素直キュートとハインリッヒ高岡による退屈な会話

143 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/30(木) 20:48:40 ID:kUIVkKPU0
6.素直キュートとハインリッヒ高岡による退屈な会話

o川*゚ー゚)o「気だるい感じがいいよねえ」

いつの間にか勝手に私の枕に顔を埋めていたキュートが、表情共々薄ぼんやりとした口調でそう言った。
 
私はカーペットに座り、机に頬杖をついて窓の向こうの、決して良いとは言えない景色を眺めている。
ここに住み始めて三年になろうとしていた。特段の不満はない。
あるとすれば、何故かいつもこの部屋にキュートがいることだけだ。

o川*゚ー゚)o「こうさあ、お布団にくっついたまま日曜日を無駄にして、
       特別な理由なんて何にもなくって、宙に浮かんだお日さまが、
       進む方向がわかんなくなって困っちゃってるような、そんな」

从 ゚∀从「そんな?」

o川*゚ー゚)o「セックスがしたい」

从 ゚∀从「馬鹿野郎」

144 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/30(木) 20:51:18 ID:kUIVkKPU0
長い長い春休みの一日が、いつもと同じように私の手のひらの上で溶けて消えていく。
別に名残惜しい気持ちになんかはならず、何かに焦らされるような 必要もない。

なんというか、どうでもいい感じ。
きっと世の中の大学生の半分くらいが同じようなことを考えているだろう。

だから同じでしかない私など存在しなくてもいいのだー、なんて、ラジカルなへりくつ。
笑えもしない。空気のような思考だ。キュートの馬鹿げた発言と一緒にどこかへ吹いて消えていく。
 
キュートと初めて出会ったのは大学に入学して間もない頃、確かオリエンテーションの辺りだったと思う。
女子の少ない学科だったから、私たちは消去法で友達になった。

そんなものだ。劇的な何かが私たちを結びつけたわけじゃないし、
私の記憶している限り、そんな面白いことは二人の間に起きたためしがない。
ただぼんやりと、ぼんやりと、ドラマにもならない日々が延々と続いている。

o川*゚ー゚)o「ハインちゃん、昨日買ったウイスキーは?」

从 ゚∀从「お前が一日で全部飲んじまったろうが」

o川*゚ー゚)o「えぇー、私ったらそんな勿体ないことしちゃったの」

145 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/30(木) 20:54:09 ID:kUIVkKPU0
从 ゚∀从「だいたい、昼間から飲んだくれようとするなよ……。
      ただでさえ、こっちは酒の匂いで気分が悪いんだから」

o川*゚ー゚)o「私たちってレズなの?」

从 ゚∀从「……はあ?」

o川*゚ー゚)o「前に友達にきかれたんだ。私がハインちゃんの話ばっかりしてるって」
 
にへらと笑うキュートに反応を示す気力をなくし、私はツイと視線を動かす。

今朝使った無機質なコーヒーカップが二つ、机に並んでいるのが目にとまった。
最早少しも珍しいことではないのだが、昨夜キュートはうちに泊まったのだ。
それから私の部屋に居座っている。帰る気配もない。

噂話も些か洒落になっていないのだが、当の本人はあっけらかんとしたものだ。

从 ゚∀从「……そうだな。レズじゃないことを願うばかりだよ」

o川*゚ー゚)o「うん、レズじゃないよね。だって私、彼氏ほしいしセックスもしたいし」

146 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/30(木) 20:57:09 ID:kUIVkKPU0
キュートがベッドの端まで転がってきて私に近寄ってくる。
ふわりと運ばれてくる微かなアルコールのにおいに、少しだけ眉間にしわが寄る。

o川*゚ー゚)o「別に学校で教えてくれるわけでもないのにさ、みんないつの間にか彼氏持ちになってるよね。
       超不思議。何かさ、そういうタイミングがないよね。
       彼氏が出来るようなタイミングっていうの? むむむ……これは由々しき事態ですよ」
 
