o川*゚ー゚)o思い出レストランのようです 3品目

52 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 01:07:36.999 ID:0raBhKNo0
 



・当店ではご予約も受け付けております。



3品目 赤木浩一・椎奈様 ご注文


  ハンバーグステーキ


.

54 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 01:08:51.321 ID:0raBhKNo0
 
 俺の妹は病気だった。

 病名はなんたら線維症。詳しくは知らないが、生まれつき分泌腺の異常で全身の内臓が上手く機能しなくなる病気らしい。
 特に酷いのは肺の中が粘液で覆われて、呼吸困難を引き起こしたり、粘液に雑菌が繁殖し肺炎を起こして苦しむことだ。
 更に消化液の分泌にも支障があるため、栄養がほとんど消化できないのだという。

 一種の生まれ持った障害であり、根本的治療法はない。
 薬で症状を緩和しながら、いずれ死に至るのを苦しみながら待つだけの病気。

 それが判明したのは妹が小学生になる前、彼女は物覚えがある頃から入退院を繰り返している。
 新生児の時点で見つかることが多いため、珍しい症例だと医者は言っていた。
 妹は入院していない時でも、消化酵素薬やビタミン剤、抗生物質など、大量の薬を飲み続ける必要があった。
 そのため、食欲はあるのに痩せていて、病院暮らしの肌は青白く痛々しい。

 まだ彼女は小学生だ。
 6年も歳の離れた妹を俺は可愛がっていた。シスコンと言われても否定できないくらいだった。
 だから、退院中は少しでも一緒にいてあげた。

 妹の世界は狭い。

 入退院を繰り返す生活のため、学校に友達は少ない。
 明るい性格をしているから、いじめられたりはしてないみたいだが、それでも一年の半分は病院で過ごすため仲良くなりようがないみたいだ。
 学校の話題にもついていけず、必然的に俺に懐いていた。

55 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 01:10:21.030 ID:0raBhKNo0
 
 妹がテレビを横目に見ながら、今日の出来事を報告し始める。

(*゚ー゚)「今日はねえ、なべちゃんが面白かったんだよー」

 楽しそうに語る友達の話。でも、俺はそれが嘘だと知っている。
 家族を不安にさせないために、彼女はよく嘘を吐く。
 毎日みたいに、延々とそうやって嘘を吐けば、矛盾が積み重なって俺はそれに気が付ける。

 でも、それを否定したら彼女が壊れてしまいそうで、俺は毎日黙ってそれを聞いていた。
 両親は妹の治療費を稼ぐために、共働きでいつも家にいない。
 だから、妹の世界にいるのはいつも俺だった。俺が彼女の嘘を否定したら彼女の支えがなくなってしまう。

(*゚ー゚)「お兄ちゃんいつもごめんね。家にすぐ帰ってくるの、大変でしょう?」

 正直にいえば、俺だって友達と遊びたい。バイトもしたいし、家事は億劫だ。
 でも、俺がいなければ家事を妹がしてしまう。
 いつも自分を支える家族の負担を憂う彼女は、少しでも負担を和らげようと家のことをしたがるのだ。

56 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 01:11:24.293 ID:0raBhKNo0
 
 いつ肺炎を起こしても不思議ではない彼女に、掃除なんかさせられない。
 空気中に舞った雑菌を吸い込むと、正常な人間はすぐに排出できるのに、彼女はそれが困難で体内で増殖してしまうのだ。
 だから、俺はいつもすぐに帰宅した。友達と遊べない苦痛は、妹の生活を思えば大したことがなかった。

(*゚ー゚)「お兄ちゃん、遊んできていいんだよ? 掃除はできないけど、食器洗いはできるよ」

(,,゚Д゚)「いいの。ほら、お前は昨日肺炎治ったばかりなんだから寝てろ」

(*゚ε゚)「ぶー」

 こいつはズルい。いつもこうやって俺のことを気遣ってくれる。
 俺たち兄妹は、神様をいつも呪っていた。

 液晶テレビの薄いスピーカーが「人生40代から!」などと言い出して、思わずチャンネルを変えた。
 妹は人生を40年も過ごせないのに、無神経な番組である。無論、単なる八つ当たりだ。
 神様は本当にいつだって意地が悪い。

 なあ神様。こんなにいい子がなんでこんな苦しむ必要があるんだよ。治してくれよ。
 誰かが死ななきゃいけないなら、俺が代わりに罹ってもいい。でも、こいつは助けてやってくれよ、神様!

