おやすみT-2のようです

38 :おやすみT-2のようです ◆7hI4GGdDEg :2013/09/27(金) 19:35:25 ID:Ddx2jxxk0
博士がいなくなってしまった。
私を残して行ってしまった。
私を置いて消えてしまった。
私がデレでないから、捨てていってしまった。

博士は私を完璧に造り上げた。
死んだ娘と同じ容姿、同じ仕草、同じ声を出せる私を造り上げた。
私は歩ける。私は話せる。私は歌える。私はデレで在れる。

けれど、何かが違うらしい。
私の歌には、何かが欠けているらしい。
私には分からない。それはきっと、私がロボットだから。
人間でないから。

私は人間になりたい。デレと同じように歌いたい。
そうすればきっと、博士は戻ってくるから。
そうすればきっと、博士と会えるから。



私は歌っていた。毎日毎日歌っていた。その日も私は、崖近くに根っこを張る切り株に腰をかけて歌っていた。
私は歌いながら耳部の集音回路を鋭敏に作動させる。少しは人間に近づけただろうか。デレになれただろうか。
わからない。しかし、私は歌う。それ以外に知らないから、歌う。

そうして歌っていた私の集音回路に、私の声以外の音が受信された。
音は崖下から聞こえた。そこにはボロをまとった人影が倒れていた。
ボロからは、少年の幼い顔つきが覗いていた。
私は彼をかつぎあげ、きしんで朽ちかけた私たちの小屋まで戻ることにした。

39 :おやすみT-2のようです ◆7hI4GGdDEg :2013/09/27(金) 19:36:03 ID:Ddx2jxxk0
「なぜぼくを助けたんだい?」

「博士は言っていた。動物や子供、弱き者を慈しめと。だから助けた」

妙に大人びた口調で話す少年を介抱しながら、私は何万回とリピートした博士の言葉をもう一度リピートした。
博士は小さい者、困っている者を慈しみなさい、やさしい心を持ちなさいと言っていた。
怪我をして介護を必要とする少年は、弱き者だった。だから私は、少年を助けることにした。
そうすれば、私も人間になれるかもしれないから。

「きみの名前は?」

「デレ」

私と少年の共同生活が始まった。
少年は大人しかった。歩けるようになってもほとんど出歩かず、家の中の物も必要な物だけを選び、
一日ガラクタ遊びをしていることが多かった。どこになにがあるのかも、すぐに把握したようだった。

「それに触るな」

一度だけ、彼の行為を咎めたことがある。私の声帯回路のメンテナンスに必要な道具を、勝手に手に取っていたのだ。
私は彼からそれらを奪い取り、二度と触るなと告げた。他のどの部品を失おうと、声帯回路だけは守らなければならない。
なぜなら、博士に会えなくなるから。

その日の夜、彼は珍しく深夜遅くまでガラクタをいじっていた。
何かを組み上げているらしいその様子を見て、私は彼が来てから一度も歌っていなかったことを思いだした。

「上手だね。とても、上手だ」

私の歌を聴いた彼は、ほほえみの表情でそう言った。情報伝達組織が混乱したようだった。
今まで起こったことのない現象が、私の行動を支配した。それから毎日、私は彼が活動を休止するまで歌い続けた。

40 :おやすみT-2のようです ◆7hI4GGdDEg :2013/09/27(金) 19:36:33 ID:Ddx2jxxk0
私たちの小屋は古びていた。
腐った木が露出していたし、屋根も半分近く欠けていた。だから、こうなることは必然だった。

その日は酷い嵐だった。記憶チップを検索しても類のない程の嵐で、風に叩かれる度小屋の壁は甲高い音を立てた。
私と少年は一人用の地下シェルターにぴったりくっついて入っていたが、
頭上から聞こえる一際大きな音に私は飛び出し、声帯部品をメンテナンスする道具がどこにも見あたらない事に気づいた。

私は瓦礫の山をひっくり返し、道具を探した。あれをなくすわけにはいかない。
あれをなくしてしまったら、二度と博士に会えない。そう思って。
そして、私はそれらを見つけた。潰れて、もはや使い物にならなくなったそれを。

