合理性

244 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/09(土) 20:33:30 ID:JyYbRCQc0
9.合理性

居酒屋の喧噪を烈火の如き怒声が劈いた。
声の主は四十代ぐらいの如何にも粗暴な男で、どうやら店員の態度が鼻持ちならなかったようだった。
隣で、同い年ぐらいの女性が細い煙草を吹かしながらぼんやりと成り行きを眺めている。

(-_-)「申し訳ございません」

(,,゚Д゚)「申し訳ねえと思うんだったら最初っからするんじゃねえよ、そうだろうが」

(-_-)「申し訳ございません」
 
出される品は全て三百八十円均一の、非常にリーズナブルな大衆居酒屋である。
店員の教育も客の質も値段相応だった。

男は周囲の冷ややかな視線をものともせず、なおも店員に詰め寄っていた。

245 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/09(土) 20:37:47 ID:JyYbRCQc0
僕はしばらくそれを眺めていたが、やがて飽きて目の前のジョッキを傾けた。
二杯目のハイボールだった。今日の推奨酒量は三杯まで、限度は五杯だったと記憶している。
 
独りで居酒屋に居座るのは、最初ずいぶん躊躇われたが、
今となっては何とも思わなくなってしまっていた。世の中は僕が思っているほど僕に関心を向けていない。

もちろん僕の聴覚の届かぬところで云々と陰口を叩かれている恐れはあるが、
気にしなければどうということはない。
僕は所詮、いちいち衆目を気にしなくても良い程度の凡夫に過ぎないのだから。

(´・_ゝ・`)「失礼します。こちら、ねぎまになります」
 
仏頂面の店員が僕の目の前に貧相な焼き鳥の寝かされた皿を置く。
僕が頼んだわけではなかった。それらは全て、予め決められていたものだ。
よく言えばコース料理だろうか。しかし悪く言えば……悪く言えば、何だろう。
 
中年男の怒りは未だに収まっていなかった。
僕はもう、今宵の夕食を諦めてとっとと帰宅したくてたまらなかった。

246 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/09(土) 20:39:28 ID:JyYbRCQc0


('、`*川「当社のサービスは三つの要素で構成されております」
 
真っ白い女が言った。僕が失業して三ヶ月目のことだった。
真っ白い女は僕の部屋に訪問し、奇妙なセールストークを展開し始めたのだった。

('、`*川「まず合理性、そして安全性、最後に安定性です。
     この三つを組み合わせることにより、私どもはお客様へ喜び、
     いえ、幸せをお届けしているのです」

真っ白い女の口調にはセールストークらしい抑揚は感じられたが、一切の感情が見出せなかった。

('、`*川「合理性について説明させていただきます。
     私どもは、『どうすれば人生を最も効率的に送ることが出来るか』について
     日々研究を重ねて参りました。

     例えばあなた様の現在のご年齢は二十八歳。
     単純に見積もって、残りの人生が五十年近く残されているのです。
     そうした場合に、あなたは自分だけの力で人生を最適に送ることができるでしょうか」

247 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/09(土) 20:42:10 ID:JyYbRCQc0
( ・∀・)「無理でしょうね」

僕の答えもまた、何の感慨もないものだった。

( ・∀・)「今だって躓いている最中ですし」

('、`*川「当社が提供するサービスの主たる目的は、お客様の最適な人生を補助することにあります。
 
     つまり、現在のあなた様を鑑みた上で、
     当社が独自に検証したビッグデータに基づいた
     『最適な人生』に針路を定めるお手伝いをさせていただきたいのです」

( ・∀・)「ははあ、つまり宗教の勧誘でしょう」

当時の僕は相当やさぐれていた。
だからセールスレディを暇をつぶすためだけにあしらって遊ぶことに何の罪悪感も覚えていなかった。

( ・∀・)「きっと素晴らしい神様なんでしょうね。その神様が仰るんでしょう。
      信心は死後必ず報われる、といった具合に」

248 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/09(土) 20:45:33 ID:JyYbRCQc0
('、`*川「いいえ、当社のサービスはお客様がお亡くなりになった後まで保証するものではありません」

