o川*゚ー゚)o思い出レストランのようです 1品目

1 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 00:21:21.206 ID:0raBhKNo0
 




    - OPEN -




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2 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 00:22:23.171 ID:0raBhKNo0
 


・当店では人生に疲れたお客様に、今までの人生で味わった物から、もう一度食べたい物をご提供させて頂いております。




 1品目 宇津田タケシ様 ご注文

      肉じゃが



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3 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 00:23:21.795 ID:0raBhKNo0
 
 カランコロンと入店を知らせるベルが鳴る。

 パチンコで大負けし、いつもなら買って帰るコンビニ弁当を買いに行く余裕もなく、腹の虫を鳴かせながらの家路。
 その日、俺、宇津田タケシは間違いなく自宅のボロアパートに帰宅したはずだった。
 だが、玄関を開けたその先には、クラシカルな洋食店の光景が広がっていた。

o川*゚ー゚)o「いらっしゃいませ。思い出レストランへようこそ」

('A`)「は?」

 同じ境遇となった現代の若者10人いれば10人とも同じ反応をするだろう、芸の無い言葉が思わず口から飛び出る。
 築20ウン年のスチールドアを押しのけたはずが、それはいつの間にか重厚感あふれる樫と真鍮のドアへと変貌を遂げていた。
 更に、収集日に捨てそこねたゴミ袋が占拠するワンルームが、年季の入った木板とレンガのオシャンティなレストランに大変身だ。
 そんな反応も仕方ないだろう。

 思えば、どうやって言い訳して親から仕送りを頼もうか、頭の中をデタラメな嘘がぐるぐると回って、気もそぞろだったのは確かである。
 前は確か怪我をしてバイトを休んで金が無いことにしていたから、怪我系はなしだ、だとかそんな具合だ。
 そしてついさっき、意を決して掛けた電話は留守電で、やり場のない怒りとやるせなさと安堵に、思わず肩の力が抜けていた。
 
 そんな調子だから、一瞬、入るドアを間違えたのかと考えて、いや、確かにアパートの階段を登ったと思い出す。

(;'A`)「(なんだ? 一体、どういう状況なんだこれは?)」

 とりあえず、入るドアを間違えたことは確かなのだろう?
 どうやら相当頭がぼうっとしていたらしい。

6 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 00:25:11.529 ID:0raBhKNo0
 
 ウェイトレスは随分と可愛らしい人だった。
 黒髪は後ろで結ばれて、シンプルだが品のいいYシャツとスラックスの上に、黒のエプロンを羽織っている。
 豊かな膨らみがYシャツとエプロンを膨らませていて、思わず目を奪われる。

o川*゚ー゚)o「一名様でよろしいでしょうか?」

('A`)「あーえっと。はい。い、一名です」

 家に帰宅したはずが、何故かレストランに入っていたなんて、大失態の理由はさておき、俺はレストランを利用する予定などなかった。
 コンビニ弁当すら惜しいほど羽振りが悪いのだ、当然である。
 だが、ここまで来て入ったドアを引き返せるほど、俺のコミュニケーション能力は高くない。
 流石に1食分くらいの金はある、なんとかギリギリ、だが……。腹も減っていたことだし、とりあえず何か安いものを頼んでこの謎を解こう。

o川*゚ー゚)o「禁煙席と喫煙席ございますが、どちらになさいますか?」

('A`)「喫煙で」

o川*゚ー゚)o「かしこまりました。お席へご案内いたします」

 店員さんは、可愛いもののやけに硬質というか、綺麗過ぎる顔をこちらから逸らして席へと案内をしていった。

 はて、そもそも近所にはこんな小洒落たレストランがあっただろうか?
 脂が爆ぜる熱された鉄板と、小気味よいテンポで振るわれる包丁の交響曲。
 そこに香草の匂いがいいアクセントとなって、腹の虫を刺激する。

9 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 00:26:38.894 ID:0raBhKNo0
 