……私は話半分で聞き流しつつ、キュートの身体を見渡してみる。

危なっかしい肉付き。
身長の低い彼女には、しかし、魅力的に見える部分が目一杯に詰め込まれているようにさえ思えた。

肩の辺りまで流れるように伸びている黒髪は……飲み明かしたせいもあるだろうが……
少々傷んでいるけれど、大学で出会う彼女はそのあたりも丁寧にケアしている。

多少引くぐらいに酒飲みであることを除き、
男子連中が彼女を放っておく理由は見当たらないのではないだろうか……。
 
そう、何とはなしに考えていた私の顔を、いつの間にかキュートが覗き込んでいた。
私は思わず小さく叫んでのけぞってしまう。

147 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/30(木) 21:00:29 ID:kUIVkKPU0
从 ゚∀从「何だよ」

o川*゚ー゚)o「いやいや、ハインちゃんが私のこと見てたんじゃん。
       あ、いわゆるアレですかー……セクハラ、ですか?」

从 ゚∀从「そんなわけ……」

o川*゚ー゚)o「幾らハインちゃんが男勝りだからって、そんな……
       でもハインちゃんの気持ちを拒むことで二人の関係が壊れてしまうぐらいなら、
       ええい受け止めてしまえーってぐらいの気持ちではあるよ」

わざとらしく自分の肩を抱いて見せるキュートを、とりあえず小突いておく。

キュートと出会ってからというもの、私はすっかりツッコミ気質になってしまった。
以前の私はもっと別の……。
 
……どうだったろう。高々三年ほど前、高校時代の記憶が漠然としている。
いや、友人や行事の記憶はハッキリしているのだ。曖昧なのは自分自身のこと……
私が、どんな風に振る舞っていたか、ということ。

和気藹々と友達と会話するイメージの中で、私の姿だけがモザイクがかってみえる……。

148 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/30(木) 21:03:11 ID:kUIVkKPU0
o川*゚ー゚)o「でもねハインちゃん……やっぱり私はハインちゃんの気持ちには応えられない。
       私、彼氏が欲しいから……そして気だるいセックスを……」

从 ゚∀从「ああもう、お前はサカリのついた中学生か? もうちょっと恥じらいのあるしゃべり方をだな」

o川*゚ー゚)o「だって! 私たちもうすぐ三回生なんだよ!」
 
不意にキュートが声を大きくした。私の頭の中で、何故か威嚇する猫が描かれる。

从 ゚∀从「……お、おう。それがどうした」

o川*゚ー゚)o「はい、ハインちゃんに問題です。三回生といえば?」
 
唐突な出題に私は言葉を詰まらせる。三回生、三回生……。
様々に思いを巡らせていくうち、私の心持ちは徐々に落ち込んでいった。

つい先日二十歳を迎え、ようやく酒を飲む権利を与えられた私たちは……
ついでに余計な義務も課せられてしまった。成人式の会場で、偉い人も言っていたような気がする……
正直、再会した友達との会話に夢中で全然聞いてなかったけど。
 
いずれにしても……私たちは遂に、自分自身の進路について選ばなくてはならなくなってしまったのだ。

149 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/30(木) 21:06:10 ID:kUIVkKPU0
从 ゚∀从「……就活、か」
 
口に出すのもイヤな言葉。けれど、キャンパスを歩いていたり、
テレビのニュースを見ていたら自然と入り込んでくるその言葉……。

実際にはまだ当分先だけれど、これからはその言葉を目にしたり耳にするたび、
淀んだ気持ちになることは間違いない。
 
……のだが、キュートは大きく首を横に振って「違います」と言った。

从 ゚∀从「え。違うのか」

o川*゚ー゚)o「そんなのは、たいした問題じゃありません」
 
キュートは自信満々そうな……むしろ、どことなく不満げな表情で断言した。

从 ゚∀从「マジかよ……じゃあ、アレだ。ゼミの所属……
      いや、でも俺もお前も、同じ希望のゼミに入れたよな」

o川*゚ー゚)o「そうですね、これでハインちゃんと一緒の時間が増えました。とても喜ばしいです」

150 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/30(木) 21:09:19 ID:kUIVkKPU0
私は考えに考えた。
考えながら……自分は何て無駄な時間を費やしているのだろう、と半ば諦めに似た後悔を覚えた。

