泣き言

172 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/02(土) 20:30:19 ID:9ur6.o.60
7.泣き言

※ ※ ※

男は死んだ。桜が綺麗な時期だった。それは春だったろうか。
今しも憶えてすらいない。それを憶えることに意味があっただろうか。
 
男は死んだ。彼の部屋の壁にはスケッチブックの切れ端が画鋲で留められていた。
それは彼が中学時代に学校で配布されたものの名残であった。

死ぬより幾らか前にそれを見つけた彼はそれを無造作にビリビリと破き、
黒いマジックペンで己が思念を書き立てた。それは彼の一生において標語であり、
また全力で探求した末に辿りついた真実でもあった。

彼は毎日のようにそれを眺めて空想に浸り、そしてひたすらに絶望するのだった。

※ ※ ※

174 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/02(土) 20:33:10 ID:9ur6.o.60
※ ※ ※

思えばこの一生において楽しかったことなどそれほど多くない。

童貞を捨てたどこかの荒んだホテルでの一時よりも、小学校の帰り道、
晴れ渡った空の下で図書室から借りたハードカバーの本を読み耽り、
おかげで目がチカチカして視界が眩んでいたあの頃の方が楽しかったような気さえする。

それがもしも過去の美化でしかないとするなら最早証明する手立ても無いが、
初めてのセックスですら既に過去の風景として風化しかけてる今、
その二つを時間の遠近感で比べる意味はあるのだろうか。

結局のところ、自分自身の存在を証明してくれるのは過去のみであり、
だからこそ私はそれにしがみつこうとするのだ。

遠ざかる過去が伸ばす長い影にいつまでも追い縋るのは
現在の自分というものが破滅的であるということの証左に他ならない。

生きている意味は。生きている意味は。

それはそもそも存在していたのだろうか。
おとなしく口を開けて待つ奴隷の身としては分かる術もない。

※ ※ ※

175 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/02(土) 20:36:05 ID:9ur6.o.60
※ ※ ※

ここに沢山のラブレターが溜まっている。
言葉に飢えて痩せ細った私はそれを一つずつ丁寧に、しかし猛然と開けて読んでいく。

しかしそこに書かれている文面は
結局のところ統一意思でも持たれているかのように単純な意味しか持たない。

ζ(゚ー゚*ζ『お疲れ様』

ζ(゚ー゚*ζ『よく頑張っている』

ζ(゚ー゚*ζ『もう少しやっていこう』

ζ(゚ー゚*ζ『時間をかけてゆっくり進もう』

……もういい、もういい。目を閉ざした私に向かい、どこかの口述機械が叫ぶ。

ζ(゚ー゚*ζ『お疲れ様』

ζ(゚ー゚*ζ『頑張ってるんだね』

ζ(゚ー゚*ζ『分かるよ』

耳を塞いだら、今度は記憶が口を開く。脳内で無意味で人生を一つとして狂わせない言葉が反響する。
 
私はもう我慢ならない。

※ ※ ※

176 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/02(土) 20:39:19 ID:9ur6.o.60
繰り返し同じ夢を見る。

私の知人や友人が取っ替え引っ替え登場し、一人ずつ私を罵倒する。
罵倒の言葉は分からない。ただ罵倒されたという思い出だけが目覚めた後も尾を引いている。

それは恐らく私自身の思念なのだろう。
私はもう自分を罵倒したくて罵倒したくて仕方がないのだ。

しかし私は何もせず、漫然と流されるままに生きている。
最早生きているかも定かではない時間の漂流物。
そして再び同じ夢を見る。そこにいる相手は他の誰でもなく、自分自身なのだ。

※ ※ ※

177 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/02(土) 20:42:06 ID:9ur6.o.60
※ ※ ※

小さい頃から小説を書くのが趣味だった。

理由は分からない。本をよく読んでいたからかも知れない。
その趣味が徐々に調子に乗った。全能感にも近い自画自賛を覚えた。
私の中で小説の存在する割合が多勢を占めるようになった。

それは素晴らしいことであるように思えた。
それは生き甲斐なのだ。小説は私の生き甲斐なのだ。
そしてその生き甲斐を見失い、空白になった私の予定表に、最早書くべきことなど何もない。

