スローイング

4 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/24(金) 20:23:12 ID:CXdQucvA0
2.スローイング

夜は徒然と更けていく。そういうものだった。
この世で生きている人の殆どが朝に太陽が昇るのを当たり前だと信じていた。
 
けれども、それがある日突如として狂い始めた。
最初は日没の時刻が平年よりも一時間くらい遅れるだけだった。

もちろんそれだけでも大問題ではあったのだろうけど、
この世で生きている人の半分くらいは全然気にしていなかった。
大抵の人は、太陽が信じられなくなった時のために腕時計を身につけているからだ。
 
そんな具合で徐々に徐々に昼と夜の歩調が狂いだした。
そして一ヶ月ぐらい経ったある一日に、とうとう夜がやってこなくなった。

この日ばかりは街中に酔っ払いが溢れかえった。
まだ日が高いから、と油断して飲み過ぎてしまったらしい。
酔っ払いの目には時計が嘘をついているように見えたのだ。

結局、人間というのは都合のいいときに都合のいい方を信じる生き物らしかった。
むつかしい言葉を使うなら、正常性バイアスというやつだ。

5 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/24(金) 20:26:30 ID:CXdQucvA0
それからというもの、夜が来ない日がだんだんと増えていった。
昼と夜がいよいよ本格的な大喧嘩を始めたらしかった。それは概ね昼の勝利で終わった。
だから、テレビのアナウンサーが午後の十一時をお知らせしても、みんないまいちピンとこなかった。
 
しかし時たま夜の憤懣が爆発したみたいに、一日中真っ暗闇に包まれることもあった。
と言っても、人間は十分に賢かったから、地上で光を作り出す方法を幾つも心得ていた。

だからそんなに困りはしなかった……と、一口に表現してしまうと嘘になる。
いつまでも真っ暗だということで、八百屋の店主なんかは声を張り上げて
客を呼び込むことが出来ずに困り果てたそうだ。
 
ともかくそんな風にいつまでも昼と夜が仲直りをしないまま時間だけが過ぎていった。
ある日は昼が十八時間で夜が六時間。またある日は昼が二十二時間で、夜がたったの二時間。

その中で一日だけ、元に戻ったかのように昼と夜が絶妙に調和した日がある。

その普通さがあまりにも珍しかったものだから、
予定を変更して一時間ばかりも生中継したテレビ局すらあったぐらいだ。
ただその頃にはもう昼と夜のバランスはおかしくて当然だったから、人々は逆に違和感を覚えてしまった。

6 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/24(金) 20:29:07 ID:CXdQucvA0
そして遂には……夜が来なくなった。

戦いは昼の完勝で終わり、夜はそれまで長らく陣取っていた自分の居場所から
スゴスゴと引き下がってしまったのだ。今となってはどこに行ったやも分からない。

空には二十四時間太陽が燦々と照り輝いていた。その姿は常に凜々しく雄々しいものだったが、
ふとした瞬間に力を失ったみたいにヒョロヒョロと地平線の間際まで落ちていってしまう時がある。
それでも宵闇が訪れる気配はなく、気がつくと太陽はまた空の頂上あたりまで立ち戻っているのだった。

けれどそんなことは……割とどうでもよかった。
少なくとも、殆どの人々にとっては。
夜がまったく来なくなってしまったという事態に、みんな困っていた。とてもとても困っていた。

7 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/24(金) 20:32:05 ID:CXdQucvA0
僕も困っていた。僕は元来夜型人間なのだ。
そんな僕のところへ夜がこなくなってしまったものだから、
僕はいつ布団から外に這い出していいかさっぱり分からなくなってしまったのである。

なんなら日がな一日布団の中に籠もっていても全然構わなかったが、
そんな生活をしていてさえ空腹に苛まれるのだから始末が悪い。

海外の映画で十字架の間を縫って彷徨うゾンビみたいな振る舞いで、
僕はコンビニで口に入れるものを購って帰る生活を繰り返した。

考えてみればコンビニはそもそも昼夜の区別がついていない施設だ。
働いている店員の顔色にさしたる変化がないのもそのおかげなのかもしれない。

昼夜の区別がなくなったおかげで体調を崩してしまった人が結構いるらしい。
むつかしく説明すると、セロトニンが何とかかんとか。
要は人の心や体のバランスが根本から狂ってしまうのだそうだ。