いつもなら、とっくの昔に思考を放棄してしまっているのだけれど、
何故かキュートに真剣に問いかけられると半端にあしらってしまうことが出来ない。

もっとも、キュートが本心から真剣かどうかなんて分かりようもない。
第一、彼女の本心にいちいちついて行っていたら、そのうち頭の中がこんがらがってしまうだろう。

从 ゚∀从「……何だよ。分からん」
 
結局、私は匙を投げてしまった……途端に、キュートは勝ち誇ったような笑みを私に向ける。

o川*゚ー゚)o「そう、今私とハインちゃんが直面しているのは就活とかゼミとか、
       そういう生易しい問題ではありません……もっともっと大変で、こわいことです……それは」

キュートは私の肩に手を置いて、本日一番の低い声を出した。

o川*゚ー゚)o「単位です」

151 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/30(木) 21:12:16 ID:kUIVkKPU0
その言葉を耳にした瞬間に様々なツッコミの選択肢が浮かんだが、どれもやめておいた。
代わりに、信じられないというメッセージが確実に伝わるような表情でキュートを見詰めた。

キュートは馬鹿みたいな……この場合本当に馬鹿なのかもしれないが……仕草で、
両手で顔を覆い隠す。それから、指と指の隙間からチラとこちらを覗いた。

o川*゚ー゚)o「今期の私の単位数、聴きたい?」

从 ゚∀从「……聞きたくない。胃が痛くなりそうだし」
 
そう、つっけんどんに返答してやると、
キュートは、私の枕を抱えたまま上体を起こしてベッドの上に座り直した。

o川*゚ー゚)o「いやあ、ドイツ語って難しいね。なんかドンゲンガンゲンとか言ってるし」

从 ゚∀从「お前……テスト前はあんなに自信満々だったじゃんか」

o川*゚ー゚)o「そう……私の対策は完璧だった……むしろドイツ語しか勉強していなかったほどに……
       あ、ハインちゃんシャンプー変えた?」

152 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/30(木) 21:15:23 ID:kUIVkKPU0
从 ゚∀从「え。変えた……かな。いやそんなことどうでもいいよ。つーか人の枕を勝手にかぐな」
 
恥ずかしくなった私がキュートの手から枕を奪い取る。
キュートは、まだ鼻をすんすんとさせながら悲しげに手持ち無沙汰をアピールしていた。

私は手の届く範囲にあった小物……大して使っていない、四角い目覚まし時計を渡してやる。
すると、キュートはその目覚まし時計を両手で握りしめ、わなわなと震えだした。

o川*゚ー゚)o「こいつだ」

从 ゚∀从「は?」

o川*゚ー゚)o「私はドイツ語という超強い敵に立ち向かうため、
       日夜自分の語学力をレベルアップさせていたんだ。
       でも、ドイツ語は、所詮表ボスだったんだよ!」

从 ゚∀从「……じゃあ、裏ボスは?」
 
だいたい答えが分かってしまったので、私はおもむろに枕を構える。そしてキュートが、

o川*゚ー゚)o「真のボスは自分自身……眠気だったのさ!」
 
と言い終わらないうちに、その顔面へばふっと叩きつけた。
まともに受けたキュートは、

o川*゚ー゚)o「あ、ハインちゃんのにおいがする」

とかわけの分からないことを言いながら脱力して腕をだらりと床へ下ろす。
ついでに、目覚まし時計を取り落とした。

153 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/30(木) 21:18:18 ID:kUIVkKPU0
从 ゚∀从「……つまり、お前寝坊したんだな」

o川*゚ー゚)o「だって……だってね、テストの日だけ一時限目だったんだよ。
       授業はいっつも三限目からなのに。これは油断しても仕方がないというものだよ」

