ヘルタースケルター † 妊婦 † ドロップキック

485 : ◆xh7i0CWaMo :2015/11/15(日) 20:05:25 ID:t2I.RDO60
3.ヘルタースケルター † 妊婦 † ドロップキック

【失踪者ψの俯瞰】

気もそぞろに生きてる具合とキたら、ザマァないね。

少年は扉の前に突っ立っている。
それは手術室へと繋がる扉だが、所謂総合病院のそれじゃあない。
手術室といっても実態は雑居ビルの地下室に過ぎないし、衛生環境なんざ言及するまでもなく最悪だ。

それでも少年は扉を開けるための決心を心臓のど真ん中で必死にこねくり回している。
つまりさ、少年は今からその小汚い雑居ビルの一室で手術を受けようとしているわけだ。
 
そう、それもタダの手術じゃあない。端的に言えば……人間を辞めるための手術だ。
悲しいもんだが、少年は最早人生とか世の中とかいうものに絶望しちまってる。

けれど、そういうのは今更珍しくないだろう? 
それなりに社会的な生活をしていれば少年が命を捨てちまうニュースなんざしょっちゅう耳にする。
そのたびにナントカ委員会のオッサンが神妙な顔で謝罪の弁を述べるって手筈だ。

思春期の少年少女が自ら命を擲っちまうのは……何というか。とてもショッキングだ。
誰だってそう思うだろう。偽善者じゃなくたって、寂しい思いの一つは抱えてしまうさ。

でも、全ては結局感情の流れ作業に過ぎない。
悲壮な決意でもって逝っちまった彼らのことを、当事者以外はすぐに忘れちまう。
 
ここにいる少年だって同じことだ。人間を辞めるって話は、結局のところ自殺と何ら変わらない。
そして、誰だってその事実を数日で忘れちまう。

486 : ◆xh7i0CWaMo :2015/11/15(日) 20:08:30 ID:t2I.RDO60
……いや、ちょっと待てよ。そもそも少年は、誰かに記憶されていたんだろうか? 

どう見たってモブみたいな少年だ。よくあるような面構えだし、成績だって中くらいだろうね。
きっと、道化でもリーダーでもない。色で言えば煤けた灰色のような生活を送っているんだろうさ。

よくわかる……うん、そんな性分ってのは手に取るように分かっちまう。悲しいもんだ。
だから少年が……そんな身分だからこそ、頭ン中にドデカく膨れ上がって、
どうしようもなくなっちまった自意識を背負い込んでいることだって、容易に察することが出来る。

いやいや、何度も言うけど決して珍しい話じゃない。
何というか……そう、多感なんだろうなあ。
 
朝の満員電車に詰め込まれている不幸な男がいる。
すっかり窶れて落ち窪んだその目は、まるで地獄を見詰めているみたいだ。
顔のない他人どもの息苦しさに苛まれて、自分が今どうして電車に揺られているのかも判然としない。

考えなくとも分かることだ。
男はしがない社会人で、今だって十五分向こうのオフィスビルを目指しているってだけ。

けれどそうはなりたくなかったのだろう。死相ってやつは何よりも饒舌だからね。
すっかり大人になっちまった男は、取り戻し得ぬ過去を眺めては日毎絶望を繰り返しているって具合だ。

全体、世の中の幸不幸は凡そ釣り合っちゃいない。
或いは、どこかのオエライさんが独り占めしてるんだろうね。

487 : ◆xh7i0CWaMo :2015/11/15(日) 20:11:51 ID:t2I.RDO60
ま、そんなことはいいんだ。ええと、何の話だっけ? 
世の中がどうしようもなくクソだって話? 違ったかな。
いやまあ、総括したらそういうことなんだよ。でも、それは流石に性急過ぎる結論ってヤツだよな。
 
そうそう、少年の話だ。
 
少年はそんな男のような人間になりたくない。
だって少年の自我は根拠のない万能感に満ち溢れていて、
宇宙が自分を中心に回ってるって信じきってるんだから。

けれどさ、正直な話、そんなわけがないってのも心のどこかで薄々気付き始めてるんだ。
世の中の才能人を見てみろよ、あの若さで! ハンディキャップを背負っていても!
その身から溢れでる輝きときたら、眩しくってとても直視できやしない。

才能は誰にだって平等にチャンスを与える。
そしてそれを使えば誰だって……地味顔だって駆け上がれるんだ。そうだろう? 

だのにどうして少年は、俺らは、未だに底辺を這いずり回っているんだ? 
穏やかに暮らせればいいなんて、自分を誤魔化し始めたのはいつからだ? 
天寿を全うすればいいなんて、目標を裏切ったのはいつからだ? 

命が夢よりも重くなっちまったのはいつからだ? 
意味の無い人生を美味しくいただき始めたのは? 
忸怩たる自問自答をしなくなったのは?

