o川*゚ー゚)o思い出レストランのようです 2品目

28 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 00:44:08.886 ID:0raBhKNo0
 
 カランコロンとベルが鳴る。
 コンビニに入ったはずの俺は、何故か知らない洋食屋にいた。
 おそらく、これから行うつもりだった40年の人生で初めての大犯罪に緊張しすぎて、入る店を間違えたのだろう。

爪'ー`)「なんだぁここ?」

 ガラスの自動ドアは、いつの間にか古風なドアへと変わり、リノリウムの床は重々しいフローリングとなって、柔らかな照明を白く照り返す。
 雑多な商品が陳列されて明るいはずの店内は、煉瓦と板目、テーブルとイスが規則正しく並ぶモダンな洋食店となっていた。
 そこで綺麗な女が頭を下げて、まるでそういう動きを仕込んだカラクリ人形みたいに俺を出迎える。

o川*゚ー゚)o「いらいっしゃいませ。思い出レストランへようこそ」

 手頃だからとコンビニを選んだつもりだったが、今更ここで引き下がるわけにはいかない。
 なに、ここでターゲットが変わっても、やることは大差ないはずだ。
 大丈夫、考えていたとおりの言葉を吐いて、考えていたとおりに実行するだけ。

 幸いにして、店は古い。随分とまあ洒落た佇まいだが、防犯カメラの類は見当たらない。
 むしろ、こちらのほうがやりやすいかもしれなかった。
 ただまあ、自動ドアと木製の手動ドアを間違えるなんて、随分と緊張でパニックを起こしかけていたに違いない。
 そう考えると、少し、リラックス出来た気がした。

o川*゚ー゚)o「お客様?」

 店員が俺の様子がおかしいことに気がついたのか、小首を傾げて尋ねる。
 だが、もう、遅い!

 俺は決めていた通りの言葉を叫ぶため、大きく息を吸い込んだ。

29 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 00:44:33.653 ID:0raBhKNo0
 

爪'ー`)「強盗だァ! 金を出せ!」



・当店のスタッフはどのようなお客様にも満足いただけるよう常に完璧な対応をいたします。ご安心ください。




 2品目 火野今太様 ご注文

      カップ焼きそば




 そして俺は、素早くナイフを引き抜いて、コンビニで叫ぶ予定だった言葉をそのまま洋食店の店員に吐き出した。

31 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 00:45:17.707 ID:0raBhKNo0
 
 女性店員が悲鳴を上げて、一歩後ずさり、助けを乞うような視線を俺に向ける。
 そんな反応を予想したが、しかし、帰ってきたのは全くの別物だった。それは、ある意味で、考えうる限り最悪の反応でもある。
 首を可愛く少しだけ傾けたウェイトレスは、その口から悲鳴以外の声を紡ぐ。優しく、問いかけるように。

o川*゚ー゚)o「1名様でよろしいでしょうか?」

 あくまで店員は、機械的に接客を続けたのだ。
 予想外すぎる対応に、思わず俺は言葉に詰まる。
 戸惑う俺に、彼女はまた繰り返す。

o川*゚ー゚)o「1名様でよろしいでしょうか?」

爪;'ー`)「お、おいテメエ! ナイフが見えねえのか? 強盗だよ金をだせ!」

 店員の美しい無機質な瞳が、鏡じみた表面に俺の姿を反射する。
 まるで恐怖を感じていないその姿に何故か憤り、少し脅してやろうとナイフの切っ先を突きだした。
 だが、店員は全く動じず、また避けることもせずに、その刃先を白磁のような肌で受け止める。

o川*゚ー゚)o「1名様でよろしいでしょうか?」

 喉元からぷつり、赤い血が玉を作り、次いでナイフの刃先を這った。
 傷つけるつもりはなかったので、思わず身体がすくんで、手を引いてしまう。
 しかし、店員の様子は何も変化しない。そう、痛がりも、怖がりも、怒りも何も感じさせない、微笑が浮かんでいる。

32 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 00:46:35.101 ID:0raBhKNo0
 