「――!」

少年の叫び声が聞こえたが、その言葉の意味を解析するより先に私の体は強い力に吹き飛ばされ、
そして、より大きな音が、腐った屋根の落下と共に鳴り響いた。

落下してきた屋根の下は、先ほどまで私の座っていた場所であり、今は少年の体が下敷きになっていた。
赤い液体が地面に広がった。

私は少年の体を引きずり出し、シェルターの扉を開いたまま急いで彼の体の修理を始めた。
彼の体は私の物と比較にならない程複雑で、大量の生体部品を必要としていた。
彼自身の体で故障箇所を補い、生命維持という基準で優先順位の低い部位を諦めもしたが、
どうしても、足りない。あとわずかだというのに。何かないのか。何か。

シェルターの扉が剥がれ、私の左腕を巻き込み飛んでいった。
私は咄嗟に声帯回路を守り、そして、気づいた。
これを使えば、彼を助けられるかもしれないことを。だが、それは。

彼の顔を見つめた。あの時と同じ、奇妙で、独特な現象。感覚――感情?
それはバグなのかもしれない。けれど、消去したい、感覚ではなかった。

41 :おやすみT-2のようです ◆7hI4GGdDEg :2013/09/27(金) 19:37:37 ID:Ddx2jxxk0
私は彼を失いたくなかった。助け、守りたいと思った。
だから私は、声帯回路<私のデレ>を彼に移植した。

そして私はシェルターの屋根となって風を遮り、
やがて、小屋の壁と共に吹き飛ばされ崖下に落下した。

嵐は止んだ。しかし、それを知覚できる機関を既に私は喪失していた。
自分の体がどのようになっているのかも確認できない。

それでも、私は安らかだった。安息というものを認識したのは初めてだった。
彼はきっと、無事だろう。そう信じられた。
私は歌った。声帯回路を失った喉で、声なく歌った。

「――」

声が聞こえた。誰かの声。失った聴覚器官を越え、聞こえてくる。
彼だろうか。いや、違う。これは――。

「――――」

そんな所にいたのですか、博士、博士。
見えなくても分かります。聞こえなくても感じます。
会いたかった。ずっと、ずっと、会いたかったのです。
こんなにもほったらかしにして、一人にさせて。

私はあなたを憎みます。私はあなたを恨みます。
だから、その分愛してください。抱きしめてください。
頭をなでて、よくがんばったねって、褒めてください。

内藤博士<おとうさん>

42 :おやすみT-2のようです ◆7hI4GGdDEg :2013/09/27(金) 19:38:08 ID:Ddx2jxxk0
「すまなかったお」

300年の人生。300年の孤独。本当に長かったろう。苦しかったろう。
人としての私が寿命を迎え、この素体に私という人格を定着させる事にこんなにも長い年月を要するとは、私にも想定外だった。
人工皮膚も剥げ、あの美しかった金髪が一本残らず抜け落ちてしまった君が、今もまだ歌っているとは夢にも思わなかった。
君を見つけた時は、一散に駆け寄って抱きしめたかった。

だが、それはできなかった。
君が私を私として認識してしまったら、君はデレという役割と同化し続けてしまっただろう。
デレという呪縛から解放される機会を、永遠に失っていただろう。

それはすなわち、君という生<存在>を、君自身が認めない事に他ならない。
君という生<存在>が、初めから無かったと証明することに他ならない。

エゴかもしれない。しかしそれは私にとって、余りにも耐え難い結果だった。
愛する者を失うのは、もう沢山だった。

だから私は、君が君自身を確立するまで正体を明かすことをしなかった。
君がデレへの依存を断ち切るまで、ガラクタから部品を作り上げ、君を補修し延命させた。

私は確かに娘に模して君を造った。
けれど君はデレじゃない。

君は、君だ。

思い悩み、“赤”を感じる君そのものだ。
君に名前を返そう。おやすみT-2<ツン>。私の娘。

生まれてくれて、ありがとう。


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