老ウィリアムの追憶

58 :老ウィリアムの追憶 :2013/09/27(金) 22:11:48 ID:hHnNdZ960
「ジェスター機が落ちるところなんて、誰も見てやしなかったんだ。」

目の前の老人――かつての撃墜王、ウィリアム・ウォレス――は、そう語った。
その時に受けた衝撃は、きっと、私の記者人生の中で、もっとも忘れがたいものの一つとなるだろう。

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リベラル系の新聞としてはこの国では名の知れた存在であるヘラルド・トリビューン紙の記者として、
かつての撃墜王ウィリアム・ウォレスにインタビューに行ったとき、
私はまだ入社したての、何の実績もない、若いだけの記者だった。

半世紀も前の戦争で活躍した人物なんだから、さぞかしソファの上の置物とでもいうべき状態になっているものと思っていたが、
ウィリアム老人は、老人と呼ぶのも憚られるほどに、足腰が丈夫で元気だった。
若い私のほうが不健康で、喧嘩をしたら負けるんじゃないかと思ったほどだ。

老ウィリアムは、私を暖炉のある部屋へと招きいれた。
暖炉はもう使われていない(火災予防法で使用が禁止された)が、ここは昔ながらのウォレス家の客間なのだろう。
私が勧められた椅子に座ると、老ウォレスはレコードに針を落とし、音楽を流しはじめた。
静かで優雅な旋律が、しんと冷えた客間に、ゆっくりと満ちていく。

( ´_ゝ`)「ジェスターの好きな音楽なんだ」

彼はそう言った。

( ・∀・)(ジェスター? …音楽家か何かか?)

私は音楽のことはわからない。だから老人の言葉の意味もわからない。とりあえず、愛想笑いで頷いた。

59 :老ウィリアムの追憶 :2013/09/27(金) 22:12:45 ID:hHnNdZ960
( ・∀・)「ウィリアムさん、先の世界大戦で英国王立空軍の撃墜王としてご活躍されたあなたに――」

と切り出した俺の質問に、素早く、的確、まるで昨日の出来事を語るかのように、
ウィリアム老人は威勢のいい下町なまりの兵隊言葉で、答えを返してくれた。

その答えを聞いて手帳にペンを走らせながら、私はひそかに、舌を巻いていた。

こんな老人、いままで見たことがない。
老人というものは、あの独特の匂いを撒き散らしながら、遠い昔の出来事の断片だけを語りつなぐものと相場は決まっているが、
このウィリアム老人だけは、そうした連中からは縁遠い存在だったと言っていいだろう。

ただ――

そう。ヘラルド紙の読者ならご存知だろうが、私は、この撃墜王ウィリアムの話を、記事にはしていない。
だから、この事実については、今はじめて語るのだが――

( ・∀・)「ウォレスさん、60機以上のドイツ軍機を撃墜したエースのあなたですが、その…撃墜王の秘訣って、なんだと思います?」

という私の問いに対する答えは、…最初は、沈黙。
やがて、

( ´_ゝ`)「これを聞いたら、あんた、きっと俺のことをきちがいだと思うだろうな。
それにお堅いヘラルド・トリビューンに乗せられる記事には到底ならねえぞ。それでも聞くか?」

私は身を乗り出した。

60 :老ウィリアムの追憶 :2013/09/27(金) 22:13:27 ID:hHnNdZ960

( ´_ゝ`)「ロンドン大空襲だった。あれは」

彼は話し始めた。はっきりとした言葉で、まるで昨日のことのように。

ドイツ野郎が700機もの戦闘機と爆撃機をイギリス上空まで飛ばしやがったから、
お返しにわがRAF(英国王立空軍)は350機の戦闘機でお出迎えしてやった。
史上最大の空中戦だったさ。

