ご機嫌かい、シェルター?

68 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/27(月) 00:20:58 ID:77jxYCuE0
4.ご機嫌かい、シェルター?

私の人生における労働はほぼ全て、自宅地下に作られたシェルターのために捧げられた。
それは、言うなれば逃れられない死……例えば原子爆弾や化学兵器といったものから、
我がしがない命を守ることだけを目的とした、一種強迫観念の産物だ。

しかし案の定……シェルターが本領を発揮する機会は訪れなかった。
私の国は戦争やテロリズムに晒されることのない、そこそこ平和な国だったからだ。

そんなわけで……シェルターは当然へそを曲げてしまったに違いない。
平和にケチをつけるような野暮な真似はしないにせよ、シェルターは、
自分自身の本来の機能や目的を一度として果たしはしなかったのだから。

傍から見れば私だって気の毒に映ったかも知れない。
私財を擲って馬鹿げたシェルターに人生を賭した男。実にお笑いぐさだ。

せめてもの慰めに、週に一度は地下に於いて、シェルターの中で眠ることにしている。
決して寝心地が良いとは言えない。しかも、いつも決まって同じ夢を見るのだ。
夢の中で私はシェルターに語りかけている。

(´・_ゝ・`)「ご機嫌かい、シェルター?」

まるで恋人に囁くみたいにゆっくりとした口調で。
彼女は……シェルターは、夢の中でさえ答えてくれない。
目覚めても、シェルター内は音もなくしんとしている。

どうやら、彼女は常に不機嫌であるらしい。

69 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/27(月) 00:24:04 ID:77jxYCuE0
そんなシェルターが活躍する機会が遂に訪れた。何と今夜だ!
唐突だと思うかも知れないが想像してみて欲しい……
シェルターの使い道など、所詮そういうものではないだろうか?

きっかけはテレビが速報として流したこんなニュースだった。

(-@∀@)「さて、冗談のように聞こえるかもしれませんが……。
      明日、標準時刻で午前九時ごろ、遠い宇宙の彼方より巨大なミサイルが飛来します。
      ミサイルは確実に地球に着弾し、その圧倒的な破壊力で惑星ごと粉砕するでしょう。

      あらゆる科学アカデミーはそのミサイルの存在に気付いて以降、
      ミサイルの構成物質よりもまずミサイルからの回避方法を模索しました。
      結果、科学的見地により、この前代未聞の災厄を逃れる術が存在しないことが分かりました」

アナウンサーは、もう何日も前から知っていたような口ぶりでそう言った。
敢えて言及する必要もないが、どうせ報道管制でもかかっていたのだろう。

そして彼は、この国にはあまり似つかわしくない言葉でニュースを締めくくった。

(-@∀@)「祈りましょう。せめて死後、此処より素晴らしい場所へ行けるように、と」

70 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/27(月) 00:27:51 ID:77jxYCuE0
そういうわけで、今宵私はシェルターで眠る。
初めてこいつが役目を果たす時が来たといえるだろう。

嗚呼、しかし皮肉なことだ!
今回の災害は家庭用の小型シェルターごときでとても耐えられるものじゃない。
いや、どんなに素晴らしい防衛設備だって、オーバーテクノロジーの産物には敵うまい。

これがシェルターの、そして人間の限界というものだ。
しかし、だからこそ湧き上がる愛着というのも、いかにも人間らしい。

シェルターの出入り口を閉め、にわかに喧しくなってきた地上と袂を分かつ。
ひとり分の床に寝そべって、無機質な天井をじっと見つめてみる。

不意に子ども時分のことを思い出した。
ひどく幼いころはまだ、死というものをあまり怖れていなかった。
遙か下に滝壺を臨むような危なっかしい場所で、石飛びをして遊ぶのも平気だったものだ。

小学生の後半に差し掛かったころ……真夜中のベッドの中で、急に死が怖くなった。
自分自身の考えや思いがこの世から消え去ってしまうということが想像できなかったのだ。

その夜は泣きに泣いた。

71 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/27(月) 00:30:19 ID:77jxYCuE0
そして今……実際に死というものが真横まで迫ってきた。
しかしどういうわけか、さほどの恐怖は感じられなかった。
無神論者の私は死後の世界などに期待を掛けていない。それにも関わらず、だ。

最早自分の力ではどうすることもできないから? ――それもある。
だがそれ以上に、今の私が死を怖れるに足りるほど尊大な存在ではないということに気付いたのだ。
子どものころはちがった。自分という人間には重要な可能性や役割があると信じきっていた。

現実問題……私が今日に至るまでに成し遂げたことといえば、シェルターを完成させたことだけだ。
きっとそれで十分なのだ。世の中を見渡してみても、私はよくやった方なのかも知れなかった。

(´・_ゝ・`)「ご機嫌かい、シェルター?」

私は初めて、現実で声に出してみる。
それはある程度響いてから、どこへともなく吸い込まれていった。
少なくとも、私自身はご機嫌だ。

さて、彼女の方はどうだろう? こればかりは、直接お伺いを立ててみなければ分からない。
今宵、夢の中で彼女は、僕と言葉を交わしてくれるだろうか?









5.ピーマン・スイッチ