 焦る俺を急かすように、店員はまた、同じ言葉を繰り返す。

o川*゚ー゚)o「1名様でよろしいでしょうか?」

 その姿に、とある有名なゲームのセリフを思い出していた。
 「はい」を選ぶまで何度も同じ質問を繰り返す、あの定番のセリフ。
 微笑を浮かべて接客を続ける店員は、まるで機械仕掛けの人形だ。

o川*゚ー゚)o「1名様でよろしいでしょうか?」

 接客という対応以外を、まるで知らないように振る舞う、狂気。
 薄ら寒さを感じて、俺は転げるように店から飛び出ようとするが、しかし、ドアノブは溶接されたように回らず、閉じて開くことがない。
 何か防犯システムでも作動したのか? 体当たりを試みようとして、振り返れば店員のガラス細工のような眼と視線がかち合う。

 そこには何の感情も読み取れない。相手に目線をあわせている自覚があるのかさえ、疑問を感じ始めていた。

 ずい、と、店員が距離を詰める。これは一種の防犯対応なのだろうか? だとしたら、この対応は正解だ。
 腰を抜かすまで行かないが、俺は全く動けなくなっているのだから。
 どうしようもなくなった俺がなんとか絞り出した言葉は、たぶん、切羽詰って何かおかしくなってしまったからに違いない。

33 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 00:47:47.144 ID:0raBhKNo0
 
爪;'ー`)「い、一名だ」

o川*゚ー゚)o「畏まりました。喫煙席と禁煙席ございますがどちらになさいますか?」

爪;'ー`)「喫煙席で頼む」

o川*゚ー゚)o「畏まりました。席をご案内いたします」

 俺が質問に答えると、店員は何事もなかったように言葉を継いだ。
 人間味のない店員は、すたすたと店の中を歩いて行く。
 その様はまるで、決められた仕事をこなすからくり人形が人の皮を被っているかのようだ。

o川*゚ー゚)o「こちらへどうぞ」

 席へと案内され椅子に座って一息をつく。少し時間を置いて、気持ちが落ち着いてきた。
 何やっているんだ俺は、強盗に来たはずが、何故かテーブルについて接客を受けている。
 いや、それを言ったら、強盗を客としてもてなすこの店が異常か。
 
o川*゚ー゚)o「失礼いたします。こちらお冷とおしぼりになります」

 目の前にコルクのコースターと透き通った氷が浮かぶ、ガラスのコップが差し出された。
 それから、ほんのり暖かいおしぼりを置いて、一礼すると店員はどこかへと歩き出す。
 機械的でやたら完璧な対応をしたがるウェイトレスだが、ここで穴が出た。やはりナイフで脅されたのは内心ビビってたようだ。

34 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 00:48:48.798 ID:0raBhKNo0
 
o川*゚ー゚)o「それでは、ご注文決まりましたら声をおかけください」

爪'ー`)「おい、待てよ。メニューは?」

 俺はまさに鬼の首を獲った心境だった。
 ニヤニヤと下卑た笑みが浮いているのが、自分でもわかる。

 だが、店員は眉ひとつ動かさず、ただ接客するために作られたロボットのように、完璧な微笑を浮かべたままだ。
 その能面のような顔面から発せられる言葉は、またもや俺の予想を裏切ってくる。

o川*゚ー゚)o「当店にメニューはございません。お客様が今までの人生でもう一度食べたい物をご提供させていただいております」

爪'ー`)「は? じゃあ、なに頼んでもいいのか?」

o川*゚ー゚)o「いえ、お客様が今までの人生で召し上がったことがないものはご注文いただけません」

 随分とふざけたことを言ってやがる。だが、要するに何頼んでも出せる店ってことなのか?
 細かい注文を受け付ける、とか、そういう話だろうか?
 さっきのやりとりといい、この店は頭のおかしい店らしい。気味が悪い。

爪;'ー`)「どうすりゃ分かるんだよそれ」

o川*゚ー゚)o「今までの人生でお客様が召し上がっていればわかります」

35 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 00:50:33.734 ID:0raBhKNo0
 
 バカバカしい、何だこの店は、先ほどの対応といい、頭がおかしいんじゃないか?