僕だって、夜に構ってもらえたらもうちょっと活動的な感じに息を吹き返せるかもしれない。

8 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/24(金) 20:35:14 ID:CXdQucvA0
政治家や専門家は毎日のように騒いでいたが、
三ヶ月もすれば僕らみたいな市井の人々は異常にも慣れてくる。
それでもテレビがやたらと喧伝するものだから、最近ではレンタルビデオ店が大繁盛しているらしい。

いずれ地球の上で生活している僕らにはどうしようもないのだから、
その内テレビも飽きてきて、明るい夜にもピッタリの番組を放送し始めることだろう。
 
僅かばかりの食欲を満たしてから布団に潜り、携帯を使って暇をつぶす。
最近、ネット上では『ナイトフレンズ』という名称の団体が盛んに活動している。

彼らは文字通り夜の友達である。
夜の方が彼らをどう思っているかはともかく、彼ら自身はそう名乗っていた。
彼らは友である夜を探し出すため、科学や疑似科学などあらゆる方法を用いてアプローチしているのだ。

中には夜を見つけるために
あちらこちらへと旅して回るというような人さえ存在しているのだから世界は広い。

9 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/24(金) 20:38:10 ID:CXdQucvA0
僕は『ナイトフレンズ』ではなかったが、彼らの行動は逐一追いかけていた。
特別に興味があるというわけではなく、彼らが今最も熱い存在だからだ。

人智を超えた何かを相手にしているためか、『ナイトフレンズ』のメンバーは多くが穏健な人々だった。
彼らはあくまでも何らかの方法でこの現象に具体的な説明をつけようと努力するものだ。

けれど中には過激派的な『ナイトフレンズ』もいる。

別にテロを起こすわけではないのだが、彼らの手法はどこかへ行ってしまった夜を探すというよりも、
何者かに捕らえられた夜を取り返すことに近かった。
超大国の陰謀だ、食品などに密かに混入していた薬品による幻覚だ、などなど。

ある過激派『ナイトフレンズ』の一員はソーシャルネットワークに次のような文言を書き込んだ。

『とにかく、こんな状況になってしまったのが誰かのせいであることだけは明らかだ。
 俺たちは夜と同時に、夜にこんな目を遭わせた奴も探し出さないといけない。
 もちろん、全ての責任を取らせるために』

10 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/24(金) 20:41:50 ID:CXdQucvA0
もちろん、陰謀論を本気で信じ込んでいる人なんて過激派の中でも微々たるものだろう。
この文章だって冗談を前提に書き込まれているのだろうし、
そもそも過激派という存在そのものが嘘っぽい。

それでも僕はそのシュールさがとても気に入った。
何に対しても、想像力を駆使して遊ぶというのは愉快なものだ。
 
僕は夜を追いかける『ナイトフレンズ』を追いかけた。
彼らの中には実際に何らかの行動を起こすものもいたが、僕は何もしなかった。
ただいつも空にいる太陽に飽き飽きしながらコンビニと布団の間を往復するだけだった。

布団の誘惑を振り払ってからコンビニに辿り着くまでは歩いて十分もかからない。
一日のうちに動く時間がほぼそれだけだから、僕の体力や気力は日に日に落ちていくようだった。
と言って、そもそもそれらが旺盛なわけでもなかったから、気にする必要もないのだけれど。

11 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/24(金) 20:44:22 ID:CXdQucvA0
その日も同じだった。僕は僅かばかりの運動を名目に布団から這い出てコンビニへ向かっていた。

正直、食欲なんてものはとうの昔に失われてしまっていた。
僕は惰性でご飯を食べ、そして惰眠を貪るのだった。
日は傾いていたが、どうせこのまま沈んでいくはずがなかった。
 
道半ばに公園がある。

十年と少し前、団地の隣に出来たばかりの公園にはシーソーや滑り台、
回転遊具なんかがズラリと並べられていた。それらは全部時間とともに錆び付いていった。
誰が手入れするわけでもなく、ある日を境に一つずつ撤去されていってしまった。

今では何もない。もはや公園ではなく、多少手広いだけのただの空き地だ。
隅っこにベンチが一つだけ、申し訳程度に設置されている。
そんな公園だから普段から子どもの姿はほとんどなかった。

12 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/24(金) 20:47:02 ID:CXdQucvA0
その公園に少女がいた。高校生ぐらいだろうか。
やや背高で、華奢ではあったが少なくとも僕なんかよりは余程スポーティーだった。

