( ^ν^)最後の一口のようです

350 :( ^ν^)最後の一口のようです :2015/07/25(土) 16:58:14 ID:pzhYJzh20

( ^ν^)

 子供の頃、盆や年末年始に祖父母の家へ泊まりに行くのが、嫌だった。

 祖父母が嫌いなわけではなかったが、ただ単に面倒臭かったのだ。

|゚ノ ^∀^)『学校は、楽しいかい?』

( ´∀`)『授業はどんなことをやってるモナ?』

 同じ部屋にいると、様々な質問をぶつけられる。
 こちらとしてはわざわざ話すような事柄はなかったし、
 そもそも人と話すこと自体が得意ではないので、正直、鬱陶しかった。

 祖父母とはいえ、先の通り、年に2回程度しか会わない相手なので、
 両親や兄弟ほど親しく気楽な態度をとれなれなかったのである。

 それに、祖母はのんびりしすぎている──悪い言い方をすると、のろまに見えた──し、
 逆に、祖父の方は少々堅い印象があったので、
 丁度いい距離が掴めなかった、というのも理由に当たるかもしれない。

351 :( ^ν^)最後の一口のようです :2015/07/25(土) 16:58:58 ID:pzhYJzh20

 当然、2人が悪いわけではなく。
 俺が内気──というか陰気だったのが一番の原因なのだ。

(*^ω^)『じーちゃん、ばーちゃん、久しぶりだお!』

|゚ノ*^∀^)『あらあら、ちょっと見ない間に大きくなったねえ、ブーン』

( ´∀`)『小学校に上がって、もう4ヵ月モナ? 学校はどうモナ』

(*^ω^)『楽しいおー!
       友達いっぱいできたんだお、あのね、ツンっていう子と、ドクオって子と、それから……』

 実際、社交的な性格の弟は、祖父母と大層仲良くやれていた。



*****

352 :( ^ν^)最後の一口のようです :2015/07/25(土) 17:00:04 ID:pzhYJzh20


( ・∀・)「はあ、そんなもんかあ?
      俺は祖父ちゃんち行くの楽しかったけどなあ」

 大学の食堂。
 ラーメンを啜っていたモララーが、俺の話に首を傾げた。

 続けて、「ショボンは?」と隣の後輩に話を振っている。

(´・ω・`)「僕は母方の祖父母と同居でしたんで……今も普通に仲良くやってますよ。
      父方のほうは、まあそれなりに。別に苦手意識はないですね」

( ・∀・)「ほー」

 人の少ない食堂に、モララーの間抜けな声が響いて溶けた。
 じいじい、蝉の鳴き声が窓越しに聞こえてくる。


 夏休み前に提出したレポートについて教授から呼び出しを喰らったのが、今朝のこと。
 大学に来てみれば、モララーとショボン(同じゼミ生だ)も同様の理由で教授のもとにいた。

 端的に言えばレポートひでえから書き直せやというありがたいお言葉を賜り、
 ついでに研究室の資料整理をやらされ、それも済んだのでさて帰るかというところで、
 モララーが「食堂開いてるし、せっかくだから一緒に飯食おうぜ」と言い出したのが30分前。

 それで、盆には実家に帰省するのかという話題になって、
 どういう運びだったのか、祖父母の家がどうたらこうたらという方向へ話が流れて。
 今に至る。

353 :( ^ν^)最後の一口のようです :2015/07/25(土) 17:00:47 ID:pzhYJzh20

( ・∀・)「でもよおニュッ君、それってどっちの祖父ちゃん祖母ちゃん?」

( ^ν^)「親父のほう」

( ・∀・)「んじゃ、母親側の祖父ちゃん達はどうだったんだよ?」

( ^ν^)「そっちは俺が生まれる前に死んでたし」

( ・∀・)「あー」

(´・ω・`)「こう、いい思い出とかないんですか?
      楽しかった場所とか。ほら、山で遊んだとか川で遊んだとか」

( ^ν^)「ねえな」

( ・∀・)「即答だ」



*****

354 :( ^ν^)最後の一口のようです :2015/07/25(土) 17:01:31 ID:pzhYJzh20


 あの場の全てが、俺には不向きだったのだろう。

 周りは畑や田んぼだらけというレベルの田舎で、
 俺が気に入るような娯楽が極端に少ない。というか皆無。
 活動的な弟はともかく、引きこもりがちな俺は外で駆け回るのも億劫だった。