 そんな願いはいつだって届けられることはない。

58 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 01:12:15.347 ID:0raBhKNo0
 
(,,゚Д゚)「なあ、買い物行ってくるよ。今日食べたいものはなんだ?」

(*゚ー゚)「一緒に行く! ちゃんとマスクつけるからお願い!」

(,,^Д^)「わかったわかった。で、なにがいい?」

(*^ー^)「ハンバーグ! ねえ、お兄ちゃん。一緒に作ろう?」

(,,゚Д゚)「そうかー、お前、ハンバーグ大好きだもんな」

(*゚ー゚)「あのね、昔食べたハンバーグ。美味しかったでしょ? あんなハンバーグが作りたいの」

 彼女が思い浮かべるのは、小さな頃食べたハンバーグステーキのことだろう。
 まだ、肺炎も酷くなかった頃、家族で食べに行った洋食店。彼女が話す中で数少ない嘘のない話。楽しかった思い出。

 かつて生活が今より苦しくなく、一軒家で暮らしていた頃の思い出。
 俺たち家族が珍しく一同揃って行った個人経営の小さなレストラン。
 今のマンションに引っ越してからは、遠くなって行けなくなった。行きたいと妹が主張しても、何故か両親は連れて行ってくれない。

 病気が治ったら、食べに行こう。

 それは両親の決まり文句だった。

59 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 01:13:25.319 ID:0raBhKNo0
 
 両親があのレストランに連れて行ってくれないのは、生活が苦しいからだ。
 「病気が治ったら」そんなことがありえないのを、俺は知っている。この病気は未だ治療法が見つかっていない。
 彼女はずっと、あのレストランでハンバーグを食べられない。

(; ー )「ごほっゲホゲホ!」

(;゚Д゚)「しぃ? おい! しぃ! 大丈夫か!?」

(; ー )「ぜひぜひ……だいじょ……ぜひぜひ……」

 歩きながらそんなことを考えていると、しぃの体調が唐突に悪くなった。
 痰の出ない空咳、目の血走り方、震える両手、多分呼吸困難と軽度肺炎。
 鞄の中から常備していた抗生物質と気管支を広げるステロイド系の吸引器を取り出す。

 この程度の発作はよくあることだった。たぶん、今すぐ入院にはならないだろう。
 でも、次の入院は近い。そうしたら、また数か月間、彼女は病院に閉じ込められてしまう。
 腕の中で汗だくになりながら、吸引器を吸い込む彼女を見ていると、様々な思考が駆け抜けていく。

 頭の中で、一つの結論が浮かぶ。
 ちょっと早いか? でももう、今しか、ないんじゃないか?

(,,゚Д゚)「なあ、しぃ」

(*゚ー゚)「……なぁに? お兄ちゃん」

 健気にも無理やり息を整えて、平気そうな笑顔で返事をする妹。
 汗がにじんだその顔は、赤く上気していて、とても辛そうだった。

60 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 01:14:31.112 ID:0raBhKNo0
 
(,,゚Д゚)「今日の買い物は辞めにして、あのレストランにいこうか」

(*゚ー゚)「えっお金大丈夫なの?」

 そんな状態なのに、喜ぶよりも先に家計の心配をする。
 この彼女がこんなにつらい病気になるなんて、絶対何かの間違いだ。

(,,^Д゚)「大丈夫、お兄ちゃんに任せておきな」

 小遣いをずっと貯めていた。使い道はたぶん、今だと思う。
 アルバイトもしていない。いや出来ないので、その貯まりは牛歩のごとく遅かったが、それでも電車賃と食事代くらいはある。
 今日は日曜日、今から行けば夕飯時にちょうどいいだろう。

(*゚ー゚)「おにいちゃんは何食べる!? 私はね! やっぱりハンバーグがいい!」

(,,゚Д゚)「そうだなあ、なににしようかなぁ」

 電車に乗るまで、家計の心配を続けていた妹だが、途中からは嬉しさを抑えきれなくなったようだ。
 小学生らしい歳相応な笑顔をして、電車の中で元気そうに跳ね回る。
 迷惑だからやめなさいというと、舌を出してむくれた。
 連れてきてよかったと、自然と顔が綻ぶ。

 だが、そんな喜びも長くは続かなかった。

61 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 01:15:23.883 ID:0raBhKNo0
 
 到着してすぐの間、俺は茫然自失としていた。
 妹が手を引くまで、思わず思考を停止してしまったほどだ。
 おい神様。そりゃあねえだろ。なあ! 畜生!!