488 : ◆xh7i0CWaMo :2015/11/15(日) 20:15:08 ID:t2I.RDO60
……ちょっと話は変わるが、憂鬱が高じると人はどうなると思う? 
おもむろに剃刀を手にとって手首にあてがうだろうか? 

例えば郊外の一軒家にいる精神を患った女性。
彼女は一日の大半を布団の中で過ごしている。
その手には力無くスマホが握られて、日がな一日煌々と照り輝くディスプレイを眺めているって案配だ。

布団は殆ど万年床で、周りは、大して動いてもいないのにとっちらかってる。
風呂にも……いやいや、女性の話だ、そこは言及しないでおこう。

ともかく、憂鬱に取り憑かれると何もできない。本当に、なんにもできないんだ。
だから、死のうとするなんて以ての外ってわけ。

とは言え、病気の罹り方なんて千差万別、
もしかしたら憂鬱を昂ぶらせて死を選ぶ人だっているかも知れない。

けれど、彼女は今もスマホを見詰めている。
世の中に跋扈するいやないやなニュースは、どれ一つ頭に入ってこない。

けれども彼女はもう、その文明の利器を手放すことができないだろう。
何もしないで布団にくるまって、薄闇だけを見詰めていることに、
そうやって命を削っていくことに、耐えられるヤツなんてそうそういるもんじゃない。

489 : ◆xh7i0CWaMo :2015/11/15(日) 20:18:19 ID:t2I.RDO60
少年は、何れ自分が鬱病になると思い込んでいる。
仮にプライバシーにズカズカと踏み込んで統計を取ってみたならば、
少年がその手の類いの病に罹患する可能性はハッキリ高いと弾き出されてしまうかもしれない。

確かに、決めつけるのはよくない……よくないにしても、それはもう少年の信条ですらあるわけだ。
遠からぬ希望の夭折を予測することだって、少年なりの自意識の処理方法なのかも知れない。
 
長々と悪かったね。畢竟、少年は今のうちに死んでおこうって腹づもりなんだ。
 
それはきっと、誰にだって出来ることじゃないだろう。
あまつさえ、誰かがやらなければいけないことでもない。
世の中がいくら人間で溢れかえっているとしても、死んで良い人も死ぬべき人もいるわけがないんだ。

まあ実際……道徳性と合理性の妥結点を探るべきなんだろうけどね。

どうやら生き物というものは根本的な不具合を持ってしまっているみたいで、
脈々と長ったらしく歴史を書き連ねている人間でさえ、
今もまだみんなが幸せになる方法を見つけ出していない。

いたいけな子どもだって、好々爺だって、生きている間には無意識に殺し合いをしているわけだ。
そういう風に仕組まれているんだよ、まったく神様ってヤツはなんて残酷なんだ!

490 : ◆xh7i0CWaMo :2015/11/15(日) 20:21:13 ID:t2I.RDO60
しかし少年の場合、ちょっと話が違ってくる。
何故なら彼は、自らの意思で自らを殺そうとしているわけだから。

現実問題、死ぬというだけで諸々と周りに迷惑を掛けてしまうけれど、この際それを考えても詮方ない。
少なくとも、少年が考えられる限り最もスマートな形で自己完結を試みていることだけは確かだ。

もしこの世を俯瞰している者がいるとするならば、どうか彼の行動原理を許してはもらえないだろうか?
何れ死すべき命なら、その情念を全うしようとしていることを、讃えてやってはくれないか……。
 
ぶるぶると震えている。武者震いなんかじゃない、本当の本当に怖いんだ。
どうしようもない生存本能みたいなものが、いつまでも後ろ髪を引く。
目の前の粗末な扉の向こう側に粗暴な死が待ち構えているなんて、ちっともリアリティのある話じゃない。

いや、もしかしたら本当にただの夢物語なのかも知れないね。
何故だか知らないけどこの国では安楽死が禁じられているわけだし。常識的に考えれば、
錆の浮いた扉の向こうに下卑たエロスが広がっている可能性の方が十二分に高いだろうさ。

そして、エロスは少年に蛇足じみた救済と人生の延長戦を与えてくれるかもしれない。

人間なんて、殊に男子なんてそんなもんさ。
何だか、女性の躯に触れているだけで、生きているような気分になっちまう。
異性とは、つまり合法的な麻薬なのかも知れないな。

491 : ◆xh7i0CWaMo :2015/11/15(日) 20:24:19 ID:t2I.RDO60
少年はファストファッションのズボンに手を突っ込む。
そして中でくしゃくしゃになっている紙片を、どこか愛おしげに撫でてみる。
それこそが少年とこの地下室を結びつけた唯一の物的証拠だ。

ひな形だけを読み取れば、差し詰め同窓会の案内状といったところかな? 
そこには『人体改造』に関するシンプルなガイドラインが記されていて、
隣に簡素な地下室への地図が示されている。