 わけも分からないまま、店員に連れられて真っ直ぐ進む店内。
 歩きながらようやく俺は落ち着いて店内をゆっくりと見渡した。

 入り口に入って見えるのは、アール・デコ調の透かしが入ったガラスの衝立と恐らく順番待ちを記載したメモ。
 その向こうに並ぶ、年季の入った椅子とテーブルにもアール・デコの幾何学模様が施され、綺麗に整列している。
 壁に見えるのは、恐らくアンティークの食器棚と、オレンジがかった間接照明。
 フローリングは綺麗に磨かれているが妙に脚にしっくりと来て、壁の照明を白く照り返している。
 観葉植物が幾つか並び、壁や仕切りに使われるレンガは偽物ではなく、ちゃんと本当のレンガを使っているらしい。

 丁寧な調度品の数々を見て、これはもしや高級の部類に属する店かもしれないな、と内心焦り出すが、店員は歩みを止めない。
 いや、ドレスコードまでは求められなかった、俺は今ヨレヨレの私服だ。
 存外、内装に凝っているだけで、そこまで法外な値段のレストランではないと見た。

o川*゚ー゚)o「こちらの席へどうぞ」

(;'A`)「あ、はい」

 まあ、最悪、クレジットカードでなんとかなるだろう。

o川*゚ー゚)o「こちら、お冷とおしぼりになります」

 銀色、恐らく錫で出来た水差しから透かし彫り細工が美しいアンティークのグラスへと水が注がれる。
 レモンが漬け込まれているのだろう、仄かに柑橘類の香りが漂って、軽やかな気持ちにさせてくれた。
 その水の質だけで、どうにも財布も軽やかになりそうなのが恐ろしいところだ。

11 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 00:27:45.581 ID:0raBhKNo0
 
 だが、メニューを見れば値段もわかるだろう。
 そうすれば安心すべきか、今からでもなんとかここを出るかの踏ん切りがつく。

o川*゚ー゚)o「ご注文が決まりましたら、お声をお掛けください」

 しかし、店員はメニューを出さず、何事もなかったかのように、そのまま去っていこうとした。
 なんだ? 高級店ではメニューを出さないのが普通なのか?
 いや、そうも言っていられない、ここは恥を偲んで店員を引き留めよう。

(;'A`)「す、すすす、すいません!」

o川*゚ー゚)o「いかが致しましたか?」

 くるりと店員が振り返り、黒いエプロンの裾がひらりと舞う。
 その所作はまるで何かの舞台のワンシーンのように様になっていた。
 やめてくれ、そんなに完璧だと、場違いな俺が浮いてしまうだろう?

(;'A`)「め、メニューは?」

 だが、そんな考えも吹き飛ぶような発言が、店員から飛び出た。

12 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 00:28:41.270 ID:0raBhKNo0
 
o川*゚ー゚)o「当店にメニューはございません」

('A`)「え、やっぱりそういうお店なのか?」

 やばい、これは時価とかそういうお店なのか?
 だとしたら、出て行ったほうがよさそうだ。
 ウン万という大金を請求されたらどうしよう。というか、ぼったくりバー的な物だったら本当にヤバい。

o川*゚ー゚)o「当店、思い出レストランは人生に疲れたお客様が、今までの人生でもう一度食べたいと思った物を提供させていただくレストランです」

 は?
 なんだこいつ? 電波か? おいおい、ヤバいの意味が変わってくるぞ?

 いや違う。もしかするとあれか? 何を頼んでも作ってくれるとかそういう粋な店なのか?
 例えば、こうこうこういうコダワリの料理を再現して欲しいとか。そんなノリの店なのかもしれない。聞いたこともないが。

(;'A`)「はあ? じゃあ、何を頼んでもいいってことか?」

o川*゚ー゚)o「いえ、お客様が今まで食べた物であり、もう一度食べたい物のみとなっております」

 いや、そんなのお前にわかるのかよ?

