ξ゚⊿゚)ξ果ての庭園に咲くようです

88 :ξ゚⊿゚)ξ果ての庭園に咲くようです :2013/09/28(土) 16:52:29 ID:9gmHbfSo0
 私はある画集を探そうと思う。
 その進捗の記録として、この日記をつけていくことを決めた。

 記憶の中でその画集は絵本であるため、こうして『画集』と呼ぶには些か抵抗があるのだがいかんせん文字も脈略もない。
 また、それはどうやら私家版らしく、確認出来た限り60部ほどしか出回っていないらしい。
 加えて作者不明なのだ。
 無名の芸術家が一作だけ描いたものか、はたまた既に名の売れた芸術家が気まぐれに描いたものなのかもわからない。

 私は幼いころ祖母の机に置いてあったそれを好奇心から手に取った。
 魅了された。
 今まで与えられたどの絵本よりも、一頁が重く感じられた。

 漆黒の表紙、裏表紙。
 普通の絵本と変わり無い見目に相反する、ずっしりとした重み。
 作品名は『果ての庭園に咲く』。

 そして、画集を開いて左側、ちょうど表紙の裏に当たる場所。
 そこに金糸で文字が縫い付けてあるのだ。

 【Drag in】

 直訳は『引き摺り込む』。
 その意味を理解できるようになって、ああ、成る程と思った。
 私は要するに、引き摺り込まれたのだ。

 彼、あるいは彼女の世界へ。

89 :ξ゚⊿゚)ξ果ての庭園に咲くようです :2013/09/28(土) 16:53:45 ID:9gmHbfSo0
ξ゚⊿゚)ξ「……ここは」

何もない。瞳には、闇しか映らない。視界明瞭な真っ暗闇とでも言おうか。暗がりを絵筆に乗せて塗りたくったような、意味のわからない空間。

ξ゚⊿゚)ξ「まあ扉も見当たんないし、歩き回るしかないんだけど。……っと、あれ」

目的もなく足を動かせば、唐突に現れた赤。天井もないのに、上から真っ直ぐに降りてきている。紐かと思ったが、それにしては太いような。

ξ゚⊿゚)ξ「これ、茎だわ」

近寄って観察すると、どうやら植物のようだった。なんとなく触れるのは躊躇われたので、見上げてみる。六枚花弁の垂れ下がるような赤い花冠が目に入った。
ああ、何処かで自生しているのを見たことがある。記憶の中のそれとは随分大きさが違うけれど。

ξ゚⊿゚)ξ「カサブランカかしらね。いや、でも」

拭いきれない違和感。目を凝らすとおかしなことに気が付いた。花弁が、繋がっていないのだ。一枚一枚が暗闇からぬっと浮き出ている。よくよく見ればそれぞれの質感も微妙に異なっているようだ。一度落ちた花びらを集めて無理矢理くっつけたかのよう。それは、フランケンシュタインを彷彿とさせた。腐り果てた死体の辛うじて綺麗な部分を切り取り持ちより繋ぎ合わせてはい出来上がり。

ξ-⊿-)ξ「悪趣味が過ぎるわね」

自分で想像したこととはいえ、あまりの禍々しさに吐き気を覚えた。さっさとここを立ち去ってしまおう。そう思って背を向けようとした瞬間。

ξ;゚⊿゚)ξ「――ッ」

ぐちり。不吉な音がした。六枚花弁の内の一枚が、闇からもぎ取れたのだ。床に叩き付けられたそれは、さらに細かな花弁に崩れて舞い上がる。強烈な鉄の臭いが身を包んだ。駆け出していた。上がっていく息、乱れる呼吸。舞い上がる死んだ花弁――拒絶反応――無理矢理につぎはぎした死体が腐り果てるさま。違和感の、本当の正体。

ξ;゚⊿゚)ξ「カサブランカ!あの、高貴な花のっ別名は――」

  ・・
――純白の女王。
走り去った床の上でダンスでもするように、赤い花弁が舞い降りていた。

90 :ξ゚⊿゚)ξ果ての庭園に咲くようです :2013/09/28(土) 16:54:15 ID:9gmHbfSo0
どれぐらい走っただろうか。鉄の、あの血溜まりに突き落とされたかのような濃臭は、嘘のように消え失せていた。その代わりなのだろうか。

ξ;-⊿-)ξ「あー…目がチカチカする」

目の前には極彩色の花や葉が溢れていた。例えば、それはもう可憐な空色のセイヨウタンポポ。はたまた闇から唐突に垂れ下がり、豪快に咲き誇るトルコキキョウ。それらと距離をおいて群生しているカーネーションはやけに肉厚で――というよりもあれはもはや生肉の塊なのでは――深く考えないことにした。足元でぴちゃりと音がしたかと思えば、闇の中でハスがゆうらりと浮かんでいる。葉が透けるような桃色で、花が緑をどろどろに煮詰めたような色であるためだろう、非常におぞましい眺めになっていたがそんなことよりも。

ξ;゚-゚)ξ「……ああもう、なんなのよ本当」

それらのどれにも見覚えがあることが、ずっと恐怖を煽った。昔から――多少のくせはあるのだが――物覚えが良く、記憶力には自信があった。記憶にあるのだ、この『場面』は。いや、待て、何かがおかしい。どうしてこんな存在しようもないものが記憶にある――?違う、そこじゃない。もっと根本的でシンプルだ。