汗ばんだ手で何度も何度も読み返したせいで、今やその文字たちはすっかり滲んでしまっている。
至極簡素であるからこそ、読めば読むたびに一笑に付すべき内容が、
頭の中で次第次第に真実味を帯びていったというわけさ。

案外と、リアリティとは稚拙で粗雑な事物を示唆するのかもしれない。
だって、現実社会では文明人たちが雑な労働で命を浪費しているわけだし……ね。

そう、『人体改造』なんだ。少年は唯々物理的な死を選択するわけではない。
それは停滞ではなく、むしろ次の段階へ進むための手続きなのさ。

けれども少年の得た案内状には具体的な手術の内容は記されていない。
付記された事項はたった二つ。『麻酔の不使用』と『意識の確実な消滅』だけだ。
つまり件の紙片は、軽妙なまでの筆致で少年に対し、確実な死のみを約束している。

492 : ◆xh7i0CWaMo :2015/11/15(日) 20:27:23 ID:t2I.RDO60
才覚に恵まれず、しかし最低限の酔狂さだけを持ち合わせた少年は、
着の身着のままで繁華街の裏通り……
ジメジメとした雑居ビルのたむろする粘着質な空気の漂う場所まで辿り着いた。

その雰囲気ときたらまるで一種の陰気な人間の心情みたいで、
誰からも見放された挙句に羽虫の幼虫だけが適応するようなしみったれた世界だ。

目当てのビルを見つけるまでに、少年は何度も何度も人生の負の側面を思い返しては、
ガチガチと歯を噛み鳴らしていたものさ。

アァ……一度くらいは全校生徒が見ている前で、
校長先生から表彰状を受け取るような身分になってみたかったもんだなァ……なんてね。
 
でも、いざ手術室を前にして、少年は最早自虐の愉悦に浸ることも出来ないでいる。彼は逡巡する。
無闇に厳しい父のこと、無闇に甘い祖母のこと、主婦としての仕事で自分を支えてくれる母のこと。
それらの回想が一気に脳裏を廻り巡り、もう、何だかぐっちゃぐちゃだ。

そりゃあいくら自分が凡百のツマラナイ人間でも、死ねば家族は悲嘆に暮れるんだろうなあ。
やっぱり死んじゃあダメだよなあ。どこの誰とも分からない闇医者の手にかかって逝ってしまうなんざ、
家族愛の理屈に於いては決して許される話じゃないよなあ。

道端のどこかに、孤独を全うする方法論なんてものは、落ちてないもんかなあ。
そいつをまずは、じっくりと読み込んでくるべきだったかも知れないなあ。

493 : ◆xh7i0CWaMo :2015/11/15(日) 20:30:13 ID:t2I.RDO60
ほんの少し回顧しただけで、後悔みたいな不気味な塊が思考回路をじくじくと痛めつけてくる。
引き返すこと、逃げ出してしまうことがもう少しで自己正当化されそうだ。

時間に身を委ねて脊髄反射気味にヒレをパタパタ蠢かし、流れ生活する凡人も、
立ち止まればすぐ思索の海に溺れてしまうもんだ。

濡れそぼった理性が明瞭な答えを弾き出せるわけもない。
表情筋の動かし方を忘れた彼は、もう随分と前から涙を流さず泣いている。
 
嗚呼、それでも矢張り死んでしまおう。路傍に転がる溝鼠の死骸となって、いっそ烏に啄まれてしまおう。
最終的に少年の思索を支配したのは若き死への浪漫だった。
将来に対する漠然とした不安、なんて有り触れた言葉を記憶から引き出してほくそ笑む。

いずれこの自意識が雲散霧消して、
死んだ目をしながら回し車の中で延々と走り続ける自分を許容してしまう前に、
自分が自分を尊敬出来ている間に、与えられた機会を有効に使うとしよう。

なに、自殺せず天寿を全うした老人が他人に迷惑をかけないなんて話はないだろうさ。
徘徊する認知症患者は、きっと健常者の潜在的な殺意を増幅させているに違いない。
それに比べれば、少年が少年のまま死ぬ事による他者の感情の損失なんて大したもんじゃないだろう。

第一……死への恐怖が極限化して認知機能を喪っては……
自分を思うことも出来なくなってしまうじゃないか……。

494 : ◆xh7i0CWaMo :2015/11/15(日) 20:33:06 ID:t2I.RDO60
……と、いうわけで、最終的に少年は扉を開くことになる。
これは、一つの人格が歩んだ、個性的な感情変化の一つに過ぎない。

だから賛否両論、毀誉褒貶諸々あるだろう。
むしろ、肯定よりも否定、褒め言葉よりも貶し言葉の方が圧倒的に多いのかも知れない。

結果的に、少年はそういう人格を形成するような人生を歩んできた、ってことだ。
黙認こそされど声をあげての賞賛は得られず、命を与えられても謳歌は出来なかった。
誰もが少年の存在を薄ぼんやりとは認識していたが、誰も焦点を合わせてはくれなかった。

仮に誰かが少年に真っ向から立ち向かっていれば、彼は同じ終局を選んだだろうか? 
それこそシリアスな心持ちで少年と対峙し、会話していれば彼は自分を救済できたのではないか?