真っ白い女はニコリともせずに言った。

('、`*川「では、二つ目の安全性をご説明させていただくと同時に、
     当社のサービスを具体的にご紹介させていただきます」
 
そう言って彼女は傍らのビジネスバッグからタブレット端末を取り出した。
そして何やら操作した後に表示された男の顔写真……
その男はどこか僕に似通っていた……を僕に示した。

('、`*川「現在当社と契約して下さっているこちらの方
     ……仮に佐藤様とお呼びいたします……を例に説明させていただきます。

     佐藤様は二十七歳の時にそれまで勤めていたIT関連企業を、
     体調不良を理由に退職されました。その後一年以上の空白期間を経てしまわれましたが、
     佐藤様は当社と契約していただくことによりすぐさま次の職業に就くことが出来ました」

250 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/09(土) 20:48:27 ID:JyYbRCQc0
真っ白い女はタブレットの画面をスライドさせた。
様々な企業のロゴがズラリと並べられている。
それらは、殆どが何処かしらで見覚えのある有名企業ばかりだった。

('、`*川「当社はこちらに表示されている企業様の他にも
     様々な業種の企業様と取り引きさせていただいております。

     佐藤様も、こちらに示される企業の子会社に事務員として就職されました。
     佐藤様の場合は体調の問題を勘案する必要がありましたので、
     当初は一日四時間、週五日の契約社員としての入社でした。

     しかし今では精神状態も回復し、フルタイムの正社員として勤務しておられます」

251 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/09(土) 20:52:04 ID:JyYbRCQc0
( ・∀・)「……どうも嘘くさい話だな。この不景気の世の中で、そう簡単に就職が決まるものかね」

('、`*川「もちろん、当社がお手伝いさせていただいた成果です。
 
     佐藤様はご自分で就職先を決定されたわけではありません。
     佐藤様本人の能力と、取り引きさせていただいている各企業の人材状況などを考慮した上で、
     当社が独断で佐藤様の就職先を指定させていただきました。

     また、佐藤様はご自分の意思で退職することは出来ません。
     就職に関する裁量は、あくまで当社が保有しております。
 
     こうすることで佐藤様は無闇に仕事を失う恐れがなくなり、
     また企業様にとっては急な人材の流出、不足を未然に防ぐことが出来るというわけです」

252 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/09(土) 20:54:39 ID:JyYbRCQc0
彼女の指が画面に触れる。
映されたのは、何やら複雑な数式とそれに関わるらしい幾つかの注記のようだ。

('、`*川「次に当社の収益源についてご説明させていただきます。
 
     通常の人材派遣会社は企業様から広告費という形で収入を得ておられるようですが
     当社は異なります。当社の収益源はあくまでも契約していただいているお客様です」

( ・∀・)「……どういうこと」

('、`*川「当社と契約したお客様が得た毎月の給与より一定額を……
     具体的な金額はお客様の年収を元に算出されます……当社に納めていただく形となります。
 
     要するに、手取りの金額に幾らかの料率を乗せ、
     その額を引かれた分が最終的にお客様の手元に入金されるというわけです」

253 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/09(土) 20:57:08 ID:JyYbRCQc0
僕は唖然として真っ白い女を見詰めた……彼女の表情は微塵も崩れていなかった。

( ・∀・)「まるっきり地主の了見じゃないか」

僕は私憤も義憤も関係なしに糾弾していた。

( ・∀・)「現代に小作人を持ち込むような方法が許されるわけがない」

('、`*川「いいえ。当社は何も前時代的な制度を取り入れているわけではありません。
     その根拠こそが、安全性を標榜していることにあるのです」
 
次に示された画面に映っていたのは病院やフィットネスクラブ、
飲食店といった各種サービスのイメージだった。

('、`*川「当社が企業様と取り引きさせていただいている内容は
     何も人材に関連するものだけではございません。

     各種医療機関や全国規模の飲食チェーンに至るまで、
     お客様の人生に必要なありとあらゆるサービスと契約を結ばせていただいております」

254 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/09(土) 21:01:19 ID:JyYbRCQc0
( ・∀・)「だから何だっていうんだ。
      お宅と契約していなきゃファストフードにも入店できない、というわけじゃあるまいに」
 
