久留里線

89 :名も無きAAのようです :2015/07/05(日) 09:50:59 ID:0UkPAFHM0

この滝の様に駆け落ちる水流は、いや、それはもはや滝そのものであったが、やがて下流の川へと合流し、先の湖へと行き着くのだろう。

小さくも悠然と構える亀山ダムは、梅雨前の今もなお、多くの人々の水を湛えている。

何時に無く燃え盛る夕空は、堅固な衛兵を褒め讃える篝火に見えた。

ここは千葉。
房総半島の奥座敷。
山々に抱えられたるは、県下随一の大きさを誇る亀山湖。

上総亀山に停まる列車は、夕日に赤く照らされていた。

90 :名も無きAAのようです :2015/07/05(日) 09:51:57 ID:0UkPAFHM0

5.久留里線

91 :名も無きAAのようです :2015/07/05(日) 09:53:05 ID:0UkPAFHM0

('A`)「きさらづぅ~…キャッツ!」

たった一人の号令は虚しく心に響く。
更には続いて腹にも響く。

('A`)「鳴くは猫より腹の虫…」

木更津に着いた後、乗り換え時間までまだ時間があったので、改札を出て地元のお店などを探すのだけれど、めぼしいお店はさっぱり見付からない。

('A`)「そりゃ、拘り捨てればチェーン店とかは幾つかあるけどさ…」

折角、湾の向こう側まで来たのだから。
ここでしか食べられない物を求めるのが、旅人の性である。

しかし。
東口から西口へと移り、目の前に建つAQUA木更津なるデパートへ入って行っても、待っていたのは閑古鳥の声。
さすがに西海岸まで出られれば、何かしらの収穫はあるのだろうけど、列車は待ってくれない。

枯れ気味の腹から空気が漏れる。

('A`)「行く先に飯処がありゃいいけど…」

92 :名も無きAAのようです :2015/07/05(日) 09:53:47 ID:0UkPAFHM0

高楊枝とはお世辞にも言えないが、それでもローカル線の愉しさで、少しは空腹も紛れた。

久留里線。
内房線から千葉県中心部へと延びる非電化路線。
当初は小湊鉄道・いすみ鉄道と並行するように、外房線へと繋がる案もあった様だが、閑散路線の宿命哉、路線は上総亀山で途切れている。

遠くに見える村の屋根、田や畑はあっと言う間に過ぎ行くけれど、その風景が激変する事はなく。

('A`)「のどかよのぉ」

緑の海に浮かぶ列車、ガタンゴトンと波の音、軽快な船旅は、けれども小櫃で一旦停まる。

93 :名も無きAAのようです :2015/07/05(日) 09:55:20 ID:0UkPAFHM0

小櫃。読みはおびつ。
久留里線に付いて回る様に延びる川の名前でもある。

車内放送曰く、乗客がホーム上で転倒したため救護活動を行っているとの事だった。

('A`)「…?」

違和感を覚えたのはそれから5分後。
未だ動き出さない久留里線であったが、異音発生とか信号トラブルならまだしも、転倒の救護にここまで時間が掛かるものだろうか。

わざわざホームに移動して見るほどの野次馬根性は無かったが、隣の車両の雰囲気から見るに、そんなに大きな事故でも無さそうだった。

また数分経ち、救急車のサイレンが遠くから聞こえて来た所で、ようやく、なるほどと納得した。

('A`)「ああ、久留里線は無人駅ばっかだったな、そういや」

動けない怪我人を誰もいないホームに放置するわけにも行くまい。
救急車に怪我人を受け渡したのだろう。近くに停まったサイレンの主は、その音をやや捻じ曲げながらまた去って行った。

94 :名も無きAAのようです :2015/07/05(日) 09:56:37 ID:0UkPAFHM0

ようやく小櫃駅を発とうとする列車の中で、怪我人の安否を心配していた私であったが、もう一つ懸念事項が増える。

('A`)「…あれ?終電やばくね?」

さて、驚く事なかれ。
この久留里線、実は終点から木更津方面へ向かう便が日に10本しかない(土日・休日)。
最も長い間隔で、朝の8時の電車を逃せば、次は14時まで1本も走らない。