彼女はちょうど公園の真ん中あたりに立ち尽くし、薄ぼんやりと朱い太陽を見つめている。
両腕がダラリと垂れ下がり、背中はお婆さんみたいに丸まっていた。
そんな異様な立ち姿の彼女を、僕は何ということもなく眺めていた。
 
すると彼女は、おもむろに右腕を真っ直ぐ後ろへ伸ばした。
そのまま数秒静止した後、半月の軌跡を描くようにして何かを投げる動作をした。
少女の視線の先に何が飛んでいったわけでもない。ただ太陽があるだけだった。
 
しかし、少女はとても辛そうだった。まだ幼ささえ残る表情には疲労の色が染み渡っていた。
肩を忙しなく上下させてから、彼女はもう一度同じ動作を繰り返した。
背中にかかっている髪が無造作にバサリと振るわれる。

彼女は何度も何かを投げていたが、その行為にどのような意味があるのか何度見ても分からなかった。
けれども、彼女は妙に必死だった。

13 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/24(金) 20:50:24 ID:CXdQucvA0
ξ゚⊿゚)ξ「なに?」
 
そしていつの間にか……彼女はこちらへ数歩近寄り、僕を睨みつけていた。
痛々しいほど息切れしている声。時折歯を食いしばりながら肩を回している。
そんな彼女に応えるべき言葉が見当たらず、僕はしばらく馬鹿みたいに黙り込んでいた。

ξ゚⊿゚)ξ「『ナイトフレンズ』?」

僕の沈黙に苛立ったように、少女は更に言葉を重ねた。

ξ゚⊿゚)ξ「あなた、『ナイトフレンズ』なの?」

( ・∀・)「『ナイトフレンズ』って……あの?」

ξ゚⊿゚)ξ「どういう意味? 私は、あなたも太陽のことが嫌いなのかって訊いてるんだけど」

14 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/24(金) 20:53:04 ID:CXdQucvA0
逃げ出した方がよかったのかもしれなかった……僕のためというよりは、彼女のために。
彼女が、初対面である僕との会話に苦痛を感じているのは明らかだった。
ただでさえ満身創痍に見える彼女に余計な手間をかけさせるのは余りにも忍びない。
 
それでも……僕の好奇心は彼女への優しさに大きく勝ってしまっていた。
何より、面と向かって『ナイトフレンズ』を口にする彼女が興味深くて仕方がなかったのである。

( ・∀・)「いや、僕は『ナイトフレンズ』じゃないよ……きみは、そうなの?」

ξ゚⊿゚)ξ「違う。『ナイトフレンズ』は私を憎んでる。私の方は、別になんとも思ってない……」
 
そう言うと彼女は小さく唇を噛んだ。
朱色の光に照らされた彼女の面影は憂鬱だけを抜き出しているようにも見えた。

15 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/24(金) 20:56:13 ID:CXdQucvA0
( ・∀・)「きみが憎まれてる……いったい、どうして。
      それは、さっきからやっていることと関係あるのかい」

ξ゚⊿゚)ξ「何それ、馬鹿にしてるの。関係も何も、そのままじゃない」

( ・∀・)「……そうは言っても、正直、僕にはきみがさっきからやっていることの意味が見出せないんだ。
      何かを投げている、そんな風に見えるんだけど」

ξ゚⊿゚)ξ「やっぱりあなたは私を馬鹿にしてる。知ってるじゃない、投げてるって」

( ・∀・)「何を」

ξ゚⊿゚)ξ「夜」
 
僕は思わず「え?」と聞き返した。
彼女は変わらないトーンで「夜」と口にすると、一層強い眼光で僕を見た。

ξ゚⊿゚)ξ「私は夜を投げてるの。だからいつまで経っても夜はこない。それだけ。
      それだけの理由で、私は『ナイトフレンズ』に憎まれてるの。
 
      でも別に私は『ナイトフレンズ』が嫌いじゃない。あんなの、どうでもいい。
      私が夜を投げるのを、邪魔しないのならそれでいい」

16 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/24(金) 20:59:22 ID:CXdQucvA0
彼女の口調はあくまでも真剣だった。狂っているようにも見受けられなかった。
いや、狂っていなければ夜を投げられるようにはならないだろうか……?