爪'ー`)「じゃあ、そうだな……」

 だが、ここで俺の天邪鬼な部分が鎌首をもたげた。ここまで小馬鹿にされて黙ってもいられない。
 絶対に出せない料理を頼み、ゴネて金をむしり取ってやろう。
 先ほどは失敗したが、今度は正当な客として戦ってやる。

爪'ー`)「じゃあよ。4年前の俺の誕生日。あの日の晩に食ったものがいい」

 こんな曖昧な注文に応えられる奴はいないだろう。
 もはや意地だ。この店員を困らせようという意地。

 その日はちょっと特別で何を食べたのか、俺は正確に覚えている。人生で最悪のあの日を俺は忘れない。
 だが、こんな曖昧な注文に店員が応えられるはずがない。仮に応えられても、アレは絶対に出せないはずだ。
 しかし、店員はまるで動揺も見せないまま、それに応じた。

o川*゚ー゚)o「畏まりました。ご注文を繰り返させていただきます。VIP食品 カップ焼きそば 夜店のソース味が一点ですね。少々お待ちください」

爪;'ー`)「へ?」

o川*゚ー゚)o「なにかございますでしょうか?」

爪;'ー`)「い、いやそれでいい」

 なんだ? 何なんだこの店は?

37 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 00:51:51.116 ID:0raBhKNo0
 
 なんで? なんでそれを知っている?
 俺をずっと監視してたってことか? いつからだ?
 だから俺が強盗に入るのも知っていたのか?
 おい、どうなってる?
 そもそも、もう倒産して、とっくに市場に出回っていないカップ焼きそばをこの店は出せるっていうのか?

 料理が運ばれるまで疑問が頭の中を渦巻いて、喫煙席を選んだのにタバコの一本に火も着けることはなかった。

 そもそも、ここは洋食店か何かのはずだ。そんな古いインスタント食品が残ってるとは思えない。
 だが、その疑問も数分後に運ばれてきたチープな白い容器を見て、四散する。

o川*゚ー゚)o「失礼いたします。こちらVIP食品 カップ焼きそば 夜店のソース味になります」

 目の前のテーブルに、湯気を浮かべるもう存在しないはずのカップ焼きそばが置かれた。
 隣にあるのはあの時と同じ、コンビニの割りばし。

o川*゚ー゚)o「ごゆっくりどうぞ」

 焼きそばの蓋を取り除くと、ふわりと湯気が躍った。
 その湯気に乗って安っぽいソースと青のりの香りが漂い、乾燥キャベツの何とも言えない匂いが遅れて混ざり鼻腔をくすぐる。
 思わず、ごくりと喉が鳴った。

 今更ながらに思い出したのは、昨日から何も食べていないことだった。

 とりあえず、食べよう。食べてから、考えよう。
 そう考えたらなんだか、急に肩の力が抜けた。どうにでもなれ、そんな気分だった。

39 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 00:52:31.433 ID:0raBhKNo0
 
 最初に鼻を刺激するのは、どこか懐かしいソースの香り。
 次にからしマヨネーズが、鼻をツンと刺激する。
 最後に磯の風味がしっかりと薫る、青のりも焼きそばを語る上では外せない。

 まずは一口。乾燥キャベツからだ。

爪'ー`)「わかってんじゃねえか」

 俺はキャベツは後入れ派だ。小袋に分けられていれば必ずソースの直前に入れる。
 これは譲れないポイントだが、このレストランはそれもわきまえていた。
 後入れすることによって、乾燥キャベツは戻りきらず、カリカリとした小気味のいい歯ごたえを感じさせてくれる。
 口の中で砕いていくが、全ては絶対に食べない。お楽しみはこれからである。

 続いて、本命。むしろ、ほぼこれしかないといえる麺だ。
 一口サイズに割り箸で掬い、口へと運ぶ。同時に、即席麺特有の柔らかな麺が、ソースの味とともに口に突撃を図る。
 豊かな風味とわずかに甘い、ソースの塩気。焼いてもいない焼きそばの安っぽくも濃厚な、あの味。
 俺の貧乏舌が、その味に歓喜の声を上げた。