つまり、この10数分の遅延が、後々に響きかねないのだ。

(;'A`)「大丈夫だとは思うが、久留里駅で待ち合わせあるよな…?」

時計を見れば、既に久留里駅で終点に乗り換えるはずの時刻。
この便を乗りそこねてしまうと、それこそ終電で帰らざるを得なくなり、終点での観光の時間など残されなくなってしまう。

…などと焦燥していたが、これだけ間隔の開く路線だ。待ち合わせしないはずはなく。

('A`)「なんにせよ無事に済んで良かったわ」

旅は久留里駅から終点へと近付いて行く。

95 :名も無きAAのようです :2015/07/05(日) 09:58:15 ID:0UkPAFHM0

駅に着くやいなや、おばあちゃんは平然と線路を乗り越えていく。
停車先数メートルの線路上では、若者がシャッターをパシャリ。
ああ、何か、田舎に来たのだなぁと、そんな事でふと思う。
踏切以外で線路を跨ぐなど久し振りだ。

上総亀山駅。読みは、かずさかめやま。ワンマン運転の終点駅。
駅に改札と呼べる物はなく、一応駅名が掲げられた小屋はあれど、通らずとも近くの道や家へは通じている。

('A`)「さて、少々足早に回るか」

次の便まで時間はあれど、遅延もあって予定より少し短くなっている。
そして何より。

('A`)「街灯が無いのが恐怖でしかない」

日は傾き、山際に差し掛かる頃。
土地勘の無い夜の田舎道なぞは、夜の山の次に恐ろしい物だ。

96 :名も無きAAのようです :2015/07/05(日) 09:59:00 ID:0UkPAFHM0

アスファルト道をてこてこと歩く。地元の方と思しきおじさんに会釈をしつつ、数分歩いた先に見えたのが、ここ上総亀山の名所。

('A`)「亀山湖!」

歪に広がる真っ平らな湖は、周りの木々を美しく映し出している。
川のようにうねりながら形作られている湖は、しかし水の流れの影も見せない。
まるで氷の様に佇んでいた。

その中腹に掛かるは2本の橋。
今立つのは白地の手摺のある桁橋。向こう側には赤いアーチ式の橋が見える。

もちろん両方渡ろうと思い、大きくアルファベットのUを描くように周り込むと、大型車通行禁止の看板。
近づくとわかるが、この橋、名を川俣大橋というらしいが、かなり年季がいっているらしく、赤い柱は所々色褪せていた。

橋には緑の防護ネットが設置されていたが、おいおい、まさかアーチが落ちてくるんじゃあるまいな。

97 :名も無きAAのようです :2015/07/05(日) 10:00:47 ID:0UkPAFHM0

('A`)「まあ特に事故もなく辿り着きましたがね」

川俣大橋を渡り、順路と思われる道筋に沿って歩いて行く。
途中亀山ダムを流し目で通り過ぎ(やはり高いのは怖い)、勇気と時間が足りず諦めた、道の外れにぽつんと、本当にぽつんと建つ居酒屋を通り過ぎ、先ほどから気になっていた場所へと足を進める。

それは、駅を出てからずっと、矢印の付いた看板で主張誘導してきた、とある物。

('A`)「こりゃあまた…なんつーか、これも風情と言っていいのか…?」

古びた建物の渡り廊下の下を潜るとそこには行ける。

“足湯入口”

窶れたアスファルトには消えかかった“プール”という赤文字、側には使われてるのかどうかさえわからない物置部屋と、無造作に並べられた木材。
そんな中、足湯の看板だけが異様に新しく飾られていた。

98 :名も無きAAのようです :2015/07/05(日) 10:02:34 ID:0UkPAFHM0

さて、中も中であった。

('A`)「本当にここで合ってるんかいな…」

と、不安に思うのもしょうが無いと言える。
野ざらしにひかれた人工芝に、古びた白テーブルと2つのベンチ。
そこに、まるで生簀の様な風貌をしたそれは、見た目からして只の澱んだ池だった。

しかし、近くの壁には亀山温泉の文字。
これが足湯なのだろう。多分。

('A`)「疑って掛かってもしゃーない!入るか!」

靴を脱ぎ、靴下を脱ぎ、あれ、そういやタオルが無いがどうしようと思いつつも、後で考えようと割り切る。

いざ、秘境、亀山の足湯へ!