ξ゚⊿゚)ξ「ああ、言っちゃった」

いずれにせよ、彼女は僕に自分自身についてひけらかしてしまった事を
随分と後悔してしまっているようだった。彼女はヨロリと踵を返し、大仰な溜息をついた。

ξ゚⊿゚)ξ「馬鹿みたい……本当に、馬鹿。こんなこと言っても信じられるわけがないのに。
      信じられても、困るっていうのに……」
 
言葉が途切れると同時に彼女の姿がグラリと揺らいだ。
思わず差し伸べた僕の手を振り払うと、彼女は隅にあるベンチまで独りで歩み寄り、
ほとんど倒れ込むようにして凭れかかってしまった。

17 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/24(金) 21:02:04 ID:CXdQucvA0
( ・∀・)「大丈夫?」

ξ゚⊿゚)ξ「大丈夫に見えるなら、あなたはおかしい……
      でも、変な気を遣わないでね。鬱陶しいだけだから」
 
やはり彼女に話しかけるべきではなかったのかもしれない。

ムキになっている彼女の言動は少女そのものだったが、
その身に抱えている疲労は大人でさえ耐えられるものではなさそうだ。
今更彼女を置き去るわけにもいかず、僕はただただ気を揉むばかりだった。

( ・∀・)「僕は信じるよ……いや、きみが信じてほしくないならそうするけど。
      けれど『ナイトフレンズ』は本当にきみを憎んでいるの? 
      ネットのコミュニティを見ている限り、きみのような存在は噂されていないけど」

18 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/24(金) 21:05:05 ID:CXdQucvA0
たった一人の少女によって夜は消された……。

そんな、陳腐なヒーロー物語は、コミュニティにおいて真っ先に排除される可能性だった。
その可能性はあまりにも子供じみていて、そして退屈だからだ。
映画で見飽きたような超能力者が実在していたとして、果たして彼らは熱狂できるだろうか……。

ξ゚⊿゚)ξ「本当にそう思う?」

少女は小さく呻いた後、ベンチに横たわった。

ξ゚⊿゚)ξ「それはきっと、あなたが私じゃないからだと思う。
      きっと他人の立場なんて永遠に解らないものだから……」

( ・∀・)「もしかして、いわゆる過激派のことを言ってるの? 
      だったらお門違いだよ。彼らは決して本心で誰かに責任を取らせようとしているわけじゃ……」

ξ゚⊿゚)ξ「どうしてそんなことが分かるの? 
      たくさんの過激派の言葉が全部冗談だなんて、どうしてあなたにそんなことが言えるの? 

      たとえ一パーセントでも、一人でも本気だったら、私はそれだけで憎まれ役なの。
      数が問題なわけじゃない」

19 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/24(金) 21:08:07 ID:CXdQucvA0
確かに、僕は彼女ではない。そう言われてしまえばこちらとしても手立てがなかった。
口を噤んでいると、彼女は「それに」と言葉を継いだ。

ξ゚⊿゚)ξ「過激だろうとなんだろうと関係ない。
      みんな、心の中で何を考えてるかなんて分からないんだから。

      分かってるのはたくさんの人が夜を心待ちにしていて、
      私がそんな人たちの心を逆撫でしているってことだけ……それだけ」
 
太陽が少しずつ地平線に近づいているような気がする……もしかしてこのまま沈んでしまうのだろうか。

そしてそれは、僕が彼女の邪魔をしてしまったからだろうか。
こうして会話を続けている間に、僕は『ナイトフレンズ』だけでなく、
ほぼ全ての人類にとってのヒーローになってしまうのか……。

20 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/24(金) 21:11:13 ID:CXdQucvA0
いやいや、思考が先走りすぎている。
そもそもヒーローになったところで誰に知られることもないのだし、
僕がやっていることなど、せいぜいおっちょこちょいのラッキーパンチ程度だ。

( ・∀・)「さっき、夜を投げるって言ったよね」

ξ゚⊿゚)ξ「うん」

( ・∀・)「どこへ投げるの?」

ξ゚⊿゚)ξ「明日の向こう側」

( ・∀・)「……もう少しだけ、分かりやすくお願いできるかな」

ξ゚⊿゚)ξ「今から来る夜を明日の朝より向こう側に投げるの。
      そうしたら、その夜は明日の夜まで繰り越されるでしょう? それを繰り返すだけ。

      最初はたくさん失敗したけどね。
      夜がちぎれて短くなったり、投げ間違えて一日中真夜中にしてしまったり……」

21 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/24(金) 21:14:08 ID:CXdQucvA0
確かに当初は昼夜が随分とおかしな拍子を踏んでいた。あれは、少女の失敗だったらしい。
そんなことを露とも知らない僕たちは、昼と夜が喧嘩をしているだなんて、
的外れな例え話をしてしまっていたというわけだ。