まあ、何を論ったところで今となっては机上の空論だ。
それに……少年の場合はやや特殊な最期だったが……
自死を選ぶ多感な少年少女は、先にも述べたが珍しい出来事じゃない。

そういうものだ。
容貌も知能も多岐にわたる人間が、全て平等に愛されるなど、どだい無理な話……。
 
さて、ここらで私は一旦筆を置こう。
……おっと、次の話者にバトンを繋ぐ、その前に一つだけ。

何処かで暮らしている愛に溢れている人よ。
そのぬいぐるみのような愛を、コンビニの隣で売ってはくれないか。
外国の市場でオレンジを積み上げているみたいに鮮やかでさ、きっと皆が買いに走るだろうから。
 
……頼むよ。

495 : ◆xh7i0CWaMo :2015/11/15(日) 20:36:02 ID:t2I.RDO60
【闇医者θの論理】

(´・_ゝ・`)「……どうにもママならない世の中だ。
      何が悲しくって僕がこのスバラシイ才覚を、人類救済のために使わなくちゃいけない? 
      僕ァね、コロンブスよりも巧く卵を立てることが出来るんだよ。

      きっとベクトルを誤ったんだな、
      本当なら、僕はたった一人で核爆弾を作り、
      何十万もの連中をケロイドまみれにしていたはずだ。

      ハァつまらんつまらん……これじゃあまるで、
      当たり前のようにタダでゲームをダウンロードしている昨今の若者みたいなもんだ。
      微罪でしかない。僕ったら、全然ツマラナイ天才でしかないなァ……。
 
      ……必要なのは循環する血液の交換だ。
      全身を巡っている血液を、僕が生成した薬液に入れ替えることで、細胞の機序に変貌を齎す。
      これにより、肉体の寿命を大幅に引き上げることが出来る。

      分かるだろ、吸入麻酔にせよ、静脈麻酔にせよ、血液に作用して意識を消失させる。
      これでは血液交換が巧くいかないのさ……。
      
      ふん、そもそも麻酔なんてものは苦痛を取り除くという生者の倫理に基づいたものでしかない。
      人格が死ぬって言うのに、苦痛云々を検討したって仕方ないじゃないか。

496 : ◆xh7i0CWaMo :2015/11/15(日) 20:39:24 ID:t2I.RDO60
      人の死に伴って、意識は停止する。
      それはもう二度と還らない、誰もいない真っ暗で何にも無い空間へ放棄されるのさ。
      怖れようと何をしようと、その事実を覆すことなど不可能なんだよ。

      まったく六文銭だのリインカーネイションだの……真面目に信じ込んで恥ずかしくないのかね。
      精々八十年如きの命に拘って、かかずらって、絆されて、
      挙句の果てには殺し合いまで始めるのだからお笑い種だ。
 
      や、や、七面倒な死生観などどうでもいい。僕の成果の話をしよう。
      つまり、この方法では意識こそ死すれど、脳の活動には悪影響を及ぼさない。
      だって、脳味噌がなければいくら躰を保たせたって意味がないんだからね。

      人間の脳は実に優秀なプロセッサとしてのポテンシャルを秘めている。

      よく、人間は脳機能を数割も使えていないと言うね。
      無論、あんなものは幼稚なお伽噺に過ぎない。

      そんなことを言い出したら、無駄な思弁に頭を使う愚鈍な連中が、
      脳味噌を使いこなすなど永遠に不可能だ。
      下らない人間ほど、未確認飛行物体を見たなどと騒ぎ立てる、拙い理屈に過ぎないよ。
 
      しかしね、それはあくまでも人間が人間である場合の話だ。

497 : ◆xh7i0CWaMo :2015/11/15(日) 20:43:58 ID:t2I.RDO60
      アザトホースだって、白痴で盲目であるからこそ狂気に満ちた宇宙を創造することができた。
      人間が涙ぐましくも保持し続けている人間性を書き換えれば、
      脳機能を別の役目に割り当てられる。

      例えば……肉体の損傷を理性で抑止せず、筋組織を最大限に活用することがね。
 
      ハハア、どうやら馬鹿を見る目で見られているようだね。
      
      いつもそうだ、連中と言うのは生理的に受け付けない話は聞き入れようともしない。
      社会規範というものに縛られているうちは、
      『議論を尽くす』という言葉を使うことさえ許されるべきではないな。