从 ゚∀从「そういやお前、一時限目の講義は徹底的に避けてたもんな」

o川*゚ー゚)o「それでさ。私が起きたら何故か十時ぐらいだったの。
       まあ何故かっていうか、深夜番組が面白すぎたからなんだけどね。
       私超ダッシュで大学に向かったの。体育の時間でもあんなには走らないかな。

       そしたらちょうど試験が終わったところでさ。教授とバッタリ鉢合わせたわけさ。
       だから私頼み込んだの。試験受けさせてくださいって。
       
       そしたら教授が超ニッコリして、
       それを見た瞬間に私がどれだけ希望を持ったかハインちゃんなら分かるよね?」

从 ゚∀从「いやまあ……でも試験は基本的に」

o川*゚ー゚)o「そう! 特別な理由がない限り認められませんみたいなこと言われてさあ……
       融通がきかないよね。去年はいけたのに」

从 ゚∀从「いけたのかよ。つーか同じミスしてんじゃねーよ」

154 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/30(木) 21:21:16 ID:kUIVkKPU0
何故か勢いをつけて喋りきったキュートは忙しなく息継ぎしている。
そんな姿を目にした私の頭には、コイツはつくづくアホだなあという感想以外何も浮かばなかった。

同時に、自分がフランス語を取っていてよかったと安堵する。
仮に同じ試験を受けていたら、いつまで経っても現れないキュートに気を揉んで仕方がなかっただろう。

从 ゚∀从「それで、他の科目はどうだったんだ? 今期ドイツ語だけ取ってたわけじゃないんだし」
 
そう訊ねるとキュートはのそのそと顔を上げた。
その顔は何故か不満げで、口元を三角形みたいなかたちに無理矢理曲げていた。

o川*゚ー゚)o「ハインちゃん……私の話聞いてた?」

从 ゚∀从「……たぶん」

o川*゚ー゚)o「私はね、『ドイツ語しか勉強していなかったほどに』ドイツ語を勉強していたんだよ。
       つまり……答えはお分かりですよね」
 
二度目の枕。さっきよりもいい音がでた。ほこりのせいか、キュートが小さくくしゃみする。

いい加減にへこたれてくれるかと思いきや、キュートはどことなく満足そうだった。
そして私に「どう?」と問う。「何が」と問い返すと、彼女は何かをやり遂げたような面持ちでこう宣言した。

o川*゚ー゚)o「二段オチ」

155 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/30(木) 21:24:28 ID:kUIVkKPU0
……もう枕を振るう気力もなく、私はそれをベッドの向こうへ放り投げる。
そして何かを求めているキュートの頭を、取り敢えず撫でておいた。
……これで、脳みそが少しはまともな構造に変わってくれたらいいのだが。

从 ゚∀从「体を張るのもいいけど程々にしろよ……留年したくなかったら」

o川*゚ー゚)o「でもねえ、まったくゼロってわけでもないんだよ。
       だってレポートのやつとかもあったもんね……いやまあ、
       まったくゼロに近くないって言ったら嘘になるんだけどさ」

从 ゚∀从「まあ、一回ぐらいならまだまだ取り戻せるだろうし、大丈夫だろ」

o川*゚ー゚)o「うん……とりあえず後期から頑張るよ。それよりハインちゃん、のど渇いちゃったよ。
       何かおいしい飲み物をください……ホットじゃないやつ」
 
私は深々と溜め息をついて立ち上がる。冷たい飲み物といって、用意できるのはお茶か牛乳ぐらいだ。
キュートは牛乳があまり好きじゃないから、必然的に選択肢は絞られる。

156 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/30(木) 21:27:13 ID:kUIVkKPU0
新しいグラスにお茶を注ぎながら、私は自分自身のことを考える。今期も、単位の心配はなかった。
このまま順調に進めば、四回生になって焦るような状況にもならないだろう。
 
……だからといって、不安が全然ないというわけじゃない。
もうすぐ就職活動を始めてどこかの会社に就職しなければならない。

それは分かっている。けれど、それがいったいどういうことなのか……私という人間にとって、
どのような意味を持つのかと考えるとさっぱり分からなくて、変に不安を覚えるのだ。