(*゚ー゚)「お兄ちゃん? ここだよね?」

(,,゚Д゚)「そのはずだけど……」

 そのレストランは、既に閉店して廃墟となっていた。
 両親が連れてくれなくなった意味が、やっとわかった。 
 妹が何度も慰めてくれる声が、上の空になった俺の右耳から左耳へと抜けていく。

(*゚ー゚)「わたし大丈夫だよ? ほらあそこにケーキあるよ! 買って行こう?」

(*゚ー゚)「お兄ちゃんのハンバーグも大好きだし! あ、でも今から帰ったら手の込んだもの作れないか!」

(*゚ー゚)「じゃあ、コンビニで買い食いでもいいよ! ハンバーグは明日ね?」

(*゚ー゚)「ねえ、だからお兄ちゃん。元気出して?」

 一番楽しみにしていたはずの小学生に、何故俺が慰められているのか。
 情けない。実に情けない。
 妹を喜ばせようとして、逆にぬか喜びを与えて、無為に体力を消耗させてしまった。

 このまま、どこかへ消えてなくなってしまいたかった。

62 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 01:16:42.002 ID:0raBhKNo0
 
 しばらくして、気を取り直した俺は、当て所なく歩き始めた。
 何処に行こうとも考えていない。ただ、どうしていいかわからなくなったのだ。
 でも、この子の病気を思えば長くは歩けない。近くにはファミレスもなく、仕方なしに俺はコンビニへと足を運んだ。

 ただ、ひたすら自分が情けなかった。インターネットの発達した現代、ちょっと調べればわかることだった。
 それを怠り、妹を深く傷つけてしまったのだ。
 せめてコンビニの弁当でも、妹が食べたい物を食べさせてやろう。そう、考えながら、コンビニに入る。

o川*゚ー゚)o「いらっしゃいませ。思い出レストランへようこそ」

 しかし、そこはコンビニではなかった。見慣れぬ洋食店の店内。いつの間にこんな店に入ったのだろう?
 聞いたことがない店名。チェーン展開をしていない個人経営店だろうか?
 だとしたら、この店ができたから、思い出のあの店も消えてしまったのかもしれない。

(;゚ー゚)「お兄ちゃん?」

(,,゚Д゚)「ああ。ちょうどいい。ここで食べようかしぃ」

(;゚ー゚)「えっでも、平気? ここ高そうだよ?」

 言われてみれば、店内は落ち着きのある大人な雰囲気が漂っていた。
 内装は凝っていて、どの調度品も古く歴史を感じさせるが、よく手入れされていて汚い印象はない。
 ちょっと手持ちがヤバいかもしれないが、これを逃したら次がいつになるかわからない。
 今回の電車賃を補うのに1か月かかってしまうし、しぃの容体が急変しないとも限らない。

63 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 01:17:39.020 ID:0raBhKNo0
 
o川*゚ー゚)o「2名様でよろしいでしょうか?」

(,,゚Д゚)「ああ、二人だ」

(;゚ー゚)「ええ? 大丈夫なの?」

(,,゚Д゚)「子供がお金の心配するもんじゃねえよ。なに、結構兄ちゃんもお金持ってるから大丈夫」

o川*゚ー゚)o「では、禁煙席にご案内いたします」

 格好つけたものの、少々心配だ。
 メニューをみて高いなら、俺は簡単なものを頼んで、妹に好きなだけ食わせよう。
 妹が遠慮しなければいいが……

 お冷を飲みながら周りを見渡すと、夕飯時だというのに俺たち以外に客はいなかった。
 なんだ? 随分とまあ、人気がない店だ。この調子だと、美味しいものは期待できないかもしれない。
 それとも高い店は皆こうなのだろうか? あるいはこの店に何か問題があるのか?