      話し合いで解決できることなど何もない。
      餓鬼の頃に僕の抗弁を聞かず殴りつけてきた不良共の暴威が墓場まで通用しているワケだ。
      
      ヒステリックに怒鳴り散らす狂人と、
      自省もせず他者を批判する記憶障害者がいつまでもいつまでも偉ぶれる世の中だ。

      道理などと宣う人間の厚顔無恥さときたらない。いつまでもいつまでもそうだ。
      ふん、賛意など得られなくたってちっとも構わないな。

498 : ◆xh7i0CWaMo :2015/11/15(日) 20:46:36 ID:t2I.RDO60
      さ、さ、気にせず話を続けよう。
      つまりこの人体改造に於ける主題は『選択と集中』であると言えるだろうね。
      極端な話、文筆家だって利き腕と脳味噌が神経で繋がってさえいれば結構だろう? 

      この施術においても、当然両腕は切断する。
      理想を追求するならば、五感における味覚なんかも遮断すべきかもしれない。

      しかしね、僕の研究に依れば、
      感覚の一部を断絶することによるスペックアップは然して効率的ではないんだ。
      費用対効果が低い割には手数だけ爆発的に増加してしまう。

      物理的な切断とはワケが違うんだな。
      それに、そこまで極めなくとも必要十分な作用は期待できる。
      実際的な問題は無いと判断したわけさ。
 
      全て施術を完了させるまでに要する時間は凡そ二日と六時間。
      激痛による神経系の遮断……ショック死を起こさないためにも慎重に進める必要がある。

      無論、拘束具の耐久性も肝要だ。
      患者の死亡には最大で十二時間要すると計算しているし、
      生きているうちは酷く暴れ回ることも容易に想定される。

      施術は概ね機械によって行われるが、一部の作業においては僕も直接手を施す予定だ。

499 : ◆xh7i0CWaMo :2015/11/15(日) 20:49:07 ID:t2I.RDO60
      ……僕はね、他人と共感し合える人間と自分が同一の生物だなんて全く考えていない。
      才覚は、他人と共有できる絶対的なものではないんだ。
      独創的で且つ偉大な発想や行動が必ずしも賞賛されるとは限らない。

      僕はこの技術に絶大の自信とプライドを持っている。
      だが、どうせ世間は認めてくれないだろうさ。

      社会というものは一方的に個人の感性を唾棄して平気な顔をしている。
      捨てられているのは決して僕だけじゃないだろうね。

      愛や好意なんて呼ばれるものにそぐわないあらゆるモノは徹底的に黙殺されるのさ。
      最初から考慮にも入れてくれない。
      結句、全ての人間がその価値を拾われ救われる術など存在し得ないんだよ。
 
      いつの時代だってそうだ。一ヶ月かけて書き上げた読書感想文が、
      例文をコピペしただけのシロモノに敗れることなんて珍しくもない。
      そこに込められた情感や魂なんて、他人には知る由もないし、また知ろうともしない。

      日陰者と言うだけで悪印象を持たれるし、その言動の一切を否定的に見られる。
      フラットな目線だの多様な価値観など全部屁理屈だ。
      忌避されるモノの慟哭がどうなると思う? 簡単な話だ、忌避されるんだよ。

500 : ◆xh7i0CWaMo :2015/11/15(日) 20:53:06 ID:t2I.RDO60
      広大無辺の荒れ地だ。反吐が出るほど叫んだって何も返ってきやしない。

      おざなりの相槌に満足して一生を過ごさないといけない人間がいるんだ。
      心の底からの好意を授けられず、自我を充たせず、
      何も持てないまま死んで真っ暗な場所へ行く人間がいるんだ。

      僕みたいな才能を持つ者が、こんな薄汚い地下室を根城にしていることだって、
      決して無関係じゃない。どうしてもこうなるんだ。どうしたってこうなる。畜生……。
 
      この手の風潮はね、次第に強まっていく筈だよ。
      道に流れる顔ぶれからは目鼻口がなくなって、そのうち脳味噌さえも失ってしまう。
      
      大衆はますます大衆化して、
      個人という存在は広告に踊るだけの無意味なスローガンになるだろう。
      もしかしたら、出自の悪い者が脚光を浴びるストーリーなんて一切消えてしまうかもしれない。

      精々遺伝子の乗り物と化した、誰でもいいような人間が労働に従事し、
      子孫を残し、たったそれだけの存在になってゆくんだ。大きな頭を掲げているだけ無駄な話だ。

      複雑な生活システムを組み込んだところで、やっていることはその辺の羽虫と何も変わらない。
      複雑に食って、複雑に寝て、複雑な日常を強要されているだけの羽虫だ。

      いや、むしろ機械だの何だのに頼らないといけないだけ、人間の方が下等だろうね。
      個性を失ってまで同種で競い合って何になる? 
      環境に適応し、緩やかながらも有効に進化する動物のほうが余程理性的じゃないか。

      今更、誰が本気で宇宙に行きたいと思っている? 
      人間として生きていくことすらまともに出来ていないのに!