※ ※ ※

178 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/02(土) 20:45:25 ID:9ur6.o.60
※ ※ ※

自虐する勇気が無い。

私は自己の思弁が正当ではないかも知れないという不安にいつも怯える。
結局私が覚える無力感や希死念慮は年齢的に考えて妥当なものでしかなく、
だからわざわざ口に出すほどのことでもないのかもしれない。

そう相手に思われて自己の存在がより矮小化されたらどうしようと恐怖する。
それは矜持と呼べる自意識の最後の砦であり、それが崩れてしまったとき、私は確実に死に至る。
 
いや、死に至るなんて名誉が降り注ぐはずもない。
私は今と同じように這いずるだけだ。それとも、ここより更に堕ちるべき場所があるだろうか。

ここはどこか。照らす光が何処にも見当たらない。
手探りで生きている結果がこれだ。人間とはそういうもの。人間とはそういうもの。
そう自分に言い聞かせ、まるで鼓舞するように自殺願望を殺しにかかる。

前向きに生きよう。前向きに生きよう。
前向きに生きよう。前向きに生きよう。
前向きに生きよう。前向きに生きよう。

※ ※ ※

179 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/02(土) 20:48:06 ID:9ur6.o.60
※ ※ ※

じっと見つめているのは性交の映像だろうか。
肌色が蠢いている。それを眺めている。私は何がしたいのだろう。
何かがしたいのならそのほうがむしろ正常だろうか。しかし何をする気にもならないのだから仕方がない。
 
そんなことではダメだ。そんなことではダメだ。
それではまるで自分が正常ではないと誇示するようなものではないか。
自分が他人と違うアピールをするなんてなんて下劣なんだ。

だから私は普通でなければならない。普通であることを希求する。
いやそもそも希求することさえも間違いである。
何故なら私は他ならず普通なのだから。

※ ※ ※

180 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/02(土) 20:51:35 ID:9ur6.o.60
※ ※ ※

何が分かるわけでもない。理解出来ないことなど山ほどある。
その方が世界は楽しいと思っていた。

しかしながら自分の手の届く範囲にある自意識や
それに含まれる物事が理解出来ないままだと手放さざるを得なくなる。
それが正解か。しかし、どうしても手放せないものに対してはどうすればいい。

そんなことを考えているといつの間にか夜が更けている。
生きている実感もなくただ時間だけが過ぎていく。
望んだ覚えもない時間が始まり、終わっていく。

止めろ。止めてくれ。ちょっとだけでいいから止めてくれ。
そうやっていたずらに私の考えを混乱させるな。私はちょっと休憩したいだけなんだ。
 
人生が東から西へ進む。
私が下らない考えに時間を費やしてしまったという過去はどうしても削除できない。
私という人間の歴史にそれははっきりと刻みつけられるのだ。

成長も変化も引き起こさない、滞留でしかない思惑の数は、
いずれ私が死ぬ時に痛みとなって返ってくるだろうか。

※ ※ ※

181 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/02(土) 20:54:28 ID:9ur6.o.60
※ ※ ※

テレビのニュースが、インターネットの文字列が、駅前の雑踏が、聴覚をせわしなく刺戟する。
五月蠅い、五月蠅いと追いやってみても鳴り止まない。
どうしてこんなにも世の中がやかましく感じられるのだろう。

きっと、がなり立てている音がどれ一つとして、自分に関係無いからだ。
必要の無い情報が頭に入りすぎる。どうでもいい。どうでもいい。
そう言い聞かせる行為自体がどうでもいい。

だから私はせめて叫ぼうとする。
世の中に存在するありとあらゆる音を塗りつぶすために、
喉が枯れて血が吹き出そうになるほど叫ぼうとする。
 
しかし実際に血が出るなんて劇的なことは起こらず、またそもそも叫ぶ勇気すらも起きない。
隣人に覚える恐怖。彼らは全て監視者なのだ。
隙を見て私をインターネットか何かの手段を用いて告発しようとするだろう。

どうでもいい。どうでもいい。全然どうでもよくない。
私の尊厳をこれ以上傷つけるな。名も無き人は全て敵だ。名の有る人も、もう敵だ。

※ ※ ※

182 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/02(土) 20:57:31 ID:9ur6.o.60
※ ※ ※