(*゚ー゚)「メニュー、持ってこないね?」

(,,゚Д゚)「えっ? あ、ああ、そうだな。すいません!」

 お金の心配ばかりしていたので、メニューがないことを言われるまで気付かなかった。
 手を振ると、店員がこちらに歩いてくる。

o川*゚ー゚)o「お待たせいたしました。ご注文お決まりでしょうか?」

(,,゚Д゚)「すいません、メニューがないんですが……」

64 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 01:19:17.278 ID:0raBhKNo0
 
o川*゚ー゚)o「当店にメニューはございません。お客様が今までの人生でもう一度食べたい物をご提供させていただいております」

(,,゚Д゚)「えっと……それはどういう?」

o川*゚ー゚)o「そのままの意味でございます」

(*゚ー゚)「じゃあ、あのハンバーグも頼めるの!?」

o川*゚ー゚)o「はい。畏まりました。レストラン「VIP亭」のハンバーグステーキが2点でよろしいでしょうか?」

(,,゚Д゚)「えっ? は?」

(*゚ー゚)「やった! ハンバーグ! それでよろしいです!」

 しぃが喜んで返事をするが、なんで、あの店のハンバーグ・ステーキだと何故分かったんだ?
 いや、もしかするとあれか? あの店がリニューアルしてこの店になったとかそういう理由か?
 だとしたら、これは運がいい。それこそ本当に調べるべきだった。
 でも、それなら値段も高すぎることはないし、何でも出してくれるなら、ハンバーグというのはちょっと惜しい気がするな。

(,,゚Д゚)「いや、俺はタンシチューがいい」

 「VIP亭」は元々、タンシチューが売りのレストランだった。
 俺は当時それを知らなかったから、食べたことがない。
 看板メニューなら残っているだろうし、しぃとは別の物を頼んだ方が、分け合う事ができてちょうどいいだろう。

o川*゚ー゚)o「大変申し訳ありません。タンシチューはお客様が召し上がったことがないため、ご提供できません」

65 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 01:20:05.478 ID:0raBhKNo0
 
(*゚ー゚)「ダメだよお兄ちゃん。聞いてなかったの? 食べたものしか出せないんだよ」

 しぃは何故か既に順応して、そう忠告してくるが、推理の外れた俺はただ驚くしかない。
 どうにも変に勘ぐってしまうのは、大人として汚れたからだろうか?
 それともなんだ? この店員、俺が子供だと思ってからかっているのか?
 なら、とりあえず、食ったことがあるもので、なんか出すのが難しそうなものを……

(,,゚Д゚)「じゃあ……俺もハンバーグステーキで。タレは和風ソース」

o川*゚ー゚)o「はい。畏まりました。レストラン「VIP亭」のハンバーグステーキが2点ですね? 少々お待ち下さい」

 しばしの逡巡。でも結局、食べたいものが浮かばなかった。
 ただ妹が叫ぶハンバーグがやけに美味しいそうに感じて仕方ない。
 なので、俺はとりあえず、タレだけ彼女と別のものにして、それを要求する。

(*゚ー゚)「やったー楽しみだなぁ!」

(,,^Д^)「そうだな、楽しみだ」

 口ではそうやって答えるが不安は拭えない。なにやら変な店に来てしまった。
 まあ、目的の店が閉店していたのだ。仕方ないことだった。そう自分を納得させる。
 これで出てきたものが中途半端だったらどうしようと、内心の怯えが顔を覗かせるが、無理やり押し留めた。

66 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 01:21:00.301 ID:0raBhKNo0
 
o川*゚ー゚)o「お待たせいたしました。ハンバーグステーキになります。鉄板お熱いのでお気をつけ下さい」

 出てきた料理は、まさしくあのハンバーグだった。
 肉汁を爆ぜさせる熱い鉄板も、それを支える木のトレイも、添えられた色とりどりの副菜も完璧に記憶の通りである。
 それも、俺の方は何も言わなかったのに200gのキングサイズである。
 そうか、そっちしか食べていないからか。なんとも財布に優しくない店だ。

 しかし、食器まで同じとなると、やはりあのお店がリニューアルしただけじゃないか。
 だとすると、タンシチューを出してくれなかった理由はなんだろう?

o川*゚ー゚)o「ごゆっくりどうぞ」

(*゚ー゚)「いただきます!」

 しぃが元気よく食前の挨拶をして、ナイフとフォークを手に取る。
 吊られて俺も、銀色のそれを手にとった。

 熱された鉄板の上で、ジュウジュウと音を立てる肉汁と脂の爆ぜる音。
 コーンと人参のグラッセが鉄板に焦げて甘い匂いを漂わせる。
 なにより、ハンバーグだ!
 メインとなる肉の塊は、わずかにナツメグと玉ねぎの芳香を伴う圧倒的な肉の焼ける匂いが、熱い蒸気となってテーブルを支配する!