相変わらず笑みを浮かべぬ真っ白い女は鞄からスマートフォンを取り出し、僕の前に置いた。

それは何の変哲もないスマートフォンだった……
もっとも、必要となればあらゆる機能を内包出来るその情報端末に、
変哲もないという表現が的確かどうかは分からないが……。

('、`*川「これは、契約していただいたお客様に当社からお渡ししているスマートフォン端末です。

     もちろん通常の携帯電話と同様に扱うことが可能ですが、
     内蔵しているカレンダー機能には当社より週に一度、
     向こう七日間の予定を配信させていただいております」

255 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/09(土) 21:03:36 ID:JyYbRCQc0
その時初めて僕の背中に、凶兆を囁く冷や汗が垂れた。
遅すぎる示唆だったのかもしれない。或いは真っ白い女が一切の感情を示さない真の理由は、
彼女らのビジネスに隠された怖ろしさを包み隠すためだったのかもしれなかった。

('、`*川「予定にはその日に利用する電車の発着時刻や出勤、退勤時間、
     また帰路に立ち寄る飲食店や食料品店など全てが指定されております。

     お客様にはその予定通りに行動していただくことで、
     合理的且つ最も安全な生活を保証させていただいているのです」
 
更に彼女は胸元から一枚のカードを手に取った。

('、`*川「このカードはクレジットカードのようなもので、
     当社が契約している企業様での購入時にお使いいただけるものです。

     飲食店であれば入店時に、食料品店であれば精算時に
     こちらのカードを提示していただくことで、現金での支払いが不要となります」

256 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/09(土) 21:06:45 ID:JyYbRCQc0
そのカードは、大口契約の証左であるのかも知れなかった。
つまりカードの所持者に安定して品物を購入させることで、企業のコストを下げ、
その差額分を彼女らは利益にしているのではないか、と。

ただ、それが十分な収益を見込めるビジネスモデルであるのかどうかは、いまいち判然としない。
 
しかし、そんなことはどうでもよかった。真っ白い女の説明が示すのは何のことはない、
スマートフォンと一枚のカードが、形の変わった鎖と手錠であるという、ただそれだけだったのだ。

( ・∀・)「……なるほど、なるほど。確かに小作人という表現は誤りだったみたいだ。
      そんな言葉では生ぬるい。お宅らに何の利益があるのかは分からないが、
      その拘束方法は現代の奴隷じゃないか」

257 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/09(土) 21:09:32 ID:JyYbRCQc0
僕の声は震えていたように思う。

それは言葉にも表れてしまっているとおり、彼女らのビジネスの真意が見えなかったからだ。
考える限り膨大とも言える客を拘束する作業が、得られる利益に直結しているのか想像できない。
ビジネス以上の目的……例えば、歪んだ喜悦のような……に裏打ちされているような気さえするのだ。
 
僕の言葉に女は無言で指をスライドさせた。その時に僕が感じた絶望たるや表現のしようもない。

所詮僕の感情の推移など、
あらかじめ準備されていたプレゼンテーションの思惑通りなのかも知れなかった。

('、`*川「……拘束ではありません。合理化です。確かに我々もビジネスである以上、
     コストに見合うだけの収益を得られるモデルで運用させていただいております。
     それはビジネスである以上、明確に言い表すことは出来ません。

     しかし決してお客様を奴隷のような扱いをするものではない……それだけははっきりと言えます」

( ・∀・)「どこからともなく降ってくる予定に全ての行動が組み入れられているなんて、
      奴隷かマスゲーム以外に有り得ないじゃないか」

258 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/09(土) 21:12:50 ID:JyYbRCQc0
('、`*川「まず、当社の配信する予定は絶対ではございません。

     例えばお客様がご病気などされた場合、
     速やかに連絡していただければ即座に対応させていただきますし、
     最寄りの医療機関を紹介させていただきます。