暗闇を見る。瞼を下ろすと視界に暗幕がかかる。
そこへ白いペンキを三滴垂らす。およそ三角形になるように垂らす。
そうするとそれはたちまち両眼と口であるような気がしてくる。

出来損ないの単純な顔だが脳は認識力と想像力を発揮して
やがて闇の中に浮かぶ一人の人間を浮かび上がらせる。

私はその人間と対峙する。見つめ合う。眺め合う。
相手は笑わない。私も笑わない。眠気で完全に意識が摩耗するまで、私は彼を見つめ続ける。
 
つまり、生きているとはそういうものなのだろうと思う。

※ ※ ※

183 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/02(土) 21:00:07 ID:9ur6.o.60
※ ※ ※

数え切れないほどの嘘をついてきた。

言うまでもなく、どれが本当でどれが嘘なのかも定かではない。
何故嘘をつくのか分からない。ただ何となく、意味もなく親しい人間を相手に回して嘘をついてみる。
そっちの方が面白そうだからかも知れない。
 
本当は全て嘘なのだ。嘘なのだ。死にたいなんて嘘なのだ。
私は自律できているんだ。見栄えの悪いこの姿形も、実際のところは嘘なのだ。

人が死んでいくのも恐らくは嘘で、私がこれまでに書いてきたあらゆる事実も嘘なのだ。
その方が楽でいい。責任を取らなくて済む。

しかし時間は責任を取るつもりもなしに私を勝手に連れて行く。
ならばこの時間は全て嘘なのだ。全部嘘なのだから、何をしても構わないのだ。
本当の私は、多分もう嘘の中に埋もれて呼吸困難に陥っている。
 
嘘について述べる度に覚えるこの気恥ずかしさは、恐らく他人と共有できるものだろう。
この世の中で嘘ほど不格好な代物はない。

※ ※ ※

184 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/02(土) 21:03:09 ID:9ur6.o.60
※ ※ ※

誕生日は九月十七日。逆算してみた限り、私はもしかしたらクリスマスベイビーなのかもしれない。
違う可能性も十二分に考えられるが、
いずれにせよその前後に私の種は植え付けられたということになる。
 
彼らはいったい何を考えて避妊しなかったのだろう。
所詮子どもの存在は愛の結晶などという言葉に塗れた欺瞞でしかなく、
その中身は性欲の暴走に過ぎない。

まあ何とかやっていけるだろうという雑な決意と世間体によって私たちの歴史は紡がれてきたのだろう。遺伝子というやつはよく出来ている。そこまでして人にセックスを求めさせるのだからよく出来ている。

私が知り合ってきた面々もいずれは将来を考えているという名目の下、
考え無しに子どもを作るのだろう。もしかしたら私自身もそうなのかもしれない。

きっと私はその時性欲と子どもを肯定的に捉えるのだろう。
親子とは何と素晴らしい関係なのだと。
今はまだ、自分によく似た餓鬼が一人増えるなど、考えるだけで身の毛がよだつのだが。

碌な自己を持ち合わせていない私は洗脳されるまでもなく、
ただ脳味噌に相当するシリコンを注入するだけで機能を変えるだろう。

※ ※ ※

185 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/02(土) 21:06:14 ID:9ur6.o.60
※ ※ ※

思い出は大抵の場合どうでもいいことばかり収納している。
そして重要な物事は忘れてしまっている。
他人との関係性において私は憶えておくべきことをよく忘却の彼方に遣ってしまっている。

それは他人にとって重要であっても自分にとっては心底どうでもいいのかもしれない。
しかし人とはリアリストなのだから私の忘却は罪なのだ。

ならばさっさと断罪して頂きたい。私自身には私が忘却しているのかどうかも判断がつかない。

※ ※ ※

186 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/02(土) 21:09:06 ID:9ur6.o.60
※ ※ ※

いったいどうしてこんなことになってしまったのだ。
夜が来る度に明日へ怯えながら私は常に思考する。

そしていつも一つの結論を見出す。どうしたってこうなる運命だったのだ。
道など一つも間違えていない。目的地が地獄だったという、ただそれだけの話なのだ。
問題は、自分の目的地を今まで見定めていなかったということだ。