 何より合わなかったのは、祖母の作る料理だ。

 里芋の煮っころがし、ふろふき大根、卯の花、ほうれん草のゴマ和え、きゅうりの酢の物、南蛮漬け。
 上記は一例だが、こういったメニューが好きではなかった。

355 :( ^ν^)最後の一口のようです :2015/07/25(土) 17:02:20 ID:pzhYJzh20

 誓って嘘ではないが、祖母は料理上手な人──の筈だ。
 祖父も両親も、弟だって美味そうに食べていたのだから。
 ただ、俺にとっては複雑な味だっただけで。

 弟はよく食べる。つくづく俺とは真逆。
 だから、美味い美味いとがっつく弟の隣で、
 もそもそ少しずつ食べていくのが申し訳ないというか、苦痛で仕方なかった。
 さも「気に入っていない」と主張しているようで。かといって、やはり弟のようには食べられなかった。



 やることがない。食べ物が口に合わない。会話を控えたい。
 そうなると、その全てから逃避する手段を探すようになる。



*****

356 :( ^ν^)最後の一口のようです :2015/07/25(土) 17:03:02 ID:pzhYJzh20


( ・∀・)「逃避って何したの」

( ^ν^)「ずっと宿題やるか本読んでた」

(´・ω・`)「まあ、それしかないですよねえ」

( ^ν^)「宿題の範囲終わっても勉強してたから、おかげで成績上がったわ」

( ・∀・)「ぶはっ」

 モララーは一度吹き出し、一瞬の間をあけ、改めて声をあげて笑った。

357 :( ^ν^)最後の一口のようです :2015/07/25(土) 17:05:26 ID:pzhYJzh20

(*・∀・)「必死すぎ! つか、そんな奴がレポートやり直せって言われるかよ!」

( ^ν^)「うっせえな死ね」

(´・ω・`)「モララーさん人のこと言えないでしょ」

( ・∀・)「いやお前もだから」

(´・ω・`)「僕も内藤さんも、モララーさんほど致命的ではないですから」

(#・∀・)「あー!?」

 致命的というのは正しい。モララーはそもそも一からの書き直しを命じられていたので。
 あれよりはマシだ。確実に。

( ^ν^)「……高校に上がってからは、盆も正月も自分ちで留守番してたから、俺」

(´・ω・`)「なるほど、余分に勉強する必要がなくなったわけですね」

 それで成績が下がる辺り、元々の頭が良くないのだろう、俺は。

 定食の漬け物を口に放り込んだショボンが、小さく眉を寄せた。

358 :( ^ν^)最後の一口のようです :2015/07/25(土) 17:06:22 ID:pzhYJzh20

(´・ω・`)「それにしても、料理が合わないって結構キツくないですか? 数日泊まるなら尚更」

( ・∀・)「だよなー。まあ俺もガキの頃は、祖母ちゃんの料理あんまり好きじゃなかったかも。
      祖母ちゃん梅干し漬けててさ、梅のおにぎりとか握ってくれんだけど、
      おれ梅干し嫌いでさあ……」

 ふと、思い出したものがあった。
 そういえば、と口を開く。

( ^ν^)「おにぎりと、いなり寿司は嫌いじゃなかった」

( ・∀・)「おう?」



*****

359 :( ^ν^)最後の一口のようです :2015/07/25(土) 17:08:04 ID:pzhYJzh20


|゚ノ ^∀^)『お勉強、頑張ってるねえ。えらいねえ』

 勉強するから、と食事を手早く最低限に済ませるのが常となっていたが、
 祖母としては、育ち盛りの孫にもっと食べさせなければという気持ちがあったのだろう。

 机──祖父が使っていたもの──へ向かう俺に、
 よく軽食を差し入れてくれた。

|゚ノ ^∀^)『これ、手が空いたときに食べてね』

 大抵おにぎりか、いなり寿司ばかりだった。
 片手で食べやすいものを選んだのだろうけど、
 それにしたってワンパターンすぎる。

 でも飽きなかった。
 少ない食事量で半端に刺激され、悲痛に空腹を訴える胃袋と口には、
 母が握るよりも塩気の強いおにぎりが大層美味く感じた。

 ふっくらした、つやつやの白米。かぶりつけば、口の中でほろほろと崩れる。
 程よく焼けた鮭や、丁寧に種を抜いた梅干しや、甘味のある海苔の佃煮。
 おにぎりを食べるときだけは、祖母手製の漬け物も美味に思えたものだ。

360 :( ^ν^)最後の一口のようです :2015/07/25(土) 17:09:14 ID:pzhYJzh20

 いなり寿司は、油揚げの甘じょっぱさがとても好みに合った。
 味噌汁や煮物に入った油揚げは苦手だったのに、いなり寿司となった途端、
 いくらでも食べられそうな気持ちにさせられたほど。