 ズルズルとすすれば、マヨネーズのまろやかな酸味とカラシの刺激がハーモニーを奏でてくる。
 縮れた麺は水が抜け切れておらず、変にふやけているが、それはそれで風情があった。
 もう食うことができないと思っていたその味が確かにここにあるのだ。

爪'ー`)「ぷはっ」

 ここで一旦リセットだ。レモン水を口に含み、味を帳消しする。

40 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 00:55:20.786 ID:0raBhKNo0
 
 濃すぎる焼きそばに占拠されていた口内は、これで完全とは言わないが、だいぶリセットされる。
 レモン水だったのは運が良かった。ただの水よりも清涼感があり、切り替えがうまくいく。

 これでビールがあれば最高だったが、頼めばよかったか?
 いや、今から頼んでは麺が冷めてしまうか?
 しかし、ベストタイミング。店員は俺の心を読んでいるんじゃなかろうか? そこに救世主は現れたのだ。

o川*゚ー゚)o「こちら、生ビール大ジョッキになります」

爪'ー`)「へ?」

 頼んでもいないビールが、追加で持ち込まれたのだ。
 なんという行幸。なんという手際の良さ。
 もはやこの程度では驚くのも今更だが、この店は本当に、今食べたいものを提供してくれるのだ。

 もうちょっといいものを頼めばよかったかもしれない。
 いや、それはリリに悪いか。
 その意味でも今一番食べたいものは、このカップ焼きそばで正解だっただろう。

爪'ー`)「じゃ、お言葉に甘えて」

 久しぶりのアルコールが、身体に染み渡る。
 サッパリとした苦味と喉越しが濃い味付けに疲れた舌を癒やす。
 一息で半分飲み干して、かーっと吠える。良いビールだ。俺の舌は信用ならないが、たぶん、スーパードライだと思う。
 これも飲んだことがあるものなのから選ばれたのか? いやきっと、そうなのだろう。

41 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 00:56:20.466 ID:0raBhKNo0
 
 ここでビールから焼きそばに戻る。麺を混ぜてひっくり返し、底に沈んだキャベツの救出を図った。

 ソースを吸って戻りかけたキャベツも乙なもので、味が通常よりもよく染みて、それは絶品となる。
 カリカリとザクリの中間をいく、サクっとした歯ごたえを狙って、キャベツの甘味を存分に味わう。
 また、同時に残ってしまった水気をこのキャベツが吸ってくれることで、焼きそばの味は徐々に変化を続けるのだ。

 この店は、まるで俺の食べ方を熟知しているような、完璧な焼きそばを提供してくれていた。

 そして、最後は麺に絡まりきらなかったソースの残り汁。
 これをキャベツと麺で掬って食べる。

 濃すぎる味に口が疲弊したところでビールの登場だ。
 焼きそばとビールのコラボレーションは、ビールとしてみればベストではないかもしれない。
 しかし、焼きそば側から見れば完全にベスト。最高の組み合わせである。

 ビールは変に上品すぎてもいけない。
 ただ冷たく、サッパリとしていて、香ばしさもほどよくあり、そして苦味は後味が引かぬ薄めの味、そういったビールがベストだ。
 それによって、濃すぎるカップ焼きそばの味付けと上手く調和が取れるというものである。

爪'ー`)「意外と満足してしまった」

 今さら、意地だのと言った感情はなかった。
 度を超えた完璧さに、もはや何も言うことはない。勝てる相手ではなかったのだろう。

42 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 00:57:48.813 ID:0raBhKNo0
 