※ ※ ※

187 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/02(土) 21:12:07 ID:9ur6.o.60
※ ※ ※

夜だから気分が良くないんだろうね。
たぶん薬の副作用じゃないだろうか。春は精神的にあまりよくないと言うからね。
明日は月曜日だものね。そういう時期だよ。そういう時期だよ。

だから大丈夫。気分が落ち込んでしまうことぐらい、誰にだってあることなのさ。

私はふと口を噤む。生存者であることを押し隠すためのように黙り込む。
それらの慰めに一滴の涙ほどの価値すらもない。ただ私の言葉が面倒なだけなのだ。

理由付けなど誰にでも簡単にできるから、それによって私は論破されているだけ。
そしてその意図通り、私は一言も反駁できずにいる。そういう時期。そういう時期。
 
なるほど、確かにそうなのかもしれない。
私はこれまでにも同じような言葉を何度となく繰り返し言い聞かされてきた。
今は受験勉強の時期だから。今は就職活動の時期だから。今は反抗期だから。今はモラトリアムだから。

私は常に自分の歳月と歴史が語ったパターンを照らし合わされ、
そしていつまでも自分の主張を自己主張だと確信できないままなのだ。
そう言う人は他にもいる。そういう経験は誰だってする。君は何も特別ではない。

韜晦へ突き落とされた私が満足出来るまで叫んでも、
その叫びには一欠片として自意識が存在していない。
 
いったい、私はいつになれば私の紡ぐ言葉を私の意思として理解してもらえるのだろうか。
今となっては遠い昔の希求。そういう時期が過ぎたのだろう。
ならばそれに取って代わる諦観を早く、早く。

※ ※ ※

188 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/02(土) 21:15:29 ID:9ur6.o.60
※ ※ ※

特殊性は必要ではない。必要なのは手取りの金額と健康診断の数値表と、
定型句の汚物に塗れた愛情だけだ。それ以外は必要ではない。

私は本来的な私であると信じていた私の一部分が、
その実世間ではまったく必要とされていない事実に愕然とした。

いや、愕然とするのももう遅い。
社会性のために必要なのは糊口を凌ぐ頭脳と遺伝子を担ぐ性器だけなのだ。

私が必要なのは私が私だからではない。私が必要なのは私が人間だからだ。
人間であるがために産みだした様々な責任が凶器でもって私を攻める。
金銭は責務だ。健康は責務だ。愛情は責務だ。私に権利など存在しない。

※ ※ ※

189 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/02(土) 21:18:07 ID:9ur6.o.60
※ ※ ※

偉大な先人に倣って私も人を殺すとしようか。だが私はもう脳裏で何度も人を殺している。
私は友人も知人も、一切合切を殺してしまっている。だからそれで十分なはずだった。

同窓会で落ち合った駅の改札前、そこには私が殺したはずの知人や友人がいた。
何故なのか私には分からない。あいつは殺したはずだ。あいつも殺したはずだ。

それでも彼らは生きている。生きて笑顔を浮べて、或いは疲労しながら生きている。
何故生きているのだ。私は殺しきれなかったのだろうか。
その存在を無に帰することが出来なかったのだろうか。

それとも私の脳味噌は現実の社会と合致していないのだろうか。

※ ※ ※

190 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/02(土) 21:21:10 ID:9ur6.o.60
※ ※ ※

感謝せよ。尊敬せよ。謝罪せよ。愛せよ。
その真相は憎悪と殺意でしかない。振りまかれる笑顔の裏に隠れている憎悪のことを私は知っている。
ごく普通の会話をした後に抱かれる殺意のことを知っている。

だから私もそうすることにした。

思えば真っ正直に生きすぎたのかもしれない。
極論でしか生きられない私は世間が抱く殺意から自らの精神を守る盾を持たず、
ならばこちらも殺意の刃を向けてみせることにする。

そうやって生きていくものだ。そうやって生きていくものだ。
あさましい生き方しか出来ない私が更に滑稽さを増しながら、
ほんの少しだけ社会性を浮揚させる。

ただの喧噪でしかない私を取り巻く全てのものに殺意を抱き、
そうやって生きていき、無意味な私を嘲るなら嘲るが良い。

※ ※ ※

191 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/02(土) 21:24:11 ID:9ur6.o.60
※ ※ ※

