無題(水筒の話)

465 :名も無きAAのようです :2015/05/02(土) 14:54:35 ID:2C6GaNKI0

( ^ω^) 「なるほどね」

内藤ホライゾンは、親しい者にはブーンと呼ばれている。
とりたてて親しくない者にそう呼ばれることを、内藤は腹の底では蛇蝎していた。
もっとも11歳の少年である彼は、ヘビもサソリも、生き物はたいてい好きだったが。

( ^ω^) 「鬱田くん。君はさっき、こう言ったね」

――ブーン。お前は先週の土曜、コンビニでちょっぴりエッチな本を立ち読みしていただろう。

( ^ω^) 「まぁ、僕としては、困惑していると言うほか無いお」

なぁ、鬱田くん。

466 :名も無きAAのようです :2015/05/02(土) 14:55:30 ID:2C6GaNKI0

実際のところ、何故彼が、別段親しくも無い同級生が、自分のリビドーを誹謗するような真似をするのか、内藤には分からなかった。
普段は無表情ばかりを貼り付けたその顔面に卑劣な笑みを浮かべる鬱田ドクオ。
その所業は、11歳の少年の内に揺らぐ、幼く、孤独で、そして高潔な性衝動に、犬の糞を擦り込むかの如きものだ。内藤の腸は煮え繰り返っていた。

しかし彼は、あくまで表面的には、落ち着きを失わなかった。思考を駆動する全権を理性に委ね、無理矢理に精神を平衡させた。
口腔が渇く。鼓動は速い。視界は狭い。しかし、それでも頭は動く。思考は暴走も四散もせず、強固な石垣となって内藤の中に積み上がっていた。

まず少年は、窮地と言えるこの局面を俯瞰し、事実のみを確かめる。
先週の土曜、内藤ホライゾンは、猥褻に寛容な流石さんの兄ちゃんがバイトしている時間を狙い、エロ本を立ち読みした。
ひとつ訂正するとすれば、ちょっぴりではなく激しくエッチな本であったが、深い思慮の末、内藤はそれを口に出さないことにした。

川 ゚ -゚) 「ブーン、どうなんだ」

その理由は、ここにあった。内藤は横目で素直クールの様子を伺い、困窮とともに息を吐く。
ついさっきまで柔和な笑みを浮かべていたはずの素直さんの、この冷たい視線。玲瓏な月夜のように黒く澄んだ瞳に浮かぶ疑惑の叢雲。

なぁ、鬱田くん。何故、よりによって今、そんな話をした。
内藤は、そんな様子はおくびにも出さないが、線香花火の牡丹のように、静かに、熱く、怒りを昂ぶらせていた。

467 :名も無きAAのようです :2015/05/02(土) 14:56:50 ID:2C6GaNKI0

( ^ω^) 「いや、どうなんだと言われても、僕にも何が何だか……。
      とにかく鬱田くん、君の勘違いだお。僕そういうのマジ不潔で嫌いだから二度とそういう話しないで」

('A`) 「えっ、でも流石さんの兄ちゃんが言ってたよ。ブーンがここでエロ本読んでるって」

( ^ω^) 「……へぇ」


    ( ´_ゝ`) 『ああ、読め、読め。好きなだけ読んだらええ。誰にも言わんといたる。読んだら、ええよ』


流石兄者はかつてそう言った。
そうか、あれは、嘘、だったのか。
真っ白な怒りを頭の中で弾けさせながら、内藤は聖人キリストとイスカリオテのユダを想った。

( ^ω^) 「……はは、ははは、はっはっは……こりゃあ傑作だ、傑作だよ鬱田くん。
      君はひょっとして、あぁ、まさかとは思うんだが、あんな人間の言うことを真に受けているのかお?
      私大の農学科で8年かけて修士まで取ったくせに、就活もせずにフリーターになった甘ちゃんの戯言を?」

l从・∀・;ノ!リ人 「その言いようはさすがに酷いのじゃ」

後ろから流石妹者の声が聞こえた瞬間、内藤の中で何かが決壊する。

(#゚ω゚) 「黙ってろ!! 裏切り者のドブネズミの眷属が!!」

内藤は、わけがわからないまま、水筒を握りしめた右腕を振り上げた――――

468 :名も無きAAのようです :2015/05/02(土) 14:57:44 ID:2C6GaNKI0

/ ,' 3 「えー、みなさん知っているとは思いますが、5年生のクラスで、少し、問題が起こりました。
     その件について、登下校の時なんかに、テレビや新聞の人たちが、みなさんに質問をしているとのことで。
     担任の先生からもお話があったと思いますが、改めて言っておきますと、そういった質問に答えないようにしてください。
     今日からは登下校時に、保護者の方々が皆さんの通学路に立って、彼らを遠ざけてくれると……――」