誰かが正しい答えを教えてくれるわけじゃない、
時間だけが刻々と過ぎていって、いつの間にかその時はやってくるのだ。
 
無意味に焦ってしまう。こんなことしてていいのか、と考え込んでしまう。
もどかしい。別に何かを思いつけるわけでもなく、
ましてや実行できるわけでもない自分が、ただただもどかしい。
 
グラス二つを手に、キュートのところに戻る。
彼女は布団の上を転がりながら、何かの小動物の真似をしている。

……いつものことだ。どの動物の真似なのか、尋ねるたびに答えが変わる。
犬や猫、ハムスターに狸、アライグマにハクビシン……。

今日は、今までの経験上、マンチカンといったところだろうか。

157 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/30(木) 21:30:37 ID:kUIVkKPU0
从 ゚∀从「ほら、お茶しか無かった」

o川*゚ー゚)o「ご苦労。飲ませてください」

从 ゚∀从「馬鹿」

転がり落ちるようにベッドから出たキュートは、私からグラスを受け取ると窓の前に陣取った。
私の部屋は……たぶん同い年の女子よりもだいぶ……殺風景だが、
それでも春の光に照らされながらグラスを傾け、喉を鳴らすキュートはなかなか絵になる。

……それでも、こいつは何も考えてないんだろうなあ、とついつい失礼なことを思ってしまう。
目下、彼女にとって大事なのは就活でもゼミでもなく、単位なのだ。
少しばかりの優越感と罪悪感が私を包む。それから、恐る恐る訊いてみることにした。

从 ゚∀从「キュートは……さ。考えてたりする?」

o川*゚ー゚)o「ん、何を?」

从 ゚∀从「その……将来っていうか、何ていうか就職とかさ」
 
この手の、面倒な話題に触れる場合、ついつい口ごもってしまう。
なんにもしていない自分にこんなことを口にする資格があるのか、とか、ぐるぐると思案するのだ。

158 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/30(木) 21:33:17 ID:kUIVkKPU0
中学とか高校の頃は、大学生にもなれば将来とか人生というものが、
もっと身近に感じられるようになるのだろうと信じていた。

でも違った。それらは未だにリアリティを増してこないのだ。
学生であることに変わりないのだから当然なのかもしれない。
けれど、ある日突然社会人という身分を与えられるのは、何だかとても怖ろしい。

キュートは小さく頬を膨らませてからグラスを置き、大きく伸びをした。
そして、「そうだねえ、考えないといけないよねえ」と気の抜けた返事をする。
その声音には少しも真剣味がなく、私は些か気を落とした。

从 ゚∀从「ほら……私たちももうすぐ三回生なわけでさ、
      いい加減将来のこととか考えないとヤバいかなーって思ったりする……じゃん?」
 
私の言葉を聞いているのかいないのか……キュートは床の一点を見詰めたまま動かない。
その表情は、何故か微妙に微笑んでいた。

マイナス思考に陥っている私は、真っ先に馬鹿にされている、と思い込んでしまった。

159 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/30(木) 21:36:26 ID:kUIVkKPU0
从 ゚∀从「……もういいよ」
 
若干拗ね気味に話を切り上げようとした私の視界の端で、
ちょいちょいとキュートが手を動かしているのが見えた。
それはまるで猫が顔を洗っているみたいな仕草で、私を手招いているようにも見えた。

从 ゚∀从「……なんだよ」

o川*゚ー゚)o「いいから、ほら。こっちおいで」

从 ゚∀从「やだよ。そこで言えよ」
 
頑なに動こうとしない私に、キュートはジトッとした視線と溜め息を寄越してきた。
無視してお茶を口にしていると、彼女は何やら良からぬことを口走る。

o川*゚ー゚)o「あーあ、せっかくハインちゃんを抱きしめてあげようと思ったのに」

从 ゚∀从「要らねえよ」

私は思わずむせそうになりながら声を上げる。

从 ゚∀从「どういうつもりだ」

160 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/30(木) 21:39:07 ID:kUIVkKPU0
o川*゚ー゚)o「だって」