     またアルコールやニコチンの摂取も可能です。
     安全性を保証させていただく以上多少の制限はさせていただきますが、
     それも依存症でない人が十分満足できる量を設定させていただきます。

     また定期的な健康診断などを通じて、
     お客様の健康管理のお手伝いもさせていただいております」

( ・∀・)「僕は煙草は吸わないがね」

('、`*川「では、その様に予定を設定致しましょう。
     通常、喫煙される方は自分の所持金の一定額を煙草のために費やしておられます。
     他方、喫煙されない方はその分の金額を他の嗜好品や貯蓄などに充てておられるでしょう。

     当社と契約されても同じことです。契約の際、お客様にはアンケートに答えていただきます。
     これはお客様の趣味嗜好に合わせたライフプランを提案するためのものです。
     アンケートは逐次行い、お客様のご希望に可能な限りお応えさせていただく所存です」

259 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/09(土) 21:17:37 ID:JyYbRCQc0
僕は黙り込んだ……そして次の一手を模索していた。
職を失っている僕にとって、彼女の提案する即時就職はひどく魅力的だった。
しかし、それ以外の要素があまりにも引っかかりすぎるのだ。

はっきりとは分からない、だが、巨大な問題を孕んでいるような気がしてならなかった。

('、`*川「とは言え、例えばこのような疑問が残るのではないでしょうか」

しかし、彼女は自ら手の内を暴露するという虚を衝く方法で僕の反論を封じたのだった。

('、`*川「その日の食事や病院の選定、そういった行為は自己責任、
     自由意思で容易に行えることなのではないか……と」

( ・∀・)「そう……その通りだ。お宅はどうも僕を餓鬼扱いしている節がある。

      確かに僕は不出来なせいで職を失ってしまっているかも知れないけどね、
      それでも今まで大病の一つも罹らずに生きてきたんだ。
      二度目の就職さえ済ませてしまえば、それ以上のお節介は……」

260 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/09(土) 21:20:23 ID:JyYbRCQc0
そう言いながら女の顔を見て、僕の言葉は途切れた。彼女の表情はさして変化していない。
しかし先ほどまで完全な無色だったその容貌に、ささやかな嘲りの色がさしたように思われたのだ。

それはある意味当然なのかも知れなかった。
僕は通販番組の三文芝居のごとく、相手の口車に乗った反論をぶつけてしまったのだから……。

('、`*川「それでは、安定性について説明させていただきます」

そういって真っ白い女はタブレットを操作した。
そこには先ほどの男……仮称、佐藤氏が自然体の笑みで映し出されていた。

261 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/09(土) 21:24:16 ID:JyYbRCQc0
('、`*川「当社はお客様の人生をトータルで保証させていただきます。

     例えばこんなことはございませんか。
     普通に考えれば……合理的に考えればAであるところを、
     敢えてBを選択し、失敗してしまったというようなご経験は……。

     そういった失敗は、時として将来に渡って大きな傷を残してしまいます。

     では、何故そういったことが起き得てしまうのでしょう。
     当社は、世の中で生きている人々全てが、
     個人経験だけで人生を乗り切れるわけではないからだ、と考えております。

     殆ど全ての選択肢において、
     大勢を占めるものを選び続ければ大きな失敗に遭遇することはございません。
     少なくとも、過大な責任を担うことにはならないでしょう。

     しかしそれでも外れ籤を引く人がおられます。
     何故か……それは、その人の個人的な経験値が十分ではなく、
     また正確かどうかすらも曖昧だからです」

262 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/09(土) 21:27:30 ID:JyYbRCQc0
( ・∀・)「ずいぶんと、沢山の人間を敵に回す物言いじゃないか」

('、`*川「いいえ、むしろ与しているのです。
     当社は民間の調査会社と連携して得たビッグデータに基づいてサービスを提供しております。
     それは少なくとも、個人の経験よりも客観的に見て遙かに正確であると言えるでしょう。

