「リストカット」

4 :ゆゆ ◆AdHxxvnvM. :2015/10/26(月) 00:37:05 ID:nvtMWgKc0

1.「リストカット」

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2 :ゆゆ ◆AdHxxvnvM. :2015/10/26(月) 00:35:37 ID:nvtMWgKc0
( ・∀・)「どうした? 楽しくないかい?」

 寒波の影響で外は吹雪いており、窓から望む景色は閃光のように通り過ぎる白い雪の線だけだった。

 今年はホワイトクリスマスになりそうだ。

 そんな風に、三日前にモララーと笑い合った時には、まさか自分がこんな憂鬱なクリスマスを過ごすことになるとは思わなかった。

ζ(゚、゚*ζ「ちっとも楽しくない」

 この強烈な吹雪の中、クリスマス料金と称していつもより割高になったランチを食べに行くのは、利口な選択ではない。

 その程度の分別はつくつもりだが、私はなんでもなさそうな顔をしてボードゲームに勤しむモララーに、筆舌に尽くし難い、悪意のようなものを抱いていた。

5 :ゆゆ ◆AdHxxvnvM. :2015/10/26(月) 00:38:22 ID:nvtMWgKc0
 二人で向かい合うには少し大きなテーブル。

 その上に広がったボードゲームの盤面では赤と青の駒が一つずつ、競い合うように隣り合わせのマスに並んでいる。

ζ(゚、゚*ζ「今日はクリスマスなのよ。どうして私は恋人と二人で、よりによって今日、ボードゲームをしなきゃいけないの?」

 我ながら酷い物言いだと思った。モララーに当たったところで天候が回復することはない。

 それでも、私のこの苛立ちはモララーにぶつけることでしか解消出来ない気がしたのだ。

 モララーは困ったような顔をして、頬を掻いた。それは彼が何か言いたいことがあるのを、無理矢理抑え込む時の癖だった。

6 :ゆゆ ◆AdHxxvnvM. :2015/10/26(月) 00:39:10 ID:nvtMWgKc0
 また困らせてしまった。そんな風に胸の奥を刺す罪悪感を、彼は解ってくれるだろうか。

( ・∀・)「君の番だ。サイコロを振りなよ」

 全てをしまい込んで、彼は私に促した。

 その通りに、サイコロを振り、出た目の数だけ赤い駒を進める。止まったマスは、交通事故に遭い、一回休みと書かれたマスだった。

 私はボードゲームの中でも嫌なことばかりね、と言った。するとモララーはシニカルな笑みを浮かべ、テーブルの上で両手を組み、その上に顎を乗せた。

( ・∀・)「不思議だね。現実の僕達は何かにつけて休みを求めて、それが実現するととても嬉しい気持ちになるのにね」

( ・∀・)「どうして盤面で休みを得られるとこんなに嫌な気持ちになるのかな?」

ζ(゚、゚*ζ「現実で交通事故に遭って休みになったって嬉しいわけないじゃない」

7 :ゆゆ ◆AdHxxvnvM. :2015/10/26(月) 00:39:59 ID:nvtMWgKc0




( ・∀・)「そうかい? 僕は嬉しいけどな」

 モララーはそれだけ言うとサイコロを振った。

 カーディガンの袖から伸びた細く白い手首、その中央で存在を主張する、リストカットの赤い痕が揺らめいた。




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8 :ゆゆ ◆AdHxxvnvM. :2015/10/26(月) 00:41:05 ID:nvtMWgKc0
 私とモララーが出会った時から、その赤色の線は彼の左手首に住み着いていた。

 その傷が出来るに至った、彼の昔の経験を、私は知らない。

 それについて下手な探りを入れることは、彼のパーソナルスペースを脅かすことのように思えたし、それによって私と彼の関係が揺らぐことが怖かった。

 私はそれを良しとはしなかったし、モララーもそのように考えていたと思う。

 彼の過去を共有出来ない自分に腹を立て、私が彼と同じところに、自分で傷をつけた時も、彼は何も言わずにただ抱き締めてくれた。

 どうして、とは聞かなかった。

 私と同じように接してくれたことが、その時はとても嬉しかった。

 ただ、それだけだった。

9 :ゆゆ ◆AdHxxvnvM. :2015/10/26(月) 00:43:24 ID:nvtMWgKc0
 泥のようなものが、身体中にへばりついていて、私達は抱き締め合って嬉しいのにもかかわらず、どこかでお互いを傷付け、汚し合っている。