 祖母がじっくりと煮つけた油揚げに、ぎゅっと詰められた酢飯。
 酢飯は椎茸やレンコンなどの具材が混ぜ込まれるときもあったが、それよりも、
 ゴマだけを混ぜた、シンプルな酢飯が一番好きだった。
 じゅわりと溢れる煮汁の味を、最もストレートに受け止められたから。


 やはり、こういう分かりやすい味を求める程度には、
 当時の俺の舌がガキだったのだろうと思う。



*****

361 :( ^ν^)最後の一口のようです :2015/07/25(土) 17:10:18 ID:pzhYJzh20


(´・ω・`)「子供のときと大人のときで、味覚って結構違いますもんね。
      今ならお祖母さんの手料理食べても美味しく感じるんじゃありません?」

( ・∀・)「あー分かる! 梅干し嫌いっつったけど、今は好きだもん俺。
      つかいなり寿司買ってくるわ」

 モララーが立ち上がり、券売機へ向かう。
 この食堂のいなり寿司も不味くはないが、祖母が作るものほどの感動はない。

(´・ω・`)「高校のときから、お祖父さんお祖母さんのところに行ってないんですっけ。
      今年のお盆は行ってみたらどうです?」

( ^ν^)「んー……」

 「でも、レポートあるし」。
 口から出たのは結局言い訳で。
 申し訳ないという気持ちすら湧かなかった




.

362 :( ^ν^)最後の一口のようです :2015/07/25(土) 17:11:13 ID:pzhYJzh20



『──お盆には早いけど、明後日、おじいちゃんのところ行きましょうよ』


 モララー達と別れてアパートへ帰る途中、母から電話があった。
 見透かしたような話題に、少しどきりとする。

 返事を考えるように唸ってみせたが、答えは決まっていた。
 レポートを書き直さないといけないから。ショボンへ返したのと同じ。

 だが、母が続けた言葉に、開きかけた口を閉じた。

『おばあちゃん、先月から入院してるの。
 それで、明日から3日間だけ、外泊許可が出るんですって。
 ……次に許可が出るのがいつになるか分からないから、明後日、会いに行こう。ね?』


.

363 :( ^ν^)最後の一口のようです :2015/07/25(土) 17:12:09 ID:pzhYJzh20



( ^ω^)「僕もよく分からないけど、肺が良くないって。
       正月に会ったときも、たくさん咳してたおー……」

 2日後。
 玄関で俺を待ちながら、弟が言った。

 俺がすっぽかすんじゃないかと危惧し、わざわざ迎えに来たらしい。

( ^ν^)「ひどいのか」

( ^ω^)「多分、結構」

( ^ν^)「そっか」

( ^ω^)「……兄ちゃん、準備するのに時間かかりすぎじゃないかお?
       何やってんだお? 探し物?」

( ^ν^)「祖父ちゃんちって、なに持ってけばいいんだ?」

( ^ω^)「……普段持ち歩いてるものと、一日分の着替えと歯ブラシでいいんじゃないかお」

 呆れ顔。腹が立ったので、脛を蹴飛ばしてやる。

 たかだか7年程度行っていないだけで、こんなに色々なことが分からなくなるとは思わなかった。
 通学用のリュックに必要な物を適当に突っ込み、右肩に引っ掛ける。
 携帯電話と財布はポケット。