     また、データは随時更新され、決して時代に遅れないよう最善の努力を図っております。
     それにより、当社はお客様に安定したライフプランを提供できるのです」

( ・∀・)「どうだろうね。僕には流行の言葉で詐術を塗色しただけにも聞こえるが」

懺悔してしまえば、それは完全に負け惜しみの一言だった。
そもそもセールスレディである彼女に口上で勝てるはずもないのだ。
あまつさえ、生来口下手な僕なのだから。

上司や客の叱責に何も言えず、ただただ狼狽えていた嫌な過去がまざまざと蘇る……。

263 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/09(土) 21:30:28 ID:JyYbRCQc0
('、`*川「当社はサービス開始以来、極めて健全な経営状態を維持しております。
     また、それだけの実績も有しているということです。

     手前味噌は承知で申し上げますが、
     安定性という要素には当社の経営状態の安定も含まれているのです。

     何しろ、誰も自分の人生設計に嘘をつこうとはしませんから。
     当社が得るデータがジャンクになる可能性は極めて低いのです。

     そして、安定した経営状態こそ、
     お客様へのサービス提供のために最も大切な要因ではないかと考えているのです」
 
確かに、経営状態の悪化に伴って業態に大鉈を振るうような企業であれば、
客も安心して人生を委ねられないだろう。
何しろ自分の時間も、身銭も、全てを預けて合理的な人生とやらに向けて博打をうつのだから……。

264 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/09(土) 21:33:48 ID:JyYbRCQc0
('、`*川「最後に佐藤様の現況について補足させていただきます。

     当初は心療内科への通院を予定に組み込み、投薬やカウンセリングによる治療が必要でしたが
     現在では通院せず、心身ともに快復しておられます。

     佐藤様は余暇に絵を描くご趣味がございましたので、
     当社もそれを鑑みた自由時間の設定をさせていただきました」

( ・∀・)「自由時間?」

('、`*川「ええ。会社から帰宅された後や休日に、必要十分と思われる自由時間を設定しております。
     かかる費用の関係もあり、ある程度の制限はございますが、その間の行動はほぼ自由です。
     佐藤様の場合は自宅で絵を描く時間に割いておられたようです。

     もちろん、時には運動も必要と考え、
     こちらから多少予定を入れさせていただくこともございましたが。
     そういったライフプランの形成、実行により、佐藤様は当社のサービスに満足してくださいました。

     このように、当社のサービスはお客様の精神的安定にも寄与できるものと考えています」

265 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/09(土) 21:36:34 ID:JyYbRCQc0
真っ白い女の説明に、僕は殆ど聞き入ってしまっていた。
精神的な安定は僕の最も欲するところだ。いや、きっと誰でもそうだろう。
この人生を歩むにおいて最も自力で何ともし難いのが、精神に安寧を与えることなのだから。

僕はもう一度佐藤氏の笑顔を見た。
ややぎこちなかったが作り笑いには見えず、また芝居じみた風にも見えなかった。

('、`*川「如何でしょう」

気付くと、真っ白い女が僕を見詰めていた。やはり不気味な表情だった。

('、`*川「興味がございましたら後日詳細な資料を送付させていただきます。
     また、何か疑問点などありましたらお答え致しますが」
 
忘れかけていたが、彼女は僕を勧誘するために今まで弁舌を振るっていたのだ。
そして僕は決定しなければならない。
選択によっては、この人生で最後になるのかもしれない決定という行為……。

266 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/09(土) 21:39:25 ID:JyYbRCQc0
何故だか僕は追い詰められていた。真っ白い女の言い表せない気迫のせいでもあるだろう。
しかし何よりも僕を苛んでいるのは女の提案が今までの数ある営業の提案に比べても異質であり、
そして異質であるがために魅力的に思えてしまうことだった。

誰だって営業トークに乗せられることに危機感を覚えるだろう。
しかしそれが本当に得策だった場合に、どのような反応を返せばいいのか……。
今こそ女のいうビッグデータを活用したかった。

( ・∀・)「何というか……確かに面白い提案ではあると思うんだけどね」

僕はまるで、恋人に告白するような馬鹿げた慎重さで言葉を選んでいた。

( ・∀・)「しかしどうしても踏みとどまってしまうね。お宅の言うメリットが全て真実だったとしてもね」

267 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/09(土) 21:43:57 ID:JyYbRCQc0
('、`*川「例えば?」