501 : ◆xh7i0CWaMo :2015/11/15(日) 20:56:13 ID:t2I.RDO60
      ……何も難しい話じゃない。けれど僕以外、誰も思いつかなかったし実現しようともしなかった。
      筋組織を最大化すれば、助走をつけずに両足をバネのようにして力強く地面を蹴り、
      跳びあがることが出来る。

      視覚や聴覚を有効に活用すれば、動きの鈍い妊婦の腹を蹴り込むことなんてワケないさ。
      それは妊婦当人への致命傷にはならないだろうが、胎児には確実なダメージを与えられる。
 
      こんなことは胎児のためにしかならない。
      何度も言うが、僕が作るべきはこんな機械や薬液でなく、
      ただ単純に殺傷能力の高い核爆弾だったんだ。

      僕は個人の未来に寄与するよりも、現代を作り上げた大多数を壊したかった。
      しかし、僕は僕にしか為し得なかったことを、実際に成し遂げた。
      僕は、本来的に有していた個性を精一杯に発揮したんだ。
 
      もうすぐ、最初の被験者がやってくる。まだ年端もいかない少年らしい。
      主題に最適の被験者だと言えるだろう。
      僕がやるべきことを果たせる時が着実に近づいている。

      つまり、僕はようやく人間らしい行いが出来るというわけだ」

502 : ◆xh7i0CWaMo :2015/11/15(日) 20:59:04 ID:t2I.RDO60
【失踪者ψの追記】

……生きてっから死を渇望するんだろうね。
持たざる者ほど破滅願望を抱くっていう典型的な例だ。
この場合の持たざるっていうのは、才能とか知識とかではなく、人望ってことになるんだろうなあ。

そういうものは、いったいどうやったら積極的に手に入れることが出来るんだろうね。
きっと、金と同じで在るべきところにはたっぷりと積まれているんだろうさ。
 
ま、そんなことはいいんだ。兎にも角にもこういう経緯があって、少年と闇医者は出会った。
そして、手術が行われ、それは予定通りに成功した。
 
……術中、もっと言えば少年が生きている間、闇医者は絶叫した。
それも一度や二度じゃなく、絶え間なく叫び続けていた。

どうしてかって? 
闇医者は、失神もできず痛みに悶え吼え続ける少年の声と、
地下室いっぱいに充満した血の臭いにとても耐えられなかったんだ。

他の日陰者同様、闇医者のメンタルも強靱には出来上がっていなかったってこと。
自分が叫べば少年の声をある程度掻き消すことができる。
自分が叫んでいる間、あんまり血の臭いを嗅がなくて済む。

馬鹿馬鹿しくって幼稚過ぎる話だけど、当人は真剣そのものだった。
長時間にわたる手術の中で発狂してしまわないよう、
闇医者は喉から血が噴き出てもなお大声を出し続けていたんだ。

503 : ◆xh7i0CWaMo :2015/11/15(日) 21:02:55 ID:t2I.RDO60
でも、それ以上の苦痛に苛まれていたのは勿論、少年の方だ。
彼はきっかり五時間、死ぬことも意識を失うこともできなかった。

拘束具に縛られて身じろぎ一つできなかった少年の精神は、
最後辺りじゃもう殆どおかしくなってたんじゃないかな。
でも、その辺りのことは闇医者には分からない。少年本人にも、分かるわけがない。

まあ、少年自身に全く責任がないとも言いにくい。
何せ彼が受け取った紙片にはしっかりと『麻酔不使用』の旨が書かれていたわけだから。

少年はつまり、死に伴う痛みをすっかり舐めてかかっていたということさ。
彼も、オーバードーズの一つでもやらかしていれば、
死に至るのがどれだけ辛いか経験できていたかもしれないね。
 
少年は死んだ。それは、少年が人間として死んだってことだ。
その後二日間をかけて少年の肉体は叫ぶ闇医者と機械の手によって改造を施された。

何が何だかよく分からないが、とにかく闇医者の腕だけは確かだったらしい。
彼が作り上げた薬液と機械は期待通りの性能を発揮し、
最終的に少年は『妊婦をドロップキックするための生体ロボット』として生まれ変わったんだ。

両腕が無いことを除けばごく普通の人間に見えるどころか、
その双眸には生気のような光さえ宿っていたんだから大したもんだよ。

504 : ◆xh7i0CWaMo :2015/11/15(日) 21:05:32 ID:t2I.RDO60
さて、少年は願い通りに命を消し、闇医者も自身の技術を成功させた。
これは、二人にとってハッピーな結果だと言えるんだろうか? 
 