校長の話はとても長かった。体育館に集められた児童はみんな疲れ切っていた。
「みなさんのため」と、壇上の老翁が繰り返す。みんな辟易していた。集会の時に喋るだけのお前に、自分たちの何が分かるのだと。

川 ゚ -゚)。o(お前たちは、誰も守ってくれなかったじゃないか)

事件の後、手がかりを求め少年の部屋を捜索した警察は、10冊の成人向け雑誌および8本のセクシービデオを発見した。
その中に一冊、暴力的な側面に倒錯したものが紛れ込んでいた。
警察がそれを発表し、メディアはそれに飛びついた。ワイドショーでは、肩書きの立派な識者たちが性教育の是非を巡り火花を散らした。
そして結局「子どもには子どもらしい教育を」なんて、結論とさえ言えない、漠然とした終わりを迎える。
どうやら世間では、性衝動は少年期の人格を歪め、凶行に走らせるものだというパラダイムが共有されているらしかった。

469 :名も無きAAのようです :2015/05/02(土) 14:59:19 ID:2C6GaNKI0

川 ゚ -゚) 「誰が悪かったのかなんて、分かりきってる」

素直クールだけが知っていた。本当に悪いのは、水筒なのだと。
水筒がやわらかければ、殴られた流石妹者が脳にダメージを受けて失明することも無く、子供の喧嘩で済んだのに。
水筒製造会社の怠慢が、内藤ホライゾンと流石妹者の、両方の人生に影を落としたのだ。

もう二度と水筒が人を傷つけることの無い社会に。
幼く純粋過ぎる正義感と、それを30年間腹の底に飼いならした彼女の執念が、革命を起こす。

水筒をやわらかくするために、彼女は高位次元物質のパラレル縦断加速度をコントロールした。
彼女が生み出したのは水筒だった。もう友達どうしが傷付け合わないための、やわらかい水筒。
しかし、そこに注がれたのは水ではなく、優しさでもなく、狂気と殺意だった。

2045年までに水筒が実用された例は2件ある。いずれも衛星兵器を消滅させるために使用され、その目的を果たした。
今日も世界中で、少年兵たちがやわらかい水筒を握っている。なにしろ、子どもの手によくフィットするのだから――

470 :名も無きAAのようです :2015/05/02(土) 15:01:18 ID:2C6GaNKI0

川  - )

遥か下方に白雲の海を望みながら、彼女は息を吐く。白い靄は刹那で風に掻き消えた。
地上20000メートル。全世界に水筒技術の威を示したS.Coolタワーの屋上の気温は、コントロール装置が無くては氷点下60℃に達する。
陽光に透き通る青空。零下の風が支配する世界。素直クールは水筒マフラーを引き上げる。

遠くに積乱雲が見えた。やや崩れた上端は、塔よりも少し高い。
中段あたりがすこしくびれて、達磨のようなかたちをしている。輪郭のはっきりした、立派な入道雲だった。
それを眺めながら、ぼやけて白んでいく意識の中に、ふと何かが落ちてきた。
夜中に不意に目が覚めてしまった時のような、ぬるい微睡の残滓の中で、素直クールは耳を澄ます。

      「竜の巣だ! ラピュタだお!」

誰かの声が聞こえた気がした。昔、好きだった男の子の声だ。20年前、彼は人知れず、自ら命を断った。
どんな子だったろう。もう、思い出せない。なんとなく、ちょっとエッチな子だったような気がする。

      「ブーンくん、無職の兄者と同じこと言ってるのじゃ」

友達の声がした。姉1人、兄2人で末っ子の彼女。同じく4人きょうだいの長女の私と、何となく馬が合った。
悲しい事故で、彼女は視力の殆どを失い、それから遂に会うことは無かった。今頃、どうしているのだろう。

もはや素直クールには何も思い出せない、何も分からない。
それでも彼女は、顔も思い出せない2人の友だちに、幸せでいて欲しいと思った。幸せでいて欲しかったと思った。
水筒が台無しにした2人の幸せ、水筒を作ることで取り返したかった。

471 :名も無きAAのようです :2015/05/02(土) 15:02:58 ID:2C6GaNKI0

川  - ) どこで間違えたんだろう

川  - ) なにを間違えたんだろう

水筒が皆を傷つけた。だから、やわらかい水筒を作ればいいと思っていた。
それだけが、この世界中でただそれだけが、ほんとうに正しいことだと思っていた。

川  - ) どうして、間違えたことに気付かなかったんだろう

スリッパが脱げる。マフラーが飛ぶ。上着がバタバタとはためき彼女の背中を叩く。
素直クールは頭から、薄雲の絨毯に突っ込んだ。水の粒子は彼女を抱きとめることは無い。
肺が軋む。鼓膜が破れる。時速160キロの自由落下。地上まであと100メートル。あと2秒。


終わり