 俺は手にとった銀のフォークとナイフを使って、それの端を1切れ切り分ける。
 ボロボロと崩れるでもなく、しかし、まるでバターのように抵抗なく食い込むナイフ。
 それは脂を十分に含んだ上質な挽き肉だからこそ感じられる適度な手応えだといえよう。

 断面にはみじん切りされたオニオンとキャロットが多すぎず、少なすぎずまばらに垣間見える。
 同時に、開放された肉汁が熱された鉄板に躍り出て、バチバチと歓喜の舞を始める。
 香りと音のコンビネーションをしばし楽しみ、熱々のハンバーグを一切れ頬張った。

67 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 01:22:22.199 ID:0raBhKNo0
 
(,,゚~゚)  (゚~゚*)

 何も言うことはない! ただひたすらに肉! 肉の味である! 素材本来の味わいがしっかりと生きている。
 柔らかい。しかし、決して、柔らか過ぎないしっかりとした歯ごたえは、噛みしめるたびに肉汁と野菜の豊かなハーモニーを生み出す。
 そこで効いてくるのが、火を通しすぎていない玉ねぎのシャキシャキとした歯ごたえ。これがいいアクセントとなって、食感を楽しませる。

 その後味を彩るのは、ちょっとキツめの胡椒の辛味と野菜の甘味、そしてナツメグの風味が、遅れて口の中で暴れ過ぎ去る。
 歯を、舌を存分に蹂躙したその上質な脂たちは、だが、余韻を残さず、後味は決して悪く残らない。
 挽き肉という素材を、最大限に活かした調理方法、ハンバーグ。
 どうやっても美味しいその料理は、しかし、手を抜かずに作っていることがその味から窺い知れる。

(,,゚Д゚)「うめえ!」

(*゚ー゚)「おいっしー!」

 続いて、鉄板の隣に置かれた和風ソースを手に取る。
 そう、最初は本来の味を楽しむために、わざとソースを掛けなかった。
 それを今、たっぷりとハンバーグの上から回し掛ける。

 熱された鉄板に、醤油と大根おろしが爆ぜていく。l
 同時に、ただでさえ美味しそうな匂いが充満していたテーブルに、焦げた醤油の匂いが加わりより賑やかに場を支配していく。

 切り分けて、一口頬張る。
 肉の味は醤油のしょっぱさと香ばしさを加えて、より引き立てられる。
 更に大根の辛味がアクセントとなり、甘みが強かったハンバーグのバランスを完璧に整えていく。

 ああ、この味だ。
 小さな頃食べた、レストランのハンバーグ・ステーキ。
 懐かしさが最後の調味料となり、それは完成に至った。

68 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 01:23:49.513 ID:0raBhKNo0
 
 そこでふと気がつく。妹のハンバーグは、ガーリックソースを使っていた。
 女の子にしてはワイルドなソースだが、小学生はそのようなこと気にも留めない。

 オーソドックスでありながら、いやだからこそ、定番となりうるその魅力。
 焦がしにんにくは特有の、胃を揺さぶる激しい香りをこちらに漂わせていた。
 その視線に妹が気が付き、ニヤリとしょうがないな、と言いたげに笑う。

(*゚ー゚)「お兄ちゃん、一口ちょうだい」

 妹が切り分けたハンバーグを一切れ、こちらの鉄板に乗せていう。
 ちょうだい、と言いながらも、しっかりと交換をしているのは、ちょっと小学生らしくない気の利き方だ。
 だが今は、それを指摘するよりも先に、ガーリックソースが優先である。

(,,゚Д゚)「おう、お互い交換な!」

 兄妹として育った二人の、いつもの儀式。
 違うものを頼んで、お互いに分け合い、より味を楽しむ戦略。
 これをしてこそ、思い出の味といえるだろう。

 しぃが寄越した一切れをフォークで突き刺し、口に運ぶ。
 醤油と大根の比較的サッパリとした味が占拠していた口内は、甘辛いソースの味が新鮮に感じられる。
 たっぷりと使われたにんにくの香ばしさが鼻孔を突き抜け、香りづけのバーボンがほんのり残る。