 モララーの身体にも、私の両親にも、モララーの両親にも纏わり付いている。

 その泥を拭い去り、直接身体に触れようとすれば、たちまち私達は壊れてしまうだろう。

 そうして仕切られている以上、私達はそれを踏み越えてはいけないし、踏み越えたいと思ってはいけない。

 そう思ってしまったが最後、関係は壊れてしまうのだから。

10 :ゆゆ ◆AdHxxvnvM. :2015/10/26(月) 00:44:20 ID:nvtMWgKc0
( ・∀・)「二回連続で六だ。生き急ぐ人生だね」

 溜息混じりで、少し気取ったようなモララーの声が私の意識を覚醒させた。

 私は物思いに耽るとぼんやりとしてしまう癖があるので、よく人の話を聞いていないと指摘される。

 だが、モララーはそれを特に気にもせず、私が一人で我に帰るのを待ってくれる。

 今こうして、何を急かすでもなく微笑んでいるように。

 余裕のある彼の態度を見ていると、時々私は彼にとってどうでもいい人間なのではないかと不安になる。

 しかし私に何も求めず、ただ微笑んで甘えさせてくれるモララーが好きだった。

 矛盾しているように思うが、その感情だけは真実なのだ。

11 :ゆゆ ◆AdHxxvnvM. :2015/10/26(月) 00:45:14 ID:nvtMWgKc0
 お互い、もう二十歳だというのに、そんな男女が交際しているというのに、私達は一度もセックスをしていない。

 彼がどうなのかは知らないが、私はまだ処女だった。

 私達の交際を知る人達にはよくそのことを冷やかされるが、肉体関係ありきの交際に、私はなんの魅力も感じていない。

 モララーが私に何を求めているのか、求めていないのか、それは彼が纏った泥の向こうに隠された答えで、私に知る術はない。

 けれど、私達の交際の上っ面において、彼は私の身体を求めてはいない。

 それがとても心地良く、私はそれに甘えている。

12 :ゆゆ ◆AdHxxvnvM. :2015/10/26(月) 00:46:04 ID:nvtMWgKc0
 私はサイコロを振った。彼と同じように傷を入れた左手で。

 出た目は一だった。

 私の番を一度飛ばし、二回連続で六の目を出した彼の駒と私の駒との間には、大きな隔たりが出来てしまっていた。

ζ(゚、゚*ζ「もういい。別のことをしようよ」

 我儘だ。このボードゲームを楽しむつもりは最初から無かったが、それでも私は渋々了承した。

 それなのにもかかわらず、こんな自分勝手な言葉を、息を吐くように漏らしてしまう自分が嫌だ。

( ・∀・)「もうすぐ終わるよ。少しだけ付き合ってくれよ」

 モララーはボードゲームをやめようとはしなかった。

 赤い手首を曝しながら、彼はまたサイコロを振った。出た目はまた六だった。

ζ(゚、゚*ζ「モララーばかり良い目が出る。ますます嫌になっちゃう」

( ・∀・)「君の目だって、良い目かもしれないじゃないか」

ζ(゚、゚*ζ「六が一番良いに決まってるじゃない」

13 :ゆゆ ◆AdHxxvnvM. :2015/10/26(月) 00:46:45 ID:nvtMWgKc0
 幼稚な反論を被せる自分が滑稽だ。私は何を言っているのだろう。

 元より、こんな退屈なボードゲームの勝敗なんて微塵も気にしてはいなかったはずなのに。

 それに気付いた時には、何故か私の頬は緩んでいた。

 モララーはそんな私を見て笑った。そのように、見えた。

( ・∀・)「ねぇデレ。早く生きることはそんなに良いことではないと思うよ。一の目でも二の目でも、時には六よりいいことだってある。むしろそんなケースはかなり多いと思うよ」

 彼は一区切り置き、傍に置いたマグカップに口をつけた。

 中身は饐えた匂いを放つ、安いインスタントコーヒーだ。すっかり冷めてしまって、美味しくはないだろう。

( ・∀・)「死んでしまうその時に、全てにオチがつくその時にやっと、あの時出た目は良い目だったとか、悪い目だったとか、そんな風に理解出来るんじゃないかな? ゲームの途中で目の良し悪しに駄々をこねるのは、少し早いさ」