現実が私に求めるものは些少で普遍のものでしかない。故にそこには私が存在しない。
私が欲していたものは、少なくとも稚拙な共感ではなかったようだ。
その真実を私は知らぬまま、踏み出した先にある地獄で溺死することとなる。

しかしそうなることも予定調和でしかなく、
そもそも履歴書に嘘を書き始めたときから分かっていた話なのだ。

社会が社会然として求めているものは私の未然の個性などではなく、
常識的な常套句に過ぎず、それを全身に浴びて生きていくうちに、
やがてはそれが当たり前のことなのだと気付き、理解し、信奉して人間が人間として完成する。

周りを見渡してもいつの間にか個性を磨り潰した人間ばかりが生きていて、
下らない人間関係とゴミクズのような愛と金と健康について語り合っている。
その手の人間が個性から抜け出せない連中を見下してアルコールの臭気とともに嗤うのだ。

そうやって、人間は自分が隠し持った殺意を発散する。
そういう社会。そういう人間の群れ。反抗など出来るはずもない。

信仰者は信仰せぬ者を嗤う。下らない冗句だと、餓鬼の戯れ言だと嗤う。
そういうものだ。そういうものだ。 

私が彼らの嗤いを止めるには、彼らを殺すか、もしくは嗤い声を感受する自分を殺すしかない。
口だけが一人前に成長し、その実際は退転と弁解を繰り返す悪ガキでしかないというのに。

※ ※ ※

192 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/02(土) 21:27:53 ID:9ur6.o.60
※ ※ ※

キーボードを叩きながら私は脳味噌の口を叫ばせる。
無意味に悪意を放出するように止め処なく叫ばせる。
キーボードがそれをどれだけ反映するだろう。分からない。

それらの叫びは次の瞬間にはもう消失してしまっているからだ。
最近、酒を飲まずにキーボードを打つとミスタイプが増えたような気がする。

目の前に出来上がった意味を持たない誤字の列。
それを眺めて消して修正する私はひどく冷静になっている。
まるで射精をした直後の滑稽な男のように、私は私が放った塵芥の文字を消している。

衝動は、過ぎてしまえばただの廃棄物でしかなく、
一瞬で消える衝動は後戻りしてみればどれ一つとして正解ではない。

間違えている。間違えている。
今更何を後悔することがあるだろう。
誰も私に間違いを指摘しないから、私は私自身の間違いを抽出するようになったのだから。

※ ※ ※

193 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/02(土) 21:30:13 ID:9ur6.o.60
※ ※ ※

不意に頭に浮かぶのは過去の残照でもなければ未来への栄光でもない。
それはただ純粋な、私から距離を置いた妄想だ。

名前のない人間達が織り成す群像劇。それはとても素晴らしいように思える。
この論理で埋め尽くされつつある世界が徐々に愉快さを失わせていく代わりに、
想像はその仕組みを覆すかのように非現実へと展開する。それがたまらなく楽しい。

現実で生きていてよかったと思えたことなど、かれこれ数年無かったような気がするが、
非現実を想い、生きていて良かったと思うことはままある。
 
この非現実は素晴らしい。だから私はそれを現実へ下ろしてみようと考えた。
文章という世界に彼らを下ろしたら、もしかしたら現実も
もう少し楽しげな側面を見せてくれるのかも知れない。

そう思って幾度となく小説を書いた。
失敗ばかりを演じたが、それでも何か手応えのようなものがある気がした。
私はそのために取り留めのない時間を無駄にした。
 
全ては気のせいだった。非現実は現実に適合しない。また、私に適合させる能力も無い。

※ ※ ※

194 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/02(土) 21:33:18 ID:9ur6.o.60
※ ※ ※

ならば私は虚構主義者となろう。

現実を掃き捨てて想像の世界が本当に素晴らしいものなのだと
精一杯伝えられるための虚構主義者となろう。

現実に依存しなくても生きていけるだけの立派な計画を立てよう。
現実が要求する身体を取り払って、想像するだけの機械になろう。
私にとっては、現実などそれほどにつまらなく、どうでもよく、忙しないだけの代物でしかない。