ξ;---)ξ「どうして私はここにいる……?」

ここはどこだ。夢の中?それにしては感覚がリアルすぎる。鼻先で甘い芳香が香った。無意識の内に足が動いていた。ふらふらと覚束ない足取り。自分のものとは思えない。何かに足を取られた。蔓だ。

体に力が入らず、そのまま前のめりに倒れごろりと転がる。甘い香りはむせ返るほどに濃くなっていた。吐き気がする。

ξ; ⊿)ξ(やばい)

薄く目を開けると、吊り下げ灯火のような花が、いくつも。エンゼル・トランペットだろうか。一つ一つが私の体よりずっと大きく、身の毛がよだつような竜胆色をしていたとしてもそう呼べるのならば。

逃げなければ。

心臓が大きく跳ねた。逃げろ、逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ。頭がくらくらする。
目を開けているのが精一杯。直感だった。同時に確信でもあった。あれは、エンゼル・トランペットモドキは〝獲物〟へ狙いを定めている。体へ力を込めようとするが、感覚がない。既に手足はいくつもの蔓に絡め取られていた。

ξ; ⊿)ξ「……!」

ぐばりと口を開けた。ちょうど私の、真上の。
凶悪に広がった花は私の体をすっぽりと覆い――勢いよく閉じた。

91 :ξ゚⊿゚)ξ果ての庭園に咲くようです :2013/09/28(土) 16:54:49 ID:9gmHbfSo0
ξ;゚⊿゚)ξ「     !」

声にならない叫びをあげて、私は、気が付いた。自分の部屋だった。何か夢を見ていた気がする。それも、あまり思い出したくない類いの。頭が混乱している。何をしていたのかも思い出せない。自然と、開かれたままの日記へ目がいった。

――悲願はあまりにも呆気なく叶った。

一文目。不吉な予感に胸が波打つ。視線を先へ滑らしていく。


 この日記にペンを走らせるのも、今日で最後になるだろう。私はバイト先の古本屋で見付けてしまったのだ。幼い頃、祖母に内緒で手に取ったあの画集を。
 『果ての庭園に咲く』を。
 祖母が亡くなったとき、私はよく懐いていたからだろう、祖父はなんでも好きなものを持っていっていいと言ってくれた。そのときに、ふっと思い出したのだ。『庭園』の存在を。
 あの絵本は、と無意識の内に口を出ていた。祖父は一瞬目を見開くと、ゆっくり首を振った。燃やしてしまったよ、と。探し始めたきっかけはそれだった。
 人間、今まであると思っていたものが手元に無いとわかると血眼になって探すものだ。


話が逸れている。余程興奮していたのだろう、これを書いているときの、私は。
そして時間をおいたからだろうか。今はその反対に、読めば読むほどすうっと冷たくなっていく感覚が強い。
祖父母との思い出が書き出してある行をいくつか飛ばす。


 そうだ、これも書いておこう。画集を絵本として記憶していた理由がわかったのだ。私はものを覚えようとするとき、自分がそれを体験したかのように場面を空想する癖がある。本は特にそれが顕著だ。自分が主人公になったかのように、描かれていない場面さえ空想し、記憶していた。
 『庭園』は闇の中に異形の花々が咲き誇るさまが描かれた画集だった。それは幼い私にはあまりに衝撃的な画だったはずだ。隅々まではっきりと覚えているのは、否応なしに目に焼き付いてしまったからだろう。
 しかし、絵本として記憶していた理由は別のところにあった。それは十数年ぶりに開いた画集の、最後の画。そこまで植物のみであった『庭園』に、唯一人間が描かれていたのだ。


数行の空白。こまで読めば、私も思い出していた。
自分がどのような結論を出したのか。

92 :ξ゚⊿゚)ξ果ての庭園に咲くようです :2013/09/28(土) 16:55:22 ID:9gmHbfSo0
 喰われていたのだ。

 一人の少女の手足を幾つもの蔓で絡め取り、竜胆色の花は貪るようにして、喰っていた。 漆黒に浮かぶ赤と青のコントラストが残酷にも美しく、どこか幻想的で、何よりも強烈な印象を残したはずだ。だからこそ、幼い私は一瞬で物語を組み上げたのだろう。
 闇に迷い込み、異形の植物を目にする少女のストーリーを。最期に喰われる結末を見通して。
       ・・・・・
 それを自分に当てはめて。


ξ-⊿-)ξ「我ながら、とんだ悪癖持ちだわ」

額に片手を当て、天井を見上げた。背もたれがぎぃと音をたてる。日記はそこで終わっていた。まだ書きかけだったのか、はたまた片付けるのが面倒だったのかは忘れてしまったが、机上にペンが転がっている。
夢の内容を思い出していた。喰われたから――結末を迎えたから、目が覚めたのだ。こんな日記を書いてから寝たのだから、妙に夢がリアルだったのもうなずける。

加えて、机の端。
どっしりとした存在感で鎮座する画集『果ての庭園に咲く』。私は日記を書く前にそれを見返していたのだ。

ξ-⊿-)ξ「……水、飲も」

今一度それを開く気にはとてもなれず、伸びをして、立ち上がる。

はらり。

視界の端で何かが舞った。
ぎょっとして振り返り、足元を見る。


視線の先には。
一枚の、赤い花弁――。


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