364 :( ^ν^)最後の一口のようです :2015/07/25(土) 17:13:11 ID:pzhYJzh20

 玄関の鍵をテーブルから拾い上げたところで、弟の携帯電話が鳴った。

( ^ω^)「はいはい、何だおー。兄ちゃんなら今準備終わったお」

 親からの電話らしい。
 突っ立ったまま話す弟を外に押しやり、俺も外へ出てドアの鍵を閉める。

(;^ω^)「え!? そんな、いきなり……!」

 弟の表情が変わった。
 青ざめながら何事か話していた弟は、通話を切るなり、呆然とした様子で俺を見た。

 さすがに何があったかは大体わかる。
 分かった上で、俺の感情に大きな揺らぎはなかった。
 ああ、そうか、と。納得しただけで終わる。

 立ち尽くす弟の背を叩いた。行くぞ、と一声かけて。



*****

365 :( ^ν^)最後の一口のようです :2015/07/25(土) 17:14:12 ID:pzhYJzh20



 祖母は病院から自宅へ帰って、一泊して、朝の内に病院へ戻る羽目になって、そしてまた自宅へ帰ってきた。
 二度目の帰宅は、遺体の安置としてだ。

 俺達が祖父母の家に着いた頃には諸々の準備も終わって、
 祖母は布団の上に寝かされていた。



( ´∀`)「朝、体調が悪くなって、そのまま……」

 布団の隣に座る祖父が、呟くような声音で言った。

 母が祖母に縋りつくようにして泣いている。
 嫁姑の関係ではあるが、実の親子に思えるほど仲が良かったので、それだけに悲しみも強いのだろう。

 父も涙ぐんではいるけれど、唇を噛み締め耐えている。
 俺や弟の前だから泣けないのかもしれない。そういう性格をしているから。

( ´∀`)「……ニュッもブーンも、お腹空いてないかい。
       何か食べておきなさい」

 父を気遣ったのか、祖父が立ち上がりながら俺と弟に声をかけた。
 頷き、弟の腕を引っ張って立ち上がらせ、祖父と共に部屋を出る。
 堪えきれなかったのであろう、咽ぶような父の声を背中に聞いた。

366 :( ^ν^)最後の一口のようです :2015/07/25(土) 17:15:17 ID:pzhYJzh20



( ;ω;) グスッ、グスッ

 めそめそ泣きながら、弟がとぼとぼ歩く。
 自然、俺と祖父の歩みもそれに合わせて遅くなる。
 もともと大きな家に見合った長い廊下ではあるが、ゆっくり進んでいると、ますます長く思えた。

( ´∀`)「大学は、どうモナ?」

 俺達の前を歩きながら、祖父が訊ねる。
 7年ぶりに会った祖父の年老いた姿に少しショックを受けはしたが、
 質問の内容は昔と大差ない。

( ^ν^)「……まあ。普通」

( ´∀`)「苦労してないのなら、良かった。
       ブーンは高校楽しいモナ?」

( ;ω;)「た、楽しいお、勉強も部活も楽しいお……。
       秋になったら修学旅行でたくさんお土産買ってきてあげるって、
       祖母ちゃんと約束したのに、や、約束、したのに……」

367 :( ^ν^)最後の一口のようです :2015/07/25(土) 17:16:08 ID:pzhYJzh20

 弟が更に激しく泣いた。
 すん、と祖父が鼻をすする。

 皆が悲しみに暮れる家の中、俺だけがいつも通り。

 涙は出ない。そもそも悲しいという感情が湧いてこない。
 やはり「他人」という感覚が色濃いのだろう。
 この7年、きちんと会っていれば、何か違ったのだろうか。



 廊下が終わる。
 台所に入った祖父が、ガスコンロの前に立った。
 コンロの上には鍋が乗っている。懐かしい匂いがした。

368 :( ^ν^)最後の一口のようです :2015/07/25(土) 17:17:11 ID:pzhYJzh20

( ´∀`)「……作ってる最中に、倒れたんだモナ」

 鍋には、煮つけられた油揚げが何枚も入っていた。

 祖父がお櫃の蓋を開け、中身をしゃもじで掬う。
 ゴマを混ぜただけの酢飯。

 不慣れな手付きで油揚げに酢飯を詰めていき、
 いびつな形のいなり寿司が出来上がると、祖父は苦笑した。あいつほど上手くは出来ないなと。

 台所に男が3人も立っていると、さすがに狭い。
 けれど俺は動けなかった。
 祖父がぎこちなく作っていくいなり寿司を、じっと見つめていた。


( ´∀`)「ニュッが来るって聞いて、嬉しそうに準備してたモナ」

 作業用に備え付けられたテーブルに皿を置き、そこへいなり寿司を乗せていく。
 てかてかと輝く揚げが不揃いに並んでいく。

( ;ω;)「に、兄ちゃんが来ないときも、いなり寿司、用意してたお……」

 鼻を垂らすほど泣きじゃくりながら、弟が呟いた。
 毎年毎年、弟だけはしつこく「祖父ちゃんちに行こう」と誘ってきていたのを思い出す。

369 :( ^ν^)最後の一口のようです :2015/07/25(土) 17:18:03 ID:pzhYJzh20

 全ての揚げに酢飯を詰め終え、祖父が皿を軽く押す。
 その場に立ったまま、いただきますと言って俺と弟は皿へ手を伸ばした。
 いつもなら行儀が悪いと叱る祖父も、今は黙っている。