いったい何でこんな風な考え方をするようになってしまったのか? お前のせいだよ。

※ ※ ※

195 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/02(土) 21:36:35 ID:9ur6.o.60
※ ※ ※

結局この口から飛び出す私の真意は到底まともに受け入れてもらえないままだった。
それがコミュニケーション不全というやつなのかもしれない。

ありふれた人間の労力や情欲や直向きさが必要ならば、もう別のところを当たってくれ。
何故私ばかりが要求を呑まなければならないのか。
結句この言葉すら届かないだろう。理解もされないだろう。

誰かが人知れず意味を求めてくるかもしれない。
そういう輩を相手にして、朗々と意味を説明することに何の意味があるというのか。

私は私の主張を精一杯、まるで黒板大の画用紙を埋め尽くすような勢いで表現してきたのに、
その片端も伝わらないのならば、それ以上に努力することに何の意味があるのか。

少なくとも、そうやって相手が理解する頃には、
私の主張はまったく別角度へねじ曲がってしまっているだろう。
私の言葉は理解という名の下に半強制的な軌道修正を加えられるのだ。

いい加減、私は直情径行を押し殺すのに飽き飽きしているんだ。

※ ※ ※

196 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/02(土) 21:39:08 ID:9ur6.o.60
※ ※ ※

壁となった私の感情が受け止めた他人の悪意の数は計り知れない。
相手はそれを憶えてすらもいないだろう。

肉親の悪意を、友人の悪意を、まるでどうでも良いことのように捨て置いたのは
他でもなくそうやってぶちまけている様が滑稽で仕方がなかったからだ。

自分はこんな連中のようにはなるまいと心得てきた。
しかし実際のところ彼らは仮面の持ち主であるらしく、
私への憎悪と引き替えに自分の中で良心を芽生えさせているらしかった。

壁に向けて投げつけたボールは、
ぶつかって戻る頃には美しき思い出にすり替わっているというような具合。

私は幼い頃から常に壁のようだった。そうやって生きていくことが楽であるとさえ思えた。
他の生き方を知らないからだ。

或いは私と言う人間が黙する壁のようには見えないと思う者もいるかもしれない。
私は決して彼らに特別な殺意を抱こうとは思わない。復讐するつもりもない。
何故ならこれは共依存の関係性であり、私が彼らの悪意によって生かされていたのもまた事実だからだ。

終わった話だ。

※ ※ ※

197 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/02(土) 21:42:02 ID:9ur6.o.60
※ ※ ※

殺してくれ。殺してくれ。出来れば手っ取り早く、痛みのない方法で殺してくれ。
私は何度となく知人や友人にそう求めた。

殺してくれ。殺してくれ。或いは、死んでくれ。
結局のところこの現実を止めるには、この五月蠅さを止ませるには、
私かお前のどちらかが死ぬしかないのだ。だから殺してくれ。死んでくれ。

そう願い続ける夜が今日も過ぎようとしている。
私が問いかけている相手は知人や友人の顔写真を貼り付けた黒子に過ぎず、
あまつさえ黒子は喋るための口を持たない。殺してくれ。死んでくれ。

しかしそれは現実も同様だ。誰も私に、私が欲する答えを与えてはくれないだろう。
その代わりに彼や彼女は私にカウンセリングを勧めるはずだ。

だがもういい。そういうのはとっくの昔に経験してしまっている。
だからもう、それは十分なんだ。今の私に必要なのは殺意か希死念慮のどちらかでしかなく、
そのどちらかを選んでくれるまで、私は問い続けなければならない。殺してくれ。死んでくれ。

いつまで私を適当な助言と慰めで生かし続けるつもりなんだ。殺してくれ。死んでくれ。
 
ζ(゚ー゚*ζ『勝手に死ね。勝手に死ね。勝手に死ね』

※ ※ ※

198 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/02(土) 21:45:16 ID:9ur6.o.60
※ ※ ※