( ´_ゝ`)「俺たち二人はスコフィールド空軍基地から飛び立った。スピットファイアもハリケーンも、飛べる戦闘機は全部飛ばしたさ」

( ・∀・)「…excuse me? 俺たち二人、とは?」

( ´_ゝ`)「俺とジェスター。知らない? いつも二人チームでいっしょに飛んでた、弟のジェスター飛曹長だよ」

不勉強にも、私は知らなかった。彼には弟がいたのだ。
ウォレス家の兄ウィリアムと弟ジェスターは、同じスコフィールド空軍基地で、同じく戦闘機パイロットだったのだ。

61 :老ウィリアムの追憶 :2013/09/27(金) 22:14:31 ID:hHnNdZ960
( ´_ゝ`)「あそう。ジェスターを知らない。ふーん」

(;・∀・)「も、申し訳ありません。不勉強で」

( ´_ゝ`)「でも、我がイギリス軍の戦闘機には二種類の無線機が積んであった、てのは知ってるよな?」

( ・∀・)「司令部と通信するための長距離無線機と、部隊内通信のための短距離無線機ですね」

( ´_ゝ`)「そう。俺たち上空の戦闘機隊には、地上のレーダー基地から刻一刻と無線で指示が入る。これが長距離無線だ。
たしかRF-Q03なんとかって言う機械だったんだが、この機械は優秀なやつで、超長距離の通信でもほとんどノイズが入らない。
いっぽう、短距離無線のほうはひどかったな。雑音さ。バアちゃんちの真空管がむき出しのやつのほうが、まだマシな音だった」

( ´_ゝ`)「で、空が飛行機の爆音と、曳光弾のきらめきと、怒鳴り散らす司令部の長距離無線でいっぱいに満たされているような時に、だ。
俺は何機目のドイツ野郎のケツを追っかけてるのか、もうわかんなくなりかけてた頃にな、レシーバーから突然、飛び込んできたんだよ。
短距離無線だか長距離無線だかわかんねえ。ただ、声は間違いなくあいつのだった。ジェスターの声だったんだ。
『兄貴、危ない!!』ってな」
( ・∀・)「ほう…僚機の弟さんが、危機を知らせてくれたのですね」
( ´_ゝ`)「俺は、頭が言葉を理解する前に操縦桿を思い切り押し込んで、ダイブして逃げた。
間一髪で、風貌の真上を敵の曳光弾がかすめていったっけな」

老人は、そこでいったん、言葉を切った。

( ´_ゝ`)「おかしな話だが、…実際、ほんとうにそんな声を聞いたのかどうか、それはわかんねえんだ。
大体、軍隊では、あいつは俺のことを兄貴なんて呼ばなかった。あいつはただの下士官で、おれは国王陛下の立派な士官。
「ウォレス少尉」って呼ぶのが普通だな。
あの乱戦だし、それにその日、……。『ジェスター機が落ちるところなんて、誰も見てやしなかったんだ。』

( ・∀・)「……えっ。えっ!?」

( ´_ゝ`)「唯一はっきりしてるのは、あの日、弟のスピットファイア戦闘機は、スコフィールド空軍基地に帰ってこなかったってことだ」

62 :老ウィリアムの追憶 :2013/09/27(金) 22:15:45 ID:hHnNdZ960
( ´_ゝ`)「それからだな。俺がウィリアム・ザ・バックアイって呼ばれるようになったのは」

( ・∀・)「後ろに、目……」

バックアイ。そうつぶやいた私に、老撃墜王は、片目を閉じてみせた。
「わかるだろ?」って。

( ´_ゝ`)「それで俺は、あの戦争を生き延びた。ここでこうして、あんたに思い出話を語ってるってわけ」

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( ・∀・)「……」

私は結局、ウィリアムの記事を書かなかった。
どう書いていいのかわからなかったのだ。

私はあの話をどう理解すれば良いのだろう。

英国軍隊の伝統、17世紀から続く、よくありがちなホラ話?
それとも、真に実力ある撃墜王の、照れ隠しを含めた比喩の物語?
戦争神経症が治らない老兵の、失った過去の宝物を求める、自由な想像の産物?

それとも、……?

もしかしたら、私は、いまだにひとつ、あの質問をしなかったことを後悔しているのかもしれない。
最初に違和感を覚えた、あの老人の言葉。ひんやりとした客間で、バイオリンの旋律の中で。

『ジェスターが好きな音楽。』

好きな。過去形ではなく、現在形。


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