 一口噛むと、煮汁が溢れて舌先に溜まった。
 冷えて少し硬くなった酢飯が、煮汁と絡んでほぐれていく。

 手を洗いながら、祖父はこちらへ顔だけ向けてきた。

( ´∀`)「そうモナね、いつも用意してた。
       ニュッが『美味しい』って言ってくれたのが、すごく嬉しかったんだろうね」

( ^ν^)「……」

 口が止まる。

 目が、舌が、鼻が、いっそ暴力的なまでの懐かしさに晒されて、記憶が掘り返されていく。
 嚥下し、息をついた途端、あることを思い出した。



*****

370 :( ^ν^)最後の一口のようです :2015/07/25(土) 17:19:46 ID:pzhYJzh20


|゚ノ ^∀^)『これなら、お勉強の間にも食べられるかねえ』

 いなり寿司が一つ、おにぎりが一つ。
 差し出された皿を受け取り、初めにおにぎりを食べた。
 軽くほぐされた鮭の身と塩気の強い米の組み合わせは、とても食べやすかった。

 次にいなり寿司をかじってみる。
 そちらもまた美味く、勉強を忘れてあっという間に食べ終えてしまった。


 にこにこと俺を眺めていた祖母が、皿を回収しながら問い掛ける。

|゚ノ ^∀^)『美味しかったかい?』

( ^ν^)"『……』

 俺が頷くと、祖母の笑みが深まった。
 くしゃくしゃの笑顔で、そうかい、美味しかったかい、と
 嬉しそうに言いながら俺の頭を撫でて、部屋を後にした。



 あの日から、祖母はおにぎりといなり寿司を差し入れるようになったのだ。



*****

371 :( ^ν^)最後の一口のようです :2015/07/25(土) 17:20:41 ID:pzhYJzh20


 俺が祖母の料理に対して「美味い」と言ったのは、あれ一回きりだ。

 いや、言葉にしてすらいない。頷いただけで。
 あれ以降も、素直に感想を言った記憶はない。

 祖母はどれだけ嬉しかったのだろう。
 自分の料理を碌に食べなかった孫が、美味いと意思表示したことが。どんなに。


 今日、どんな気持ちで準備していたのだろうか。
 大人になった俺が、昔よりも素直に褒めてくれるのを期待する気持ちもあったのではないか。
 俺に食べさせたくて、俺を喜ばせたくて、弱った体で一生懸命。

372 :( ^ν^)最後の一口のようです :2015/07/25(土) 17:22:22 ID:pzhYJzh20


 祖父が冷蔵庫を開けて、タッパーを取り出した。
 蓋を外し、箸と一緒に俺達の前に置く。
 きゅうりの酢の物。

 いなり寿司を一つ食べ終えてから、酢の物を口に運ぶ。
 煮汁の甘みが濃く残る口内を、酢の物の風味ときゅうりのしゃきしゃき感がさっぱりさせてくれた。
 そうすると再びいなり寿司が食べたくなって、そちらへ手を伸ばす。

( ;ω;)「美味しいお……祖母ちゃんの料理、美味しいお。大好きだお……」

 弟が声を漏らす。祖父が目頭を押さえ、俯いた。

( ^ν^)「……ああ。美味いな」

 咀嚼しながら、小さく頷く。

 ──本当に、美味い。

373 :( ^ν^)最後の一口のようです :2015/07/25(土) 17:23:18 ID:pzhYJzh20

 子供と大人で、味覚が変わるとショボンが言っていた。
 昔嫌いだったものが今は好きになれたとモララーが言っていた。

 現に、あれだけ苦手だったきゅうりの酢の物が、今はこんなに美味い。


 他の料理も食べたい。祖母の作った料理を食べたい。
 里芋の煮っころがし、ふろふき大根、卯の花、ほうれん草のゴマ和え、南蛮漬け。
 いま食べれば、きっと、昔とは違う感想を抱けるだろう。

 でも、もう作ってくれる祖母はいない。

374 :( ^ν^)最後の一口のようです :2015/07/25(土) 17:25:56 ID:pzhYJzh20

 祖母ちゃんの料理は美味いんだって、言いたいのに。
 聞かせたいのに。
 聞かせられない。

 もっと言えば良かった。
 おにぎりやいなり寿司を食べたときに、美味かったって、ありがとうって、一言だけでも言えば良かった。


 どうしよう。あれだけ苦手だと思っていた料理の味を思い出せない。
 どこが苦手だったのか思い出せない。
 7年も食べていなかったから。

 本当はどれほど美味しいものだったのかが、分からない。

375 :( ^ν^)最後の一口のようです :2015/07/25(土) 17:26:49 ID:pzhYJzh20

 もっと、食べれば良かった。
 食べたかった。

 でも、もう、今このテーブルの上にある物で、最後なのだ。

 いなり寿司も、おにぎりも、酢の物も、他の料理も。

 祖母が作ったものは、二度と食べられないのだ。

376 :( ^ν^)最後の一口のようです :2015/07/25(土) 17:27:32 ID:pzhYJzh20





 俺は最後の一口を収め、嗚咽と共に飲み込んだ。





終わり







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