悲観主義者の現実逃避ほど馬鹿らしいものはない。

だから私は自分の馬鹿らしさに延々と呆れ果てるのだが、
そうしたところで思想が入れ替わるわけでもなく、
ふと気付けば再び現実や社会というものに恐れ戦いている。

嘗てはこの考えに全能感が加わり、上手く均衡を保っていたのだが、
私は私が自分一人では生きてはいけないのだ、などと簡便な啓発を行った瞬間に、
その全能感は何処かへと消えてしまった。

まだ、現実社会は私を攻撃し始めただけに過ぎない。

私はいずれこのような思いさえも自分の恥ずべき過去だったと封印してしまうことになるのだろう。
今はただ憎々しい満員電車やオフィス街に何の抵抗も持たなくなり、
遂には仕事で上がってくる数字に一喜一憂することになるのかもしれない。

だから私は出来るだけ早いうちに自分を破壊しておかなければならないのだ。
いずれ私は戯言すらをもまともに吐けなくなってしまうのだ。いや、既に片鱗は垣間見えている。
私はこの文章を書いている間にも様々な心遣いをしなければならないのだ。

そのうち私は更に自縄自縛の度合いを深めることになるだろう。
その時、私はまだこのように文章を書こうとするだろうか。しないだろうか。
その二者択一すらも忘れ去ってしまうだろうか。

※ ※ ※

199 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/02(土) 21:48:09 ID:9ur6.o.60
※ ※ ※

十数年と小説を書いてきた。
そうやって紡がれてきた私の生き様と生き甲斐を一旦、封じ込めてしまいたい。

しかし私は虚構主義者なのだ。
誰が嗤おうとも私は虚構主義者としてしか生きていくことが出来ないのだ。
そして虚構主義者は常にフィクションをノンフィクションへ引きずり下ろそうとする。

才能の有無や程度は関係なく、私はただ生きている限り、そればかりはせずにいられないのだ。
 
だから私は小説を書くのを完全に止めてしまった瞬間に、
容易に死ねる程度の覚悟を持たなければならない。

誰かに殺されるわけでもなく誰かを殺すわけでもなく、
ただ自分自身を自分自身によって殺さなければならない。
何度だって私を支配する希死念慮は所詮生きていることによる罪障に過ぎない。

高が生きていることによって生じた罪ごときで自死を選ぶ程度ではいけない。
私は想像に生きなければならない。私は想像によって死ななければならない。
それが出来ないならば今しも虚構主義者の肩書きを撤回するべきなのだ。

私は死ねるだろうか。愛情や金銭や健康をかなぐり捨てて、私は死を選べるだろうか。
しかしどうやら愛情も金銭も健康も特段の恩寵を私に与えるつもりもないらしいから、
私の方から一方的に依存するのも馬鹿馬鹿しい話だ。

一方的にそれらを求める行為も美的だとは思えない。
ならば私に理想の死に方があるとすれば、やはり想像によって死ぬしかないのではないか。
 
そうだ、つまり今度こそ決めてしまおう。
もう余計な死にたがりで自分の時間を浪費するのは沢山なんだ。

私は死ぬほどの気持ちで想像することはあっても、死ぬほどの気持ちで何かをしてはならない。
私は虚構主義者なのだ。それだけが、見放された人間としての、
自分の言葉が誰にも伝わらない人間にとっての、最終手段なのだ。

※ ※ ※

200 : ◆xh7i0CWaMo :2015/05/02(土) 21:51:01 ID:9ur6.o.60
※ ※ ※

ムクリと男は起き上がる。
彼は何度だって死に、何度だって生き返る。
彼は生き返らずにいることが出来ない。
 
そうだ。そうだ。その通りなのだ。男にはまだ先へ向かう時間と道が残されている。
靄がかった道の先に何が待ち受けているかなど微塵も分からないが、彼は生かされている。
生かされ続ける。起き上がり立ち上がり、そして進む。進む。

部屋に画鋲で留めた標語を彼は読み上げる。

『それでも人生は続く』。

絶望的なスローガン。唯一無二の根性論。
それでも人生は続く。それでも人生は続く。それでも人生は続く。それでも人生は続く。
それでも人生は続く。それでも人生は続く。それでも人生は続く。それでも人生は続く。

それでも人生は続く。

※ ※ ※









8.( ^ω^)ささやかに休むようです