キュートの顔は既に窓外へ向いていた。
ガラスに映っている表情が……何も考えていないかのように、ぽやぽやとしている。

o川*゚ー゚)o「ハインちゃん、珍しく落ち込んでるみたいだったから」
 
しばらく、二人して黙り込む。近くを走る車の騒音だけが無闇に響いていた。
グラスの中身を全て飲みきったところで、ようやく私が「そんなことねえよ」と呟いた。
その直後、キュートが誇らしげに鼻を鳴らしているのが聞こえた。

o川*゚ー゚)o「ハインちゃんは、いっつも元気みたいに振る舞ってるけど、たまーに卑屈になるよね。
       私には分かるんですよ、ハインちゃんが落ち込んでるときの、
       特有の声色っていうのがあるんだな」
 
私は、空になったグラスの底から視線を外すことができなかった。
突然舌の置き場所が分からなくなったような、複雑な心持ち。
つまり、私はキュートに図星をつかれたということを暗に認めているのだ。

そのキュートはのそのそとこちらへ近づいてきて、私の隣に腰を下ろす。
キュートは、自由気ままに私の周囲を行き交うが、不思議と嫌な気持ちにはならない。
いつから彼女との距離がこうなったのだろうか。他に、そういう人物はいるのだろうか。

161 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/30(木) 21:42:06 ID:kUIVkKPU0
o川*゚ー゚)o「そりゃあ私だってね、考えることはあるよ。ハインちゃんと違ってさ、
       私馬鹿だから、割と真面目に考えないとヤバいような気もするし……
       でもさ、たぶん、結局は平気だと思うんだよねえ」

从 ゚∀从「平気?」

o川*゚ー゚)o「小学生の頃だったかな……お父さんが仕事辞めたんだ。
       リストラなのか自分で辞めたのかよくわかんないけど……。
       そしたら、それから毎日お母さんと大げんかでね。

       流石に私に気をつかったのか、喧嘩は夜中にしていることが多かったけど……
       二人とも声が大きいから、めっちゃ聞こえてくるんだよね」
 
話の展開を追ううちに、私の表情は次第にかたくなっていく。
けれど、キュートはあくまでもリラックスしたままだった。

o川*゚ー゚)o「私それが本当にイヤでさあ……どれぐらい続いただろ。
       二週間ぐらい? 私超頑張って早寝するようにしてたんだ。
       
       お母さんは一日中ピリピリしてたし、
       お父さんとはその間、一言も喋らなかったんじゃなかったかな」

162 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/30(木) 21:45:15 ID:kUIVkKPU0
从 ゚∀从「なんつーか……大変だったんだな」
 
月並みでしょうもない常套句が流れるように口につく。
本心からの思いであるが故に、気の利いた言い回しが出てこなかった。

しかし、キュートは即座に首を横に振る。

o川*゚ー゚)o「ううん、でもね、終わってみたら何事もなかったみたいだった。
       ビックリしたよ、お母さんは前みたいに機嫌がよくなってたし、
       お父さんもすぐにまた新しい仕事見つけてた。

       私にも何か悪いことが起きるのかなって不安だったけど、なんにもなかったんだ。
       まるで、全部夢だったみたいに……。

       それからは、順調なもんだったよ。そりゃあたまにはケンカすることだってあったけどね、
       おかげさまで私も大学まで進ませてもらえたし、
       大学ではハインちゃんという親友と出会うこともできた……。

       まあ単位に不安がないわけではないけど、
       それもハインちゃんが何とか助けてくれるはずと、いうわけで」

そこでキュートは立ち上がった。
そして、後ろにひっくり返るんじゃないかと心配になるぐらいにふんぞり返った。

o川*゚ー゚)o「私は気付いたのさ」

163 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/30(木) 21:48:12 ID:kUIVkKPU0
从 ゚∀从「……何に?」
 
