ある個展のようです

45 :ある個展のようです :2013/09/27(金) 21:11:28 ID:tJ/QHhPA0
('A`)「彼女の絵が好きだったんだ」

酷く、寂しさを感じる絵だと思った。
緑がかった黒で大部分が占められている。真夜中なのだろうか。
真っ暗な暗闇の中で、絵の中の男は、真っ白なシャツを着てこちらに背を向けている。
男の周囲には、薄黄緑色の光が無数に舞っている。蛍のようだった。
顔こそ見えないが、僅かに見える頬は蛍の光で照らされている。柔らかい輪郭の頬は、きっと顔も優しいのだろうと思わせた。
真夜中に舞う蛍を、男がこちらに背を向けて眺めている絵。
その絵には『彼』というタイトルが付けられていた。

('A`)「綺麗な絵だろ。俺の彼女が描いたんだ」

そうなんですか、と返事をした。

46 :ある個展のようです :2013/09/27(金) 21:12:27 ID:tJ/QHhPA0
首が痛くなるほど高いビルが立ち並ぶ都会の、老舗デパートのひっそりとした端のスペースで、個展をやっていた。
入口に掲げられていたのが、この『彼』という絵だ。
人寄せ用に縮小されたその絵に惹かれて、なんとなく入場料を払って回ってみた。
おそらくこの絵が目玉なのだろう。
僕の身長を超えるほど大きな絵だということもあってか、これまで一メートル間隔で壁に掛けられていた絵とは違って、少し広めのスペースに、この絵は飾られている。
薄暗い照明は絵と合わせでもしているのだろうか。
ほんのりと暗い空間に立てかけられた絵は、ずっとここでこの絵を見つめていたいような、そんな気にさせられた。

('A`)「俺はこの絵が描かれる一部始終を見てたんだ。彼女は描いてる途中ずっと無言でさ、遊びに来たはずの俺は退屈でしょうがなかった」

写真見るか、と横から紙を差し出された。
受け取って見ると、一人の女性が椅子に座って、大きなカンバスに黒い緑の絵の具を乗せている写真だった。

47 :ある個展のようです :2013/09/27(金) 21:13:50 ID:tJ/QHhPA0
女性は肩甲骨辺りまである黒曜石のような髪をそのまま結わずに下ろして、焦げ茶の涼やかな瞳を真っ直ぐとカンバスに向けていた。
着ている七分袖のVネックのシャツは、赤青黄緑紫白黒、とにかく沢山の色で塗り潰されていて、元が何色だったのか分からなくなっていた。
筆を持つ腕は驚くほど白く細い。女性特有の曲線を持つ腕は、明確な意思を持って、カンバスの白い部分を埋めようと今にも動き出しそうだった。

('A`)「俺がカメラ向けてもさ、全然気付きやしないんだ。普段はすぐに気付いて怒るのに」

彼女さん、素敵ですね。僕がそう言うと、隣にいた男は吐息で笑った。

('A`)「うつくしい人だよ。俺なんかにはもったいないくらい」

そんなことないですよ。
写真の中の彼女は、その瞬間をまさに切り取ったように、生命力に満ち溢れて眩しかった。
そういえば、彼女の絵こそ美しいが、彼が撮ったこの写真も素晴らしい。

('∀`)「お世辞が上手いね」

お世辞なんかじゃないです、と僕が言うと、彼は少し照れたように頭を掻いた。褒められるのには慣れていないらしい。

48 :ある個展のようです :2013/09/27(金) 21:15:12 ID:tJ/QHhPA0
('A`)「ありがとうな」

隣の男は消えそうなほど小さな声でそう言うと、僕の後ろを通って歩いて行った。どうやら次の順路に向かうようだ。
僕はもう少しだけこの絵を見て行こうと思って、再び絵を見つめた。

('A`)「ああ、そうだ」

男の足音が止んだ。どうかしたのかと振り向いて見ると、男がジーンズのポケットに手を突っ込んだまま、こちらを見て口を開いた。

('A`)「この絵、どうだ?」

好きです。
即答だった。

('∀`)「そうか」

男は僕の返事を聞いて、満足そうに笑って、背を向けた。僕も絵へと視線を戻して――そこで、手の中の写真に気が付いた。

( ・∀・)「あの、これ」

返していたつもりだったが、返していなかった。僕は再び振り向いたが、男の後ろ姿はどこにも無かった。

49 :ある個展のようです :2013/09/27(金) 21:16:12 ID:tJ/QHhPA0
 
 

 
 
全ての絵を見終えると、この個展の主の写真や、経歴などが壁に貼り付けられていた。
それを見上げながら、僕は「ああ」と思わず声を漏らしてしまっていた。

目の前のパネル写真には、先ほどの男と、持っている写真に写っているのと同じ彼女が、並んで幸せそうに笑って居た。
パネル写真の下には「クーさんと、恋人のドクオさん」と小さく補足されている。
そして、経歴の最後は、こう締め括られていた。

『写真家であり恋人だったドクオ氏と、同棲していた家のベッドで薬物自殺をしているところが発見される』

( ・∀・)「どうか、お幸せに」

きっと、『彼』とは先ほどの男であり、この写真に写っている男だったのだろう。
僕に彼女の絵が好きだと告白した彼と、彼を描いた彼女が、幸せに笑い合っていることを願った。


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