('A`)「………これは!」

足から伝わる感覚。
それは、私の身を震わせた。
そう。水面に触れただけでわかった。
この温泉は、なるほどどうして。

(゚A゚)「冷てーじゃねーか!」

なんとびっくり冷泉だった。

99 :名も無きAAのようです :2015/07/05(日) 10:03:46 ID:0UkPAFHM0

そこからの帰り道は言うまでもない。
腹をすかせながらがっくりと肩を落とす哀れな人間が、ただ目を落として歩くだけであった。

今思えば、きっと稼働時間外だったのだろうと思考も働くが、その時の失念具合と言ったらなかった。

言ってみれば足を水に濡らして帰ってきただけなのだから。

(;A;)「ついてねぇ…コンビニすらないしよぅ…」

だが、上を向いて歩こう、と言う曲もある。
何だか色合いが変わってきたと思って空を見遣ると、そこに映るのは。

(;'A`)「うおっ…!」

夕焼。

それも、素晴らしいほど朱く。
熱が伝わってくる程、燃え盛っていた。

100 :名も無きAAのようです :2015/07/05(日) 10:05:09 ID:0UkPAFHM0

列車に戻る頃、すっかり私の胸は満たされていた。
あれだけ克明な夕焼けを、これだけ空の広い場所で見れたのだから。

帰り際、湖に映る絶景を見下ろしてから、また私は久留里線へと揺られる。

…と、いつもならここで終わりへと向かうところだが、今回はもう1つ。

('A`)「胸は満ちたが腹がなぁ」

結局木更津から食わず仕舞いで、もはや空腹は限界だった。

('A`)「帰り1本遅らせて店探すかぁ」

上総亀山発の電車はかなりタイトな本数だが、久留里駅から先は大分それも緩和される。
という事で、ざっとネットを見回して、まだ営業時間内の店がある馬来田(まくた)駅で降りる事にした。

そして、それを後悔したのは、馬来田に着いてから数分経った後だった。

101 :名も無きAAのようです :2015/07/05(日) 10:07:37 ID:0UkPAFHM0

あぁ、兄ちゃん、もうここ閉めたってよ。
店内には出来上がったおっちゃん4人がわいわいと話しており、その内の一人が私に気付き、声を掛けてくれた。

わかってた、わかってたさ。
暖簾が店内にあったからそんな予感はしていたんだ。
一縷の希望に賭けて一応店主に聞いてみたが、結果は変わらなかった。

('A`)

ピシャリと戸を閉め立ち荒む。

('A`)「ネットには…9時閉店って書いてあったんだ…」

現在8時を回った頃。
次の電車は1時間以上先。
そんな時間を、虫が集っていた駅前で待つ気など起きないので、店を探す旅に出た。

が。

暗い。人が居ない。ひたすら怖い道のりだった。

街灯にはあと何メートル歩けば付くのやら。
一寸先は闇をリアルに体験する日が来ようとは。
携帯のライトだけが頼りだった。

(;A;)「もうヤダ…ヤダよぅ…」

カエルの鳴き声があるだけまだ助かった。それ以外の音が殆ど聞こえないからだ。

店も見えない。そもそも光がない。既に元気もない。
もはやこれまで。早く駅に戻ろう。そして無事に帰るんだ。

心身共に参ってる時に見えた看板。
書いてある名前は、“キャラバン”。副題の様に付けられていたのは、“心のオアシス”。
まさに、その通りの名前だった。

102 :名も無きAAのようです :2015/07/05(日) 10:08:41 ID:0UkPAFHM0

いわゆるスナックの様なお店だろうか。店外にはカラオケの機種のノボリも立ててあった。
こういう所には入った事が無かったので、相当迷った末、入る事にした。

いらっしゃい、カウンターでご飯中のおばちゃんから声を掛けられる。
カウンター内ではもう1人のおばちゃんがせっせとご飯を整えている。

ご一緒よね、そう言われて座敷席に案内されるが、いやいや、独りです、そう応える。
あら1人?ならカウンターね、と促されるままカウンター席へ腰掛ける。

その時の私は相当に挙動不審であっただろう。

何にする?と言われても、酒など飲めてもよくわからない。
何があるのかと聞き返し、取り敢えずそれなりに飲めそうな名前の“鏡月”を頼む。
割る?と言われても、はいお願いします。瓶じゃ無くてグラスでいい?と言われても、はいお願いします。