私は期待二割、不安八割で尋ねてみる。
キュートは誇らしげな笑顔で時間を稼ぎに稼いだ。
そして溜めに溜めたあと、彼女はしたり顔でこう宣ったのだった。

o川*゚ー゚)o「人生っていうのはね、何かがあるようで、何にもないんだよ」

……ドヤッという効果音が何処かから聞こえてくるようだった。
あまつさえ決めポーズまで披露しているキュートに、
何か反応してやらなければ申し訳ないような気さえしてきた。

从 ゚∀从「……お、おう、そうだな」

o川*゚ー゚)o「あ、あれ。響かない? 私このフレーズを思いついた日は興奮して夜眠れなかったんだけど」

……なんとなく、キュートの言いたいことは分かる。
だから私はその通り、「言いたいことは分かるよ」と応じておいた。

164 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/30(木) 21:51:07 ID:kUIVkKPU0
そう、たぶんそういうものだ。私たちの将来なんて。
何か怖いことが起きるような気もするけれど、結局は真っ平らなまま進んでいくんだと思う。
 
私は不意に高校時代の自分を思い出していた。
あの頃の私は、自分自身の立ち位置にいたく悩みあぐねていたものだ。

今の自分のままでいいのだろうか、
もしかして、自分の性格はあまり良い方ではなくて、変えてしまった方がよいのではないだろうか。
 
そんなことを考えに考えた挙句、多くの時間を無駄にしてしまったような気がする。
かつての自分の姿を上手に思い描けないのは、
自分を曖昧なまま終わらせてしまっていたからかもしれない。

きっと、私は難しく考えすぎてしまっていたのだ。
終わってしまった今となっては何ということもない、平凡な生活のあれこれに……。

165 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/30(木) 21:54:09 ID:kUIVkKPU0
キュートを見上げる……私の視線に気付いた彼女は、改めて反り返り直している。
そんなキュートの姿は、やっぱりどことなくアホらしくておかしかったが……
そんな彼女は、時として私に一人では得られないような示唆を与えてくれているのかも知れなかった。
 
……突然、キュートが私のことを『親友』と表現したことを思い出す。
親友って……親友って、何だろう。
私ならついつい考え込んでしまうような言葉を、キュートは平気で使いこなしてしまう。

そんな彼女が羨ましいやら、親友と呼ばれて何だか恥ずかしいやら……。
けれど、決して不快に思わせない辺りが、キュートの特徴であり、強みでもあるのだろう。

……そんな風に考えていると、不意に頬を圧迫するフニフニとした感触。
流し目で追ってみると、キュートが人差し指でつついている。

从 ゚∀从「……なんだよ」

o川*゚ー゚)o「元気、出たでしょ」
 
素直に肯定するのも照れくさくて、私はキュートの頬を軽くつねってやった。
キュートはくすぐったそうにけらけらと笑い、それにつられていつの間にか私も笑っていた。

166 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/30(木) 21:57:10 ID:kUIVkKPU0
o川*゚ー゚)o「と、いうわけで。
       ハインちゃんの元気も出たことだし、
       改めて彼氏を作る方法を考えることにしようじゃありませんか」

从 ゚∀从「……結局、そこに話が戻るんだな」

o川*゚ー゚)o「何さ。じゃあハインちゃんは彼氏欲しくないの?」

从 ゚∀从「俺は……俺はいいよ。ガサツだし、男が寄ってくるような人間じゃないし……」

o川*゚ー゚)o「いいや、ハインちゃんは超可愛いよ。
       だってもしもハインちゃんが男だったら私確実に一目惚れしてるし。
       逆にもし私が男だったらハインちゃんのこと放っておかないよ? 

       仮に両方男だったら……うん、その場合はハインちゃんに任せる」

从 ゚∀从「全部イヤだよ」
 
キュートの言葉を軽く受け流しつつ、私は願うことにした。
もうしばらく、出来ればいつまでも、私とキュートにとって何もないような日々が続きますように……と。









7.泣き言