 だがしかし、この店のサービスはそれだけに留まらなかった。
 食べ終わる直前になって、ウェイトレスが持ってきたのは生クリームの塊だった。
 皿の上に乗ったそれは、テーブルの上に置かれて、コトリと、小さな音を立てる。

o川*゚ー゚)o「こちら、店主からサービスです」

 妙な見覚えがあるそれは、歪つな形で斜めに傾いでおり、申し訳程度にいちごが一つ乗っかっている。
 ホイップクリームは泡だて方が足りず、妙に汁っぽくてところどころ垂れていた。

o川*゚ー゚)o「2年前の誕生日にお召しになったケーキとなっております」

爪'ー`)「あ……あああ!」

o川*゚ー゚)o「では、失礼いたします。ごゆっくりどうぞ」

 店員の言葉を聞いて、完全に思い出した。

爪'ー`)「待った。なあ、灰皿くれねえか?」

o川*゚ー゚)o「灰皿ですね。こちらになります」

爪'ー`)y‐「ありがとうよ」

 紫煙を吐き出しながら、愛おしむようにケーキを眺めた。
 火を着けてから気がついたが、どうにもこれは最後の一本だったらしい。
 しまった、食後の一服がこれで出来ない。

 まあ、仕方がないか。

43 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 00:59:54.398 ID:0raBhKNo0
 
 いつもは甘く感じるフィリップモリスの軽い煙が、やけに苦く、目に沁みる。
 どれくらい眺めていただろうか? 数分だったと思うが、思いのほか長く眺めていたかもしれない。
 タバコの火はいつの間にか消えていた。最後だったのに、勿体無いことをした。

 手癖から消えたタバコを灰皿で揉み、フォークを掴んだあと、少し、気合を入れる。それから、意を決してケーキに手を伸ばす。
 フォークを立ててケーキを切り取ると、ぱさついたスポンジがぐしゃりと割れて、ホイップクリームがどろりと垂れた。
 それを銀の爪に乗せ、口に運ぶ。

 焼きすぎてパサパサとするスポンジは、変に歯ごたえがあって噛み切れない。
 その上、ところどころダマになったまま焼かれており、たまに粉っぽさを感じて、砂糖を入れ忘れたのか妙に甘くない。
 逆に混ぜ足りないホイップクリームはやたらと甘く、時折じゃりっと砂糖の塊が歯に当たる。

爪つー;)「ははっうめえなあ」

 口に出た言葉と裏腹に、当然、不味かった。できそこないと言われても、否定はできないケーキだ。

 でも、俺にとっては世界で最高のケーキだった。
 完全に、完璧に、あの時と全く同じケーキだった。

 見ただけで思い出せなかった自分を恥じる。これは、娘が作ってくれた誕生日ケーキだ。

 ああ、涙が止まらない。こんなレストランで泣くなんて、思いもしなかった。
 畜生。だっせえ。

44 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 01:01:10.990 ID:0raBhKNo0
 
 俺には娘がいた。名前をリリという。当時としては珍しいことに出来婚だったが後悔はなかった。
 妻は愛していたし娘は可愛くて仕方なかった。

⌒*リ´・-・リ「お父さん。わたしね、おおきくなったらお父さんのおよめさんになってあげるの」

爪'ー`)「ええ? ダメだよ。お父さんには母さんがいるんだ」

⌒*リ´・-・リ「でもお父さん、頼りないからお母さんにすてられちゃうかもしれないでしょ?」

爪'ー`)「ははっ随分手厳しいこというねぇ」

⌒*リ´・-・リ「そしたらリリがお父さんのおよめさんになってあげるの」

爪'ー`)「そうかそうか。じゃあ期待して待ってるよ」

 そんな会話を笑いながらしていた頃は、本当に別れることになるなんて、思っていなかった。

 ケチのつけ始めは、異動が決まり、部署が変わった頃だった。
 30後半の仕事盛りの俺は、社内でも厳しいと悪名高い部署に飛ばされた。すぐ人の辞めてしまう部署だった。
 代わりに新人を入れても、慣れる前に辞めてしまう。根性がないとは言えない。それくらい理不尽な部署だ。

 当然、人手が足りなくなって、仕事は回らない。仕事が回らないために、毎日サービス残業で遅くなる。
 残業代を付けるなんて、部署の空気が許されなかった。そんなことをすれば何時間も部屋に閉じ込められて説教された。
 何日も家に帰れないのが普通になって、気が付けば古株は俺だけになっていた。