人によってはこう思うかもしれない。彼らは、極論に走りすぎてしまったんだ、と。
 
即ち、少年には生きて成功する道が残されていたかもしれないし、
闇医者も自らの頭脳を、希望溢れる技術に転用出来ていたかもしれない。
二人とも、思考の袋小路で方向を見誤ってしまったんではないだろうか。

他にも道はあったはずで、しかもその道を指し示す案内板すらあったのに、
彼らはあまりにも絶望に夢中で見落としていただけではないのだろうか。
 
そうかもしれない。違うかもしれない。
今となっては全ての可能性を語ることができる、けれど語るだけ無駄だ。
二人とも、もうやり遂げてしまったんだから。

一つ言えることがあるとすれば、彼らはそうやって希望を教える人たちを、
たぶん心の底から憎んでいただろうね。

彼らにとっては希望そのものすら夢物語で、理解には程遠かったんだと思うよ。
いったいどうして? 遺伝子のせいだろうか、それとも家庭環境? 貧困? 挫折? 失恋?

505 : ◆xh7i0CWaMo :2015/11/15(日) 21:08:15 ID:t2I.RDO60
その答えは、案外と身近な死に損ないが持っているかも知れない。
でも、何度でも言うけれど答えはきっと千差万別だろう。

絶望へといたる道は、さながら滑り台のようで、
一度乗ってしまえばあっという間にどん底に辿り着いてしまう。そこで動けず孤独死する人もいれば、
ちょっと辺りを見回して希望へと続く階段を見つける人もいるだろう。
 
嗚呼、言葉ってやつは不自由で不十分なもんだなあ。
これだけ重ねたところで、答えを見出すことはおろか、
全ての可能性を提示することすら出来ないんだから。

いったい、何が楽しくてこんなに言葉を連ね、編んでいくんだろうか。その答えすらも出てきやしない。
いつまでも、どっち付かずで堂々巡りなことばかりなんだろう。

こんなことじゃあ、全員はおろか、一人や二人を納得させることさえも夢のまた夢だ。
今はダメでもいつの日か、言葉で人の心を動かせると信じて疑っていなかったのに。
結局、物事や思考を押し進めるのは言葉じゃなく、実際の行動や現象だけってわけかもね。

辛いなあ。

506 : ◆xh7i0CWaMo :2015/11/15(日) 21:11:51 ID:t2I.RDO60
滑り台の終着点、絶望の深淵で『妊婦をドロップキックするための生体ロボット』が立ち上がった。
それは人間のような風体だが、もはや人としての知識も感性も持ち合わせていない。
様々な機能を兼ね備えていた目や耳や鼻も、今では標的を捕捉するためのレーダーでしかない。

それにしても、このロボットは目的に対して効率的と言えるんだろうかね? 
いくら人間が持ちうる処理能力と運動能力を最大限発揮したところで、
彼はその役目を終えるまでにいったい、何度ドロップキックを放てるのだろう? 

もしかしたら、ロボットは何一つ役割を果たせぬまま壊れてしまうかもしれないよ。
 
所詮は、激昂が生み出した喜劇でしかなかったのかもしれないねえ。
胸の悪い話だよ、でも、数多の人生の大半は、同じようなものなのかもしれない。

だから皆、心を殺すんだろうか。
俯瞰して世界は、得も言われぬ陰鬱さに見舞われているようだよ。
それは、予定調和の不協和音なんだろうか。

507 : ◆xh7i0CWaMo :2015/11/15(日) 21:14:56 ID:t2I.RDO60
物語ってやつは、何時か、何らかの方法で区切られる。
それらしいゴールテープなんてのはどこにもなく、
人なら死を迎えれば、小説なら全ての頁をめくってしまえばそれで終いだ。あとには何にも残らない。

それでも、この宇宙だけは続いていくのさ。
個人的な物語を綴じてしまうためには、
ボロ雑巾でもつなぎ合わせて自分の手でゴールテープを作り上げるしかない。

どうやら喋りすぎてしまったみたいだ。
実はね、もうとっくの昔にゴールテープは作り終えているんだよ。
 
さあ、ロボットが走り出した。
何も持てなかった人間が、何も持たぬままロボットとなってがむしゃらに疾駆しはじめたんだ。

まずはその姿を讃えよう! 
沿道からは、是非とも熱い拍手を! 
心が伴っていなくてもかまわない、魂が込められていなくても構わない。
 
救われぬ疾走に、おざなりの歓声を!

508 : ◆xh7i0CWaMo :2015/11/15(日) 21:18:03 ID:t2I.RDO60
【少年δの真意】




























.

509 : ◆xh7i0CWaMo :2015/11/15(日) 21:21:08 ID:t2I.RDO60
【闇医者θの弁明】

(´・_ゝ・`)「結局のところ僕は何をするべきだったのか。何を求められていたのだろうか。
      いや、そもそも何かを求められていたのか? 