13 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 00:29:29.393 ID:0raBhKNo0
 
 なんだか、狐に摘まれた気分だ。もうなんか適当に頼んで食べて帰ろう。
 怪しすぎるが、店員の説明がやけに気になる。ここは冒険に出て、後で笑い話にしたら面白そうだ。
 それにこれで予想外なものが出たら出たで、それなりにいい思い出かもしれない。

(;'A`)「例えば、適当に頼んでもいいのか? 10年前の今日食べた晩御飯とか」

o川*゚ー゚)o「はい、かしこまりました。肉じゃがが一点。以上でよろしいでしょうか?」

('A`)「はい、じゃあそれで……」

 嘘くせー! 10年前に食べた夕飯なんて覚えてねえよ、どうせ適当言ってるんだろう?
 そんな感想が出る直前、しかし、俺の思考は続く言葉で完全に停止した。

o川*゚ー゚)o「では、ご注文を繰り返させて頂きます。宇津田幸子様がお作りした肉じゃがが一点、以上でよろしいでしょうか?」

 それはカーチャンの名前だ。10年前の今日、肉じゃがを食べたかどうかは覚えていない。
 だが、少なくともカーチャンは、俺の好物だからとよく肉じゃがを作っていたのは確かだった。

o川*゚ー゚)o「お客様?」

(;'A`)「は、はいじゃあそれで」

 店員は微笑を湛えたまま、こちらをしっかりと見て尋ね、それに対して俺は反射的に返答した。

o川*゚ー゚)o「かしこまりました。少々お待ち下さい」

 コツコツと、フローリングを靴底が叩く音を尻目に、俺は呆然としていたと思う。
 まさかここでカーチャンの名前が出てくるなんて思わなかった。
 なんだ? 何なんだこの店は?

14 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 00:30:59.975 ID:0raBhKNo0
 
o川*゚ー゚)o「お待たせいたしました。こちら肉じゃがになります」

 料理が出るまで数分。どう考えても注文してから作っては間に合わない時間。
 まず驚いたのは、その料理の器、およそ店の雰囲気に似つかわしくない、幼児向けキャラの描かれた少々大き目のプラスチック皿だった。
 アンティークと言えば聞こえのいい、ただ古いだけの量産品。センスのいい調度品が並ぶ店内で浮いた食器類。

('A`)「これは……」

 その食器は間違いなく、小学生の頃に使っていたものである。それも流石に幼児向けで古くなったため、捨てたはずの食器だ。
 箸も当時少し背伸びして使い始めた鉄木の黒い箸。陶器製の安い和柄の、でも実家の食卓で見覚えのある取り皿。
 小学生の頃使っていた茶碗にはホカホカの白いご飯があの頃と同じように小山を作っている。
 趣のあるオーク材のテーブルが、実家のちゃぶ台に変わった気がした。しかし、それらが、何故ここに? 

 だが、それ以上の疑問は肉じゃがの方にある。

 黄金色の油が無数に浮かぶ暗いこげ茶の煮汁。子供の頃は嫌いだった玉ねぎは、食べやすいように薄くスライスされている。
 茶色く染まった白滝と眩いオレンジの人参が煮汁の中で楽しげに踊り、メインの肉とジャガイモを飾る。
 油揚げや鞘付きインゲンは入っていない。代わりに麩と椎茸が煮汁を吸って旨そうに膨らむのが我が家流である。

 小さな頃インゲンが食べれなかった俺のため、カーチャンは僅かでも栄養バランスを改善しようと干し椎茸を入れるようになった。
 干し椎茸は出汁となり、甘く濃厚な煮汁に旨味成分を足し、さらに複雑にしてくれる。
 毬麩は煮汁を多く吸うため、あえての汁だく。アツアツの煮汁を吸い込み柔らかくなった麩は、それだけでご飯が進むだろう。

o川*゚ー゚)o「ライスはおかわり自由となっておりますので、気軽にお申し付け下さい」

 これは単に見た目だけじゃない。カーチャンが作る我が家の肉じゃがが、確かにテーブルの上にあった。

15 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 00:32:51.140 ID:0raBhKNo0
 
 立ち上る白い靄は、出汁と醤油の香りを含んでいて、俺の腹の虫が限界を発する。

('A`)「いただきます」

 レストランでは普段言わない挨拶が思わず出たのは、懐かしさからくる反射だろうか?
 口に溜まった生唾を音を立てて嚥下する。まず、最初に手を付けるのは、ジャガイモだ。
 箸を使って二つに割ると、ホクホクとした断面が覗き、しっかりと味が染み込んでいることが確認できる。

 これはもしかすると?