 思わずやみつきになるその味は、まさしくにんにくの専売特許であろう。
 それが唯でさえ美味しい肉塊と組み合わさり、口の中に広がる肉汁に別の顔を与えた。
 二人だから楽しめるこの味を、妹もしっかり味わっていることだろう。

70 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 01:25:27.380 ID:0raBhKNo0
 
 ここで、一つの悩みが鎌首をもたげる。

 ご飯が、欲しい。食べ盛りの時期である自分は、どうしたってこれに白米を合わせたい。

 だが、ライス一杯。それを頼むにしても懐事情というものがある。
 非常時の金はあった。しかし、それは両親から渡された生活費だ。
 これを使うと来月のお小遣いを前借りしたことになってしまう。それはどうしても避けたい。、

(*゚ー゚)「お兄ちゃん。追加注文していいかな? メニューはないけど、たぶん、安いやつだから!」

(,,゚Д゚)「おういいぞ! お前が食う量なんてたかが知れてるしな!」

(*゚ー゚)「やった」

 妹の手前、気前よくそれに答えるが、内心はヒヤヒヤしている。
 せっかくこんなにも美味しいハンバーグだが、これではロクに味わえないかもしれない。
 だが、そんな想いを、妹の注文は木っ端微塵に破壊してくれた。

(*゚ー゚)「すいませーん! ここって、今まで食べたことがあれば、なんでも出せるんですよね?」

o川*゚ー゚)o「はい、左様でございます」

(*゚ー゚)「だったら、お母さんが作ったオニオンスープ、頼めますか?」

71 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 01:26:08.945 ID:0raBhKNo0
 
 それはまだ今ほど生活が苦しくなかった頃のこと。
 食卓に並ぶ料理は、今と違って母親が作ってくれるものだった。
 今は俺が作っている。家計を支えるためであり、同時に俺ができる精一杯の支援でもある。

 妹はそのことに不満を漏らしたことはない。ないけれど、やはり、母親の味は別格なのだろう。

o川*゚ー゚)o「はい。赤木奈津様がお作りになったオニオンスープでよろしいですか?」

(*゚ー゚)「よろしいですー」

 店員の返答に思わず顔が上がった。何故、この店員は母親の名前を知っているんだ?
 先ほどまでの推理、この店はあの潰れたレストランの後継、という路線が音を立てて崩れる。
 なんだ? どういうことだ?

(*゚ー゚)「お兄ちゃんは何も頼まなくていいの? 足りる?」

 妹がふとこちらを見て、首を傾げる。気を抜いていたため、ふと濃密な誘惑が俺の心を揺さぶった。
 ジュウジュウと、まるで官能的とさえ言える、甘美な脂の誘い。
 こってりとした脂を、白米で押し流したい欲求。
 ごくりっと、喉が鳴る。まあ、白米程度なら、せいぜい200円ってところか? 高級そうな雰囲気からもっとするかもしれない。

72 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 01:27:09.499 ID:0raBhKNo0
 
(,,゚Д゚)「すいません。ライスを1皿ください」

 欲求には結局抗えず、ライスを1皿頼む。

o川*゚ー゚)o「ガーリックライスでよろしいですか?」

 ガーリックライス、だと!? 
 ゴクリ……。いや、駄目だ。誘惑に負けすぎている。
 来月のお小遣いに手が出る可能性がグンと上がってしまう。

(,,゚Д゚)「ライスで大丈夫です」

o川*゚ー゚)o「当店はもう一度食べたい物をご提供させていただいております。申し訳ありませんが、食べたい物以外はご提供できません」

 なんだそのルール!? なんで食べたいものがわかるんだよ!
 確かにガーリックライス、にんにくとバターで炒めたライスが食べたい欲求はある。
 でも、なんでそこにこだわるんだ!?

