義姉さん」 (。,,部屋)(性的表現につき閲覧注意)




青ホラの作者別一覧をザーッと見ていった時、特に印象に残って、いつか読んでみようと思わされた作品が、これ。
今年も秋がやってきて、その日夕焼け色に染まったトンボを見つけてまず真っ先にこの作品のタイトルが頭に浮かんだ。
丁度いい機会だと思い読んだところ、やはり、「秋といえばこの作品」と言わしめるだけの力、魅力を持っている作品でした。


まず何と言っても秀逸なのが、このタイトル。
注目すべきは「(´-ω-`)」、「アキアカネ」、「義姉さん」という3つのワード。
「アキアカネ」という、誰もが知っている名詞だけど、普段日常生活でそんなに使う事もないワードをこうしてタイトルに付けられると、無性に気になってしまう。
一言に秋と言ってしまわないところに、この物語の本筋があるのかなと思わされます。
その秋の哀愁感を助長させるような「(´-ω-`)」このAA。
そして最後に「義姉さん」とくる。
この義姉さんと昔一悶着あったらしいことを感じさせる雰囲気だが、思い出を回想しているようなこのセリフ調から、穏やかな空気が伝わってくるが果たして……。

まあ、要するに「何があったんだろう?」と思わせるには十分なタイトルである、ということでした。
個人的にタイトルが秀逸だなと思った作品に「('A`)がバイブの訪問販売員になったようです」「( ^ω^)チワワだと思ってかわいがってたらチクワだったようです」とかがあるけど、これらはどちらもカオスな雰囲気を漂わせていて。
カオス感を使わずに人を引き付けるタイトルを付けるのはなかなか難しいことであるし、それをやってのけたアキアカネは、タイトルセンスが最高の作品、といっても過言でないんじゃないか…と思う。


<以下ネタバレ注意>


さて、内容に移るけど、
私がこの作品で特に素晴らしいと思ったのは、所々、唐突にハッとする文面があることだ。
ストーリーを要約すると、高校3年生である主人公ショボンが、実家に帰省した際に出会った兄シャキンの婚約者シュールに恋をしてしまい、募る想いから男のサガか、自慰行為をしてしまう。
そうとは知らずに変わらず優しく接してくれるシュールを、ショボンは気まずさから一方的に避けてしまう……。
その2回目の自慰行為の後、場面の移り変わり。


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【 七 】

毎日が辛い。

シューさんは、兄の婚約者であり、義姉であり、そして母親代わりだ。
僕に構ってくれ、話しかけてくれ、家事や食事の支度をしてくれる。

そして、僕はそのシューさんに恋をしている。

叶わぬ恋。
僕は何日も、ふさぎ込んだまま過ごしている。

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『毎日が辛い。』初っ端からのこの一行。
ここに抜き出して書いただけじゃ伝わらないだろうが、個人的にハッとくるものがありました。
簡潔な文章ほどグサッと心を抉られますね。
なんだか、自殺志願者の淡々とした日記を読んでる錯覚に陥った。


他にも、
シュールがショボンの両親に自分の意志を打ち明けたその日の夜、シュールとシャキンの問答の後、一人食卓に残されたショボン。


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シューさんの後を追う兄。
僕の背中を、荒い足音が遠ざかっていった。