45 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 01:02:13.231 ID:0raBhKNo0
 
 今でいうブラック企業、ブラック部署だったんだろう。
 以前の部署もブラックというかグレーな部分はあった。でもこの部署ほど強烈ではなかったのだ。
 ヤバいという気持ちよりも、常に焦りが心を支配するそんな暮らしだった。

ミセ*゚ー゚)リ「あなた、本当に大丈夫なの? 顔色悪いわ」

爪'ー`)「でも、俺がいないと仕事が回らないから」

ミセ*゚ー゚)リ「そうなの? でも、前よりもお給料減ってるし、大丈夫なの?」

爪'ー`)「なら、俺がもっと頑張って仕事をしなきゃね」

ミセ*゚ー゚)リ「そうね。リリのためにも頑張って!」

 その頑張ってが、重たかった。鎖のように身体を締め付けていった。
 だけど、妻と子供のためだけに、俺は頑張れた。
 今思えば、この時にはもう歯車は狂っていた。

 毎日のようにカップ麺を食べていたから、健康的だった身体はみるみる太っていった。
 そのくせ栄養失調で倒れたこともある。病院に連れて行かれて、それから会社に電話したら上司に怒鳴られた。

「軟弱者が、すぐ会社にこい! 健康管理は社会人の義務だ。できて当たり前のことができない奴に会社を休む権利なんかあるか!」

 倒れた人間に掛ける言葉ではない。でもこれくらい日常茶飯事な部署だった。
 無視して休めばいいものを、フラフラになりながら会社へ行って、何時間も怒鳴られ、結局その日は会社に泊まりこんだ。

47 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 01:03:37.145 ID:0raBhKNo0
 
 それでも家族を守るために仕事は辞めなかった。
 いや違う。働かなければならない妙な責任感と強迫観念に憑りつかれていたのだ。
 上司の言う、無茶苦茶な社会の常識が、まるで洗脳のように俺の心を蝕んだ。

 そんな身を粉にして働いた俺だが、最後はあっけなく、なにかの摘発を受けて、その建て直しができずに会社は倒産した。
 残ったのはわずかな金銭と、ボロボロの身体とうつ病だった。
 失業保険がなくなるまで、俺は就職もしないで酒に溺れた。

 いざ辞めると今度は何もかもが億劫で、どうにも次の会社に勤めるのが怖くなってしまったのだ。
 嫁と娘はそんな俺を見限り、去ってしまった。

 ただ、別れてからも、娘とは定期的に会うことができた。

 嫁は会わせたがらなかったが、養育費を支払う以上、法的に会う権利が発生するのだとか、そんな理由だった。
 俺は何とか見つけた次の就職先で、年下の上司に詰られながら安い賃金を得て生活していた。
 半年以上就職もせずにふらついていた俺を拾ってくれたのは、やはりブラック企業だったのだ。

 それでも俺は安い給料から何とか金を工面して、養育費を支払い娘と会って話すことができた。
 僅かな時間だったが、心休まるひと時だった。

⌒*リ´・-・リ「お父さん! 誕生日おめでとう」

 その頃に娘が苦心して初めての手作りケーキを持ってきてくれたのは、今でも忘れることができない。
 こんなダメ人間を、彼女はまだお父さんと呼んでくれるのだ。
 そのことが、うれしくて、嬉しくて、仕方がなかった。

48 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 01:04:11.668 ID:0raBhKNo0
 
 しかしそんな生活も最初の一年ほどの間だった。

 年下の上司と些細なことで口論になり、つい手が出てしまって、クビを切られた。
 半分は正当な理由で、半分は私怨の喧嘩だった。
 そいつの人を小馬鹿にした態度と理不尽かつ無理な要求。そしてなにより、息子自慢を繰り返す普段の会話。
 理不尽さに羨ましさが混ざって我慢が出来なくなってしまった。