      コドモの頃もオトナになっても、連中は常に、
      僕に周りとまったく同じ作業ばかりを押しつけてきた。
      誰も、僕にしか出来ないことは眼中にも入れてくれなかった。

      そういうものは邪魔でしかなく、もっと言えば鬱陶しかったんだろう。
      もしか誰かが僕に道を教示してさえくれれば、
      生来の才覚でもって何でもやり遂げてきたかもしれないのに。
 
      や、や、そうだ。誰が道を示してくれなくとも僕は自分で自分を育て上げてきた。
      そして、僕にしか出来ないことをやってのけたじゃないか。
      ……そうサ、誰も何も言わないから僕は自分なりの方法を模索するしかなかった。

      これは栄誉だよ、褒賞モノだ、そうだろう?
 
      ……ああ、ダメだな、誰もいないことが分かっているのに、
      ついつい誰かにモノを訊ねるような言動をしてしまう。
      この宿痾は、僕が死んで暗闇に行っても付き纏うんだろうネ……。

510 : ◆xh7i0CWaMo :2015/11/15(日) 21:24:09 ID:t2I.RDO60
      わかっている、分かっているとも。
      僕のしでかしたことなんて所詮小悪党じみていて下らない……それに、何というか滑稽だ。
      労働や、恋愛や、家庭に齷齪している連中なぞ、とてもかまけてくれるような代物じゃない。

      失敗の要因があるとして、そんなものは僕がこの世に生まれてきたことだけじゃないか。

      けれど、誰も僕に何も教えてくれなかった! 
      社会というものが他人と他人の繋がりに成立しているならば、
      僕がやるべき事を教えてくれる人がいたってよかったじゃないか! 

      そうさ、誰かが認めてくれて、或いは拒否してくれて、
      おざなりの拍手じゃなくて本物の感情をぶつけてくれれば……。

      ぼ、僕は、僕は、こんな愚かしい機械と、技術と、
      思考のために人生を費やさなくて済んだんだ。

511 : ◆xh7i0CWaMo :2015/11/15(日) 21:28:32 ID:t2I.RDO60
      この世の成功者に憧憬を抱き、同じようになりたいと希求し、賞賛を得たいだけだった。
      そのために僕は僕に出来ることを、僕にしか出来ない方法で、やったはずなんだ! 

      それで結局はこのザマだ! ここはカビの生えた地下室で、他には誰もいない!
      ならば僕は、僕は、最初からこうならざるを得なかったんだと信じるしかないじゃないか!
 
      そうさ、ハナから地獄だったのサ。
 
      もう十分だろう。よくやった、立派に集中してきたじゃないか。
      僕が天才であることを、最早誰も疑いはしないだろう。そもそも誰も見ていないのだから、ね。
 
      ……最終的に僕を見ているのは僕だけだった。
      このお伽噺は何らかの教訓を生むんだろうか? 
      少なくとも当人にはサッパリ分からないね。

512 : ◆xh7i0CWaMo :2015/11/15(日) 21:31:19 ID:t2I.RDO60
      まあいいさ、どうせ大した出来映えじゃないんだ。諸君は存分に嘲ってくれればいいさ。
      存分に嘲って侮蔑して……それで、明日を迎えるのが少しでも気楽になるなら、
      僕も歴史に仲間入りさせてもらえたってことだろう。

      だって、人間の歴史は、そのまま自分より下の者を嗤う歴史じゃないか。
      どうか存分に僕を見下して、明日の学業を、労働を見据えてくれたまえ……。
      僕は肥えた自我に抱き締められて眠るとしよう……そう、随分落ち着いたな。

      今はまだ、服薬しなくても済みそうだ。
      しかし何れ、離脱症状が歯を食い縛るような悪寒としてやってくる。
      空転の一生だ……また発狂し、小康し、同じ轍と踏み続けて死んでゆくのさ……。

      願わくは、棺桶には失踪届とペンを入れて、それと一緒に燃してくれたまえ……」

513 : ◆xh7i0CWaMo :2015/11/15(日) 21:34:23 ID:t2I.RDO60
【地方新聞εの記事】

○月○○日正午、県内κ市の海岸で、両腕のない男性の遺体が発見された。

遺体は死後約十日経過しており、やや腐敗が進んでいる状態だった。
警察ではこの遺体が、先月○○日に隣県で行方不明となった、
十六歳の男子高校生である可能性が高いとして、現在鑑定を行っている。

海岸は高さ十三メートルの断崖絶壁の真下にあり、地元の人も近寄らないような危険区域だった。

警察は、崖から転落したことが直接の死因とみられるとし、
事故と事件の両面から捜査を進めると共に、
未だ発見されていない両腕の行方についても捜索している。










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