食卓に三人分の料理を置き去りにされたまま、僕はひとり、そこに残された。

(´・ω・`) 「……」

食欲は、元から全くない。
それを通り越して、胃の中の物を全部吐き出してしまいそうだった。

(;´・ω・) 「う……っ」

僕は、何もせずに、椅子に座っていた。

( ´;ω;) 「っ……!」

涙がこぼれた。

シューさんの口からはっきりと、兄を愛している、と聞いて。

兄とシューさんの間の亀裂を見せ付けられて。

勝手に流れ始めた涙が収まるまで、動けなかった。
僕は湯気の立つ食卓に座って、独り、ただ俯いていた。

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『僕は、何もせずに、椅子に座っていた。』この自己嫌悪。
『僕は湯気の立つ食卓に座って、独り、ただ俯いていた。』温かい食事を前にしての、悲しみの涙という、この対比。
ハッと、息を飲んだ。
特に後者はかなり上手い書き方だと思う。
対して新しくもない、築ん十年の古い木造の家の実家のダイニングで、
色褪せた四角い傘をもった蛍光灯が、食卓の周りだけを淡く照らしていて、
本来なら家族揃って食卓を囲み、ご飯を食べながら談笑する場所で、
ほとんど手を付けられていない湯気の立つ食事を前に、
自身ではどうすることもできない問題に自己嫌悪ともどかしさを抱え、両こぶしを膝の上でギュッと握りしめながら、俯き、ショボンは静かに涙を零しているのだ。
なんという寂寥感。思わず同情してしまうね。
しかもついこの間まで3人で楽しくご飯食べてたんだから、余計にだよ。

このシーンでは、ショボンの心の内がハッキリと読み取れる。
『シューさんの口からはっきりと、兄を愛している、と聞いて。』
『兄とシューさんの間の亀裂を見せ付けられて。』
前者の文は、やはり自分は叶わぬ恋をしているのだという、絶望、そして兄への嫉妬。
後者の文は、自分の愛するシュールと兄が、不安定な状況にあることを知っての、悲しみ。

おそらく、ショボンは、シュールを愛するのと同じくらい、兄のことも愛しているのだ。と、そう思った。
だから2人が喧嘩をするのはきっと純粋に嫌なのだろう。
つまり、自分はシュールと一緒になりたいけれど、兄とも幸せになってほしいという、どうしようもない矛盾した思いに、ショボンは頭を抱えているのだ。
ショボンとはなんというピュアで純粋な人間なのだろう。
私もこんな心を持って生きたい……。


何故このシーンばかりこんなにだらだらと長文で語っているのか。
というと、私はこの作品の中ではこのシーンが最も輝きを放っていると思ったからである。
エクセレントッ!!の一言に尽きるのである。


そうそう、この場面のシャキン。
親の言う事に反論せず、ただ黙って追従する、生真面目で、頑固で、融通が利かなくて。言ってみれば頭でっかちの勉強バカにしか見えないのだが(言い過ぎ)、
最後にショボンが診療所でシャキンと問答した際には、ああ、こいつ実はいいヤツだなって思えて、良かった。
ただ、親のことは本当に「仕方ない」「逆らっても無駄だ」と思ってるだけで、争い事なんて出来れば御免こうむりたい性格なだけで。
だからショボンには本当に同情しているんだろうし、責任も感じてたんだと思う。

( ´;ω;)「このままじゃ、僕と同じになっちゃうよ……!」
に対して
(`・ω・´) 「……そうだったな」
とはちょっと酷い言い方にも思えるけど、この同情と責任があったからこそ、シュールには我が弟とは同じ道を辿ってほしくない。もう同情と責任を抱えるのは嫌だ。勇気を出してやっと親に反抗してみようという気になったのでしょう。
シャキン兄さん、この作品で一番好きなキャラです(といっても、主要キャラ3人しかいないんだがね……)。


さて、ハッピーな終わり方でなんともよかった。
シュールはショボンを「大人」として、ショボンはシュールを「家族」として認めた。
アキアカネが飛ぶ季節になる度、二人はこの大切な事を思い出すのだろう。
最後の最後にようやく件のセリフが来て、〆。
読了後はつい大きく溜め息をついてしまいました。
良作を読み終わると、つい出ちゃうよね。

でも、この時点ではまだショボンは完全に吹っ切れたわけじゃないんだよね。
これがみんな丸く収まる終わり方だったのは確かだけど、何より主人公はショボンだし、主人公の恋が叶わなかったという意味では、一概にハッピーエンドとは言えないと思う。
よって、私はこの作品はハッピー寄りの「ベターエンド」であると決定付けた。
但し、私がベターエンドが好きというだけで、割とこじつけだ。

ともあれ、ベターエンド好きの、私の中で頂点に位置するブーン系作品はしばらくこの「アキアカネ」であり続けるだろう。
傑作とはこういう作品のことを言うのだと、私はしみじみ思う。