 箸の上に乗るジャガイモをふーふーと冷まし頬張る。それは柔らかく煮込まれて、歯に当たるとほろほろと崩れた。
 熱さの中に、染み込んだジャガイモの煮汁がふわっと広がり、遅れてジャガイモ特有の滑らかな舌触りと風味を楽しむ。
 我が家の味は濃いめだ。子供が好む様な、強い甘みとそれに負けない程度のしょっぱさが、脂と椎茸の風味を伴いじわじわと舌を行進する。
 そして、みりんと醤油、野菜と肉、後味に仄かに残る本だしの香ばしさ。それらが複雑かつ一体となって絡み合い、鼻から抜けた。

('A`)「おお……マジかよ」

 続いて牛肉を選ぶ。我が家は豚肉を使わない、こま切れの牛肉を使う。こちらの方がよく味が染み込むためだ。
 やや硬めに煮込まれた牛肉は、歯ごたえを感じさせながら、しかし、薄切りであるためよく噛み切れる。
 口の中でじゅわっと肉の旨味と風味、そして脂と複雑な甘さを持つ煮汁が蕩けるように広がっていく。

16 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 00:34:05.136 ID:0raBhKNo0
 
 噛み締めるたびに、何度も広がる肉の味に、舌が、味覚神経が、脳が懐かしさを伴って喜びのシグナルを発する。
 レストランで食べる手の込んだ煮物とは違う、家庭の味。
 優しさが味覚になったならば、きっとこんな味がするだろう。

(つA;)「ああ……ああ……」

 美味い。でも、これ以上に美味いものはまだ沢山あるだろう。
 高級な料理というわけでも、プロ特有の手間の異常に掛かった料理でもない。
 しかし、それを補って余りあるこの味わい深さは、間違いなくこれがカーチャンの肉じゃがの味付けだったからに他ならない。

 最後に一縷残った疑惑が、完全に払しょくされた。
 子供が美味しく食べれるように、否、俺が美味しく食べれるように、今思えば家庭でできる範囲で手間と工夫を凝らした、俺のための料理。
 見た目から始まり、味付に至るまで、完全にカーチャンの肉じゃがだった。

 どうしてこのお店はそんなものを提供できるのか?
 なぜ、家に帰った時にこの店に入ってしまったのか?
 そんなことはどうでもよくなって、ただひたすらにご飯の上に肉じゃがを乗せて、掻き込む。掻き込む。

 煮汁を吸って大きくなった麩は、箸の上でやや滑るため、慎重に摘まむ。
 大変熱いそれを、あえてご飯の上に乗せて、少し冷ます。
 それは同時に余分な汁気を落とし、濃すぎる味を緩和させるとともに、白米へとその味を移していく。

19 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 00:35:31.702 ID:0raBhKNo0
 
 冷めるのを待つ間に、玉ねぎと白滝、そして小さくイチョウ切りされた人参、そして椎茸を摘まんで頬張る。
 野菜は溶けるほど煮込まれており、柔らかく触感はほとんどない。椎茸も柔らかく触感にはやや乏しいだろう。
 代わりにアクセントとして主張するのは、白滝の弾力とのど越しだ。それを野菜の素朴な甘さと椎茸の癖のある旨味で楽しむ。

 毬麩がちょうどよく冷めて、ご飯と共に口に掻き入れた。
 汁気は互いに張り付いた米つぶ同士を解き、つるりと口の中へと納まる。
 ふわふわとした麩は、旨味の詰まった熱い汁を溢れさせ、濃厚すぎるそれをご飯が中和して、程よく噛み締めることができた。

 次は牛肉とじゃがいも、そして少しの白滝と白米だ。この組み合わせは最高にして至高だと思う。
 牛肉は敢えての少なめ、じゃがいもは多く、白滝は食感を感じられる程度でいい。白米は遅れて口に入るだけ掻きこむ。
 この黄金バランスは、濃い目の味付けを適度に緩和し、最も好みの味へと昇華させる。