( ・∀・)「例えば……そう、つまり一企業に自らの人生を捧げてしまうということだよ。
      それこそ唯一にして最大の躊躇いと言っても良いかもしれないな。

      今の僕は腹が減ればコンビニに行って適当なレトルト食品を購うし、
      ついでに酒に手を出したりもする。就職先にしてもごろ寝をしつつ
      インターネットで道草を食いながら探すことも出来るわけだ。

      でも、今後はそういうことでさえいちいちスマートフォンの予定を見て
      指示を待たないといけないわけだ。
      
      確かに、就職の提案や精神の安定というのは……興味深い謳い文句だと思う。
      けれどそのために、自分の人生を、時間を、
      金銭の全てを明け渡してしまうというのはどうだろう。

      そういうのは……何というか、人間らしさを損ねてしまうんじゃないだろうか」

268 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/09(土) 21:46:56 ID:JyYbRCQc0
そうやって否定的な思いを吐露していると、自己暗示のように拒否感が強まってくる。
このまま真っ白い女が何も反論しなければ、僕はあまり思い煩わずに断ることが出来るだろう。
そんな可能性が微塵も存在しないと知りながらも、期待せざるを得なかった……。

('、`*川「確かにもっともな意見だと思います。ですが、少し発想を転換していただきたいのです」

案の定、彼女はたじろぐ様子もなく即座に応じた。

('、`*川「例えば当社と契約することなくあなた様が就職したとします。
     その後に待ち受けている人生において、
     あなた様はあなた様の仰る人間らしさを保つことが出来るでしょうか。

     仕事にも、残業にも、時間は刻々と費やされてしまいます。
     また得られた収入もあらゆる物事に次々と削られてしまいます。
     それは当社と契約しようとしまいと同じことです。

     その上、あなた様はご自分の人生の損得に関わる無数の選択に悩まされることになるのです」

269 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/09(土) 21:50:13 ID:JyYbRCQc0
( ・∀・)「それは当たり前のことじゃないだろうか。だって誰だってそういう悩みを抱えているものだろう。
      それを面倒だということ自体、人間の尊厳というか……
      意義みたいなものを放棄しているような気がしてならないな」

('、`*川「けれども、出来れば失敗の少ない人生を送りたいとは思われませんか?」

( ・∀・)「それは」

('、`*川「当社のサービスにデメリットがないというわけではありません。
     例えば、仕事などで強い上昇志向を持つ方には不向きでしょう。

     当社の紹介する仕事においては、
     契約の都合上必要以上の昇進という制度は当てはめられません。
     与えられた作業を淡々とこなすことだけが求められます。

     それ故、他人と積極的に関わり合い、 
     それを元手に躍進を目指すような方にはお薦めできないのです」
 
つまり、僕はそういう人間には見えないということか、と詰ろうとしたがやめておいた。
それは紛う事ない事実であるし、今更揚げ足をとろうとすることに恥を覚えたからだ。

270 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/09(土) 21:54:17 ID:JyYbRCQc0
('、`*川「当社が保証する人生は、あくまでも合理的で且つ、出来る限り平坦な道を目指すものです。
     そのため、自由意思の力があれば更に上を目指せると思われるかも知れません。
     それは一面的に見れば確かなのですが、同時にそれ以上の失墜の危険性を孕んでいます。

     そのような人生は、一部の方を除いて求められていないのではないでしょうか」
 
競争社会に逆行するような発言だった。それが競争である以上、全員が勝者になる可能性は皆無だ。
更に言うならば、勝者になるために必要な条項は無数に存在し、
それを全てクリアしている人は驚くほど少ない。
 
そしておそらく、僕自身はその範疇に無いのだ。
二十代も後半になり、自らの人生を顧みれば分かる。
今の自分に勝算はないし、今からそれを得るために努力するだけの気力も見当たらない。