 失業して治りかけていた鬱が再発した。

 でももう、通院する金も余裕も俺には残っていなかった。
 日雇いの仕事をこなして、ただ借金を増やしながら生きるだけの日々が始まった。
 娘の養育費も払えなくなり、俺は娘と会う権利を失った。

 あとはもう、堕ちていくだけだった。その結果が今の俺であり、先ほどの強盗だ。
 もう俺に残っているものなど何もない。今あるのは借金と、捨て鉢となっての犯罪をする覚悟だけだった。

 今にして考えてみれば、今日頼んだ料理はただ単に誕生日に食べたものではない。

 あのカップ焼きそばは、人生で最も苦い思い出の味だった。
 このケーキは、人生で最後の甘い思い出の味だった。

 その思い出を、今、最後の一口まで完食する。
 ただそれだけで、なにか生きる気力が、俺の中に芽生えていた。
 我ながら現金なものだ。ただ飯を食っただけで、もう考えが変わっていやがる。

49 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 01:05:37.833 ID:0raBhKNo0
 
 そこでふと、我に返る。しまった、金がない。ゴネて支払いをしないつもりが、いつの間にやら完食してしまった。
 いや、違う。それでいい、ここでそんなことをしたら、娘に会わせる顔がないだろう?
 レジカウンターへと足を運ぶ。もう、迷いはない。覚悟は決めた。
 ここはいい店だ。もう俺の心の中にはこの店からゴネ得しようだとか、金を奪おうだとか、そんな気持ちは一切ない。

爪'ー`)「なあ、店員さん。会計なんだがよ。すまねえ!」

o川*゚ー゚)o「はい。いかが致しましたか?」

爪'ー`)「俺は金がないんだ!」

 ある意味、店員は強盗した時からわかっていただろうが、それを告白する。
 同時に、俺はやたらと綺麗でゴミひとつないフローリングの床に、膝と両手を突いていた。
 ただ俺の思いが伝わることを祈って、俺は頭を下げる。

爪 ー )「でも、またこの店に来たいと思っている! 必ず返す! すまねえ!」

o川*゚ー゚)o「お客様、当店ではお代は一切頂いておりません」

爪'ー`)「へ? どういうこと?」

o川*゚ー゚)o「なにもお支払い頂く必要はございません。当店は必要な方に必要なものをご提供させて頂いております」

 なんだか急に拍子抜けしてしまった。
 不思議な店だとは思っていたが、ホント、何なんだこの店は?

50 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 01:05:53.340 ID:0raBhKNo0
 
爪'ー`)「じゃあ、強盗に来た俺でも、また食べに来てもいいのか?」

o川*゚ー゚)o「当店は人生に疲れたお客様が、今までの人生でもう一度食べたいと思った物を提供させていただくレストランです」

爪'ー`)「えっと、つまり、人生に疲れてねえとダメってことか?」

o川*゚ー゚)o「左様でございます」

爪'ー`)「ははっそりゃあ、ひでえ。ここにまた来るってことはどん底ってことかよ」

o川*゚ー゚)o「左様でございます」

 鉄面皮の言葉は皮肉だろうか? それとも、単なる機械的な対応の延長なのか?
 どちらとも取れるし、どちらでも構わない。
 ただなんとなく、その対応にも慣れて、ちょっと笑みがこぼれた。

爪'ー`)「ありがとう、美味かった」

o川*゚ー゚)o「ありがとうございました。また当店をご利用するほど疲れぬよう、心からお祈り申し上げます」

爪'ー`)「ああ! もう来ねえよ!」

 ニヤついて、店を出る。そこは強盗しようと目をつけていたコンビニの店内だった。
 電子チャイムが鳴って、俺の入店を店員に知らせる。
 そうだった。俺はこの店に入ろうとしてたんだ。一瞬、夢でも見たのかと疑って、しかし満たされた腹がそれは違うと否定する。

 まあどっちでもいい。コンビニってのもちょうどいいや。欲しかった物がある。

 そう考えて、俺はタウンワークを探した。コンビニを出ても、タバコは切らしたままだった。

51 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 01:06:30.087 ID:0raBhKNo0
 




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