 そうだ、この味だ。この味が俺は食べたかったんだ。

('A`)「はふはふ、んぐんぐ……うめぇ……」

 懐かしい、カーチャンの味。

 大学に進学するため上京して、何年食べていないだろうか?
 十年前は普通に食べていたこの味が、こんなにも貴重になるだなんて、思っていなかった。
 俺の脳に刻まれた、最も正解に近い旨さだったと、気が付いた時にはもう、滅多に食べることができなくなっていた。

20 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 00:36:35.472 ID:0raBhKNo0
 
 カーチャンはちょっと天然なところがある人だった。

 例えば高校生の頃、俺がカーチャンの肉じゃがを褒めた次の日のことだった。
 カーチャンが作る肉じゃがは俺の大好物だった。
 だから、何気なく今日の肉じゃが、よく味が染みてて美味しいよと、何気なく言ったのだ。
 カーチャンはその言葉が、きっととても嬉しかったのだろう。少し残った肉じゃがを弁当に詰めてくれたのだ。

 しかし、汁気の多いものをそのまま入れれば、当然、弁当の包みを茶色く染めて甘そうな匂いを漂わせる結果となる。
 隙間からあふれた汁は俺のカバンの中身をべたつかせ、匂いはしばらく取れなかった。
 クラスメイトにからかわれてその時は笑っていたが、帰宅してから俺はカーチャンを怒鳴ってしまった。

J( 'ー`)し「ごめんねえ……カーチャンドジだから、ごめんねえ」

 そう申し訳なさそうにいうカーチャンを、幾度も詰った俺を今はぶん殴りたい気持ちでいっぱいだった。
 たった一言何気なく言った言葉を覚えていて、朝早くに起きて弁当に入れてくれた肉じゃが。
 手間を掛けて、喜んでもらおうと入れてくれたそれを、怒鳴って返すなどちょっと酷すぎるじゃないか。

 この肉じゃがを食べていると、そんな思い出が蘇ってくる。

 罪悪感が胸を締め付け、眼頭が熱くなって視界が少しぼやけた。ぐっとこらえると喉の奥の方が少し痛くなる。
 カーチャン。あの時は怒鳴ってごめんな。肉じゃが、旨かったよ。また作ってくれよ。
 でも、カーチャンが弁当に肉じゃがを入れたのは、これが最初で最後だった。

21 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 00:37:50.492 ID:0raBhKNo0
 
 カーチャンはシングルマザーだった。過去形だ、今は再婚を果たしている。
 俺を女手一つで育ててくれていた。だから、高校を卒業したら就職すると親には黙って決めていた。
 それが再婚と共に事情が変わった。新しい父さんはいい人だった。連れ子である中学生の義弟もナマイキながら可愛いものだった。

 それ以前から、カーチャンは大学に進学するよう、強く勧めていた。
 まだ、高卒で働くと思っていた俺は、再婚後もなんとなくプランを変える気が起きず、それを断っていた。
 恐らくは将来、俺が苦労しないように、考えていてくれたのだろう。

 俺が進学すると、弟が苦労するのではなかろうか? 連れ子の負担により母の立場が弱くなるのではなかろうか?
 そんな思いもあって、俺はどうにも躊躇していた部分がある。

J( 'ー`)し「お前はいい大学を出ておくれ、大丈夫。お金はなんとかするから」

 しかし、カーチャンは再婚後もやめる予定だったパートを続けて、家計の負担を防いでくれた。

J( 'ー`)し「急に仕事が減るとやることがなくて暇だからね」

 そう笑って理由を述べていたが、多分俺の考えは読まれていたのだろう。
 4人家族では、家事だけでも十分に忙しいものだ。独り暮らしして余計にそう思う。
 今思えば、カーチャンはいつまでも俺のために自己犠牲を強いてくれていた。

22 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 00:39:52.975 ID:0raBhKNo0
 
 だが、今の俺はなんだ?