( ・∀・)「投げ方は……さっきみたいに?」

ξ゚⊿゚)ξ「出来るだけ大きく腕を振るのがコツみたい。
      あとは、出来るだけ見晴らしのいい場所で、集中すること。
      さっきみたいにジロジロ見られてたら出来ることも出来ない」

( ・∀・)「……悪かったよ」

ξ゚⊿゚)ξ「もういい」

少女が、初めて朗らかに聞こえる声を出した。

ξ゚⊿゚)ξ「もういいの。今日あたり、どうせ無理だって思ってたから。
      無理になったら、全部話して楽になってしまいたいって思っていたから」
 
少女は太陽に手をかざして手首を回した。
それだけの動作でも彼女の頬は苦痛に歪むのだった。それでも彼女は手首を回し続けた。

22 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/24(金) 21:17:23 ID:CXdQucvA0
( ・∀・)「無理って……どういうこと?」

ξ゚⊿゚)ξ「投げても夜がなくなるわけじゃない。
      次の日には昨日の夜と、今日の夜の二つが来ることになる。
      だから、私はまたその次の日に二日分の夜を投げないといけないの。

      そうやって、一日ごとに夜が重たくなっていく。分かるでしょう? 
      私の二の腕なんか、もうパンパンに膨れあがっちゃってるの」
 
日ごとに重さを増していく夜に比例して彼女にかかる負担も大きくなっていく。
そして最終的に、彼女の腕力では投げきれない重さに到達してしまったということだろう。

きっとそれは、重さが増していくという事実に直面した時点で分かりきっていた問題だったに違いない。
彼女は夜が投げられなくなる日が来ること、そしてその日が遠くないことを十分に理解していたのだ。

( ・∀・)「それでも、きみはさっきまで夜を投げようとしていたじゃないか」

ξ゚⊿゚)ξ「一応、やってみようと思っただけ。だって、どうなるかなんて分からないじゃない。
      私が夜を投げられるようになったのも、奇跡みたいなものだったんだから、
      今回もまた奇跡が起きないかなって、試してみただけ……」

23 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/24(金) 21:20:14 ID:CXdQucvA0
もしも僕が馬鹿正直なヒーローだったなら……
彼女の言葉を受け、すぐにでも彼女への助力を提案することだろう。
そうして二人の力で夜を投げ、ハッピーエンドといった具合だ。

けれども、残念ながら僕はそういう類いのヒーローにはなれそうになかった。
僕の身には、奇跡など降ってきていないのだから。何より、
ついさっき出会ったばかりの僕と彼女が協力し合うなんて、筋書きとして成立していないように思えた。

( ・∀・)「じゃあ、明日から普通の日々が戻ってくるわけだ」

ξ゚⊿゚)ξ「違う……話、聞いてた?」

僕に向けての明らかな嘲笑。しかし笑いは笑いだった。彼女の笑顔を僕は初めて見た。

24 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/24(金) 21:23:13 ID:CXdQucvA0
ξ゚⊿゚)ξ「今までの夜が溜まりに溜まっているのよ。
      私が投げられなくなった時点で、溜まった夜が一気にやってくるわ。
      きっと明日からは何日も何十日も真っ暗な日が続くはず。だから」
 
彼女は再び唇を噛んで、目を閉じた。

ξ゚⊿゚)ξ「だから、恨まれたってしかたない。
      『ナイトフレンズ』に憎まれても、憎まれて当然のことをしてきたんだから……」
 
どう見ても彼女は高校生ぐらいに見えた。
こんなにもうらぶれた表情を浮かべるべきではない年齢なのだ。
それを見て改めて、夜を投げるという作業の遠大さ、深刻さは把握しきれないのだと思い知らされた。