('、`*川「自由意思や無数の選択肢というものは、当社の考えに基づけば想像以上に厄介で、
     また大部分の人にとっては必要の無いものなのです。

     そのため、当社は個人の経験だけでなく、より大規模の経験値を活用することにより、
     選択肢を狭めるサービスを提供しております。

     それは、人によっては鎖につながれた奴隷であるように思われるかもしれません。
     しかし、当社はこのサービスが今の世の中に広く求められていると確信しております」

271 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/09(土) 21:59:13 ID:JyYbRCQc0
ふと、真っ白い女は何故顧客側では無く企業側にいるのだろうか、と思った。
とても上昇志向の強い人間には見えない。

どちらかと言えば機械のようにさえ感じられる彼女のような人間にこそ、
このサービスは適格なのではないだろうか。
 
……必要の無い疑問だった。
少なくとも、自分自身のことさえ上手に考えられない自分にとっては。

僕はいつの間にか、
そのサービスを受ける以外の選択肢を真っ白い女によって排除されてしまったような気がしていた。

272 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/09(土) 22:03:48 ID:JyYbRCQc0
そもそも彼女と対峙した時点で勝負はついていたのかもしれない。
今となっては、僕には彼女が当てずっぽうに訪問し、
長々とセールストークを扱っているようには到底思えなかった。

それこそ、何らかのデータにより、僕のような存在を正確に抽出しているような気がしてならない。
 
……多少の恐怖ではあるが、珍しい話では無い。
この情報社会においてはよくあることだ。

('、`*川「当社はあくまでもお客様の人生設計をお手伝いさせていただいております。
     当社が行う『拘束』は、社会生活上必然と考えられる制限と同様で、
     自由時間にしても同じことです。

     ただその自由に対し、出来る限りリスクを減らし、
     人生を上手く歩んでいただくためのトータルパッケージングサービスなのです……」

273 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/09(土) 22:06:37 ID:JyYbRCQc0


そして、女は名刺と簡単なチラシを置いて帰っていった。
一年ほど前のことだ。僕は翌日早速電話で資料を求め、
更にその三日後には契約の意思を固めてしまっていた。
 
資料には当然ながら、真っ白い女が述べなかった事実が仔細に記載されていた。

例えば違約金の存在である。
契約を破棄した場合、それがいつであっても少なからぬ違約金を支払わなければならない旨が
書かれていた……もっとも、今のところ僕には関係ないが。
 
また、住居や生活用品は、規定にあるものを使用しなければならなかった。それは実際にそうだった。

僕は仕事が決まった際に都市部のアパートへ引っ越すことになったが、
そこは僕が決めた住居では無い。また、あらかじめ家電なども備え付けられていた。
追加で製品を購入したい場合は、先に連絡しておく必要があった。
 
新規契約者キャンペーンというものも存在していた。

それによると、同じ契約者との間で行われる婚活パーティへの無料招待である。
むろん交際、結婚の段になっても契約は継続され、
子どもが産まれた際のライフプランも用意されているとのことだった。
 
しかし僕はキャンペーンには申し込まなかった。

理由は複数ある。そもそも婚活パーティというものに好感を抱けなかったのが最たる理由だ。
また、人生設計を自分で出来ない僕のような人間に妻や子どもを伴う資格があるのか、
不安に襲われてしまったということもあった。

274 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/09(土) 22:13:35 ID:JyYbRCQc0
その他は殆ど真っ白い女の言ったとおりだった。仕事は一週間後には決定した。
倉庫業を営む企業の事務職だった。ストレスが皆無というわけではなかったが、
出勤と退勤がしっかりと定められているため、精神的余裕を作る時間は十分にあった。

報酬は分相応か、やや低い程度だったが、求められる立場で無いことは分かっていたので
特段の不満も無かった。報酬の使い道は日用品や食料品、貯蓄などに細かく分けられている。