 親が苦労して入学させてくれた大学をサボって、今日もパチンコで遊んで帰った。
 そして少し金がなくなったからと、金を無心することばかりを考えていた。
 親が無理やり勧めた進学だ、俺は本当は働きたかったと、自分に言い訳までしてサボりを正当化していた。
 ただどちらの意思もなく、カーチャンの気持ちに流されて進学しただけだというのに。

 ご飯を2杯お代わりして、満腹になった俺は、もうカーチャンのことが頭から離れなかった。

 たまに自炊するようになって気が付いた。この肉じゃがは手間がかかっている。
 他の家の肉じゃがは知らないが、ネットで調べたレシピ通り作っても、こんなに味は染み込まなかった。
 パートで疲れた帰りに、カーチャンはこんな手間を掛けて料理を作っていたのかと気が付いて、今更ながらに頭が下がる思いだった。

('A`)「すいません。お会計をお願いします」

o川*゚ー゚)o「いえ、当店ではお代は頂いておりません」

('A`)「えっ? じゃあ、えっと何を払えばいいんですか?」

o川*゚ー゚)o「なにもお支払い頂く必要はございません。当店は必要な方に必要なものをご提供させて頂いております」

 一瞬、こんな不思議な店のことだから、魂でも取られるのかと身構えたが、それは杞憂だった。
 ううむ。ちょっと漫画を読み過ぎたみたいだ。

23 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 00:40:54.877 ID:0raBhKNo0
 
 ここはいい店だ。例えお金を払ってでも、また来たい。
 この近くのどこかでやっているのだろうか? 必要な方、というのはどういった人を指すのだろう?

o川*゚ー゚)o「ありがとうございました。また当店をご利用するほど疲れぬよう、心からお祈り申し上げます」

 店を出る直前。ウェイトレスの言葉が脳みその端に引っかかる。ああ、そうか。人生に疲れた人が、必要な方なのか。
 それはなんだか、ストンと胸に落ちる理解の仕方だった。
 そうか、俺は人生に疲れていたんだ。

 上京して、ずっと実家に帰っていなかった。再婚した母に少しでも二人の時間を、といえば聞こえがいい。
 ただ消極的な自分に対する言い訳だろう。
 大学で肌の合わない友人達と無理やりノリを合わせて、講義に出ないことも普通になって、バイトと人付き合いにすり減って。

 カーチャンの晩御飯を食べただけで、こんなにもホームシックになるなんて、思ってもみなかった。

 レストランを出ると、そこはアパートの玄関だった。
 白昼夢でも見たんじゃないかと、一瞬不安になってしかし、吐息に肉じゃがの香りを感じて錯覚ではないと思い直す。
 我ながら下品な確認の仕方である。

24 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 00:41:22.635 ID:0raBhKNo0
 
 ふとスマホの画面を見れば、帰宅したはずの時間より30分ほど過ぎていた。
 通知欄には、少し前にカーチャンからの着信があった旨が書かれている。
 そうだ、金を無心しようと思って、電話をかけたが留守電だったんだっけ?

J( 'ー`)し「もしもし、タケシかい?」

 画面を指で弾いて、コールバックを選択するとスピーカーから懐かしい声がした。
 今しがた思い出していたカーチャンの声である。
 反射的にかけ直していたが、何を言うか考えていなかった。

J( 'ー`)し「どうしたんだい? もしかして、お金がなくなったかい?」

 母という生き物は、何故こんなにも勘が鋭いのだろうか? 元々仕送りを頼むためだったその意図は、完全に看破されていた。
 伊達に20年も俺の母親をやっていない。

 そうなんだ、金がなくなっちゃってさ。申し訳ないんだけど、仕送りをお願いできないかな?

 そう伝えれば、まったくもう、などと呆れた言葉を返されつつも、きっとお金が振り込まれるだろう。
 だが、先ほどの思いが、俺の言葉を押しとどめる。
 財布の中身を頭の中で思い描く、さっきのレストランでこっそりと、しかし幾度も確認したからしっかり覚えていた。

25 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 00:41:53.712 ID:0raBhKNo0
 
 今の所持金では、コンビニ弁当を買ったら、まず間違いなく給料日前に底をつく。
 でも、自炊すれば多分余裕があるだろう、それくらいの金額だった。



('A`)θ「もしもし母ちゃん? あのさ……母の日、何が欲しい?」



 余ったお金は、カーネーションを買う予算に回そうか。



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26 :以下、転載禁止でVIPがお送りします :2015/07/25(土) 00:42:15.251 ID:0raBhKNo0
 




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