(,,゚Д゚)「じゃあもうそれで」

 だが、結局折れた。ガーリックライスの誘惑は、あまりに魅力的に過ぎたのだ。
 どうせそんなに高くはならないだろうし、なにより、先ほど食べたガーリックソースの誘惑は凄まじかった。
 店員が引っ込むと同時、オニオンスープとガーリックライスを手に持ち、現れた。
 どんな準備の良さだろう? しかし、度肝を抜くのはそこではない。

73 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 01:28:29.912 ID:0raBhKNo0
 
o川*゚ー゚)o「こちら、オニオンスープとガーリックライスになります」

(,,゚Д゚)「!?」

 そのオニオンスープに、見覚えがあった。
 正確にはその器、まごうことなき、我が家で使っていた器である。
 なぜ、それがここに?

(*゚ー゚)「わーい」

 妹はなんの疑問も持たずに、そのオニオンスープを受け取り、スプーンで掬ってふーふーと息を吹きかける。
 なんだ? 何なんだこの店は?

(,,゚Д゚)「店員さん。すいません。一つ訊いてもいいですか?」

o川*゚ー゚)o「如何いたしましたか?」

(,,゚Д゚)「このスープは間違いなく、我が家の器です。ガーリックライスも家で見た覚えがある」

o川*゚ー゚)o「当店はもう一度食べたい物をご提供させていただいております」

(,,゚Д゚)「それは何度も訊いた! この店は、何なんだ? 何のためにこんな……」

o川*゚ー゚)o「当店は乱数調整のために存在しております」

(,,゚Д゚)「は? 乱数?」

74 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 01:28:56.280 ID:0raBhKNo0
 
 その単語は聞き覚えがある。確か、コンピュータは計算が完璧すぎて逆に曖昧なランダムが作れない。
 それの代用として、キャラクターの合計歩数やアイテムの並び順から、複雑な計算を用いてランダムの代わりの数字を作る。
 その代用ランダムは、逆に言えば条件さえ揃えれば、狙った通りの結果が出せる、その条件を整える調整行為を、乱数調整と呼ぶ、らしい。

(,,゚Д゚)「なんだ? ゲームか何かの話をしてるのか?」

o川*゚ー゚)o「いえ、そのような話はしておりません」

 意味がわかんねえ! でも、店員はそれ以上答えてはくれず、結局心にモヤだけを残す。
 いや、それ以上問答を繰り返しても、せっかくのガーリックライスが冷めてしまう。
 しょうがない、今はこれに集中しよう。

 ガーリックライスは白い皿に乗って出てきた。いつも家で使っている皿と同じ皿だ。
 にんにくの香りが程よく焦げたバターと共に薫る。
 その蒸気を吸い込むと、もう一つの顔、パセリとクレソンの香りが姿を表わす。

 パラパラのライスをスプーンで掬って、口に運ぶ。
 醤油の塩気に胡椒の辛さがピリリと映えた。にんにくの味はバターにしっかり移ってご飯に染み込んでいる。
 適度な脂気が食欲をそそる、これが多すぎてもべたつくし、少なすぎても物足りない。適度な量。

 続いてもう一口。
 今度はお焦げを貪る。

 カリカリとした食感に焦げ特有の苦さ、そしてそれに負けない複雑な香りが移った脂。
 それらで口の中を賑やかにさせながら、ハンバーグを一切れ追随させた。
 焦げたバターと醤油の味は、ハンバーグの濃厚な味に負けずに混ざり合い、絶妙なハーモニーを繰り広げる。

 そうだ。やはり肉料理にはこれである!

75 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 01:29:53.436 ID:0raBhKNo0
 
 さらに、一口。しぃから貰ったオニオンスープ。
 よく煮込まれたそのスープは、よく加熱した玉ねぎの甘みがコンソメと共に芳醇に広がる。
 胡椒が甘すぎる味を抑え、適度に効いたこれは、間違いなく母のスープ。

 具はあえて玉ねぎだけを使い、味付けも塩胡椒とコンソメの素オンリー。
 圧力鍋でそれらをじっくりコトコト煮込むだけで、それは最強のご馳走に変わる。
 玉ねぎは舌に触れるだけでとろけ、甘く崩れる。
 シンプルだが、故に素材の味を活かしたこのスープは、胸だけでなく心も温めてくれる。

(*^ー^)「美味しいね! お兄ちゃん!」

(,,゚Д゚)「ああ、最高に旨いな!」

 しぃも俺のガーリックライスを頬張って舌鼓を打っている。
 妹のこんな笑顔を何年ぶりに見ただろうか?
 変な店だが、来てよかった。しぃの笑顔を見て、心からそう思う。
 後は会計だけが不安だが、なんとかなるだろう。