( ・∀・)「けれど、そんなにたくさんの夜が来るのなら、『ナイトフレンズ』は大喜びじゃないのかな」

ξ゚⊿゚)ξ「代わりに『デイフレンズ』に憎まれるのかも」

( ・∀・)「……ねえ、つまるところ、きみは夜が嫌いだからこんなことをしていたのかい? 
      きみの中にある嫌悪感に神様が共感でもしたんだろうか」
 
僕が至極真面目に言い放った疑問を、彼女は鼻で笑ってあしらった。

25 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/24(金) 21:26:24 ID:CXdQucvA0
ξ゚⊿゚)ξ「別に、私は『夜が夜だから』嫌いなわけじゃない。
      幽霊が苦手だとか、そういう理由でもない。

      きっと、私がまだどうしようもない子どもだから考えることで、
      あなたみたいな大人には少しも理解できないようなこと……」
 
彼女は遠い目をしていた。彼方の夕日が、本当に落ちていってしまいそうだった。

ξ゚⊿゚)ξ「私はただ、時間が過ぎていくのが嫌だっただけ……。
      毎日毎日昼と夜を繰り返して、そうしているうちに授業が終わって、
      休み時間が終わって、行事とか祝日とか、色んなものが終わっていって……。

      あのね、私の親は昔から転勤族だったの。
      だから一年に一回ぐらいのペースで別の場所へ住むような生活を繰り返していた。

      小学校の頃なんて携帯も持たされてなかったし、
      あの頃の友達が今どうしてるかなんて全然わからない。
      中学とかの友達も、たまにメールはするけどそれだけ。

      きっと、向こうも高校生になって新しい友達が出来たんだと思う。
      実際メールで送られてくるのは新しい友達のことばっかりだから。
      まるで、私を相手にしてるのに私のことなんてすっかり忘れてしまってるみたい……」

26 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/24(金) 21:29:20 ID:CXdQucvA0
( ・∀・)「……だから、少しでも時間が進まないようにしようと?」

ξ゚⊿゚)ξ「高校に入った時に親に言われたの。もう転勤することはないと思う。だから安心しろって。
      でも、私にはとてもじゃないけど信じられなかった。
      だって、私にとって転勤と引っ越しは日常みたいなものだったから。

      新しく移り住んだマンションの三○五号室に何年も住むことになるなんて想像もできなかった。
      でももしもそれが本当なら……少なくとも高校の三年間、この場所から離れないで済むなら、
      私は出来るだけこの三年間を引き延ばしたかった。

      新しい友達とかを、もう手放したくはなかったから。毎日眠るのが怖かった。
      けど、どんなに夜更かししたって次の日は必ず来る。
      せっかく友達と一緒に遊んでいても、日が暮れていくのが気が気でなかったの。

      もしかしたら、明日には突然また、引っ越すって言われるのかもしれないし……」

( ・∀・)「……」

ξ゚⊿゚)ξ「でも馬鹿みたい。
      いっつもそう、試験勉強しようとしてるときに限って、綺麗に部屋を片付けちゃう。
      別の目的に本気になっちゃう。今の私なんてまるっきりそれなんだ。

      こうやって夜を投げていても何にも変わらないし、恨まれるだけ。
      もしかしたら身近な友達だって『ナイトフレンズ』かもしれない。
      そんな風に疑うなんて本末転倒じゃない……」

27 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/24(金) 21:32:06 ID:CXdQucvA0
彼女にとって最大の不幸は、おそらく『夜を投げる』などという奇跡的な、
いや、奇跡そのものの能力が身についてしまったことだろう。

もしも彼女がごく一般的な女子高生のままだったら、
ある程度の妥協をもとに何とか日々をこなしていけたはずだ。神様は共感などしていなかった。
ただ単純に、人よりちょっと臆病な一人の少女に悪戯を仕掛けただけだったのだ。

ξ゚⊿゚)ξ「でもやめられなかった。夜を投げてる間、ろくに友達と遊んでない。
      メールしたくても、腕が痛いから上手くいかない。

      それなのに、私はずっとずっと夜を投げ続けていたんだ。
      私には他人のことなんて分からないけど、自分のことはもっともっと分かってないみたい。
      だからこうやって、無理矢理にでも投げるのをやめる日が来て、ほっとしてるんだ。

      だって、こんなに疲れるんだから……」
 
地平線に日が沈んでいく。満身創痍の中に浮かんだ笑顔に朱色と宵闇の影が落ちる。

28 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/24(金) 21:35:03 ID:CXdQucvA0
( ・∀・)「……それでいいんじゃないかな」