それに伴い、予定についてもビッシリと書き込まれていた。
しかし自由時間も睡眠時間も十分に確保できる、機能的な予定だった。

費用の悩みばかりは完全に取り去りきれないが、自由時間の使い道がオンラインゲームであり、
さほど金銭を使うものではないのが救いだった。

高級な趣味の持ち主ならばすぐに我慢できなくなってしまうに違いない。
契約を解除して、新たに収入の良い仕事に就けるというのが前提だが。
 
そして、時には今のように居酒屋で酒を傾けることができた。これは僕自身が求めたものだった。
自宅で酒を煽るのも悪くはないが、たまには喧噪に身を置いてみたかった。
……むろん、今宵のように嫌な思いをすることも少なくはなかったが。

275 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/09(土) 22:16:40 ID:JyYbRCQc0
(,,゚Д゚)「おい、店長出せよ。お前じゃ話にならねえんだよ」
 
……経験して初めて分かった事実も幾つかある。
まず一つに、人間関係が極端に希薄になるということだ。
前の職業では鬱陶しい人間ばかりだったものの、飲み会や何やで会話を交わす機会が多かった。

今の職業ではそういった関わり合いが全くといっていいほど存在しない。
そもそも退勤時間がことなることが多いからだ。

上司としても、契約がある以上僕を長く居座らせるわけにもいかず、
予定時間がくれば追い出すようにして帰してくれる。

僕にとってはありがたかったが、他の社員から疎まれているのも何とはなしに理解できた。
周りの社員は、僕のように契約をしているわけではないのだ。
 
だから必然的に飲み会にも呼ばれなかった。業務中に必要な会話を、必要な数だけこなすだけだった。
確かに、人と積極的に関わるタイプには耐えられない日々だろう。
逆に、精神の安定を壊してしまいかねない。

そのような事実を理解しているからこそ、婚活パーティのようなものが開かれているのかも知れなかった。
また、月に二、三度契約者同士で集まる機会も設けられてはいるが、僕は一度も顔を出したことがない。

仮に同じく契約している者として旧知の友が現れたらどうしよう……
そんな悲観的な空想をしてしまうからだ。

276 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/09(土) 22:19:51 ID:JyYbRCQc0
(,,゚Д゚)「なあ、店長よ、お前責任者だろうがよ。どういう教育してんだよ。
    なんで当たり前のことが出来ねえんだよ。客商売って分かってんのか」
 
真っ白い女にはあれ以来一度も会っていない。
電話をしてみてもそれらしき声に当たったことは無い。
しかし今でも脳裏には彼女の存在がはっきりと刻みつけられていて、時々夢に出てくるぐらいだ。
 
……ふと思うのは、仮にこの企業が倒産でもしてしまった時の対処である。
今となっては朝に起きてから夜に眠るまで全ての予定と選択がスマートフォンの画面に委ねられている。

そのために僕は毎日が非常に快適だ。
もちろん自由時間には好きなことも出来るし、洗脳されているような実感もない。
 
しかし、もしも来週から予定が降ってこなかったらどうなるのだろう……
僕は正常に生活できるのだろうか。
嘗てあらゆる物事に選択権を握っていたときに襲ってきた心的負担に立ち向かえるのだろうか。
 
選択権や自由意思の委譲は一種依存症的な効能があった。
それはまるで、日がな一日心地よい酔いが回っているかのような奇妙な浮遊感に包まれるのだ。

もしかしたら、僕はそのおかげで今の人生を平坦に、
上昇も下降もせずに漂っていられるのかもしれなかった。

277 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/09(土) 22:23:03 ID:JyYbRCQc0
その麻薬がある日突然切れてしまったら……。
僕は孤独に浸りながら突如として揺り戻った世界に対応しきれるのだろうか。
僕は、果たして、生きられるのだろうか。
 
……けれども、一切は束の間のアルコールが生み出した悲しい夢物語に過ぎなかった。
現実としてスマートフォンは毎週必ず予定を送ってきている。
それは、ある意味で神様よりも依拠できる存在だった。

(,,゚Д゚)「ああもういいよ、帰るよ。ほんと、料理もまずいしクソみてえな店だわ。さっさと潰れろや、ボケ」
 
遠くからうねるようにして聞こえてくる罵詈雑言に薄ぼんやりと意識を向けながら、
僕は近くを歩いていた店員に三杯目のアルコールを注文した。









10.衝動