(*゚ー゚)「お兄ちゃん、私、また来れるかな?」

(,,゚Д゚)「これるさ。きっと連れてきてやるよ」

(*゚ー゚)「ホント!? じゃあ、お兄ちゃん、一つ約束!」

(,,゚Д゚)「なんだ? 無理な事じゃなけりゃ大抵は……」

76 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 01:30:42.728 ID:0raBhKNo0
 
(*゚ー゚)「10年後、ここで一緒に食べよう? でも、それまでに私は美味しいものを沢山食べたり難しいと思うの」

(,,゚Д゚)「おい。そんなこと……」

 ない、とはいえない。彼女は定期的に入院生活を送っている。
 そのうち、病院から出れなくなる日も、来るだろうと医者は言っていた。

(*゚ー゚)「だからお兄ちゃんが、10年間。美味しいものを沢山食べて、その中の一番を私に出して欲しいな」

(,,゚Д゚)「……わかった。だから、絶対約束だ! 10年、がんばろう!」

 妹は、たぶん自分の治療が絶望的なことを、知っている。

 この病気は10年耐えたところで、治療法が見つかるほど簡単な病気ではない。
 多少平均寿命は伸びるだろう。でも、根治はまず不可能だ。
 一切の打開策が見えないまま、ただ毎日を死ぬためだけに生きている妹。
 それは、まるで暗闇の中を、いつ明かりが見えるとも知れないまま進む、マラソンのような恐怖。

 そこに明確な目標があれば、それはきっと道標になるだろう。
 蝋燭のような儚い光であっても、彼女を支えてくれるだろう。
 今まではそれは、ハンバーグを食べに行くことだった。
 それが今日から一歩、変わる。果たした目標のその先に進むのだ。

(*゚ー゚)「約束だよ!」

 その笑顔は、やけに痛々しく、俺の胸を焦がした。
 来てよかったと、10年後、そう思える事を祈るばかりである。

77 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 01:31:10.635 ID:0raBhKNo0
 





o川*゚ー゚)o「ありがとうございました。また当店をご利用するほど疲れぬよう、心からお祈り申し上げます」





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79 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 01:32:39.108 ID:0raBhKNo0
 
 あれから、何度もあのレストランを訪ねようとこの店について調べたが、どうにも情報が掴めなかった。
 住所どころか、このような店舗が営業しているという情報すら、わからないありさまだ。
 もしかすると、あのレストランは夢だったのかもしれない。思い出の料理を出してくれる、そんな不思議な店が、実在するわけがない。

 そう考え始めた頃に見つけたのは、とある2chのスレッド。思い出レストランで母親の肉じゃがを食べたという一人の男だ。
 住人達は作り話だと思って聞いているし、話す男もそう捉えらえて仕方ない、夢だっただろう。という雰囲気で話している。
 だが、内装ややたら機械的なウェイトレスの反応、そして、非常に正確に思い出通りの品を出すという説明は、どう考えてもあの店だった。
 ただ、引っかかったのは人生に疲れた者が行けるレストラン、という、その言葉。

 全身の毛がぞわりと湧き立つのを感じた。行き方を見つけた気がしたのだ。
 10年後の約束の日、俺は予感を感じながら、準備をして玄関のドアを開けた。

o川*゚ー゚)o「いらっしゃいませ。思い出レストランへようこそ」

(,,゚Д゚)「久しぶり、また来たよ。10年ぶりだっていうのに、君は全く変わらないね。不思議な店だ」

o川*゚ー゚)o「ご予約の赤木様、2名でよろしいですか?」

(,,゚Д゚)「え? ああ、なるほど。ここの店員は本当に完璧な対応をしてくれる。それで合っているよ」

o川*゚ー゚)o「かしこまりました。ご予約の席へご案内いたします」

 俺は、店員に連れられて進む。
 十年前の、あの席へ。10年前、ここでもう一度食べようと誓った時と寸分違わぬあの席へ。
 しぃの遺影を抱えながら、俺はここで約束を果たす、その微かな希望を胸に、この10年を生きてきたのだ。

80 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 01:33:03.830 ID:0raBhKNo0
 




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o川*゚ー゚)o思い出レストランのようです ラストオーダーへ