と僕は言った。我ながら気の利かない台詞だと思った。

( ・∀・)「僕は何の能力もない凡人だし、
      親が転勤族というわけでもなかったからきみの気持ちなんてたぶん半分も分からないと思う。
      ましてや夜を投げられる人の気持ちなんて、きみ以外に理解できる人間なんていないよ。

      でも、今きみが辿り着いた答えはおそらく正しいよ。
      来るかどうか分からない明日に怯えるより、今日友達と目一杯遊ぶ方が遙かに幸せだ。
      きっと、誰だってそう考えるよ」

ξ゚⊿゚)ξ「なんか、大人が言うと気持ち悪いね」
 
間髪入れずに呟いた少女の感想に、僕も間髪入れずに同意した。
よく出来たヒーローですらない僕に、如何にも大人っぽい、
子どもを諭すような言葉をタイミング良く引き出せるわけもなかった。

29 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/24(金) 21:38:04 ID:CXdQucvA0
ξ゚⊿゚)ξ「でも……どうかな。
      もしあなたが『ナイトフレンズ』で、私が夜を投げていた事を知ったら……やっぱり許さないかな」

( ・∀・)「許すも何も……きっとそんなのは信じないさ。
      だってこの世から真夜中が消え去るなんて大事件を、
      きみみたいな一人の高校生がやってのけたなんて、冗談にしても話が出来すぎてるよ」
 
彼女はふっと落ち込んだような様子を見せた。おそらくは責任のようなものを感じているのだろう。
けれど僕は、彼女が夜をなくした全責任を負うべきだとは思えなかった。

おそらく誰だって……奇跡によって超人的な能力を手に入れれば
それを使って最大限の努力を注ごうとするに違いないからだ。
右も左も分からぬ少女に勝手の悪い奇跡を与えた神様こそ責められるべきだろう。

彼女は夜を投げるという作業を、どこか義務感めいた宿命を擲った。
ただそれだけで十分であるように思えた。

( ・∀・)「まあ、どうしても納得できないなら友達でも、『ナイトフレンズ』でも、
      誰でもいいから全部を打ち明けてみるといい。きっと答えはこんな具合だろうね。
      もうキミみたいなのを相手にするのはいい加減疲れた……って」

ξ゚⊿゚)ξ「馬鹿」

30 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/24(金) 21:41:14 ID:CXdQucvA0
僅かながら拗ねて見せた彼女が、もう二度とむやみに夜を投げることはないだろう。
それだけで十分だった。

これからも当分、世の中は混乱してしまうかもしれないが、それはそういうものだ。
せいぜい泥棒の数が一人か二人増えるだけで済んでしまうことを祈りたい。
そうして我慢をしていれば、その内にまた徒然と夜の更ける日がやってくる。それで、何もかも元通りだ。

( ・∀・)「そうと決まればきみはまず腕の手当てをするべきだね……親御さんに相談してみたらいい」

ξ゚⊿゚)ξ「医者ぐらい自分で行けるから……」
 
まだむくれている彼女がそういった直後、携帯のバイブレーションが鳴り響いた。
彼女は顔を歪ませながら携帯を取り出す。
そしてその画面に表示された氏名を見た瞬間、彼女の顔色が明らかに変わった。

31 : ◆xh7i0CWaMo :2015/04/24(金) 21:44:03 ID:CXdQucvA0
ξ゚⊿゚)ξ「……ねえ、帰ってくれない」

携帯の画面を見つめたままそう言った彼女には今まで感じられなかった必死さが見受けられた。

ξ゚⊿゚)ξ「話、聞いてくれたことは感謝してるから」

( ・∀・)「突然、どうしたの」

ξ゚⊿゚)ξ「いいから」
 
バイブレーションが鳴り響き続けている。彼女は少しも僕を見ずに携帯の画面に釘付けだ。
 
……その瞬間、出来の悪い僕でさえも流石に理解することができた。
それと同時に僕は足早に立ち去ることにした。背後に、やや甘味を含んだ少女の声を聞きながら……。
彼女が手放せないのは友達だけではないのだ。むろん、高校生とはそういう時期だ。
 
僕は彼女の懺悔を忘れる……もとい、信じないことにした。
そうして心の奥底にそっと畳んでしまいながら、きっと彼女ほど努力する力があれば、
いつまでも仲睦まじくやっていけるだろうと確信した。また、そう願わずにはいられなかった。
 
いそいそと布団に戻っていく僕の頭上に、久方ぶりの夜が降り注いできた。









3.( ^ω^)コミュ障のようです