 モララーはサイコロを握り締め、一際大きく腕を振り上げた。

14 :ゆゆ ◆AdHxxvnvM. :2015/10/26(月) 00:47:26 ID:nvtMWgKc0
 年明けから間も無く、モララーは死んだ。

 自宅のマンションの屋上から飛び降りたらしい。

 それから暫くは、彼と私の共通の知人から根掘り葉掘り話を聞かれた。

 デリカシーに欠けているとは思ったが、お悔やみ申し上げますなんて格式張った挨拶は、私達のような大学生には似つかわしくない気がしたし、笑顔を取り繕って耳を欹てられるよりかはましだと思った。

 しかし私とモララーはあのクリスマスの日以来、碌に連絡を取っていなかった。

 彼が何を思い詰めて、どのような過程を踏んで死に至ったのかは分からない。

 私に分かるのは、彼が最期に、アスファルトに脳漿をぶち撒けて死んだということだけだ。

15 :ゆゆ ◆AdHxxvnvM. :2015/10/26(月) 00:48:17 ID:nvtMWgKc0
 連絡を取らないことに関しては別段珍しいことでもなかった。

 お互いに大学の事やプライベートの事で忙殺されることもあったし、むしろそういう時に無理に連絡を取り合わなかった事が、交際が長く続いた理由だったとも思う。

 長く続いた。だからどうしたというのだろうか。

 私のゲームはまだ終わっていない。モララーは先にゴールしてしまったのだ。

 私達の交際に、意味はあったのだろうか。それを夢想することを、モララーはよく思わないのだろう。

 私達は別の場所でサイコロを振り、同じ目を引き当てて交わった。

 その意味を、意義を知るのは、一足先にゲームを終えたモララーだけだ。そう考えると、私はモララーというものについて何も知らないのかもしれない。

 だから知人にモララーのことを問われても私は閉口するしかなかったし、モララーの母親に、モララーと交際して幸せだったかと問われても何も言えなかった。


 残ったのは虚無感だけだ。


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16 :ゆゆ ◆AdHxxvnvM. :2015/10/26(月) 00:49:06 ID:nvtMWgKc0
 道の傍に転がった放置自転車は埃を被っていて、その本来の役割を果たすことは無い。

 ゴミとして気軽に処分することが出来ないからこうして放置され、誰の記憶からも消し去られて、彼はこうして佇んでいるのだろう。

 私と同じだと、思った。

 モララーと交際していた私は既に皆の記憶からは消え失せていて、代わりに彼等の前で私を演じるのは、"恋人を失った私"だ。

 そのようにして人は生まれ変わりを繰り返す。

 考えてみれば当然のことだ。だがそれを考えてしまったら……それは……

 

 今の私など、私の人生という小さな流れの中ですらどうでもいい存在で、それは私がこの先何かを見るごとに、何かに感動するごとに、価値が薄くなってゆくのではないか。

 頭の中の個室の壁に、出鱈目にモララーとの思い出を描き殴った。彼の顔は、既に霞んでいた。

17 :ゆゆ ◆AdHxxvnvM. :2015/10/26(月) 00:49:58 ID:nvtMWgKc0
 私はコートのポケットからカッターナイフを取り出し、うっすらとした白い線に成り果ててしまった、モララーとの共通点に沿って刃を這わせた。

 表皮の下の柔らかい肉がぷつり、ぷつりと裂かれる感覚と、痺れるような痛みが通り過ぎると、かつての赤色が顔を出した。ただ、それだけだった。

 泣きたかった。暴れたかった。誰かに八つ当たりしたかった。モララーの名前を呼びたかった。モララーが辿った道を追い、解答に辿り着きたかった。

 けれども私が振ったサイコロは変わらず一の目を示し続けていて、そのどれもを選択することは叶わない。

 残された私はどうなる? この目に、一体どんな意味があるのだろうか。

 カッターナイフの刃を握り締める。鋭い痛みは血となって掌から零れ落ち、床を濡らした。

 モララーを失ってしまった。私は彼を追えなかった。引き止められなかった。彼の死を、理解することが出来なかった。けれども……

 私はーー

19 :ゆゆ ◆AdHxxvnvM. :2015/10/26(月) 00:52:45 ID:nvtMWgKc0
1.「リストカット」


了.







2.「ミルククラウン」