グラスが用意される頃には既に入った事を後悔していた。完全に余所者であった。
まあ、その通りなのだけれど。

救われたのは、カウンター席のおばちゃんから雑談が飛んできた時だ。

103 :名も無きAAのようです :2015/07/05(日) 10:09:46 ID:0UkPAFHM0

J( 'ー`)し「にーさん、こちらの人?」

('A`)「ああ、いえ、余所者です」

J( 'ー`)し「あら、どこから?」

('A`)「今日は池袋から」

J( 'ー`)し「こんなとこまでよぉ来たね(笑)」

('A`)「亀山まで行こうかな~とふらりと」

J( 'ー`)し「1人で?」

('A`)「可愛い女の子でもいれば良いんですけどね~」

J( 'ー`)し「アッハッハ!にーさんかっこいいからいるでしょ~」

('A`)「それがさっぱり(笑)」

川 ゚ -゚)ノ「あいよー、ししゃもと枝豆、そんで焼きそばねー!」

('A`)「ども!いただきます」

J( 'ー`)し「どぉぞ、頂いちゃって」

内心、凄く救われた。
ああ、ようやくと癒える時が訪れたのだなと思った。

104 :名も無きAAのようです :2015/07/05(日) 10:11:00 ID:0UkPAFHM0

そこからは、色々な話をして、色々な事をした。

それから少しして外から帰ってきた店のおっちゃんは千葉生まれ、カウンターのおばちゃんは道産子、料理のおばちゃんは横浜出身だったかな。
ここら辺は人も少ないから稼ぎも少ないのよと苦笑いしながら憂んでいたけど、それでも楽しくやってるわと言っていた。

カウンター脇に座る仲の良さそうな老夫婦は常連さん。旦那さんの方はいつも歌を歌うんだけれど、今日はいいそうだ。
奥さんは奥から優しい笑顔で話しかけてきてくれて、とても和まされた。

座敷には2組の家族。私の背向かいに座るのは6人組。
お父さんは気前が良さそうな坊主頭の元気な方、中学生くらいの女の子もいたのを覚えている。

もう1組は5人組。
お母さんはあゆみさんというらしい。今日は誕生日という事で、カラオケに合わせて店にいた皆でハッピーバースデーを歌った。
小学生入るか入らないかくらいの女の子が、頻りにケーキを気にしていた。

105 :名も無きAAのようです :2015/07/05(日) 10:14:16 ID:0UkPAFHM0

空腹にはたまらないししゃもと酒のコンビは、それはもう美味しかった。
塩気のある枝豆をついばみながら皆としゃべくり、よく炒められた焼きそばを食べ終わるころには、あっと言う間に1時間が過ぎていた。

去り際には、おばちゃんに歌をせがまれたので、宇宙戦艦ヤマトを一発披露して、場を沸かせた。
ああ、歌が得意でよかった。

後ろ髪引かれつつも、電車の時間になったので、寂しさを覚えながらも靴を履く。
店のおじさんには、今確変中だぞ、もったいないと。
おばちゃん両名には、またこっち来たら寄ってね、と言われた。
老夫婦の旦那さんからは、拍手をいただき、奥さんからは、素敵だったわぁ、と一声。

2組のファミリーに、最後お騒がせしました、と礼をした時には、坊主のお父さんから、にーちゃん、歌上手いねぇ、と。

店を出た時、外の暗さはもはや気にならなかった。

('A`)「こりゃあ、また来ないとな」

巡り合わせとは面白いもので、もし木更津でご飯を食べていたら、もし遅延が無ければ、もし足湯が冷たくなかったら、こんな経験は出来なかったのだろうと思う。

旅は道連れ世は情け。
悲しみはそして取って代わる。
幸せは、月のかげに。幸せは、星のかげに。

行き当たりばったりは、こういう所が面白い。
ほろ酔い気分で列車に乗って、今日も私はくるりと帰る。


5.久留里線 終
















106 :名も無きAAのようです :2015/07/05(日) 10:19:57 ID:0UkPAFHM0
5話目は以上になります。

地元の方と会話出来たのは本当に楽しかったです。
私は人見知りなので、なかなかこちらから声を掛けられませんが、それでもこの時は一人旅であることを忘れるくらい人と話せましたね。

怖い思いもしましたが、それも良い思い出です。